当家の関係者にファミリーマートを経営する家がありますが、そこは藤井姓ではありません。 農村部、山間部の藤井さんとは親戚ではありません。 龍角散の縁者は春霞(はるかすみ)の栗林家 ラベンダー園付近は龍角散の関係者が嫁いだ場所 他人の家の経歴を騙り、子孫を名乗る手口があるようです。皆さんもお気をつけください!

Joined September 2021
秋田市大町(旧名は茶町)にあった東京龍角散本舗支店藤井薬舗 retweeted
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親戚ではないですので、藤井玄淵の子孫名乗るのおやめなさい。 男系の藤井少ないから、すぐに嘘がバレるのです。
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秋田市大町(旧名は茶町)にあった東京龍角散本舗支店藤井薬舗 retweeted
Replying to @fujiiyakuho
意味がわからないならもうポストしないでください。私からすることはないです。
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関係ないという意味が良く分かりません。悪戯や嫌がらせはおやめください。 農家さんとは親戚ではないのです。
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申し訳ないですが、ファミリーマートに勤務する方と親戚ではないと思われます。冠婚葬祭で会ったことないです。
前にもポストしましたが、当家(龍角散)は男系でないために、藤井がつく親族はほとんどいないのです。つまりは、別系統の藤井さんだと思うのですがね。 この手の話をしてくれる方々は証拠となるものをご提示ください。よろしくお願いいたします。
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すいませんが親戚でないと思われますので、おやめください。
前にもポストしましたが、当家(龍角散)は男系でないために、藤井がつく親族はほとんどいないのです。つまりは、別系統の藤井さんだと思うのですがね。 この手の話をしてくれる方々は証拠となるものをご提示ください。よろしくお願いいたします。
#ドラゴンクエスト 私。作家の藤井裕は。 父親は佐々木。母親は藤井。 宇多天皇と藤井玄淵の子孫。 Family Martセーブデータで。 ドラゴンクエストを元ネタにした。 秋田県は龍角散。龍の国。日本も。 今日も更新。メンヘラも。 私多分平気。
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本によりますと、 水戸(茨城県)をルーツとするのが当家 資料上、当方は国替えのあとに来た家となっている 関西系の藤井家 横手市の藤井姓 六郷のお寺の藤井家 大仙市の集落の藤井さんたち 国替え後に、現在の福島県に行き、のち秋田市入りした藤井家 などなど、元は別系統と思われます
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原南陽門人録 ここにある藤井玄信は、安永時代の岩根村(水戸) 紹介者は、森田伝次郎 秋田県のみのつく町ではないですよね。
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以前にもリプライした秋田市の藤井です。 藤井裕様が藤井玄淵の子孫とのことで、確認したいことがいくつかあります。もし宜しければDMください。よろしくお願いします。
いつまでも美郷(六郷)の龍角散だと主張している皆さんに読んでほしいポストですね。 また、当方も一時期やってましたが、各生成AIについては、検索上位から拾ってきて、それっぽい話に合わせるのでしょうから、大体合っていれば、それ以上は難しいでしょうね。 それぞれの良さ、悪さがあるなと。
Replying to @ODnorest
nitter.net/fujiiyakuho/status/190… 秋山高志さんの著書にある藤井玄信は、原南陽門人録にあるもので、 名は忠貞 字は篤 郷は岩根村 安永九年 とあります。 安永九年は1780年なので、東京龍角散のHPにある2代玄信とは明らかに別人です。
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nitter.net/fujiiyakuho/status/190… 秋山高志さんの著書にある藤井玄信は、原南陽門人録にあるもので、 名は忠貞 字は篤 郷は岩根村 安永九年 とあります。 安永九年は1780年なので、東京龍角散のHPにある2代玄信とは明らかに別人です。
それでは行きましょうか! 秋山高志さんの本が手に入らない! と思ってる皆さんへ少しだけヒント。 Googleの『書籍』に「藤井玄信」と入れると こんな風に少しだけ本の内容が表示されます。 後はネット通販で売ってる店を探しましょう。調査とは、本来は地味なものなのです。
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おさらい。あんばいこうさんの著書や六郷町史の龍角散部分は、当時の龍角散の関係者たちの許可を得たものではないため、これを資料に使っても、龍角散の歴史は紐解けません。 その証拠に、龍角散の社員がイベントで、龍角散は六郷で創業した企業だと説明したという複数の証言あり。
江戸初期に秋田に来た藤井家 江戸中期頃に秋田入りした系統あり 下級武士は、国替え時に水戸に残ったとされます 一方、北関東から福島県へ入り、のち秋田に戻った藤井家は別系統です。渡部景一さんの「秋田市歴史地図」にある古地図によると、現在の秋田市に藤井五郎右衛門の屋敷があったようです。
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10月4日は、大曲花火大会・秋の章ですね。当アカウントのメンバーたちも今大曲におります。 龍角散の屋敷があったのは、元の上大町の信用金庫の後ろから、現在は空き地となっている付近とされます。その近くには安養寺あり。 龍角散は、古くは水戸(茨城県)や久保田(秋田市)がルーツとされます。
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藩に系図提出しているものの、本当に分流なのかどうかは不明です。 幕府藩医の原南陽の門人となるために、藤井から何人か水戸へ行かせた、または古くは分流とされる水戸に残った方を使った可能性が。 六郷が龍角散と関係あるんだ!とやりだしたのは、美郷町の町議会なので、当方には分かりかねます。
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前から何度もポストしていましたが、秋田藩のことを調査しても正しい情報が出てこなかったのは、水戸藩の薬がルーツだからです。 tokakyo.or.jp/news/wp-conten… ここの3ページ目の中段付近から読んでいくと、藩医の処方でなく、幕府の医者の処方で、中々、処方を教えてもらえずに〜と書かれています。
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福島県の行った方の藤井でなく、資料からは江戸中期〜後期の藤井文右衛門忠貞が玄信になっています。秋山高志さんの著書によれば、岩根村(茨城県)にいたと。 国替えのあとに来た藤井 江戸中期に出羽入りした藤井 尚、六郷の藤井さんという家々とは親戚ではないです。
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Replying to @ODnorest
当家が国替え後に、大曲、または六郷東根にいたという情報自体が間違いであり、佐竹義重の御殿医だったというような情報も確認されていません。 第一、龍角散の原型となった薬は水戸藩に伝わる薬ですので、美郷町さんがどういう情報を元にしているのか分かりません。
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