ペットと暮らせる特養から 若山三千彦
医療・健康・介護のコラム
ペットたちが認知症高齢者に何度も起こした「小さな奇跡」…二度と名前を呼んでもらえないと思っていた息子さんは号泣
猫が起こした奇跡も
保護猫出身の「トラ」(「さくらの里山科」で)
さて、「文福」と佐藤トキさんの例と同じような奇跡を、猫が起こしたことがあります。大の猫好きの斎藤幸助さん(仮名、当時80歳代、男性)は、若い頃から50匹以上の猫を飼ってきました。しかし80歳代になったのを機に、猫を飼うのを諦めます。すると、途端に認知症を発症してしまいます。ご飯を食べたことも忘れてしまう状態になり、日常のいろいろなことができなくなって、すっかり無気力になっていたそうです。そこで家族は、猫がいる老人ホームに入れば、少しは元気になるかと期待して、「さくらの里山科」への入居を決めたのです。
猫と一緒に暮らすことの効果は家族の期待をはるかに超えていました。斎藤さんは、みるみるうちに元気になりました。保護猫出身の「トラ」が乗った車いすを押して歩くリハビリに積極的に取り組むことで、しっかり歩けるようになりました。歌が好きで、いつも「トラ」を膝にのせて歌っていました。その姿からは、無気力だった頃など想像もできませんでした。
「アラシ」が守ってくれるから怖くない!
重度のてんかん発作という持病がある「アラシ」
おしまいに、これまでご紹介してきた事例とは異なるアプローチで入居者の背中を押し、認知症状の“克服”を手助けした犬がいます。
保護犬出身の「アラシ」は、重度のてんかん発作という持病がありました。おそらく、そのせいで元々の飼い主から虐待されていたのだと思います。人に対して病的におびえる犬でした。他の犬にもおびえ、いつも物陰に隠れて震えていました。そんな姿にホームの職員は心を痛め、できるだけ声をかけ、優しくなでていましたが……。
そんな、 凍 てついた「アラシ」の心を解かしたのは、入居者の山田吉江さん(仮名、当時80歳代、女性)です。山田さんはレビー小体型認知症でした。
ちなみに、認知症と言うのは症候群であり、認知症状を起こす様々な病気をまとめて呼ぶ名称です。ですから、実際には認知症を起こす病気はいろいろあります。有名なのがアルツハイマー病ですが、他に脳血管性認知症や、山田さんが患っていたレビー小体型認知症も少なくありません。そして同じ認知症でも、病気によって症状や特徴は異なります。レビー小体型認知症の特徴の一つが、幻視を見ることです。
山田さんも幻視に悩まされていました。「夜になると怖い物が出てくるので、怖くて寝られない」と訴えていました。夜、しっかり眠れないので、昼間はずっとうとうとしています。そのため昼間の活動量が減り、その結果、食欲が減りました。すると、食事が十分取れないので体力が弱り、体力が弱ると認知症が悪化して、ますます夜眠れなくなるという悪循環に陥っていたのです。
そんな山田さんは、なぜか「アラシ」のことを気にするようになります。「あのかわいそうなワンちゃんはどうしたの」といつもホームの職員に聞いていました。そして、「アラシ」に優しく呼びかけ、なでていました。
それまで誰にも心を開かなかった「アラシ」も、不思議なことに山田さんには懐きました。きっと自分のことだけを愛してくれる人が必要だったのでしょう。いつも山田さんのそばにいるようになり、山田さんの部屋で一緒に寝るようになりました。そうしたら奇跡が起きたのです。山田さんは夜、ぐっすり眠れるようになったのです。
私たちは、「アラシ」と触れ合うことにより認知症が改善され、幻視の症状がなくなったのかと思ったのですが、実は違っていました。山田さんの認知症の症状は全く変わっていなかったのです。でも、「夜、怖い物が出てくるけれど、アラシが守ってくれるから怖くないの」と言っていました。山田さんは、認知症が治ったのではなく、「アラシ」と一緒に認知症を“克服”していたのです。
今回は、ペットによって認知症が改善された事例をお話ししてきましたが、実は私たちは、ペットセラピー(アニマルセラピー)は目的としておりません。ただ単に、ペットと暮らしたい高齢者の支援をしているだけです。高齢者を幸せにするためにペットも幸せにしているだけなのです。認知症の改善は、期待していなかった副産物に過ぎないのです。
(若山三千彦 特別養護老人ホーム「さくらの里山科」施設長)
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