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職場で泣いた


タイトルの通りである 職場で盛大に泣いて帰ってきた
理由はわからない わかるのだが今思えば「そんなことで?」なのである
33歳、もういい大人である 二度とこんな過ちは犯したくない
反省の意味を込めて、明日の生き方を見直すために、今日一日を整理することにした

まずいつも通り午前4時15分に家を出た 路面電車に飛び乗る
午前5時、更衣室で制服に着替えて作業場に出る
機械のセットアップなどしていると、別部署の同僚が続々と出勤してくる

申し遅れましたが、私はドイツの肉屋で職業訓練生として働いている者です
今日は、昨日捌き終えられなかった豚の解体作業から
冷蔵室から引っ張り出して来た台車に積まれた箱の中から目的の肉を探す
それをまな板に放り投げ、捌いて捌いて、その途中に別の作業も挟みながら時間が来たらコーヒー休憩
その後でソーセージ作りが始まる

私はソーセージの製造作業が好きだ 毎日できる作業ではないので今日は特別な日である
しかしなんだか調子が悪い 詰めた後の腸の中に頻繁に空気が入るのだ
その度に外側から針を刺しプスプス空気を抜くのでテンポが悪い
私は他の人より動きが鈍い自覚がある、だからこういう小さな足止めに「怒られないだろうか」と若干ビクつく
結局、後から充填機につけるノズルの太さを誤っていたことを指摘され、空気が入ったのもそのせいだということがわかった
注意されたことは休憩時間にスマホの日記アプリにすぐメモし、家で仕事ノートに書きつける
色々対策をしていても、こういう初歩的なミスを未だにする
自分の成長を感じられない瞬間はやはり落ち込むが、ここではまだ泣いていない

2度目の休憩が終わった時、今朝届いたばかりの豚の半身の解体を始めることに
豚の半身とは何かというと、豚を縦に真っ二つに開いたものである 名前のまんまである
血抜きされ内臓も取り除かれたそれは、足にフックを通され頭を下にしてぶらんと吊るされた状態で契約農場から届く

我々はこの吊るされた状態のまま解体を始める
まず吊るした所から大まかに頭、豚バラ、首肉、肩肉、背中肉、もも肉、豚ヒレを切り出す
正直な所、私はこの解体作業が得意ではない
嫌いなわけではない ただどうしても間違えて切ってしまう事が怖く毎回異様に怯えて切っている
例えば背中肉は最終的には店に並ぶ時、丸い筒状の形になる その時に表面に傷などついていたら価値が下がってしまう
そうなると当然お叱りがある お叱りは何歳になっても本当につらい

以前、吊るした状態から各部位への切り出し作業のタイムを計った所、私がやると17分かかっていた
それを親方がやると4分以内に終わる
無理ゲーだよと思った しかし私は職業訓練生であり、年明けの中間試験では時間制限付きで解体をしなくてはならない
泣き言ばかり言っていられない 私は良くならなくてはいけない

ところで最近、新しい同僚が増えた 20代前半の男の子である
彼は私より一足先に3年間の職業訓練を終えており、10以上年下だが肉屋の先輩である
体躯もよく身長180cm以上ありいかにも肉屋の職人というオーラがある気の良い兄ちゃんである

そんな彼が昨日、豚の捌き方について私にヒントをくれた
「ここをこういう風に捌けば時短になって、中間試験でも時間の余裕が出来るし、今度捌き方を見せてあげる」と言ってくれた事を思い出し、解体してるところを見せて欲しいとお願いしたら快く承諾してくれた

そうして準備の整った彼の捌き方をよく見ておこうと傍に立った時、
「ストップ!」と声がした
振り返ると親方がいて
「今日は〇〇が捌いて、君はそれを見てて」
私に向かってそう言った
○○とは、私のことである

ナイフを研いできて、と言われ急いで専用の機械がある地下室へ
作業場に戻るとナイフが本当に研げているか親方のチェックが入る
仕上げに研ぎ棒でもナイフを研ぐように指示され、その姿を下から覗かれナイフの角度が違う!と注意を受けた
心臓がぎゅっとしてドキドキし始める 親方の視線はいつも厳しい 緊張感が走る

ようやくナイフが研ぎ終わり豚の半身を前にナイフを構える
180cmを超えるヨーロッパの男たち二人がじっと私の手元を見ている
この二人に挟まれた153cmの日本人女はもはや子供 自分が今以上に縮んだような気になる
恐る恐るいつも通り豚バラからナイフを入れ始めると
「ストップ、ナイフの進め方遅いからもっと一気にガーッて切ってみて」
先輩同僚の方からそう言われた ナイフを握り直しいつもより豪快にナイフを動かしてみる
これは怖い スピード感のある作業は考えてできないから常に不安がある
そうして次はあばら骨をノコギリで切る段階 ナイフで薄くガイドラインをつけてからギコギコしていこうとした時
「ストップ、指三本じゃなくて〇〇は4本を目安の太さにして」
親方がそう言った 以前ここの目安は3本指と教えてもらったのだが、私と自分の手の大きさの違いを見てそう言った
自分のやろうとしたことがことごとく間違っていること、見られていることへの緊張、正しくやらなきゃという焦り、ドイツ語が100%理解できないまま進む解体
脳が混乱してきたが、この程度はこれまでで何度と無く経験してきた 大丈夫まだいける
とにかく手だけは止めず冷静に、ナイフとノコギリを駆使して、どうにか上手くやろうとした

失敗した
解体中、豚の背肉を大きく傷つけてしまったのだ
先輩が時短になるよと教えてくれた方法を試そうとナイフを入れた場所が、脂身と肉の中間かと思ったら思いっきり肉と肉の間に刺さっていた
それを見た瞬間、先輩が私に代わって解体を進めてくれた

やってしまった
肉は一度傷をつけたら元には戻らない
お絵描きソフトみたいにctrl+Zで取り消せない
どうしよう叱られる
目の前でこうやるんだよと教えてくれる先輩の声が遠くから聞こえるようだ
それでもなんとか気合で最後まで説明を聞き、荒れた心を悟られないよう解体作業を続ける

各部位に何とか切り分けられた後はさらに細かく分類していく
頭は傷つけた背中肉のことでぐるぐると渦を巻いていた
まな板の前に立った時、
「首肉がいるから用意して」
親方にそう言われ、私が運んできたのが別の部位で「それじゃないよ」と先輩に指摘される
顔から火が出るかと思うほど恥ずかしかった
例え捌き方が未熟でも、指定された豚の部位を間違える事なんて、一年以上働いていてあり得ない
混乱した頭が更なる恥で靄のかかったマーブル模様みたいになりどんどん何をどうしたら良いのかがわからなくなっていく

先輩同僚と並んで肉を捌いていた
親方に叱られ、年下に間違いを訂正され、最後にはあり得ないミスを繰り返す
まだ泣きはしない この程度の涙腺着火は何度と無く乗り越えてきた
私は涙を自由には出せないが、職場限定で自由に引っ込めることが出来るようになった
ここで働き始めた当初、「人前で泣かない」という自分ルールを打ち立てた
そのおかげか、私は職場の人の前で涙腺を止めることだけは上手くなった
ただし代償として大量の鼻水が出てくる これを隠すのは難しい
制服の内側に来ているTシャツを胸倉からグイと引っ張り出し、鼻をぬぐってなんとかした

「わからない事は聞いて」
私がこの職場に来て何度と無く言われ続けている言葉
1年以上たった今でも言われる
そう、私は未だに質問ができない

いや、できるようになってきてはいるのだ
本当に少しずつだが、1日に全く質問しない日は無いくらいなるまで変わった
それでも覚える事はたんまりとあって、または状況によって動きが変わったりして
そういう事についていくだけで精いっぱいで、急ぎで無いけれど、本当に自分が知りたいと思う質問はどうしても後回しになりがちになっている

いや、これも全部言い訳だ
肉屋はみんな動きが早い 私のようなノロい人間はいない
上司は配達にも行くし、作業部屋を出て店で接客していることも多い
だから上司がいる!と思ったら、見えなくなる前に「ちょっと質問が!」とすかさず声を掛けなければならない
しかし私は1年以上働いて未だに「今忙しそうだから声かけたら迷惑だよな」「早口で答えられたらどうしよう、2~3回聞いてもわからなかったらどうしよう」と二の足を踏み、今じゃなくてもいいよな…と判断を先延ばしにしている

更に言えば「わからないと思われたくない」「嫌われたくない」「怒鳴られたくない」と、自分のことばかり考えている幼稚な自分がいることも、十分に自覚している
大人である 33歳である それなのに、まだこんなちっぽけなプライドが捨てきれず、心底辛く、泣きたくて仕方ない

コミュニケーションは怖い 「嫌われる」という針と針の隙間にゆっくり足を差し込んで、つま先立ちで歩くような気持ちになる
何を言われるかわからない どんな痛みが走るかわからない

怒られるかもしれない怒鳴られるかもしれない
しかし本当はやらなくちゃいけない 変わらなくてはいけない
そんな事に職場で鼻水を垂らすほど怯えている
もう胸ぐらのTシャツがぐしょぐしょで、今度は肉や脂で汚れた布を鼻にあてて堪えた
なんて情けないんだ 33歳
目の前の20代前半の先輩の方がずっと頼りがいがある
何度かトイレに駆け込み、トイレットペーパーを目に押し当てた
今日はヤバいかもしれない

人前での涙を堪え続け1時間弱、ただただ無言で豚を捌き続ける
普段なら雑談の1つでもする所、あまりに私が顔を背け続けだんまりなので先輩が
「大丈夫?体調悪い?」と心配してくれた

その時が限界だった 両目から目玉がこぼれたんじゃないかと思うほど視界が揺れた
10も年上の女が目の前で決壊したように泣き出したら誰だって困る 彼は慌ててドイツ語で何かを聞いてきたが、わからなくて、私はただ大丈夫とだけ答え、帽子を深くかぶり豚と格闘し続けた
先輩はそれ以上何も聞かず、所々私の捌き方を見てヒントをくれたり、わからなかったら聞いてと、念を押してくれる
「僕が日本語を喋れたらよかったんだけど…」
ぼそりとそう言った言葉が理解出来た時、有難さと申し訳なさでまた目玉が溢れそうになる

違う本当は、私が変わらなくてはいけない
辛い・苦しい・逃げたい、そう思う事は簡単で、もしかしたら人に話す事で一時的に癒しを得る事ができることもある
でもそれでは根本解決には届かない
一歩を踏み出すだけではだめなのだ 1日1回は質問できるようになったでは成長じゃない
やはりそこから逆の足、また逆の足をと前に出して、前進しなくては変わらない

私は無言で泣き続け、Tシャツ・汚れた布などで目と鼻の水を拭きまくった
絶対水を肉に飛ばさないよう注意していたが、今思えば顔面の衛生的には最悪だったと思う 明日目が異様な腫れ方してたらどうしよう

結局また豚の解体は今日中には終わらず、翌日に持ち越しになった
きっと私じゃない人がやれば余裕で今日終わる量だったのだ 親方も先輩も、それでも私にやらせてくれた
先輩同僚は清掃の最後の後片付けを「僕がやっておくよ」と少しだけ私を早く帰してくれた 若くて頼れて、本当にいい人だと思う

もし質問して分からなかったら?
コミュニケーションで相手をイライラさせたら?
日本にいた頃からずっと抱えている、対人関係の悩み もうこれは言語だけの問題じゃない

もし明日の私のドイツ語能力の低さや仕事の遅さで、同僚たちに嫌われたら それはもうきっと仕方ないんだと思う 彼らの選択は私には選べない
その代わり今の私は一度、今の自分を否定せず受け止めたい
出来ないことを許せなかったり、逃げたりせず見つめることでもう少し「これからどうするか」がクリアになると思う 多分

明日からどうしようか どういようか
怖いけれど少しだけ勇気出して、3回くらい質問してみようか
吐きそうなほど怖いけど、そしたらトイレに駆け込んで自分をぎゅっと抱きしめよう
大丈夫大丈夫と唱えて、トイレで泣こうと思う

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ケリーちゃん

第二言語を学ぶ、 だけではなく、 第二言語で何かを学ぶって二重の大変さですよね… まずは、質問したいけどタイミングが掴めなくて苦しんでること、どうしても聞きたいこと、を手紙で書いて渡してみてはいかがでしょうか?

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neur

アズビ期間を終えドイツで働いているものですが、最近ミスが多いのを指摘され先日職場で泣きました…。アズビ期間中もドイツ語のできなさやコミュニケーションの難しさで仕事中泣いたことあるので共感しかないです…。忘れないようメモする、分からない曖昧なことは何度も聞いて確認する(何度聞いても…

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ゆいまさ

私も留学していたころ、日本にいた頃のような受け身のコミュニケーショしかできず悩みました。 簡単に性格は変わりませんが、必ず毎日少しずつ成長しているはずです。 遠く日本から応援してます!

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こうさく

日本からいつも応援してます。 がんばりを職場のみんながわかってくれてると思います! これからも応援してます。

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