ペットと暮らせる特養から 若山三千彦
医療・健康・介護のコラム
ペットたちが認知症高齢者に何度も起こした「小さな奇跡」…二度と名前を呼んでもらえないと思っていた息子さんは号泣
ペットと暮らせる特別養護老人ホーム「さくらの里山科」では、根本的な治療法がない進行性の認知症を“ペットが治した”と思わざるをえない「小さな奇跡」が何度も起きています。今回は、その中でも、私たちが目の当たりにした、信じられないほど劇的に認知症の症状が改善された事例をご紹介していきます。
保護犬出身の「文福」(「さくらの里山科」で、2025年9月撮影)
入居者に寄り添う「文福」(「さくらの里山科」で、2025年9月撮影)
「文福」に向かって「ポチや」と呼びかけた入居者
最初にご紹介するのは、今から13年前、2012年のホーム開設間もない頃、保護犬出身の「 文福 」が起こした奇跡です。
「文福」が暮らすユニット(区画)に入居した佐藤トキさん(仮名、当時80歳代、女性)は、重度の認知症のせいで家族の顔も名前も分からなくなっていて、自ら声を発さず、表情はないような状態でした。家族は、大の犬好きだったトキさんが犬と一緒に暮らせば少しは元気になるのではと、いちるの望みを託して、「さくらの里山科」に入居させました。
入居した数日後、奇跡は早くも訪れました。何と、佐藤さんが「文福」に向かって「ポチや」と呼びかけたのです。それだけでも家族にとっては奇跡同然でした。佐藤さんはもう何年も、自ら話すことも動くこともできなくなっていたのですから。
佐藤さんの目覚ましい機能回復は続きます。「文福」ときちんと名を呼べるようになり、ついには訪れた息子さんの名前も分かるようになったのです。もう二度と母親から名前を呼んでもらうことはないと思っていた息子さんは……、号泣していました。それほど劇的な回復ぶりだったのです。
決して諦めなかった「ココ」…ついに奇跡が
トリミングから帰ってきた「ココ」(「さくらの里山科」で、2025年9月撮影)
続いてご紹介するのは、トイプードルの「ココ」と飼い主の橋本幸代さん(仮名、当時70歳代、女性)のストーリーです。
「ココ」と橋本さんは元々、別の有料老人ホームで暮らしていましたが、橋本さんの認知症が悪化して、そのホームでは対応できなくなり、「さくらの里山科」に移ってきたのです。認知症でも特養ならば対応できます。ココと橋本さんは「さくらの里山科」で問題なく暮らせていたのですが、橋本さんが転倒骨折で入院した際、とんでもない事態に陥ります。入院中に橋本さんの認知症が一気に進行してしまいます。見知らぬ所で、しかもベッド上での変化のない毎日を送る入院生活によって、認知症が進行するのはよくあることです。決して病院がいけないわけではありません。
橋本さんは、自ら動くことも、言葉を発することもない状態で「さくらの里山科」に帰ってきました。大喜びで「ココ」が飛びついても、表情一つ変えません。それどころか、「ココ」を見ようともしませんでした。
「かわいそうに。もうココは大好きなおばあちゃん(橋本さん)から名前を呼んでもらうことも、なでてもらうこともないだろう」。そう思った職員は自然と泣いてしまいました。この状態まで進行した認知症が回復することはないのを職員はよく知っていましたから。
ところが、「ココ」は決して諦めません。橋本さんから無視されても、いつもそばにいました。そして橋本さんを見つめていました。橋本さんに呼びかけていました。
その数か月後、奇跡は起きました。橋本さんが何と自分から呼びかけたのです。「ココ」と。退院後、初めて言葉を発した瞬間でした。さらに、「ココ」をなでるようになり、少しずつ話しかける言葉も増えていきました。ついにはホームの職員と会話ができるまでになり、トイレにも行けるようになりました。そんな驚くほどの回復ぶりを見せてくれました。
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