中野の南口、すぐのところ。三階にある居酒屋から帰ろうとして、エレベ-ターに乗って降りて一階に着いたら、パンをいっぱいに積んだカートを押している、白衣の男に、声をかけられた。
一階に入っている、サンジェルマンのパン屋みたいだった。
多分、廃棄するんだろう。
すると男は、普通に、私が友達であるみたいに、声をかけた。
「パン、好き?」
……私は頷く。
すると男は、私と、私と一緒にいたナガセに、食パンを一斤づつくれた。透明のビニールのまま、むきだしで。
パン屋の男は微笑みもせず、外にパンを運んで行く。
私たちは、食パンをかかえて、立ったまま、動けなかった。
ナガセは、「オマエといると、こういうことが起きるのが、多い気がする」と言った。
21時半、片手で食パンをぶら下げて、ナガセの家まで行く。
土曜の、夜の駅前、中野のサンモール商店街。知り合いには誰にも会いたくないな、と思いながら歩く。
人は脳内にオリジナルの地図を持っているっていうけれど、私の頭の中には、ほぼ飲食店しかインプットされていない。
商店街の入り口には今川焼のれふ亭、ソーセージ&マヨネーズ焼きが美味しい。長崎ちゃんぽんリンガーハットと、立ち食いそば・うどんの梅もと、富士そばの前を通ると、日高屋が見えてくる。
明るい店内を覗く。満席だ。安い中華だから、若い女の子、男の子でいっぱい。もし自分がもっと若かったら、こういうところでデートするのも、悪くない。
そういえばツイッターで、ふと思いついて、『日高屋なう』って検索してみたら、日高屋でくつろぐ若い子たちの写真が、いっぱいひっかかってきて、びっくりしたことがあった。『サイゼリヤなう』でも試してみたけれど、やはり若い子たちのピース写真が見れた。知らない女の子が、世界中に顔を晒している。彼女たちの顔を、友達みたいな気持ちで眺めるのって、不思議な気持ちだ。
コージーコーナーの前を通る。マクドナルド、ロッテリアの前を通る。
クレアーズでピアスを見たかったけど、もう閉まっているから、素通りする。
ブロードウェイをぬけて、黒猫メイドバーの前を通る。そこも思わず覗いてしまうけれど、丁度、入り口のガラスに目隠しがしてあって、店内のことはよく分からない。
「ねえ、今日は入ってみる?」とナガセが言う。
思いきって入り口に立つと、自動ドアが、ジャーっと開いた。
「いらっしゃいませご主人様、お嬢様~」と言われて、テレビやネットで見るメイド喫茶と同じだなあ、と思って感心した。
ねこ耳をつけた女の子に、「わあ、どうしてお客様、食パン持ってるんですか、面白~い!」と言われた。
奥のほうの席に、ガチの常連っぽい男たちがいる。ほとんどの女の子は、そちらをフォローしている。会話は大盛り上がりで、大騒ぎ。私たちについてくれたのは、AKBのこじはる似の女の子、一人だけ。
何か浮いているというか、さめた目をしている子だった。だから、ひやかし客の係をやらされているのだろう。
ひざ上ミニスカート。彼女は顔をわざと近づけて話す。やはり、肉体がせまってくると、同性だけどドギドキする。
「ご主人様たちは初めてのご来店ですか~?」
「うん、そんな感じかな」と、ナガセが言う。好奇心だけの客だと分かってるのに、こじはるは笑顔を惜しまない。いい子だ。
「たくさん飲んでいってくださいね~」
私たちはビールを頼み、こじはるは柿の種を出してくれる。ピンク色の爪には、ふなっしーのネイルシールが貼ってあった。水色とレモンイエローがきれい。
「じゃあ、柿の種を美味しくする魔法をかけるので、ご主人様お嬢様も、あとに続いて、呪文をお願いしますね!」こじはるは手でハートを作って「おいしくなーれ、おいしくなーれ、萌え萌え、キュンキュン!」と言った。
「これ実は、前のバイト先の呪文なんですけど! 美味しくなりましたか?」
ピーナッツをかじって、うん、美味しくなったよ! と、私は言う。こじはるが笑う。
2000円20分飲み放題のシステムだ。ナガセと私は、制限時間内にどのくらいビールが飲めるか、そういう勝負になった。
こじはるに「AKBメンバーにいてもおかしくないくらい、可愛いですね」と言うと、「いや~ん、私、アイドル好きなんです、超嬉しいです! ビールすぐつぎますから、本当にどんどん飲んで行ってください! 遠慮しないで」と言った。
私たちが飲み終わるたび、せかすように、こじはるが「どれ飲みます!?」とすすめてくる。
「ねえ、でもご主人様お嬢様、どうして食パン持ってるんですか?」
「……それはヒミツ!」と、ナガセが言う。
私たちはそれぞれ、ビールを3杯半飲んだ。セコい。
新井薬師の商店街も抜ける。早稲田通り沿いのブックオフにも寄りたかったな、と思ったけれど、それも素通り。一人で歩いてたら、絶対に行くんだけどな、ブックオフ。そして中古CDをバカみたいに買うのに。音楽的に評価されない、クソみたいなガールポップが大好きだから。
あと、108円の、旅行本のコーナーと、レシピ本のコーナーを見るんだ。レシピ本って、食の呪文が書いてあるみたいで、どんな本でも好きだ。
飴屋のパパブブレの前を通り、南インド食堂の前を通り、商店街から少し横に入って、お墓の見えるマンションの2階が、彼の家だ。
墓ビュー、というやつだ。彼はそういうのを全く気にしない。実際、まったく恐くない。かえってあっけらかんと、サッパリしている眺めだ。
ちなみに、カーテンすら付けていない。
ナガセは手も洗わずに食パンをほおばって、「なんにもつけないでも、イケるな、すごいなサンジェルマン」と言った。■