足湯。何故ゲヘナにあるのかと思ったが、そう言えば温泉開発部がゲヘナにはあるんだった。
さっきも脱走しようとしていたので、問題児はあるのだろうけど、ゲヘナの経済に一役買っているのだろう。
「……良いですねー」
「……そうだな」
イオリさんにお連れて来て貰ったのは、温泉が幾つかある通りの、無料の足湯コーナーだった。
しっかりと管理はされているのか、辺りには風紀委員会以外にも民間の警備ロボットも居る。
観光客と思われる人たちもいて、結構賑わっている。
ただ、生徒達は銃を持ってはいるものの、袋に入れて密封している。
おそらく錆びない様に注意しているのだろう。
私のゼロカスタムは素材すら分からないので、多分錆びないだろうからそのままウェポンハンガーに装備したままである。
しかし足湯でこれなら、温泉に入ればもっと気持ちよさそうだ。
イオリさんも結構安らいだ顔をしている。
「温泉と言えば百鬼夜行と聞いていましたが、もしかして温泉開発部が関わっていたりするのですか?」
「一部にはな。ゲヘナ内ならともかく、他自治区で暴れられると、後処理が大変で困る」
「そう言えば今朝、ゲヘナへ向かう電車でヒナさんを見かけたのですが、どこかで事件が?」
「さあな。連邦生徒会長に呼び出されて…………いや、今のは聞かなかったことにしてくれ。いいな?」
「はい?」
口が滑ってポロリとしてしまったようだけど、まあ聞かなかったことにしておこう。
私には関係のないことだし、関わっても良いことはないだろうし。
「隣良いかしら?」
「はいどうぞ」
しばらく足湯を堪能していると。隣に一人の少女が座ってきた。
態々私の隣に座るなんて酔狂だと思わなくもないが、結構足湯も混んでいるので、仕方ないのかな?
吹き飛ばさないように、あまり翼を動かさないように気を付けておかないとな。
「その姿でゲヘナまで来るなんて、中々凄いじゃない。絡まれたりしなかったのかしら?」
「一度だけ絡まれましたが、それだけでですねー。こんなものを背負っているので、そのせいかもしれませんが」
「……えっ」
隣の少女は私の背中を見て、軽く引いた。
つい話しかけられたので答えてしまったが、少し逆上せてきたかも……。
「な、中々凄いのね。それって本物なのかしら?」
「はい。装甲車位なら木っ端微塵ですねー」
「おい、そろそろ上がるぞ」
「分かりましたー。それではまたご縁がありましたら」
隣の少女に一言断ってから、イオリさんと一緒に足湯を上がる。
そう言えば翼のせいで、イオリさんから少女は見えていなかったが、知り合いか聞いておいた方が良かっただろうか?
角が生えていたので多分ゲヘナの生徒だろうし。
…………まあいいか。
「……逆上せてないか?」
「翼のせいで少し熱が籠ってしまいまして。少しお待ちください」
後ろに人が居ない事を確認してから、一度大きく翼を伸ばして、熱を逃がす。
血が身体を巡り、物凄くスッキリとした。
仕方ないとはいえ、背中が見えないように翼を畳んだままと言うのは、少し辛い。
ついでに少し羽ばたいて筋肉をほぐしておく。
「……」
「どうかしましたか?」
「いや、トリニティに一人でかい翼を持っている奴を知ってるんだが、それ以上にでかいと思ってな。飛べたりするのか?」
「銃を外せば飛べますね。ただ、飛んでもこの大きさなので、的にしかなりませんが」
片翼約二メートル。全て広げれば約四メートル。
おまけに四枚あるので、簡単に当てられるだろう。
まあ撃たれたところで、マシンガン程度ならば少し痛い程度なので、飛行には問題ないけども。
「ヒナ委員長も飛べるみたいだけど、飛べる意味ってあるの?」
「私の場合は銃の関係でありますね。下手に水平に撃ちますと、思わぬ被害が出てしまうので」
もしもあの装甲車を破壊する時に、水平に撃っていたら、壁かどっかの施設も巻き添えになっていただろう。
これからも公共の場で銃を撃つ時は、権力者から許可を貰ってから撃つようにしよう。
私が暴れれば、その分被害額が上がってしまう。
「そう言えばあのクレーターを作ったのはエリスだったな……っと、着いたよ。此処が噂の店らしい」
足湯のある通りからしばらく歩くと、イオリさんが足を止める。
見た限り、洋菓子の専門店だろうか?
そう言えば案内とは言え、足湯に浸かったりスイーツを食べに来ても良いのだろうか?
……ゲヘナだし良いのかな?
「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」
店員の指示に従い、テーブル席へと座る。店内は落ち着いた雰囲気であり、珈琲やチョコレートの匂いがほんのりと漂っている。
「良いお店ですね。何が美味しいのでしょうか?」
「チョコレートクッ……いや、私も初めてだから分からない。メニューに書いてあるんじゃないか?」
イオリさんは誤魔化すようにメニューを取り出し、私に渡して来た。
実は何度か来たことがあるのだろうか?
それともいつか来ようと思って、リサーチとかかな?
メニューは……チョコレート系のスイーツが多いな。
ゲヘナって治安が悪いと言われている割に、案外観光地として栄えているのかな?
後でSNSとかで調べてみるとしよう。
オススメは……スフレチョコレートケーキと、焦がしチョコレートクッキーか。
食べようと思えばどちらも食べられるけど、ここはクッキーと珈琲にしよう。
注文は店員に直接ではなく、タブレットか。
何となく未来感があるな。
「私は決まりましたが、イオリさんは大丈夫ですか?」
「大丈夫だ……ってお前」
「はい?」
自分の分を選んでイオリさんに渡すと、何故か睨まれてしまった。
「……いや、何でもない」
イオリさんはタブレットを操作して、注文を完了してから元の場所へと戻す。
一体どうしたのだろうか?
「お待たせしましたー」
直ぐに店員が頼んだものを運んできてくれたが……成る程、被ってしまっていたのか。
私が頼んだ物を見て、違うものを頼むか悩んだ挙句、一緒の物にしたのだろう。
イオリさんはクッキーが好きなのだろう。
ニコっと微笑んでいると、また睨まれてしまったので、とりあえず焦がしチョコレートクッキー食べてみる。
ザクっとした触感に、チョコレートがほろ苦くて美味しい……これは当たりだな。
帰りにお持ち帰りして、ヒフミさんへのお土産にしよう。
何やらあのキモイ鳥……じゃなくてペロロ様……じゃなくてペロロとのコラボパッケージの奴もあるみたいだし、喜んでくれるだろう。
コーヒーはまずはブラックで飲んでみたが、チョコレートとはまた違った苦みが心地よい。
これからは基本ブラックでも良さそうだ。
「美味しいですね」
「ああ。気になっていた店だが、来てみて正解だった」
あっ、やっぱり来たかったから来たのか。
もう取り繕っていないみたいだけど、美味しくて忘れてしまっているのかな?
イオリさんの尻尾がくるりと動き機嫌が良さそう――あっ。
「あの……大丈夫ですか」
「……」
窓ガラスが砕け、飛んできた銃弾がイオリさんの頭へと直撃した。
ガラス片でクッキーや珈琲は台無しになり、イオリさんの顔に影が差し込む。
「何がアウトローじゃ糞ヤロー共が! 文句があるなら掛かってこいや!」
「ええ。望み通りやってあげるわ。ムツキ!」
「まったくアルちゃんったら、しかたないなー」
銃弾が飛んできた方を見ると、先程足湯で隣に座っていた少女が、不良達と睨み合っている。
不良の内一人が銃を構えているので、その流れ弾だろうか?
折角のクッキーが台無しである。
「――少し待ってな。馬鹿共を捕まえてくる」
ふらりと立ち上がったイオリさんは銃を肩に担ぎ、今にも飛び出そうとしている。
「私もお供します。見ての通りですので」
イオリさんのが駄目になったという事は、私のも一緒にガラス塗れとなっている。
正当防衛をするには丁度良い。
「……それなら仕方ないな。けど、私の指示には従うようにな」
「はい」
イオリさんが店から飛び出し、店員さんに直ぐに戻ると断ってから私も外へ出る。
ガラスが割れたのは私達の所だけではないので、片付けが終わるまではクッキーをお代わりするのは無理だろう。
「風紀委員会だ。痛い目見てから捕まるか、ボコボコにされてから捕まるか選びな」
それは絶対にクッキーの恨みを晴らすという事だろうか?
「何が風紀委員会だ! 纏めてぶっ飛ばしてやる!」
「そうだそうだ! 一人くらい大したことないぜ!」
「やるぞテメーら!」
不良達が八人に、別に二人。
足湯で会った少女は私を見て驚いているので、イオリさんの後ろで手を振っておく。
「そっちの二人は被害者か? 被害者なら直ぐに逃げな。でなければ、纏めて捕まえるよ」
「え? 私達は……」
「今だ! 撃てー」
「チッ!」
イオリさんが話している間に、不良達は銃を発砲して来た。
見境なし……か。イオリさんは軽やかな身のこなしで弾を避け、近くの遮蔽に隠れながら銃を撃つ。
完全に置いてけぼりにされたので、私は二人の少女を庇うために、地面を踏みぬいて跳んだ。
1
陸八魔アル。彼女がエリスと出会ったのは、偶然だった。
昔の自分を捨て、高校デビューを決めようとして幾星霜……程ではないが、それなりの月日が経った。
中々上手くいかない日々にも慣れ始め、疲れを癒そうと足湯をしに来た。
無料という事もあり足湯は混んでいるためか、ほとんど埋まっていたのだが、一ヶ所だけまるで避けられるように空いており、アルは腰を下ろした。
「隣良いかしら?」
「はいどうぞ」
随分と立派な翼を持っているのが見えたが、今は疲れを癒すのが先決だった。
いや、そもそも疲れていなければ、見るからに訳ありの少女の隣になんて、座ろうとはしなかただろう。
頭が回る位まで疲労が回復したアルは、ふと隣の少女を見た。
(え、なに? もしかしてトリニティの生徒? 嘘、何でこんな所に居るのよ!)
今更になって隣に誰が居るのかが分かり、アルは顔を白くするが、かと言って直ぐにこの場から逃げるのは、アルの中のアウトローに反する行為である。
「その姿でゲヘナまで来るなんて、中々凄いじゃない。絡まれたりしなかったの?」
「一度だけ絡まれましたが、それだけでですねー。こんなものを背負っているので、そのせいかもしれませんが」
「……えっ」
冷静を装って話しかけるが、言われた通りにしっかりと背中の翼を見ると、アルが持っている銃よりもゴツイのが二丁、翼に装備されていた。
(えっ、トリニティってこれが普通なのかしら? これだけ大きければ、痛いじゃ済まないわよ! それにしても、こんな子に絡むなんて……)
色々と驚かされたアルだが、よくよく見ればエリスはただのお嬢様にしか見えない。
話し方は勿論、見た目や汚れの無い翼はまるで籠の中の小鳥だ。
少し似つかわしくない銃を装備しているが、それ以外は誰もが想像するお嬢様みたいな見た目だ。
「おい、そろそろ上がるぞ」
「分かりましたー。それではまたご縁がありましたら」
お互いに名乗る事無く、エリスは足湯を上がり、イオリと帰っていってしまった。
運が悪い事に、アルからイオリを見る事が出来ず、イオリの声もアルには届いていなかった。
この届いていなかったは声量が足りないのではなく、アルの頭が真っ白だったからだ。
一人残されたアルはしばらくしてから我に返り、足湯から上がる。
「あっ、アルちゃんじゃん。やほー」
「ムツキ。こんな所に来るなんて、珍しいわね」
大きなボストンバッグをぶら下げながら歩くムツキは、アルに駆け寄った。
「ちょっと気になってたものが売ってるって情報が手に入ってね。その帰りだよ。アルちゃんは?」
「私は……ちょっと足湯に、入りに来てただけよ。休むのに丁度良いと思って」
「ふーん」
ふと先程のトリニティの生徒の事が頭に過り、少しだけアルは言葉に詰まってしまった。
その様子にムツキは不思議に思いながらも、それ以上は聞かずに一緒に歩く。
「最近あまり学校に来てないけど、忙しいの?」
「ちょっとだけよ。ただ……いえ、何でもないわ。そう言えば近くに美味しいスイーツのお店があるらしいけど、良かったらどう?」
「くふふ。良いね。いこっか」
あからさまな様子のアルに対して、 ムツキは追及をしない。
ムツキはアルの幼馴染であり、高校に進学すると共に変わろうとしているのを知っている。
しかしそれは上手くいかず、燻っている事も、また知っている。
そんなアルが腐っていく様を見るのはムツキとしては嫌だが、アルならばきっと立ち直り、凄い事をやってくれるのではないかという、期待もある。
だから、ムツキはまだアルの事を見守るだけだ。
だが、もしも……もしもアルが心半ばで倒れるというのならば……。
「イタ! おい、どこ見て歩いてるんだおらぁ!」
「イタって……今あなた達がぶつかって来たでしょうに……」
アルとムツキが歩いていると、あからさまに壁を作り、態々ぶつかってきた不良達が居た。
無論当たる前にアル達は足を止めたのだが、そんなのはお構いなしである。
「これはあれだなー。服が汚れちまったから、クリーニングに出さないとだなー…………つーわけで、有り金全部置いてきな」
「あらら。どうする? アルちゃん?」
不良達はアル達に威嚇射撃をし、辺りに居た一般市民や生徒達はそそくさと逃げていく。
銃弾はアル達に当たることはなかったが、壁や店のガラスに当たり、相応の被害が出ている。
僅かに動揺を露にするアルとは違い、ムツキは驚くこと無くアルに話し掛ける。
ムツキからすればこの程度、周りの被害を気にしなければどうにかなる相手だ。
多少怪我をするかもしれないが、最悪は起こらない。
昔のアルならば、不良に絡まれれば怯えることしか出来なかった。そして、もしもムツキが傍らに居なければ、昔と同じ様になっていたかもしれない。
(変わらないと! そうじゃないと私はいつまでも……)
「――やるわよムツキ。ここで逃げるのは、アウトローじゃないわ」
やる気を見せるアルに、思わずムルキはニッコリと笑う。
「何がアウトローじゃ糞ヤロー共が! 文句がるなら掛かってこいや!」
「ええ。望み通りやってあげるわ。ムツキ!」
「まったくアルちゃんったら、しかたないなー」
アルに付き纏っていた暗い影は晴れ、愛銃を構える。
しかし……。
「風紀委員会だ。痛い目見てから捕まるか、ボコボコにされてから捕まるか選びな」
いつも以上に機嫌の悪いイオリが現れ、流れが変わった。