鳴り響く爆発音。
逃げ惑う民衆。
吹き飛ぶ少女達。
なるほど。これがゲヘナの日常か。
疲れからミレニアムで過ごす日を一日延ばし、朝一でゲヘナへと向かった。
途中でトレインジャックなんて事件が起きたが、偶然乗り合わせたゲヘナの風紀員の人が対処してくれた。
名前は聞けなかったが、私と同じくらいの背丈であり、目立つ髪とヘイローを持っていたので、多分また会えるだろう。
問題は、目の前で起きている暴動をどうするかだ。
折角ならば朝はゲヘナの料理を食べたいと思い、適当な店でご飯を食べていたところ、店が爆発した。
いや、爆発されたと表現した方が的確かな?
ゲヘナの生徒と思われる少女が、料理が不味いからと爆破したのである。
確かにミレニアムで食べたものに比べれば微妙ではあったが、俺も私も食べられればそれで良いと思っている。
生前もだが、食にはそこまで固執していない。
美味しい不味いは理解するが、食べられない辛さに比べればマシである。
「まったく……産地の偽装だなんて、それにこの価格。料理を冒涜していますの?」
「た、確かに産地を偽ったが、だからって店を爆破しなくても良いだろう!」
「あら、何がいけないのかしら? この様な場所がある事の方が、料理に対しての侮辱ですわ」
綺麗に爆発に巻き込まれたもののゼロカスタムの重量のせいで吹き飛ぶ事はなかったが、つばさの防御が間に合わなかったせいか、服が少し汚れてしまった。
それ以上に翼が汚れてしまったが、洗えば綺麗になるだろう。
さて、これからどうしようかな?
このまま何事もなかったかの様に立ち去るか、それともこの件に介入するか……。
今ならば気付かれていないので、いなくなったとしても問題ないはずだ。
支払いをしたくてもレジも吹き飛んでしまっているので、無断飲食になるのは仕方ない。
介入する場合、心情的には店側をしたいところだが、後の事を考えればゲヘナの生徒に味方をするのもありだ。
ただ、行いが完全にテロのそれであるため、助けたからとメリットを得られるとも限らない。
うーん……逃げるか。
そう思い、店から逃げようと動いたところ、少女と目が合った。
「あら……ふふ。それでは私は仲間と共に失礼しますわね。ほら、行きましょう」
「なっ! 仲間が居やがったのか! こうなったら自棄だ!お前達こいつらを逃がすな!」
「「へい!」」
巻き沿いをくらい、完全に少女の味方だと店側に思われてしまった。
「あの、私はこちらの方とは無関係なのですが?」
「私と共にこの場に居ることが、味方の証拠ではなくて?」
「どうでも良い! くらいやがれ!」
サッと少女は私の隣に来て、味方アピールをする。
そして私の言い分は完全に無視され、コックや店長が発砲してきた。
ただ狙いのほとんどは少女に向けられ、少女は驚いて避けようとするが、この弾幕では無理だろう。
遮蔽物は無いし、避けるにしては距離が足りない。
「動かないで下さい」
「あら?」
ユウカさんの時と同じく、後ろから翼で包んで銃弾を防ぐ。
ゼロカスタムが取り付けられている二枚は使えないが、二枚だけでも問題ない。
「トリニティの生徒が、何故こんなところにいますの?」
「残念ながら、トリニティの生徒ではありません」
悠長に話しかけてくる辺り、この様なテロ行為に慣れているのだろうか?
SNSにテロと暴力のゲヘナと書かれていたが……なる程。
銃撃が途切れるのを見計らい、少女から距離を取りながらゼロカスタムをウェポンハンガーから両方受け取り、合体させる。
天井が吹き飛んでいるので、高さの問題は解決している。
「恨みはありませんが、撃たれたからには容赦はしません」
アビドスの時と同程度神秘を込めて、店の人達の手前の地面を撃ち抜く。
「うわーー!」
「なんでこんな目にー!」
「俺の店がぁぁーー!」
ゼロカスタムの余波で全員吹き飛び、私と少女だけが残される。
直撃は駄目だが、余波だけなら問題なさそうだな。
問題点は、余波に見合った破壊跡が出来上がることだろう。
「助かりましたわ。自己紹介をしたい所ですけど……先ずはエスコートをお願いできませんこと?」
外の方が騒がしくなってきたので、もう直ぐ治安部隊が来そうだ。
つまり、逃げるのを手伝えって事か……。
正当防衛をしただけとは言え、それが通じないのがゲヘナだと知っている。
それに少女がある事無い事話せば、私も追われる身になってしまう。
仕方ないが、一緒に逃げるのが一番の得策だろう。
「仕方ないですね……背中の銃にしがみ付いていて下さい。落ちても拾いませんからね」
「ふふっ。それではお願いしますわ。あら、中々刺激的な格好をしていますのね」
「いきます」
背中に掴まったのを確認し、天井の無い店から跳んで逃げる。
衝撃を殺して屋根の縁に着地し、後は天井を伝って少女が指示する方に跳んで行く。
物凄く羽ばたかないと衝撃を殺せないため、少しだけ羽根が抜けてしまっているが、どうせ汚れているので気にしなくても良いだろう。
直ぐに生えてくるし。
「あなた。お名前はなんて言うのかしら?」
「白凰エリスと申します。今は入学校を決めるために放浪しています。あなたは?」
「私は黒舘ハルナと申します。そうでしたのね。しかし、その姿でゲヘナに入学するのは難しいと思いましてよ?」
「私にも色々とありまして。一応ゲヘナを見た後はトリニティにも行く予定です」
結構な距離を移動し、追っ手がいない事を確認してから路地裏へと降りる。
肉体的な疲れ自体はないけど、天井を踏み抜かないように気を使い、ハルナさんを振り落とさないようにするのに、精神的に少し疲れた。
「ふぅ。助かりましたわ。お礼と言っては何ですけど、私が案内をして差し上げましょうか?」
「私の前でお店を爆破しないのでしたら、お願いします」
「それはお相手次第ですわね。美食研究会の私を相手に、未熟な料理を出すのが悪いですわ」
なるほど。自分が悪いのではなくて、相手が悪いと。
これがゲヘナの人なのか……。
見た目は完全にお嬢様であり、ちょっとした所作も相応の育ちをしてきたのだと感じさせるものがある。
私が朝食を食べていた場所は、どちらかと言えば大衆受けの店であったのだが、不思議である。
思考は少々危なそうではあるが、まあ暴力的な人ではない事だし、大丈夫かな?
「少し怖いですが、宜しくお願いします」
「任せて下さい。ですが、その前に改めてモーニングは如何かしら?」
改めても何も、ハルナさんのせいで朝食を食べ損ねてしまったのだが、それを言った所で意味などないのだろう。
まあ美食研究会とか言っていたし、食べられなかった分、少しは美味しい物が食べられるかもしれないと、期待しておこうかな……。
「出来れば量を食べられる所にお願いします」
「分かりましたわ。それと、道すがらエリスさんの事を教えてください」
翼の汚れを払ってからハルナさんと共に、大通りへと出る。
ミレニアムに比べると古く感じるが、アンティーク調で落ち着く街並みだ。
見かける人には角が生えていたり、悪魔の様な翼が生えている人が多い。
そう言えば、ハルナさんにも翼が生えているな。
私のと比べるとかなり小さいが、飛んだりできるのだろうか?
1
エリスとハルナが爆破された店から逃げて直ぐ、とあるゲヘナの風紀委員の生徒がその店に訪れていた。
「飲食店って事はハルナの犯行みたいね」
その生徒は状況から直ぐに犯人を決め、近くの防犯カメラの映像の確認を始める。
そして思っていた通りの人物が防犯カメラに映っているのを確認し、探し出すように指示を出す。
「委員長!」
「イオリね。何か見つかった?」
「これが現場に」
委員長と呼ばれた生徒は直ぐにハルナが見つかるだろうと思い近くで待っていたが、イオリから渡されたものを見て目を細める。
「これは……羽ね。それもトリニティの」
「巻き込まれたのか分かりませんが、近くにそれらしい人物は見つかりません。場合によっては自治区間での問題に……」
ゲヘナとトリニティは犬猿の仲であり、基本的にお互いの生徒は、相手側の自治区に行く事はない。
行く場合はお互いの生徒会で手続きをして、護衛や案内を正式に派遣してとなる。
しかし今回は何も伝わっておらず、仮にお忍びで来ていたとした場合、テロに巻き込まれたのは自業自得だが、それで済まないのが政治である。
「……私が直接探してみるわ。イオリ達はハルナの捜索をしなさい」
「分かりました」
イオリが去った後、委員長……空崎ヒナは小さな溜息を漏らす。
「まったく、帰ってきて直ぐになんて、面倒ね」
本来ヒナは、帰ってきた後は半日の休みがある筈だった。
しかし電車ではトレインジャックに会い、帰るために歩いていたら緊急の事件である。
二年生でありながら風紀委員会の委員長になっているヒナは、それは多忙な日々を送っており、半日の休みとはいえ、少しウキウキしていた。
それなのに、これである。
ヒナはイオリから受け取った、少し煤で汚れた羽を手で回転させていると、ふと電車に乗っていた時の事を思い出す。
(あの時……そう言えばトリニティの生徒と思われる子が居たわね)
トレインジャックで乗客が慌てる中、一人だけのほほんとその様子を見ていた少女。
その少女は大きな翼を四枚持ち、更にはヒナの持っている銃よりも長いのを、二丁装備していた。
おそらく、この羽はその少女の物の可能性が高い。
ヒナが鎮圧している時も、隠れることなくジッと見ていたのを、ヒナは覚えている。
ゲヘナへ寄らずに、そのまま他の自治区に行った可能性もあるが、羽の大きさからすると、あの少女の事が頭に過る。
ヒナの勘が、あの少女は危険だと囁いている。
スマホを取り出したヒナは、学園に居るであろう生徒へと電話を掛ける。
「アコ。少し調べて欲しい事があるんだけど」
『はい。何でしょうか?』
「……」
ヒナは電車で出会ったあの少女を調べる依頼をアコへ出そうとするが、ふと思い留まる。
何故、あの少女の事を自分は知らないのだろうか?
ヒナは元々ゲヘナの情報部に入っており、ゲヘナの危険となり得る存在の情報を集めていた。
アビドスやトリニティ。最近台頭してきているミレニアム。
人で言えば小鳥遊ホシノに桐藤ナギサ。そして調月リオ。
他にも居るが、あの少女から感じた感覚は、その危険となる人達と同じ様に感じた。
ならば、ヒナが知っていないのはおかしいのだ。
そうなると考えられるのは、まだ頭角を現していないか、存在そのものが秘匿されていたか……。
しかしそれならばゲヘナに居る理由がまったく理解できない。
それに、翼に付けていた銃も気になる。
天使しかり悪魔しかり、翼の強度はそんなに高いものではないとされている。
ヒナも戦いの際に翼を活用する事はあるが、あの少女の様に日常的に銃を装備しておくことは出来ない。
ハンドガンや軽い弾倉程度ならばともかく、あの少女が付けていたモノは鉄の塊だ。
ハリボテではなく、本物の。
『……あの、ヒナ委員長?』
「……今から話す特徴を持っている生徒が、トリニティにいないか調べてちょうだい」
『はい? 分かりました』
ヒナは少女の特徴を話し、通話を切る。
おそらく件の少女の情報は見つからないとは思うが、念には念をだ。
「ふぅ。一度帰っておくかな」
ハルナに、翼の生えた謎の少女。
ヒナの仕事は増えて…………。
「あれは……温泉開発部ね」
学園へ帰ろうとした矢先に、近くから爆発音が響き、お湯が吹き出ているのが見えた。
ヒナの仕事は、更に増えるのであった。