亡骸の行方
昼食も終わろうかという時民宿の廊下から慌ただしく足音が聞こえてくる
荒々しく勢いよく扉が開かれるとそこには僅かに髪を濡らし肩で息をしている吉岡の姿があった
その表情は怒りにも似た形相を浮かべており静希達に向けて隠すことなく敵意をぶつけているように見えた
「あれを殺してしまったのか!?あんな惨い殺し方をして一体何を考えているんだ!?」
「先日も言った通りあれを捕獲するなんて命がいくつあっても足りません、殺すのだってあの方法でなければ恐らく不可能だったでしょうに」
雪奈の大剣だけだった場合再生速度に連続攻撃が間に合わず、また完全に動きも封じる事ができないために確実には仕留められなかったかもしれない
ベストとは言えない手法だろうが、現状でのベターはこなしたと静希達は自負していた
だが吉岡からすれば建前上保護を目的とした捕獲依頼だったのだろうが、その実研究対象として見ていた可能性がある、この嘆きも一体何に対しての物なのか静希達の眼は疑いに満ちていた
「まぁまぁ吉岡さん落ち着いて、あの亡骸は委員会の方で直々に、そして丁重に葬ります、貴方が出る幕ではないということですよ、もうすでにあれは死んでいますから」
城島が先手を打った
建前とはいえ保護をあれだけ押していたのだ、今更亡骸をどうするなどとは言えない空気だ
「ふざけるな、あんな殺し方をした君達がどんなことをするかなど分かったものではない、こちらでしっかり埋葬させてもらう」
だが吉岡も引かない
自分の研究に対しての熱意がそうさせるのか、死体とはいえ研究の方法はまだあるということか、吉岡も簡単には引き下がらない
「とはいってもね、あれだけの大きさだ、素人に任せては何をされるかわかったものではない、下手に埋めて野犬に掘り返されたら面倒だ、公的機関に任せた方が確実というものですよ」
「その点は安心していい、私どもの方で信頼できる企業にお願いしよう、確実に貴方達よりましに埋葬します」
「ならこれ以上面倒のないようにその企業の連絡先を後ほど来る委員会の人間に告げてくれますか?あちらとしてもあれだけの個体だと監視の義務があるのでね、現場もしっかりと見せて頂かないと」
「そんな必要があるとは思えませんな、大きいとはいえあれはただの死体でしょう?」
「その必要があるから言っているんですよ、どこかの研究所から逃げ出した生き物でしてね、貴方の方が詳しいのでは?」
「・・・何の事だか分かりかねますな」
大人の牽制と挑発のやり取りに静希達子供は唖然としながらすごすごと部屋から退出しようとする
「お前達、あの個体から目をそらすなよ?委員会が来るまでは絶対監視だ」
「・・・はい、了解です」
とにかくこの場にはいたくないと静希達はそそくさと退出し防寒着と傘で雨を防ぎながらザリガニの亡骸の下へとやってきた
相変わらずその体の奥深くから生えた樹木が青々と葉を茂らせザリガニと木の境界線を曖昧にさせ続けている
先ほどまでいた野次馬もだいぶ数が少なくなり通りかかる人が僅かに足を止めて眺めている程度だ
静希達だってこれほどの大きさのザリガニが町のどこかにいるのを見たら必ず足を止めるだろう、気持ちはわかるのだがザリガニと自分達が同じ目で見られているような感覚が嫌だった
「やっぱ外は少し冷えるわね、陽太、火ぃ頂戴」
「はいよ」
世間の目など何のその、非常にマイペースな鏡花と陽太は呑気に能力を使って暖をとっている
実際この寒さは如何ともし難い
連日の雨で気温が下がっているのもあるが先ほど風呂に入ったことで体が温まっているため外気がやたらと寒く感じられるのだ
「おや?みなさん報告は終わったんですか?」
野次馬の対応に追われていた荻野も騒動の終わりとともに職務から解放されたのか橋の上から静希達に声をかけてきた
「お疲れ様です、すごい人でしたね」
「いやまったくだよ、お祭りでもあんなに集まったりはしないんだけどねぇ、それで君達は今なにを?」
苦笑しながら亡骸の近くまで降りてくると陽太を中心に暖をとっている静希達に混じって同じように暖を取り始める
もはや陽太の扱いが暖房器具代わりになっている
「このザリガニを委員会の方に引き渡すんですけど、ちょっと面倒な手続きがあるらしくて一応監視してるんです」
「はぁ、生きてても死んでても大き過ぎると面倒が多いとは、こいつも少し哀れに思えてきますなぁ」
荻野の意見はもっともだ
このザリガニだってこうなりたくてなった訳ではない
そして他に生き方がなかったからそうするしかなかっただけ
人間に被害を出してしまったから殺すというのはやはり人間中心の危険な考えであるのかもしれない
もちろん人間にだって自衛の権利があるのは理解できるし生き物として当然でもある
だからこそどちらが正しいのかと僅かに考えたりもするのだ