今から四半世紀前のこと、両親と7人の兄弟姉妹、総勢10名で大学入学のお祝いに広尾か麻布のイタリア料理店に連れて行ってもらった。兄弟姉妹が多かったせいか、レストランなんかで皆で外食した記憶がほとんどない。「本格的な洋食」を食べにいきたいが、フレンチでは予算的に皆で行くのは大変なのでイタリアンで、という親の発想だったんだろう。その当時、世はまだバブルではなかった。
これは家族で行った「楽しい外食」の数少ない思い出である。
うなぎの寝床のような店で他にお客さんはいたと思うが、なにせ8人の子供連れ、うるさかっただろうと思う。
そんな私たちでもシェフは温かく迎えてくれて、出される料理はどれもこれまで食べたことのないような料理だった。料理の詳細は忘れてしまったが、スパゲッティはスパゲティというくらい自分の知っているスパゲッティとは違っていた。
18だからもう酒もいいだろう、と言われて飲ませてもらった酒は真紅で、グラスの中でソーダで薄められ、黄金の泡が浮かんだレモンのふちに接してはじけていた。カンパリソーダです、と給仕の方が言っていた。4歳の一番末の妹とその上の6歳の妹はオーダー外に出していただいたスパゲティを服を汚しながら、あらそって食べていた。みなその様を見て両親も他の兄弟も赤ん坊みたいだね、と言って笑っていた。よそ行きの服だったと思うが、汚しても両親は怒ってはいなかった。皆、笑いながら楽しく食事をしていた。
食後に出されたコーヒーは細かい泡が浮いていた。これはコーヒー? 苦かったが、コクがあっておいしかった。エスプレッソですよ、とシェフの方が教えてくれた。横では末の妹2人がデザートを皿を舐めんばかりの勢いで食べていた。その様を見て皆、笑っていた。
つられてか、エスプレッソのおかわりをしてしまった。よく苦いの飲めるね、今度は自分が他の兄弟に笑われた。
皆、帰宅までの時間を惜しむように笑いながら、微笑みながら過ごしていた。カンパリソーダのせいか以前見たイタリア映画の一シーンの中に飛び込んだような感覚があった。
末の妹だったか、「また、皆で来たいね」と店を出る時に言った。
くらっとして我にかえった。
「そう、来たいね」口々に皆、言っていたが、上の兄弟になればなるほど義理で言っている感じだった。自分も含めて、ただ、自分はもう一度来たいな、と店を出た後で本当に思った。
人それぞれ大人になったことを実感する瞬間ってあるんだろうけど、自分にはあのイタリアンレストランで過ごした時間がそうだった。そしてそれは滅多になかった外食の楽しい思い出とともに子供時代最後のいい思い出となった。カンパリソーダとエスプレッソ。今は特別な飲み物ではなくなってしまったが、たまに飲みながら、ふとあの時の夢のような瞬間を思い出す。
その1週間後、早朝、1人暮らしをするために自分は家を出た。朝は忙しいから、と言って誰も駅まで見送りには来てくれなかった。重い荷物を抱えて電車に乗った瞬間、自分はもうあの家の人間ではなくなってしまったんだと思ったら泣きそうになった。
1人暮らしを始めて、小遣いをためてカンパリとモカエキスプレスを購入した。それぞれ3000円と5000円。買うのには決心が必要だった。カンパリの味は再現できたが、モカではあのエスプレッソの味が出せない。泡もなければ苦いだけのまずいコーヒーだった。舌もしびれた。マシンを使わないとあの味を出せない、そしてそのマシンは業務用で数百万する、だから店でしか飲めない、と知ったのはその後しばらくたってからだった。あきらめてモカでエスプレッソを飲むのはやめてしまった。ようやく泡の出るエスプレッソを飲めるようになったのはそれから10年以上もたってから、デロンギBAR14を購入してからだった。
先日、1~2杯用のモカが2000円もしない値段で売っていたので衝動買いしてしまった。
自分でドリップ用にとミディアムローストで焙煎したエチオピアモカ イルガチョフG1で淹れてみた。挽きはドリップ程度。マシンで淹れた味とは違うが、香りがとてもよく、ミルクで薄めて飲むつもりだったが、そのまま飲んでしまった。焙煎度合いが浅いせいもあるとは思うが、マシンで淹れたのと比較して苦味も強くなくとてもおいしかった。
舌が変わったせいか、年をとったせいか、、、いや、たぶん、昔は豆の品質が悪かったのに違いない。カフェバッハの田口氏の書いた本だったと思うが、以前は豆はいい加減なものを売ってそれでよしとしていたコーヒー屋が多かった。ということが書いてあったように思う。通販が普及したおかげで個人でもいい豆が入手でき、自分で簡単に焙煎できておいしいコーヒーが飲める。いい時代になった。
これからもマシンで淹れるエスプレッソを飲みながら、あの楽しかった子供時代の思い出を、そしてモカで淹れる時は苦いことも楽しこともあった学生時代の思い出を大切にしていこう。

レシピ
1.モカの下の部分に水を入れる。この時、安全弁より上に水位がこないように。
2.中程度の焙煎で中挽きしたエチオピアモカ イルガチョフG1をコーヒー入れのすれすれまで詰めてかるくタンピング。細挽きにすると圧力が低いので水が上がってこないか、あがってきても微粉が混じってまずいコーヒーとなる。
3.火にかけ、コーヒーがあがってくるのを待つ。あがってきたらすぐカップに移せるようにつきっきりで。
4.あらかじめ保温していたカップに移す。
これは家族で行った「楽しい外食」の数少ない思い出である。
うなぎの寝床のような店で他にお客さんはいたと思うが、なにせ8人の子供連れ、うるさかっただろうと思う。
そんな私たちでもシェフは温かく迎えてくれて、出される料理はどれもこれまで食べたことのないような料理だった。料理の詳細は忘れてしまったが、スパゲッティはスパゲティというくらい自分の知っているスパゲッティとは違っていた。
18だからもう酒もいいだろう、と言われて飲ませてもらった酒は真紅で、グラスの中でソーダで薄められ、黄金の泡が浮かんだレモンのふちに接してはじけていた。カンパリソーダです、と給仕の方が言っていた。4歳の一番末の妹とその上の6歳の妹はオーダー外に出していただいたスパゲティを服を汚しながら、あらそって食べていた。みなその様を見て両親も他の兄弟も赤ん坊みたいだね、と言って笑っていた。よそ行きの服だったと思うが、汚しても両親は怒ってはいなかった。皆、笑いながら楽しく食事をしていた。
食後に出されたコーヒーは細かい泡が浮いていた。これはコーヒー? 苦かったが、コクがあっておいしかった。エスプレッソですよ、とシェフの方が教えてくれた。横では末の妹2人がデザートを皿を舐めんばかりの勢いで食べていた。その様を見て皆、笑っていた。
つられてか、エスプレッソのおかわりをしてしまった。よく苦いの飲めるね、今度は自分が他の兄弟に笑われた。
皆、帰宅までの時間を惜しむように笑いながら、微笑みながら過ごしていた。カンパリソーダのせいか以前見たイタリア映画の一シーンの中に飛び込んだような感覚があった。
末の妹だったか、「また、皆で来たいね」と店を出る時に言った。
くらっとして我にかえった。
「そう、来たいね」口々に皆、言っていたが、上の兄弟になればなるほど義理で言っている感じだった。自分も含めて、ただ、自分はもう一度来たいな、と店を出た後で本当に思った。
人それぞれ大人になったことを実感する瞬間ってあるんだろうけど、自分にはあのイタリアンレストランで過ごした時間がそうだった。そしてそれは滅多になかった外食の楽しい思い出とともに子供時代最後のいい思い出となった。カンパリソーダとエスプレッソ。今は特別な飲み物ではなくなってしまったが、たまに飲みながら、ふとあの時の夢のような瞬間を思い出す。
その1週間後、早朝、1人暮らしをするために自分は家を出た。朝は忙しいから、と言って誰も駅まで見送りには来てくれなかった。重い荷物を抱えて電車に乗った瞬間、自分はもうあの家の人間ではなくなってしまったんだと思ったら泣きそうになった。
1人暮らしを始めて、小遣いをためてカンパリとモカエキスプレスを購入した。それぞれ3000円と5000円。買うのには決心が必要だった。カンパリの味は再現できたが、モカではあのエスプレッソの味が出せない。泡もなければ苦いだけのまずいコーヒーだった。舌もしびれた。マシンを使わないとあの味を出せない、そしてそのマシンは業務用で数百万する、だから店でしか飲めない、と知ったのはその後しばらくたってからだった。あきらめてモカでエスプレッソを飲むのはやめてしまった。ようやく泡の出るエスプレッソを飲めるようになったのはそれから10年以上もたってから、デロンギBAR14を購入してからだった。
先日、1~2杯用のモカが2000円もしない値段で売っていたので衝動買いしてしまった。
自分でドリップ用にとミディアムローストで焙煎したエチオピアモカ イルガチョフG1で淹れてみた。挽きはドリップ程度。マシンで淹れた味とは違うが、香りがとてもよく、ミルクで薄めて飲むつもりだったが、そのまま飲んでしまった。焙煎度合いが浅いせいもあるとは思うが、マシンで淹れたのと比較して苦味も強くなくとてもおいしかった。
舌が変わったせいか、年をとったせいか、、、いや、たぶん、昔は豆の品質が悪かったのに違いない。カフェバッハの田口氏の書いた本だったと思うが、以前は豆はいい加減なものを売ってそれでよしとしていたコーヒー屋が多かった。ということが書いてあったように思う。通販が普及したおかげで個人でもいい豆が入手でき、自分で簡単に焙煎できておいしいコーヒーが飲める。いい時代になった。
これからもマシンで淹れるエスプレッソを飲みながら、あの楽しかった子供時代の思い出を、そしてモカで淹れる時は苦いことも楽しこともあった学生時代の思い出を大切にしていこう。
レシピ
1.モカの下の部分に水を入れる。この時、安全弁より上に水位がこないように。
2.中程度の焙煎で中挽きしたエチオピアモカ イルガチョフG1をコーヒー入れのすれすれまで詰めてかるくタンピング。細挽きにすると圧力が低いので水が上がってこないか、あがってきても微粉が混じってまずいコーヒーとなる。
3.火にかけ、コーヒーがあがってくるのを待つ。あがってきたらすぐカップに移せるようにつきっきりで。
4.あらかじめ保温していたカップに移す。
私がまだ誰かの妻だったころ、夫は仕事で、イタリア、ウルビーノで、レクチャー。私も同行。
ウルビーノは本当に美しいまちでした。
元夫が、レクチャーをしている時、退屈をした私は1人街に出てCafeでカンパリをのんだ。そうしたら、イタリア男たちは、なぜだか、次から次に私のところに新しいカンパリソーダを、おくってくる。そういうわけで、陽気に過ごしていたら、元夫が私を探してそのCafeに。驚く元夫に、カンパリで乾杯した。
華やかなあの赤、なのに、カンパリはちょっと苦い。あの感じが、なんだか、ちょっと人生って感じよ。
ウルビーノは名前も知らなかったのですが、読んでいて情景が浮かんで、早朝にもかかわらず、モニターの前で思わずくすっと笑ってしまいました。