「こうして直接会うのは初めてだなセイア。会えて嬉しいよ」
「私も同じ思いさ。そもそも君がこのタイミングでトリニティへ来るだなんて思いもしなかった。やはり君に予知夢なんてものは当てにならないね。――しかしそう簡単には誤魔化されないよ。君が他の女の元へ一目散だったのは事実なのだからね」
言い方。そもそも連絡先を知らないしどこに潜伏しているのかも聞いていなかったのだからセイアに連絡の取りようがない。それに女性の多いこのキヴォトスでそんな事を言われてしまったら私はどこへも行けなくなってしまう。
「……悪かった。連絡先をそもそも知らないとか色々言い訳したいところだが、埋め合わせ自体はきちんと行おう」
だがセイアは私のペットなのだし無下に扱うつもりはない。セイアのしたい事であれば大抵の事には付き合うつもりでいる。
「ふふ、我が儘に付き合ってくれる人は好きだよ」
「あらあら♡」
「え、えっちな事しそうな雰囲気がする……!絶対許さないんだから!」
ピンクコンビが何やら反応しているがまぁ無視でいいか。
「――セイア様!病み上がりなのですからあまり動き過ぎないでください!」
更にセイアの後ろから声が聞こえてくる。慌ただしく足音を鳴らしているところから見て慌てて追ってきたようだ。暫くするとセイアと同じロングコートとサングラスをかけた長い青髪の子がこちらにやってきた。――まさかとは思うが二人して同じ格好をしてここまで来たのか……?
「あぁ、ミネか。すまないね。少し気が逸ってしまっていたよ。――君にも紹介しよう。彼女は蒼森ミネ。身を隠していた私をずっと看病してくれていた救護騎士団の団長だ」
なるほど。寝たきりだったのだから確かに看病する者が居るのは道理か。そしてここに連れてきている以上セイアの信頼する人物なのだろう。であれば情報を隠す必要はないか。
「貴方がセイア様を救護してくださった方ですね。ありがとうございました。お陰様でセイア様はこの通りお元気になられました。救護騎士団としては自分たちで治せなかったのは汗顔の至りですが……」
「礼はいらない。というか、私も何故セイアが元気になっているのかよく分からない」
確かに補助魔法を幾らか唱えたが、どれが作用しているのか詳しい事は分からない。恐らく主能力の低下による衰弱だろうと推測してはいるので、体力復活の魔法や精神復活の魔法が効いたのだろう。つまり予知夢のデメリットは使用する事による主能力の低下だろう。であれば食育して体を強くしていけばある程度はデメリットを踏み倒せるだろう。定期的に精神復活などの魔法も唱えれば問題ない。
「セイアには早めに魔法を教えるよ。この件が終わったら時間をくれ」
「無論だとも。君の為ならいくらでも時間を作るさ」
「――話には聞いていましたが、本当にセイア様を……」
……まぁハナコに話してるんだしミネにも話すか。とりあえず後で産ませるか。いやこの手のタイプに調教は効果が無い事をトキが証明してしまっている。どうすればいいんだこれ。
「アズサ、君も久しいね。息災かな?」
「うん。その――セイアも元気になったようで良かった」
「君が気に病む必要はないよ。私が今まで病床に伏せていたのは体質によるものだ。君の仕掛けた爆弾に関連性はないのだからね」
「――うん。でも、ごめん」
「謝意を受け取ろう。――それに、君のおかげで私は彼と出会えたと言っても過言ではない。寧ろ私が感謝するべきかもしれないね」
「感謝と言えば――セイア、出産おめでとう」
「――んぇ?」
あ、そういえば産ませたとだけ言ったが、何を産んだかは言ってなかったな。ただの卵なんだが。
「ハナコはセイアが産んだと言っていた。ならばそれはめでたい事だ」
「……なるほど。これは――どうしたものか。いや、うんまぁ、いずれはそうなるかもしれないし……ありがとうアズサ」
「えっちなのはだめ!しけぇ!」
「あら♡でも新しい命が生まれるのは尊いことですよコハルちゃん♡」
「そ、それはそうだけど……やっぱりだめなものはだめ!」
「……ちゃんと訂正しろスケベ狐とピンク頭」
そう言って私は引っ張り出した鞭でセイアを引っぱたく。
「あっ♡また産まされてしまった……♡それも人前で……♡」
「このように私が産ませたのはただの卵だ。勘違いしないように」
「そうだったのか。人も卵を産めるんだな。勉強になった」
「産みませんよ!?」
ノースティリスでは産めるぞヒフミ。
「えっちなのは、だぁめぇええええええええ!!!!!」
**********
「ところでお二人共、まさかとは思いますがその恰好でここまで来たのですか?」
ハナコが私が突っ込む事をやめた格好について斬り込んだ。まぁ流石に気になるよな。
「あぁ、中々よく出来た変装だろう?」
「これならば姿は隠せているので問題は無いと判断しましたが」
「えーっと……」
ハナコですらフォローに困る恰好のようだ。セイアである事はバレなかったとしてもやけに目立つ二人組がこの補習授業部の居る建物に入ったという情報はいずれミカやナギサの耳に入るはずだ。そうなれば二人に変な憶測を立てられる可能性がある。
「ふむ、もしかして余計な事をしてしまったかな」
「元より時間をかけるつもりはないから問題ない」
なのでそこまで気にする必要は無い。私もハナコもそういった影響を鑑みたのではなく、おかしな恰好をただただ突っ込みたかっただけだ。
「ふふ、頼りにしているよ」
「――セイア様が誰に好意を持とうと自由ですが、今の時期にゲヘナの方となると流石にエデン条約に差し支える可能性がありますから、アレの事はどうか他の方には内密に」
ミネが至極真っ当な忠告をしてくれた。彼女のような常識人がセイアの側にいるというのは僥倖だな。もしかしたら今後セイアの口のブレーキ役になってくれるかもしれない。
「私も一応サンクトゥス分派の長だ。ちゃんと心得ているとも」
「だといいのですが……。補習授業部のみなさんも、トリニティに無用の混乱を招かない為にもセイア様の事はどうかご内密に」
「「「は、はい!」」」
「そういえば話の腰を折ってしまっていたね。何やら君が一人で動こうとしているようだったが」
あぁ、そんな話をしていたか。確かアリウスには私が一人で向かおうとして、それを先生達に渋い顔をされていたはずだ。
「ふむ、その前に一度皆の情報を整理しようか」
今ここにいる人物は皆持っている情報量が違う。まずはそこを正して全員が同じ認識を持つべく今一度情報を共有する事にする。
「まず今回の事の発端は私が万魔殿の議長である羽沼マコトから情報を齎された事から始まった」
マコトがアリウスと結託していた事は隠しつつ、最初にアリウスからゲヘナに対して調印式の日に一緒にトリニティを襲撃する提案を受けた事。そのまま私の指示により表向きはアリウスに協力を続けスパイとして情報を抜いていたと話した。
――嘘は言っていない。真実を知っている先生は微妙な顔をしているが、本当に嘘は言っていないので何の問題もない。
そしてスパイを続ける内に調印式の日には巡航ミサイルをアリウスが使用し、強襲をかけてくる事が分かった。だがその時点では我々ゲヘナがトリニティにこの情報を伝えても信じる事は無いだろうと判断し、こちらで情報を留めた。
「確かに、ゲヘナがいきなりアリウスの名を出してそんな事を言ってきてもトリニティとしては到底信じられないでしょうね……」
「しかし気になる事もあります。何故ゲヘナはそのままアリウスと結託しなかったのでしょうか。羽沼マコト議長であればそうしてもおかしくはなさそうですが」
ミネがそんな事を言うが、言い訳はちゃんと考えてある。
「マコトも当初はそのつもりだったのは確かだ。マコトはアリウスを使って風紀委員長であるヒナを排除したかったらしいが、風紀委員会には私が居る。なので諦めたというのが正しいかもしれないな」
これもまた嘘ではない。
「貴方はそれほどまでに強いと?」
「まぁ、トリニティであればものの数時間もあれば更地に出来るだろうな」
まさか――と驚くミネだが、セイアと先生が私の言葉を肯定する。アビドスでのカイザーとの一悶着を話し、ヒフミも実際に見ていたので同調する。
「というわけだから、万が一私が黒幕と疑われたとしても、そもそも私にこのようなくだらん小細工など必要ないとだけ言っておく」
話を続けるぞ、と言って次に移る。
そのままこちらで情報を留め、ゲヘナは「今回の件はアリウスとトリニティの問題だ」という結論を出し、調印式の日にはアリウスを裏切り、そのままゲヘナは退却するつもりでいた。そして暫くして夢の中でセイアと邂逅した。トリニティと関わる事になってしまった私はセイアの為にアリウスをどうにかする事にした。しかしゲヘナ側である私がトリニティで動くには不自由な事が多いため、同時期に先生が補習授業部の担任としてトリニティへ赴いた事を知った私は、先生に私の持ちうる情報を全て託し、事の流れを見守っていた。そして美食研究会の捕縛を機に先生と出会い、先生が調印式前にアリウスの問題を解決させたいと願い出てきたので、私がこうしてトリニティへ赴き、アリウスからの転校生であるアズサから事情を聞きにここまで来た。そしてアズサから色々と情報を聞き出す事に成功した。
「そうして今この状況に繋がっているという訳だ」
「アリウス……いえ、許せないのはベアトリーチェという大人の存在です……!一刻も早く救護を行い、アリウスを救わなくてはいけません!」
「その心意気は立派だが、アリウスは生徒が手を出すには危険すぎる。だから私が一人で行って片付けようと思っている」
「しかしこれは貴方が最初に言っていたようにトリニティの問題です。私達も関わる必要があると思います」
「ふむ、つまりトリニティがアリウスの処遇を決めると?」
「そこまでは……。そもそも私にそれを決める権限はありませんから」
まぁ、その辺りを考える為にもトリニティの内部を再度固める必要があるだろう。特にナギサには正常の判断能力を取り戻してもらう必要がある。
「ではまずはナギサとミカの対処を考えよう」
アリウスはどうせ錠前サオリを捕まえてベアトリーチェを殺すだけだし焦る必要はない。
「ナギサの方はそれほど難易度は高くない」
ナギサの疑心暗鬼はセイアの襲撃が端を発している筈だ。だからセイアが実は生きている事を話し、セイアに直接会えばある程度の平静は取り戻せるだろう。裏切り者がいるという根本的な問題はこれだけでは解決しない為、平静を取り戻して貰った後にアズサやアリウス、そしてミカの事を話す。その前にハナコのちょっとした仕返しを挟む必要はあるが。
「そしてミカの方だが……」
恐らくはエデン条約反対派であり、セイアの襲撃に関わっている。そしてその動機も現状では不明。ゲヘナに対する憎しみからきていると推測出来るが、確信は無い。しかもゲヘナに対する憎しみが本物であれば、ミカを止める方法は存在しない。強いて言えばゲヘナが滅ぶ事だが、そんな選択を取るくらいならミカに死んでもらう方が早い。そしてセイアの襲撃に関わっているのであれば、ナギサの襲撃の事も把握しているはずだ。――そうしてトリニティを裏切った彼女は調印式の日にはアリウスに裏切られ、トリニティが消え失せる事になる。
「――ふむ、実に哀れな操り人形と言える」
「言い方には異議を申したいけど、確かにかわいそうだね……」
先生が言うにはアズサを編入させた理由はアリウスと和解の象徴になって欲しかったとの事だ。しかしそう宣いながら実際はセイアの襲撃に関わっている。ここがどうにも矛盾しているというか、腑に落ちない。
「ふむ、私とナギサも同じ事を言われた事がある。アリウスと和解したい!とね」
しかしセイアとナギサは政治的観点からその話を蹴ったらしい。――つまりあれか?セイアとナギサに断られたから、ただの腹いせで襲撃したと?そんなバカな。そこまで短絡的に事を起こすはずがないと思うが……。まぁ二人が居なくなればミカがティーパーティーのトップに立てる。そうすればアリウスと和解しつつエデン条約の破棄も出来るし一石二鳥ではあるのか。
「中々に直情的だな。であるならば変な事は考えすぎずやはり力で黙らせるのが早いか」
「そうだね。元より私はそのつもりだったし、大歓迎だよ」
セイアがやる気満々にシャドーボクシングをしている。元気そうで何よりだ。
では後はセイアとハナコの要望を叶えさせつつナギサとミカをどうにかする方法を考えるだけだが……。
「ちなみに何だがミカを上手くおびき寄せる方法とかはあるか?」
「それこそ私からモモトークを送ってやればすぐにでも来るだろうさ。自分が始末したはずの人間から連絡が来れば、気が気じゃなくなるだろうからね」
まぁ確かにその通りではあるが、相手が冷静に対処してきた場合本人ではなく代理ないしは囮を使われそうだが――いや、ミカはそういった事は無さそうだな。
「ハナコの方はどうだ?何かナギサを上手い事おびき寄せる手段はありそうか?」
「はい♡ですが……よろしければ貴方にも協力をお願いしたいのですが」
「ん?まぁ構わないぞ」
そう言うとハナコに手招きをされて部屋の外に連れ出される。どうやら他の者には知られたくないらしい。
「そんなに聞かれたくない事なのか?どれだけ過激な事をするつもりだ?」
「あら♡過激だなんてそんな……」
この子は優秀らしいのだがどうにも知性を感じさせない立ち振る舞いを好むようだ。群がるハエに疲弊した結果がこの言動なのだろうか。だとしたら確かに効果的ではあるが、それ以上に色々と失いかねない諸刃の剣な気が……。
「よし頭ピンク。セイアと同じ目に遭いたくなければさっさと話そうか」
「こんなところでなんて、大胆ですね……♡」
どうしてこうもキヴォトスには癖の強い子が多いんだ……!なんだか無性にヒナの顔が見たくなってきたぞ。あの子の純粋な笑顔が見たい気分だ。
「うふふ……♡実はここに呼んだのはナギサさんの事だけではなくてですね」
どうもミカの件について話があるらしい。私達の情報を改めて聞いてみたところミカの行動原理について一つ推測が立ったらしい。
「それならば向こうでも話しても良さそうなものだが」
「やる気に溢れたセイアちゃんの水を差すのも気が引けますから」
というのも、もしかしたらミカはセイアの襲撃すらも本人にとっては想定外だったのでは無いかと。最初はエデン条約を阻止する為にセイアをただ拉致、あるいは監禁するだけだったのではないか。しかしアリウスは最初からセイアを殺害するつもりだった。そこからミカがおかしくなり始めたのではないか、との事だった。
「――そんな事あるのか?拉致も殺害も大して差は無い気がするが。いや、これは私の個人的な感覚だな」
そうしてセイアの死をきっかけに引き際を見失ったと。そうなればもう中途半端に止まる事も許されず、今はただエデン条約を止めるという目的の為だけにナギサすらも犠牲にしようとしている、という事か。――これは確かにセイアが聞いたら振り上げた拳をすごすごと下げそうな話だ。
「――はぁ」
思わず大きなため息が出てしまう。
アビドスやミレニアムでも少し思う事があったのだが……。
「キヴォトスは基本的に平和だが、なんというか……ただの生徒である君達が背負うには少しばかり重いものが多すぎやしないか?」
アビドスでは背負う必要のない借金を抱える子達が居て、ミレニアムでは私が居なければ恐らくリオがアリスを破壊する為に奔走していただろう。そしてトリニティでは友人が犠牲になった事を知り裏切り者を探すことに躍起になり、もう一人は殺人の片棒を担ぎ、戻れないところまで進もうとしている。ハナコもそうだ。くだらない政争に巻き込まれ精神的に疲弊し、アリウスの生徒はベアトリーチェに利用され私兵として使われている。
「連邦生徒会長とやらが先生を呼んだのは英断だな……。生徒だけでこの問題をどうにか出来るとは思えん」
「そうですね。先生が居なければ私達は為す術もなく退学になっていたかもしれません」
「とりあえず話は分かった。念の為セイアにもそうだが、先生にもこの推測は伏せておけ。ミカの為に早めに動いてセイアが事を成す前に終わる可能性がある」
それはそれとしてセイアがミカをぶん殴りたいならそちらを優先させてもらう。ミカがどんなにお労しい状況だろうがペットの要望の方が優先度は上だ。
「ナギサの方の計画はどうだ?」
「うふふ♡それは……」
周辺を警備していた生徒達は無力化した。今しばらく起きる事は無いだろう。
「ハナコ、アズサ。準備は良いか?」
「シュコー……」
「はい♡とっても楽しみです♡」
二人共問題は無さそうだ。アズサはガスマスクをしている。これならばこれから行う演技で感情が表情に出てもバレにくいだろう。――そんなの被ってるから表情を隠す事が出来ないんじゃなかろうか?
「ヒフミも、問題は無さそうだな」
「は、はい。ですが、本当にやるんですか?その……」
「ダメですよヒフミちゃん。オイタをした猫ちゃんはちゃんと躾けないと♡」
「ナ、ナギサ様……!どうかご無事で……!」
ヒフミは一言二言喋るだけだ。そして紙袋を被っているのでこの子もまた表情がバレる事はない。
「では、始めるぞ」
ナギサが居る筈の部屋に対しノックをする。
『――はい?紅茶のおかわりでしょうか?』
ナギサと思われる声が聞こえたのでハナコを横目に見ると頷いているので間違いなさそうだ。そのまま言葉を掛ける事無くまずは私だけ入室する。
「――失礼する」
「――ぇ?――あ、貴方は!?ゲヘナの!ど、どうして――」
「心当たりが無いのか?いや、そんなはずはないだろう?だからこうして、無様に八十七個のセーフハウスを転々として逃げ回っているのだから」
「――っ!」
「あぁ、心底怯えている時は、この屋根裏部屋に隠れているのだったか?実に滑稽だ」
「ま、まさか、裏切り者なんて、そもそも内部にいなかった……!?」
「――ククッ」
「貴方だったのですね――!裏切り者――いえ、ゲヘナ!」
全然違うよ?
次回:ナギサ様、ティリス民により脳破壊される。
調教よりはマシじゃね(鼻ほじ)