「ま、待って下さい! 今日から私一人なんですか⁉ 何も聞いていませんよ!」
「ごめんね。でも、私達ももう疲れちゃってさ、残りの学生生活位は普通に過ごしたいんだ」
妙に機嫌のよいハルカさんに手を繋がれて、食堂の近くまで来ると何やら口論が聞こえてきた。
「で、でも、数千人分を私一人でなんて……」
「一応下拵えまではやっといたからさ。駄目そうなら万魔殿か風紀委員会に言ってね。じゃあ」
「先輩!」
食堂から煤けた感じの生徒が数名出て行き、そのままどこかへと消えていった。
「……あの、大丈夫なのでしょうか?」
「うーん。取り合えあえず中に入ってみましょう。どうやら私の知り合いが残されてしまったようですから」
知り合いというと、フウカさんの事かな?
数千人の食事を一人でとか聞こえたけど、ゲヘナにそれだけの生徒が居ることにも驚きだが、今出てきた人数を会わせても五人しか居ないことに驚きである。
「どうやら問題が起きているようですが、どういたしますか? 入れば巻き込まれる可能性がありますけど?」
……うん? ここは知り合いを助けるとかの話にならないのかな?
間違いなくフウカさんは、食堂の中で困っている。
「あの、無視しても良いのですか?」
「はい。私に出来ることは何もありませんし、巻き込まれたからと料理が食べられると言うわけでもありません」
シビアというか、自分本意というか……まあ慣れてしまうとしよう。
国が違えば常識が違うと、俺の知識の中にある。
私には今一よく分からないけど、流れに身を任せるのも生きていく上では大事なのだ。
けど、ここで無視をするのはあまりにもなので、とりあえず様子だけでも見てみるとしよう。
「とりあえず様子だけ見てみようと思います。フウカさんの事も少し気になりますので」
「そうですが。でしたら参りましょう」
私に忠告した割に、ハルカさんはさっさと食堂の中に入っていく。
言葉とは裏腹に、心配していたのかな?
第一食堂と書かれた食堂の中は広く、中央では一人の少女が膝をついている。
「ご機嫌よう。フウカさん」
「あなたは……ハルナさん。私を笑いにでも来たのですか? 生憎、今は何も出来ませんよ」
黒髪で頭に二本の角が生えているフウカさんは、ハルナさんが居る事に驚くが、やさぐれた様な笑みを浮かべる。
「いえ。今日は私ではなく、彼女の案内で立ち寄っただけですわ」
「彼女?」
呼ばれたので、ハルナさんの後ろから姿を現す。
まあ、単純に気付いていないだけで、私の翼は完全にハルナさんからはみ出ていたけど。
「初めまして。ハルナさんに、ゲヘナの案内をしていただいている白凰エリスと申します」
「……あのハルナさんがですか?」
「まあ、私もちゃんとする時はしてきましてよ?」
フウカさんはそれもうビックリという表情が似合う顔をハルナさんに向け、おかしそうハルナさんは笑う。
なんとなく、ハルナさんがフウカさんに何をしてきたのかが、分かった気がする。
「あ、私は給食部の愛清フウカです」
直ぐに私へと振り返り、ペコリと頭を下げる。
ふむ。中々幸の薄そうな少女な気がする。
「それで、こんな……えっ、トリニティの子? まさか……」
「何考えているか分かりませんけど、文字通り案内をしているだけですわ。ねぇ、エリスさん」
「はい。少々出会いは刺激の強い物でしたが、普通に案内をしていただいています」
今度は信じられないものを見る目をハルナさんに向けるが、これもハルナさんはサラッと返す。
一体フウカさんは、ハルナさんに何をされて来たのだろうか?
悪い意味での信用が高すぎる。
「そう……出来れば付き合いたいけど、私は今から凄く大変になるから、残念だけど帰って……かえ……いえ、帰ってお願いだから」
悲しそうにするフウカさんだが、ふと瞳から光が消えて、ハルナさんを見詰める。
しかし正気に戻り、私達を追い出そうとする。
「あら、一人でゲヘナの食堂を回せるのかしら?」
「あなたが手伝わないのは分かってる……無駄な事を頼む位なら、私一人で頑張るわ」
「ええ。それが一番かと。風紀委員会は今日も忙しいそうですし、万魔殿も予算以外では何もしないのは分かっている事ですから」
力の無い足取りで、フウカさんは厨房に向かう。
フウカさんの覚悟は買うが、大丈夫なのだろうか?
私は完全に部外者だし、今日は何とかなったとしても、明日以降私は手伝うことが出来ない。
偽善を働く事に意味などなく、ハルナさんと共に食堂を去るのが正解だろう。
しかし……こう、見捨てられたフウカさんを見ていると、何故か黒い気持ちが込み上げてくる。
どうも見捨てられたという言葉が、悪さをしている感じがする。
あの男の言葉と曖昧な記憶からするに、生前私は拾われなければ、生きられない状態であったみたいだ。
つまり、見捨てられた……のでしょうね。
ハルナさんに悪いが、今日だけでもフウカさんを助けるとしよう。
ホシノさんの家で料理をした経験が役に立ちそうだ。
「あの、フウカさん」
「……なに?」
振り返ったフウカさんは覚悟の決まった顔をしていたが、不安の表れか、手を握っていた。
「今日だけですが、良ければお手伝いをしましょうか?」
「……本当に?」
「あら、忠告をしましたのに、自ら首を突っ込むのですか?」
手料理の手伝いをするだけ……で済まないのはドンパチしている生徒達を見ているので分かっている。
それに、私はゲヘナからすれば敵の様な存在だ。
騒ぎが起こるのは考えるまでもない。
「はい。なんとなくですが、このまま見捨てるのは間違っているように思えるのです。幸い、多少なら料理の心得もありますので、邪魔にはならないかと」
「それがエリスさんの選択なら、私から言う事はありませんわ。良かったですわねフウカさん。一人ですが、手が増えましてよ」
「……そうね。くよくよなんてしてられないわ。よし、色々と言いたい事もあるけど、宜しくお願いね」
「はい」
少しだけフウカさんの雰囲気が和らぎ、手を握られる。
その手には小さな傷が沢山あり、フウカさんがどれだけ努力して来たのか察せられる。
フウカさんに連れられて厨房へと入る直前、ハルナさんから呼び止められる。
「なんでしょうか?」
「こちら私のモモトークになります。何か起きたか、終わりましたら連絡を下さいませ」
「ありがとうございます」
ハルナさんは柔らかい笑みを浮かべ、手を振って食堂を出て行った。
良い人ではあるのだろうけど、何だかなー……。
折角だし、料理中にフウカさんに聞いて見るかな。
「下拵えはほとんど終わっているから、私の言う通りに料理をお願いね。盛り付けや配膳は私がするから、あまり表に顔を出さないようにね。それと……それって外せる?」
軽く厨房の説明を受けた後、フウカさんの視線が私の翼についているゼロカスタムに向く。
料理をする上でゼロカスタムは無用の長物だし、細かい動作が出来なくなるので邪魔なだけである。
フウカさんに返事をしてからウェポンハンガーごと取り外して、食材置場の一角に置かせてもらう。
「それじゃあ頑張りましょう。それと、本当にごめんなさい」
「気にしないで下さい。私の好きで手伝うのですし、これでも力と体力だけはあるので、へっちゃらです」
作る量が量なので、物凄い力と体力が要求される。
その点私は持って来いと言えるだろう。
フウカさんには、私が背負っていたゼロカスタムを持とうとしてもらう事で、私がどれだけ凄いのか見せてある。
少し引かれてしまったが、こればかりは仕方ない。
さてと、それじゃあ頑張るとしよう。
1
「やっと帰ってこられた」
ハルナのせいで無駄足を踏み、温泉開発部のテロを鎮圧したヒナは、やっとゲヘナ学園へと戻ってきた。
他の人員は温泉開発部の護送や、ハルナの捜索のため、ヒナは一人で帰ってきたのだ。
そもそもスケジュール上ではヒナは休みとなるのだが、その事を知っているのはアコだけである。
まずは執務室に戻り、アコから例の少女の情報について聞こうと思い、歩き出すヒナだが、ふと、お腹から小さな音が響く。
朝から今まで何も食べずにに働いていたため、お腹が空いているのだ。
(購買は……駄目ね。面倒だけど食堂に行くのが無難かな)
運が悪いことに時間は正午になったばかりであり、購買は戦争のように酷い有り様となる。
今からまた学園を出て食べに行くのも時間が掛かるので、ヒナは仕方なく食堂で食べることを選ぶ。
執務室に戻ってから買ってくるように頼むのも手だが、お腹が空いていることを自覚したヒナは、出来る限り早く食べたいと思った。
食堂の料理が微妙なことを勿論ヒナも知っているが、決して食べられないものではなく、最低限の栄養バランスを守っていることも知っている。
食べたのはほんの数回だが、ヒナはトボトボと食堂へと足を向けた。
向かうついでに数名ほど銃で撃ち抜くことになったが、この程度はゲヘナでは日常だ。
「んだよ。今日はやけに遅いな」
「なんかいつもより人が居ないらしいよ?」
「また美食研究会が暴れでもしたのか?」
食堂まで来たヒナは混雑している列を見てゲンナリとする。
更に何やら問題が起きていることも、並んでいる生徒からの会話から察して、ため息をついてしまう。
「ねえ、少し良いかしら?」
「あん……って、風紀委員長じゃないか! な、何でしょうか?」
ヒナに話しかけられた生徒は突然の事態に挙動不審となり、大きな声をあげた結果、ヒナが居る事が周りの生徒へと伝わる。
ヒナはゲヘナで一番恐れられている存在であり、悪さをしていなかったとしても、ヒナを見たら逃げ出す生徒が大半な程だ。
「給食部で問題が起きているみたいだけど、何かしらないかしら?」
「え……その……なんでも今日は当番が二人しかいないとか、なんかゲヘナの生徒じゃないのが居るとか、あの美食研究会の会長が何故か居座って様子を見ているとか変な噂が……」
「そう」
生徒の言う通りならば、ハルナは風紀委員会の目を難なく潜り抜け、普通にあの飲食店からゲヘナまで帰って来たことになる。
風紀委員会が駄目なのか、ハルナの智謀なのか……面倒と思いながらも、風紀委員長であるヒナは確かめなければならない。
「あ、あの良かったら先にどうぞ! 私達は別に後でも良いんで。なっ!」
ヒナに声をかけられた生徒は周りに同意を求め、ほとんどの生徒が同意を示す。
ヒナにすら噛みつてくる生徒も居るのは居るが、こんな所でドンパチしたいと思っていない生徒が大半な為、周りの生徒により口を塞がれていた。
「なら先に行かせてもらうわ。ありがとうね」
断ろうかと思うヒナだが、ハルナの確認もあるため、食堂の中へと進んで行く。
「お待たせしました! 次どうぞ! エリス! もう少しスピード上げて!」
「分かりました」
列の先端では一人のゲヘナ生徒が物凄い速さで配膳をしており、それ以外の生徒はパッと見えないが、最低一人は別の声が聞こえた。
美食研究会のメンバーは食堂には見えないので、その点だけは噂だけだったのだろうとヒナは切り捨てる。
食券が売られている販売機には、人が居ないために決められた料理しか出せないと書かれており、微妙な評価の声がヒナにも聞こえてくる。
「はい次! って、委員長!」
「ええ。忙しそうだけど、何かあったの?」
ヒナが並んでたことに、フウカは驚きの声をあげる。
後程相談する予定ではあったが、こんなところで会えるとは思っていなかった。
だが、まだまだ食事を求める生徒が並んでおり、話している余裕は無い。
「あのどうかしましたか?」
「えっ」
フウカが大きな声をあげたせいか、ひょっこりとエリスが厨房から顔を出した。
翼が大きいせいで少しはみ出しており、それを見たヒナは思わず声を漏らす。
「あのー……委員長? 進んで貰っても良いです?」
恐る恐るヒナの後ろの生徒が声をかけ、情報の整理をする。
ゲヘナの生徒は皆ヒナに注意を払っているせいか、エリスに気付いているのはヒナだけだったのは運が良かったのだろう。
まずは……。
「また後で来るから、その時に話して。それと、後ろの子も逃がさないようにね」
「は、はい!」
「あら? あのヘイローは……」
誰かに任せることも出来ないため、ヒナは後で来ることだけをフウカに伝えて、料理を受け取る。
事件が終ると、事件が起こる。それがゲヘナだ。
「……微妙ね」
料理は不味い程ではないが相変わらず微妙と表すしかない味であり、ヒナはしかめっ面で全て食べ終える。
さっさと返却口に戻し、ヒナは執務室へと帰って行った。
ヒナがいなくなった事で食堂では、料理への不満の声がいつもの様に沸き上がるが、今の給食部に声を気にしている余裕はない。
フウカとエリスは協力し、お昼を乗りきるのだった。