ド派手なブースに巨大なフィギュア、そして溢れる来場者……!総合ホビーイベントと化した「ワンフェス2025上海」から見る、中国トイ・フィギュア産業の現在地
2019年は、ここまでド派手ではなかったように思う。もちろんお金のかかったブースもあったが、パーテーションを立てただけのような簡素なブースもそれなりにあった。それがここまで派手で大規模になっていたとは……。バンダイなどの国内メーカーも巨大な立像を立てたり至るところを光らせたりと、日本の見本市のブースより派手になっているように見える。企業ブースの激烈な派手さ、デコラティブな装飾は、日本のワンフェスを大きく上回っているように感じた。
そもそも日本のワンフェスは、現在でも「ガレージキットディーラーによる即売会」として開催されており、1990年代後半から企業出展が増加したものの、基本的な主旨は「大手メーカーの新製品発表会」ではない。そもそもはアマチュアのディーラーが自分の作った造形物などを展示し、複製したものを販売するイベントであり、そのために当日版権などの複雑なシステムが整備されてきた歴史を持つ。
なぜそのような即売会が必要となったかといえば、1980年代以降、いわゆるオタク第一世代の人々にとって、大手メーカーが商品化するアイテムが物足りないものに感じられたという要因が大きい。世代内で多少の年齢やタイミングの差はあるものの、テレビ放送と共に育ち、怪獣や特撮に囲まれ、10代の頃に『宇宙戦艦ヤマト』から『機動戦士ガンダム』に至る1970年代後半のテレビアニメの激動期を体験した彼らは、1980年代には20代になっていた。当時は現在とは違い、大人になった彼らをターゲットにしたフィギュアやプラモデルは発売されていない。リアルで完成度の高い怪獣の人形や、解像度の高いメカニカルなモデルが欲しいのならば、自分で作るしかなかったのである。そこにシリコンとレジンを使った立体物の複製技術の普及が重なり、ガレージキットという独特な文化が生まれた。
そもそも、日本では玩具やプラモデルが早くから国内製造されていたという点は、世界的に見ても珍しいポイントである。東京を中心とした玩具産業は、セルロイド玩具を中心に戦前から輸出産業として発達した。戦後も早い時期からGHQの庇護を受けつつ外貨を稼げる貴重な軽工業として再出発し、アメリカによる占領が終わった後も高度成長期や人口増を受けて発展。1960年代には栃木県の壬生に専門の工業団地まで建設している。こういった歴史により、日本国内には玩具の大手メーカーが林立。あくまで「子供向け」の商売として玩具やプラモデルを販売することになった(プラモデルメーカーの発達史については長くなるので割愛)。
こういった歴史を受けて、(例外は多々あれど)日本においては、ガレージキット製作者と古くからの大手玩具メーカーとの間には、ある種の緊張関係が存在していた。ガレージキットディーラーには「今や大企業となった大手メーカーには絶対にこのネタ選定、このクオリティのアイテムは発売できない」という気概があり、例えばワンダーフェスティバルを主催している海洋堂には、こういったテンションが今でも受け継がれている。「小規模ながらハイクオリティなアイテムを作るガレージキットディーラー」VS「子供・大衆向けのヌルいアイテムしか作ることができない大手メーカー」という緊張関係は、大手メーカーがハイターゲット向けの商品を大量に展開するようになった現代ではかなり影が薄くなったものの、ワンフェスというイベントの源流となっている。
一方で、中国の玩具産業、特にマニア向けのフィギュア・トイを扱う産業の発達史は日本と全く異なる。そもそも中国は1978年以降に改革開放路線を選択するまで、経済活動は停滞。文化大革命期は半ば鎖国のような状態にあった。以降80年代から2000年代にかけて段階的に外国文化が流れ込み、それと同時に極めて安価だった人件費を武器に製造業が大きく発展。90年代ごろからは日本の玩具メーカーも続々と工場を移転し、中国は玩具・フィギュアの巨大生産地となった。
余談だが、現在中国国内でハイターゲット向けのトイ・フィギュアメーカーを運営している人々には、この90年代ごろに青少年期を過ごした世代が多い。彼らは子供の頃に体験した思い出をベースに商品企画を立案することも多く、例えば爆発的な人気を集めたSNKの格ゲーやカプコンのベルトスクロールアクションといったアーケードゲームや、定期的に再放送が行われていた『ビーロボカブタック』といった作品を題材にした商品が現在数多く発売されている。
このような時期を経て経済発展を果たした中国は、2010年代には国内に大量の投資資金を抱えるようになっていた。このタイミングで、中国にはハイターゲットトイを生産・販売する条件が揃ったのである。つまり、利回りのいい投資先を探している資金、海外のカルチャーに幼少期から触れてクオリティの高い商品を求めているマニア、そして世界の工場として長年需要に応えてきた生産設備という3つの要素が、化学反応を起こしたのだ。
彼らには「大手玩具メーカーVS俺たち」という緊張関係は存在しない。この緊張関係を前提にする以上、ガレージキットディーラーは「小規模のアマチュア」であることもアイデンティティのひとつということになるが、中国のマニアはそこにはこだわらず、いきなり「メーカーとして自分の考えた最高のアイテムを世に問い、金を稼ぐ」という方向を目指した。彼らにはすでに個人でも扱えるようになっていたデジタル設計の技術があり、マニアックなアイデアに投資される資金があり、作ったファイルを持ち込めばそれをいきなり金型にしてくれる工場があった。シリコンとレジンで原型を複製する必要はなかったのである。
前置きが長くなったが、今年の上海WFの会場配置やド派手さは、そのようにして立ち上がった中国のマニア向けトイ・フィギュア産業の現在地をよく表しているように思う。会場となった4つのホールのうち、いわゆる一般ディーラーはひとつのホールに詰め込まれており、残り3つのホールはいわゆる企業ブースで占められている。つまり現在の中国のワンフェスは、「アマチュアの祭典」ではなく、「アマチュアからいきなりのしあがって“企業”になってしまった集団による総合ホビーイベント」なのである。
こういった経緯を持つ中国のホビーメーカーは、自らの事業を派手にプロモーションし、金のかかったリッチなコンテンツを作っていることのアピールに躊躇がない。ライフサイズの巨大なフィギュアをガンガン配置し、ブースまるごと世界観を統一した見せ方で来場者を驚かせ、会場限定アイテムを売りまくる。自社のフィギュアそのままの格好をさせたコスプレイヤーを立たせ、来場者は台車に乗せた巨大なライトを配置してその写真を撮る。「限られたファンが集まった、ガレージキットの即売会」的なのどかで牧歌的な雰囲気はほぼ存在せず、ゲームショウのような派手で煌びやかで商業主義的な展示即売会となっているのが、現在の上海WFなのだ。
このような日中のワンフェスを巡る違いは、音楽で例えるとパンクとヒップホップくらいの差がある。今ではかなり変質したものの、そもそもは大手メーカーとの間に緊張関係を持ち、自分の表現を自分で作り出してきた日本のガレージキットカルチャーは、「反体制・反権威」を標榜し、大手レコード会社に頼らないDIY精神を重要視するパンクに近いものだろう。「“ガレージ”パンク」というジャンルが存在するのも、両者の精神性が近いからではないだろうか。
一方で、ヒップホップは金を稼ぐことに躊躇がない。基本的にラッパーは自分に行動力があり抜け目なく稼ぐ優秀なハスラーであることをリリックで誇示し、やりたいことをやりたいようにやって得たその稼ぎを、ファッションやライフスタイルなどさまざまな方法でアピールするものである。ガッツとアイデアでビジネスに乗り出し、競って巨大なブースを出展して自分たちの事業を誇示する中国のトイ・フィギュアメーカーの姿は、まるで成功したラッパーやDJのようだ。