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武藤記念講座
Muto Memorial Lecture
政治論
第
1006
回武藤記念講座要旨
2015年8月30(日)
講師:京都大学名誉教授 中西輝政氏
本日は暑い夏を過ごし、秋へ向かって新しい方向を見定めていく8月最後の日曜日である。日曜日の国会は休みであるが、その周辺では安保法案の反対デモが行われ、反対集会が開かれると報じられている。然し安保法案はここへ来て参議院でも通過する見通しが、ほぼ確定的となった。又安倍自民党総裁の任期が9月に終わるが、現在安倍氏以外にだれも立候補しないようであるので、いわゆる無投票当選で圧勝となる。多分今日の国会をはじめとする全国の反対集会も、たいした盛り上がりはないだろう。私は、安保法案は必要であり、出来れば一日でも早く成立した方がいいと思っているが、本来は憲法改正で取り組むべき課題と考える。然し不思議に思うのは、それまで安保法案反対で大騒ぎしていたのに、15日を過ぎると、急に静かになったことである。現在日本は種々な意味で過渡期にあるが、なぜ局面が8月15日を過ぎ、急に静かになったのか。例えば安倍政権の支持率も各社とも支持が不支持を上回るようになったし、安保法案に対する支持も大幅に増えた。安保論議は集団的自衛権、存立危機事態などの何か分らない言葉が飛び交い、国会論争の仕方が今ひとつよくなかった。特にマスコミが戦争法案と決め付け、挙句の果ては徴兵制につながるとの、脅しとも言えるネガティブ・キャンペーンもあり、女性の法案に対する支持率がよくなかった。然し女性の支持率も大幅に増えたのである。それにつれてテレビのキャスターの絶叫もトーンダウンしてきている。
1)なぜ、熱気を帯びていた安保論争が、急に憑き物が落ちたように静かになったのか、それは14日の首相の70年談話に対する世間の受け止め方が、「よかった」が「よくない」を上回り、安倍政権の支持率もそれに呼応して上昇したからである。日本のマスコミ各社は皆そろって、総じてよいとの評価をしたが、オブラートに包んだ曖昧な玉虫色のものだった。朝日新聞も、全体として珍しく高い評価をしたが(付け足しによる批判もあるが)、こんなものなら出さなくてよかったとの負け惜しみ的な論述もある。一方100点満点をつけた保守派論客もいる。
2)中国、韓国、米国、欧米諸国の評価も高かった。中国と韓国は口が裂けても立派だとは言う筈がないが、米国のケネディ駐日大使は、戦後70年歴史認識のパーフェクトな談話であり、非の打ちどころがないと最大級の賛辞を呈したのであった。一昨年の12月に安倍首相が靖国神社を参拝したときには、米国政府は正面切って参拝に失望したと言明した。何故このように変わったのか、内容のみならず、その分析をしなければならないが、そもそも米国は歴史問題には興味がなく、プラグマチズムを重視する、悪く言えばご都合主義の国であるから、「目の前の環境」を重視する。中国のように海を埋め立てて、自分の領土を増やすことを平気でする国があるお陰で、米国にとってよいことをしてくれる日本を評価し、安倍首相に対する期待度が高まったと解釈できるのである。
3)今回の談話は、中国に比べて韓国に対しては少々厳しいのではないか。中国に対してここまでご機嫌伺いをするのなら、韓国に対してもう少し配慮してもよかったのではないかと思う。これは後述するが、両国に対する歴史観の違いによるものであろう。然し中国共産党との関係も近い、日本語のできる某大学の中国人の学者が、過日某テレビ番組で、「安倍首相はタカ派で反中国と思っていたが、君子豹変した。談話はいろんな方面のことを考えてよくできている。村山さん以上にしっかりとした談話であり、90点であった」と、出演していたどの日本人よりも高い評価をしていた。
1)首相談話は、20世紀を振り返り21世紀の世界秩序と日本の役割を構想するために安倍首相が設置した私的諮問機関である、有識者懇談会「21世紀構想懇談会」で議論されたが、私はその中で「日本が侵略したと絶対に認めてはならない」と、16人の委員の中で、唯1人ずっと言い続けて来た。即ち他の人は全員が侵略史観・東京裁判史観論者であった。そもそも侵略については異論が多数あり、国際法においても侵略の定義はなされておらず、いまだに何が侵略なのか明らかになっていない。例えば米国のイラク戦争も侵略戦争と言われている。朝鮮戦争における中国の参戦も侵略であり、そして何よりもソ連は日本の満州、樺太、千島を、日ソ中立条約を破って占領したが、これはまさに100%の侵略である。北方領土も侵略して奪取されたのである。然しロシアは自ら侵略戦争とは言わず、第二次大戦の結果定まった領土と主張しているのである。何故ならば侵略と認めたならば日本に返還しなくてはならないからである。
2)即ち「侵略」を認めれば、行動で示さねばならなくなるのである。その行動とは一番軽くて謝罪である。そして謝罪は繰り返すことを余儀なくされる可能性が大きい。8月15日の全国戦没者追悼式の「おことば」で、天皇陛下は「さきの大戦に対して深い「反省」をする」と述べられたが、何に対して反省するのか、その反省の対象は、前日に安倍首相が述べた「侵略」となってしまうのである。現在の世界で自分から侵略したと言い出す国はないのである。なぜならば侵略の意味はホロコースト(大規模な殺人と破壊)の意味となるからである。よって事態は深刻である。
3)案の定、談話発表のあと程なく、中国国営の新華社通信は、「昭和天皇は中国への侵略戦争の張本人であるのに、死ぬまで謝罪をしなかった、然し亡くなった以上仕方がないので、その後継者である今上陛下が謝罪するべきだ」との光明日報の記事を報道した。同通信は中国共産党の見解を報道していると考えて差し支えないもので、中国政府のはじめての公式見解である。
1)「首相談話」も、その談話の基礎になった有識者懇談会の「報告書」の双方とも、その歴史観は、昭和になってからの日本は悪かったが、それまでの明治と大正の日本はよかったとするものである。日露戦争の勝利はアジア・アフリカの人達を勇気づけ、我々にとっては「坂の上の雲」であったことは確かである。然し韓国の人達にとっては、日露戦争の結果、日本に併合され、日本帝国主義による植民地支配が始まったととらえるだろう。勿論国によって歴史観は違って当然であるが、韓国に対する歴史観に比べ、中国に対する歴史観は、媚びているところがあるのではないか。例えば、阿片戦争は、英国帝国主義が中国に阿片を売りつけようとした極悪非道の戦争であると断じた。然し半分以上の英国人は「中国はイギリスの商権と貿易権を踏みにじり、英国国旗も踏みにじって侮辱したので、当時の国際法からすれば、この戦争は悪い戦争、即ち侵略戦争ではない。阿片を売ったのは確かに悪いが、当時は国際法上禁止されていなかった」と考えるだろう。
2)以上は、後で述べるこれからの日本の進路を考えるときに、重要な意味を持って来る。即ち、現在米中関係は重大な事態となっており、本来は70年談話のような悠長な話にかかわっている時期ではないのである。米国政府の中枢部が「中国は米国の敵になろうとしているのではないか、習近平の中国は危ない存在なのではないか」とようやく気付き始めたと思われる。この3年間日中関係は最悪であったが、さらに最近中国はものすごい勢いで米国国債を売り浴びせ始めており、同国債が値崩れすることは、日本にとっても国家安全保障上の重大危機である。いずれにしても米中関係が悪化していることについて、日本のマスコミは感度が鈍いといえる。
3)安倍談話が出されてすぐ、中国の抗日戦勝70周年記念行事に韓国の朴槿恵大統領の出席が決定されたのは、安倍談話の影響によるものと思われる。これは中韓が歴史問題で日本に本格的な戦いを挑もうとしているものであり、「米国と事を構え始めた中国、及びその中国に米国から距離を置いてすり寄ろうとしている韓国」の構図の中で、日本はどうするかを、70年談話発表の前に考えておくべきだった。
1)政治は歴史に立ち入るべきではない。よって私は、安倍談話は出すべきでなかったと考える。即ち、政府が歴史についてあれこれ言うのは、やめるべきであり、歴史は歴史学者や民間の人達に任せるべきである。然し村山談話、小泉談話の負債があり、これを何とかしなくてはならないということで、今回の70年の談話が出されたのである。日本において、政治が歴史にかかわると、現在の日本という国が持っている体質、すなわち強さと弱さのすべてが、そこに現れてくるのである。従って難しい歴史問題をどうしても扱いたいのであるならば、憲法を改正してから行うべきである。自分の力で自分の国を守れるようでなくては、歴史問題で本音は語れないからである。即ち、安全保障問題で不安がなくなってはじめて、歴史問題が政治化することがなくなるからである。米国にそっぽを向かれるような歴史談話を出したら、国の安全保障は持たないのである。自分の力で自分の国を守れる憲法上の体制をしっかり持ってはじめて、歴史問題について自己主張をしていくことが出来るのである。これが順当な順序である。
2)歴史は一般国民が色々な歴史観を戦わせればよいのである。ここのところの本道を踏み間違えたのが、20年前の村山氏であり、今回の談話は彼の後始末である。即ちとんでもない談話であったから、これを書き換えたいと安倍首相は考えたのである。昭和天皇は、終戦のご聖断を下されたが、それならば開戦のときに、なぜ戦争を止めさせるご聖断を下されなかったかと論述する、日本の学者も少なからずいるが、これは非常に微妙な話になるのである。然し我国が侵略と認め反省すると言明すれば、こうなることは予見出来たのである
3)天皇の戦争責任に関しての中国の歴史観は微動だにせず、我国と歴史観が一致することは未来永劫にないだろう。従って歴史問題は諦めて棚上げして、理解しあえる話で日中関係を政経分離で運営して行くべきである。ましてや、そこへ歴史を持ち込めば、何もないところに漣を起し、それが大波となり、下手をすれば戦争にまで発展することになるのである。つまり歴史問題にうかつに手を出せば、大やけどして、なんら国益に合致しないのである。自民党の総理大臣で歴史問題を持ちだしたのは小泉首相だけである。その他の首相は、歴史問題は後世の歴史家に委ねられるものであるとの立場を貫いて来たのである。これは政治の知恵であった。
1)安倍首相は、日米同盟の抑止力を強化するための安保問題と中国・韓国との歴史問題の二つの大きな問題を、同時に解決しなければならないのである。現在の日本には三つの日本がある。これは終戦時に米国の占領政策の基礎として採用されたある日本研究の米学者の説であるが、現在も通用するものである。三つというのは、米国と戦争した軍国主義者である超国家主義者(ウルトラ・ナショナリスト)の右派の日本人、共産主義・社会主義の影響下の左派の日本人、そして真ん中に占領軍が育てねばならないとした中道・親米派の日本人である。そして昭和20年代は真ん中の親米派は弱かったので、左派と組ませ、ふたつのグループを同じ勢力圏の人達に位置づけた政策を実行し、軍国主義者を孤立させようとしたのであった。これを2対1戦略と言うが、左派を使って開明派を育てようとし、実際GHQは共産党を一生懸命育てたのであった。
2)ニュースキャスター古舘伊知郎氏のテレビ朝日の報道ステ-ションに外交評論家の岡本行夫氏が出演し、古舘氏が「私たちとは少し考え方の違う岡本氏」と紹介したところ、岡本氏は「私は安保では中国の脅威を抑止するため、右派であるので確かにテレビ朝日と意見が違うが、歴史問題では左派であるので同じ意見である」と述べた。安保問題では右派と中道がひとつのグループであり、歴史問題では左派と中道がひとつのグループであるが、上述のように、ふたつの大きな問題を解決しようとする安倍政権としては股裂きにあうことになるのである。
3)従って今回の70年談話に一番ご不満であるのは安倍首相ご自身ではあるまいか。結論から言って、今回の謝罪は、まずかったと総括せざるをえないのである。中国がここまで褒めあげた謝罪であるから、恐らく彼らは執着してくるだろう。即ち米国との対立が深まれば、日本を引き込もうとするだろう。逆に米国にすり寄ろうとする日本には厳しくバッシングしてくるだろう。歴史問題が恰好の材料になるのである。従ってこれから危機的な水域に入って行くのではないか。国内の支持率だけを見て、「よかった、よかった」では、済まないのではないか。いずれにしても左右の村山・安倍談話が一点に集約された談話であったので、米国と中国から評価を受けたのである。
1)「靖国神社・韓国人慰安婦・教科書問題」
70年首相談話は「21世紀構想懇談会」の報告書を基にして作成された。その報告書の最終決定会議は7月に開催され40頁の最終案が示され、各委員は会議が始まる前に始めてそれを読んだ。然し、そこには審議されていないことが、書かれていたのであった。それは「韓国・中国との歴史問題について和解を進めるために具体的にどのような行動が求められるか」を提言する章において、日本は侵略戦争をして、アジア太平洋で残虐な行為をしたとの歴史解釈がなされ、戦後の日本が一転して平和裏に外交を展開することが出来たのは、憲法を守ったからであると記述されていた。それらの記述についても各々に問題があるが、次の三点が審議されないのに入っていたのである。即ち、第一は靖国神社のA級戦犯を分祀する提案であり、内外の人々がわだかまりなく参拝できるように、靖国神社の在り方を再検討することを政府に求めるとし、具体的には政府の関与できない一宗教法人から、政府の関与が出来る特殊法人化すること、もし不可能ならば、国立の無宗教の代替施設をつくるべしとするものであった。第二に韓国人慰安婦に対して日本の謝罪の気持ちを明確にするために、あらためて総理の謝罪と新規の公的基金を創設すること、第三に日本の歴史教科書の在り方について、周辺諸国の理解を深めるため恒常的な知的交流組織を創るとするものであった。私はそれを読み、この報告書の16人の1人として名を連ねることは、満天下に恥をさらすことになると、茫然としたのであった。昔風の言い方をすれば末代の恥、これは絶対に応じられないと思い、撤回を要請、辞表を提出したのであった。
2)「侵略に関して」
「こうして日本は、満州事変以後、大陸への侵略を拡大し、第一次大戦後の民族自決、戦争違法化、民主化、経済的発展主義という流れから逸脱して、世界の大勢を見失い、無謀な戦争でアジアを中心とする諸国に多くの被害を与えた。特に中国では広範な地域で多数の犠牲者を出すことになった。」(以上本文)とあるが、前述の通り審議中から、下線部分「侵略」の言葉を不用意に使うべきでないと主張してきたが賛同をえられなかった。然しもう一人の委員が、侵略についての注釈をいれるべきだと提案された。然しすぐには受入れられなかったので、この提案は通らないと思い、委員を辞任する積りであった。然し最後は安倍首相から京都まで電話をもらい、次の注釈が挿入され、首相を想う諸般の事情から、委員に止まったのである。その注釈は『複数の委員より、「侵略」という言葉を使用することに異議がある旨表明があった。理由は、(1)国際法上「侵略」の定義が定まっていないこと、(2)歴史的に考察しても、満州事変以後を「侵略」と断定する事に異論があること、(3)他国が同様の行為を実施していた中、日本の行為だけを「侵略」と断定することに抵抗があるからである』であった。
3)「中国に迎合的」
上記2)の本文下線部分について、中国よりフィリピンの方がより沢山の民間犠牲者を出しているのに、フィリピンのことは書かれておらず、中国に迎合的である。
1)「戦火を交えた国々の何の罪もない人々に、計り知れない損害と苦痛を、我が国が与えた事実。歴史とは実に取り返しのつかない、苛烈なものです」(本文)とあるが、下線部分のようなひどい事実はない。勿論戦争とはそのような一面を持つものであるが。又「その思いを実際の行動で示すため、インドネシア、フィリピンはじめ東南アジアの国々、台湾、韓国、中国など、隣人であるアジアの人々が歩んできた苦難の歴史を胸に刻み、戦後一貫して、その平和と繁栄のために力を尽くしてきました。こうした歴代内閣の立場は、今後も、揺るぎないものであります」(本文)とあるが、下線部分が「UNSHAKABLE」と英訳されているが、この言葉は1ミリともぶれないという意味であり、妥当でない。
2)「事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない」(本文)については、下線部分は、一度は用いたことがあることを意味するので不適切である。又侵略を「AGGRESSION」と訳しているが、この言葉はホロコースト(大規模な殺人と破壊)の意味であるので不適切である。
3)「あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子供たちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。しかし、それでもなお、私たち日本人は、世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合わなければなりません」(本文) の下線部分については引続き謝りつづけることを意味しているので不適切である。
以上、私は安倍氏を首相にと推薦した学者のひとりであり、憲法改正を成し遂げられる人は、安倍氏しかいないと思っているので、安倍政権が大事か、日本国が大事か、おおいに悩んだ。然しこの報告書は30年50年後までずっと残るものであり、「侵略」という言葉に対して、ノーと言った人間が複数いたことを、記録に残してもらうべきと考えたのであった。然し、侵略について上述の「注釈」が入っているのにもかかわらず、8月14日の首相談話の評価が、予想を超えてうまく乗り切れたのは、手放しで嬉しいことである。然し、今回の談話は踊り場的解決ととらえるべきであり、改選後3年の任期のある安倍氏には、宿願の憲法改正を果たしてもらいたい。それだけで私は本望である。それを成し遂げないならば、この政権のアイデンティティはなくなるであろう。そして前述の通り歴史問題は憲法改正を行ってから解決するべきである。現状を踏まえてよりよい良い方向に向かって進んでもらいたいと切に望むものである。
「質問1」:侵略論について
安倍談話は、侵略を認めたと言う論調で話を進められたが、以下のように解釈できないか。即ち事変・侵略・戦争と並列的・例示的であるのは、定義にかかわらずと言う意味であり、侵略はかっこ付きであるので、侵略を必ずしも認めていないのではないか。又もうひとつうまい言い方と思ったのは、謝りながら東シナ海の中国の動きの牽制を狙ったのではないかと思うが、如何ですか?
「回 答」:レトリックで真実を隠さない
1)その通り、そのようなとらえ方は出来る。然し原文は日本語では主語が抜けているが、英語、中国語の訳文では、主語は「我々は」と入っていることを含め、国内・海外でこのような玉虫色のレトリックを使い、ぼかして言っているのは何のためかと考えねばならない。安倍談話の言わば国内販売戦略である。然しものごとの真理は一つしかない。これは日本人のいい加減な思考の文化によるところであり、国内でよければそれでよしとし、しばしば外の世界と摩擦を起こすところである。江戸時代のように鎖国の世界ならば、それでよいのかもしれないが。
2)然し外から見れば、全然違う理解により、危険に陥る可能性があることを弁えておかねばならない。即ち謝罪したが故に、我々がびっくりするような要求をされることがありうるのである。私は長く政治学を勉強してきたが、この種の文章には滅多に出会ったことがない。このような場合、言語構造がしっかりした言語で理解しようとすることが必要である。日本のマスコミは日本語ではこう書いてあるが、外国語ではこう書いてあり、ズレがあることを明らかにする報道をして欲しかった。然しほとんどすべてのメディアがそれを怠ったところに、日本の将来についての不吉さを感じるのである。
3)安倍氏が大事なのではなく、日本の国の安全、国民の生活、将来にわたる国の名誉、歴史の真実が大切なのである。そして真実は一つしかないのである。歴史は政治的に判断してはならない。政治的に判断するのは政治家の仕事である。我々はたとえ天地が割れようとも真実を求めねばならない。これが西洋のメデイアや、学者の基本姿勢である。だから民主主義の基礎である言論の自由が成り立つのである。これでうまくおさまってよかったとの仲良しクラブ的発想であってはならない。そのようなことでは、いずれ国家の大きな危機が訪れるであろう。色んな議論があってしかるべきであり、一つの議論にまとめようとするのは問題である。
「質問2」:中国・韓国との付き合い方
江戸幕府の鎖国政策は他国とは通商しつつ、中国との縁を断つという意味で正解だった。又幕末に、米国にいじめられて開国をしたのではなく、徹底的に戦って、強い米国と日米和親条約を結ぶことによってイギリス、ロシア、スペインを退け、明治維新の近代化に寄与したと思うが如何ですか?
「回 答」:今も生きる「脱亜論」
1)鎖国の件は全く賛成である。現在日本の外交関係で直面している最大の課題は中国・韓国の隣人とのつきあい方である。米国との付き合い方は全く別次元の話であり、プラグマチックに議論し、取引すれば解決できるものである。然し中国・韓国との関係は江戸時代のみならず、聖徳太子の時代からの課題であり、明治時代になって国を開いても、他の国と違い、両国とは議論をしても解決できる余地がなく、明治の人達は悩んだのである。
2)それに明確な答えを出したのが福澤諭吉であった。彼は「脱亜論」で、両国との付き合いがうまくいかないのは、両国の悪意から来るものではなく、同じアジア人、儒教そして漢字の国であるが、発想と価値観が根本的に違うからであるとし、委曲を尽くして付き合えない理由を挙げている。そして日本は隣国だからと言って特別に配慮する必要はなく、支那・朝鮮の仲間意識から脱出して、西洋の技術を取り入れて、日本独自の文明を創り上げて、国の独立を守っていかねばならないとした。
3)戦後の日本では加害者・被害者の二分論により、脱亜論は、中国と韓国とは付き合えないとする両国を馬鹿にした議論であるとの批判が主流であったが、130年前の歴史と変わらず、彼の卓見は今に通じるものであり、歴史の極意は変わらない。
「質問3」:憲法改正について
憲法改正のための国内外の情勢は厳しいようであるが、安倍首相がそれを実現するにはどのようなシナリオが描けるか?
「回 答」:96条改正で実現を
安倍首相は一昨年に、憲法96条の両議院の三分の二以上の発議要件を、二分の一に改定しようとされていた。然し、その議論は「改正ルールから改正する」のはフェアでないとの護憲の人達からの戦略的反論もあり、国民の機は熟していないと、いつの間にか立ち消えとなってしまった。代わって登場したのが集団的自衛権の議論であり、二年間の大論争が行われて来た。然しあの時96条を改正していれば、今ごろ本丸である9条2項が改正され、自衛隊は、集団的自衛権も有する普通の国の軍隊として位置づけられ、安保法案はいらなくなっていたのである。2年もかけるのならば、諦めずに96条改正に取り組むべきであった。然しこれからでも遅くない、再選され3年の任期の間に、96条改正から入るのが実現可能な憲法改正の道であると考える。それ以外に憲法改正の現実的道はないと思う。
「質問4」:歴史教育について
例えば真珠湾がどこにあるか、日米戦争でどちらが勝ったか知らない子供がいるが、今後の日本の進路を考えるうえにおいて、次世代の子供達に戦争のことも含めて、どのように過去の歴史を伝えていく教育をするべきか?
「回 答」:教えなかった原因を追究して構造的解決を
そもそも教えなければ知らないのである。第二次世界大戦の北アフリカ戦線におけるエル・アラメインの戦いは、現代の世界をつくった重要な戦いであるが、各々の学習レベルで知ればよい。お尋ねの処方箋は、これまで教えなかった原因がどこにあるのか、そこに手を打たねばならない。高校の授業の歴史近代史は時間が足りなくて入試に出ないから教えないのならば、構造的に直して行かねばならない。近現代史が教えられていないのは、日本だけの話であり、他の国は手を打っているのである。
「 以上は、京都大学名誉教授中西輝政氏の標記の講演を
國民會館が要約・編集したものであり、文章の全責任は
当會館が負うものである。」
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