最推しの羽川翼と付き合いたい   作:羽川翼はヤベー奴

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004.アヒルの怪異

 忍野は言った。

 

「『運ぶアヒル』。彼が憑かれている怪異はこれで間違いないだろう。アヒル、漢字で書けば家鴨。つまりは鴨だ。

 日本人が鴨で思い浮かべるとすれば『鴨が葱を背負ってくる』という言葉だけれど、この怪異はつまりはそれだね。

 いとせずに、まとめて都合の良い状況が自分の手の中に揃う幸運。それが只野君に憑いている怪異さ。

 幸運を運ぶ鳥から『運ぶアヒル』。鳥というのは赤ちゃんなんかの福や幸運を運んでくるというのが通説だからね」

 

「幸運?それなら別にいいじゃないか。招き猫みたいなものだろう?今までの怪異と比べれば全然可愛くないか?というか、僕からすれば羨ましいくらいなんだけど」

 

 幸運が向こうからやって来るなんて得しかない怪異だ。だが、忍野は肩を竦める。

 

「やれやれ、阿良々木君は本当に呑気というかズレているというか。まあ、それが君らしくもあるのだろうけどね。

 羨ましいだって?馬鹿を言っちゃいけない。これほど怪異だと主張することなく人を狂わせる怪異もそうはないと僕は思うよ」

 

「つまり、何が言いたいんだよ?忍野」

 

「怪異というのはそんなに甘くはないということだよ阿良々木君」

 

 忍野は目を細めると一服し、再び話し出す。

 

「招き猫。確かにそれなら幸運を運んで来ることだろう。だが、只野君が取り憑かれているのは鴨だ。

 『鴨が葱を背負ってくる』という(ことわざ)は、料理に使う葱を鴨が背負って来ること自体を指しているわけじゃない。

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「ち、ちょっと待てよ、それって……」

 

 嫌な汗が背中を流れる。それが本当だとすれば今の只野の状態は……。

 

 

「葱という望外の幸運を運び寄せ続ける都合の良い鴨。それが、只野君が憑かれている怪異の正体さ」

 

 

 忍野は積まれた勉強机の上に上がっていく。

 

「只野君のご両親は只野君が生まれる前に、京都へ安産祈願に赴いていていて、それから1年ごとに参拝に行っているらしいね。

 選んだ神社は賀茂御祖(かもみおや)神社。別名下鴨(しもがも)神社だ。

 京都最古の神社で霊験あらたかな由緒正しき神社だよ。そんな場所で怪異に憑かれるなんて僕としても予想外だけど、もしかして罰当たりなことでも祈ったりしたのかな?

 あるいは、怪異に取り憑かれやすいような普通の人とは違う、ズレた体質だったのかもしれない。居るんだよそう言った特殊な人間というのはね。

 例を出すなら、『呪い』を受けるとそうなる。家に住めなかったり、嘘しか吐けなくなったり、地面に立てなくなったり、何でも知ってしまうようになった人間は、実際に怪異と出会い易くなってしまうからね」

 

 積まれた一番上の机に立ちながら忍野は言う。

 鴨と下鴨神社。安直な名前の共通項だが、こと怪異が間に挟まれば無関係だと言い切ることは難しい。

 

「ほら、君も心当たりがあるんじゃないかな?阿良々木君。君が孤立してしまっても関係が途切れなかった友達が居ただろう。

 その友人は君のその心理を完璧に把握して、無理に近づいてこようとはしなかった筈だ。君の願いは聞きつつも自分の願いや主張をいつまでもしてこない、()()()()()()()()()()()()

 

「なッ……!?」

 

 確かに『人間強度が下がるから』という信条から、友人や友達から距離を取っていたときでさえも、一切驚くことなくあたかもそうなるのがあらかじめ分かっていたかのように、僕から距離を取られても納得をしたのが只野だった。

 ……当時はその察しの良さに感謝したものの、今考えればそれは不自然も不自然だ。

 

 だが、その全ての行動が僕の願望なのだとすれば、只野の行動は全て僕が……、

 

「ああ、勘違いしないでおいてくれよ阿良々木君。別に君の願いを反映しているわけじゃない。そんな風に形作られた存在こそが只野君というだけさ。

 僕がそう思ったのも、とある誰かの願いが反映されているなら、そう行動するだろうって推論を立てて導き出したものでしかないよ」

 

「形作られたって……まさか、怪異にか?」

 

 人格を、あるいは人間の性質を変化させてしまう怪異だということか。そうだとすれば、こんなに恐ろしいことはない。なら、いち早く退治をしに行くべきではないのか。

 

「違うよ。───居るだろう?只野君と幼い頃から共に過ごし影響を与えてきた女の子がさ。なら、只野君を鴨にしてるのは阿良々木君じゃなくその子だよ」

 

 ……僕には一人心当たりがある。

 只野と幼馴染みで、その只野に好意を寄せられている人物に。

 どれだけ傷付けても変わらずに、親し気に接しられ続けられる狂った関係性。もし、それが怪異によるものだとしたら……。

 忍野メメはまるで犯人を言い当てるかのように、その人物の名前を挙げた。

 

 

「羽川翼。あの委員長ちゃんが只野君を鴨にしているんだよ」

 

 

● ○

 

 

 学習塾跡から家に帰り、自室のベッドに寝転びながら考える。

 

「只野の怪異は羽川の願いを叶えるために、只野を動かしている……か」

 

 それだけを聞けば只野は被害者でしかないと思うだろう。実際に僕もそう思った。

 

『いいかい阿良々木君。これは君の彼女である戦場ヶ原さんのときと同じだよ。只野君は何も純粋な被害者ってわけじゃない。委員長ちゃんにとって都合の良い存在になりたいと願ったんだよ、確実にね。

 それが恋心なのか下心なのかは分からないけれど、まあ、年代から察するに恋という自覚もなかったかもね』

 

 そして、それは羽川も同じだろう。羽川もまた悪女となって只野のことを都合の良い男として、願望通りに操りたかったわけではない筈だ。

 どこか『意に添わない形で実現する』神原のレイニーデビルに近いものがある。

 

『君ももう知っている通り、委員長ちゃんの家族は終わってる。その事実を知ったときに幼い只野君は思ったんだろう。この子を助けてあげられるような存在になりたいってね』

 

 その願いが只野を何も知らない羽川の都合の良い男へと仕立て上げた。

 だから僕が忍野に『そんなの子供の優しい願いじゃないか。それで只野が責任があるってのはおかしいだろ?』と言ったのも無理はないだろう。

 

『まあね。都合の良い鴨として歪められている只野君は仮面を被って生活をしている。それが当たり前のことでそうするべきだと心の底から信じきっているんだ。

 低級の怪異の上に「運ぶアヒル」自体に人格と言ったものはない。これは八九寺ちゃんの「迷い牛」と同じかな。

 だけど、八九寺ちゃんとは違って、その気になれば只野君はいつでも「運ぶアヒル」のどん詰まりから抜け出せるんだ。そう、自覚させるだけでね』

 

 八九寺と同じく、ただ流されるままでは目的地に辿り着くことはない。

 しかし、八九寺とは違ってアヒルは周りの奴が言葉で怪異のことを伝えて、憑かれている人間に自覚させる。

 その願望を向けられている対象から、想いを離れさせるだけでいい……のだが。

 

『思考を誘導されているとはいえ、何度も上手くいかなければ人間は諦めるものだよ。これは怪異の力が吸血鬼の魅了くらい強力であれば話は変わったけれど、「運ぶアヒル」の思考誘導はそこまで強力じゃない。

 要するに、この18年を只野君は怪異とは別に委員長ちゃんを想い続けて、あの正しすぎる羽川翼のために努力し続けたことは、他でもない只野君の意思だったということだよ』

 

 一途に誰かを想い続けられる奴なんてそうそういるものじゃない。だから、友達として報われて欲しいけど、『運ぶアヒル』のせいで只野はこれから先も、羽川が幸せになるための踏み台の鴨にされてしまう。

 それをどうにかしたいと思ったところで、忍野から言葉をぶつけられた。

 

『阿良々木君。人は一人で勝手に助かるんだ。自分から助けを求めない人間を助けることは誰にもできない。彼は委員長ちゃんの側に居るために仮面を被り続ける道を選んだ。

 思考が誘導されていようとも本意じゃなかろうとも、他でもない()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 例え、僕達がその恋に未来がないと言ったところで、彼が想いを断ち切ることができなければ、口でどれだけ否定していても都合の良い操り人形から脱却することはできない』

 

 怪異の力としては、思考の誘導と連れてくる葱と出会う幸運を上げるもの。

 

 宿主には幸運は訪れない。

 

『それで君という葱を別の中学に通っていた委員長ちゃんに届けたんだ。低級とはいえ案外馬鹿にはできないね』

 

『?何で僕と出会うことが葱に当てはまるんだ?それに高校のあの出来事までは友達の友達だったんだぞ』

 

 普通の男子中学生でしかなかった僕との出会いが、羽川にとってそこまでプラスになったとは思えない。

 それなら、大人びていて女子にモテている只野の方が余程良いに決まっている。

 つまり、葱じゃなくて鴨で良い筈だ。

 

『顔が格好良くて女の子にモテるけれど、どんな美少女が言い寄ってきても、見向きもせずに自分だけを好きだと言ってくれる存在。

 勉強や格闘技を含めた全ての努力を、自分のために捧げてくれる常に紳士で優しい男の子。

 ハハッ、まるで女の子が思い描くの理想の男の子そのものじゃないか』

 

 忍野は真意の読めない笑みを浮かべて言う。

 

『でもね、阿良々木君。鴨は結局は運んでくる存在なんだ。動き回るのが当たり前の鴨よりも、動く筈のない葱の方がやって来る方が遥かに可能性が低い。

 言ってしまえばそれだけレアだということさ。希少価値こそがそのものの値を決めるんだよ。分かりやすいものと言えば貴金属やアンティーク品とかだね』

 

 だからこそ、羽川は只野を好きになることはない。

 運ぶアタッシュケースと詰め込まれた黄金。

 その優先順位は中に入った黄金の方が上に決まっている。

 例え、アタッシュケースの方が身近で、便利で、どれだけ好きな形をしていたとしても、人は価値がよりあるものと比較をし目を向ける。

 

 『運ぶアヒル』のアヒルは……いや、只野天翔はそういう人間だった。

 

「祓えるなら祓う方が良いんだろうけど……」

 

 怪異というものは基本的に人間の害にしかならない。自分の最大の願いを叶えられないなんて有害とも言っていい怪異だ。

 

『だけれど、委員長ちゃんのエナジードレインに耐えられたのは、他でもない、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からかもしれないんだ。

 ストレスを発散できる都合の良いサンドバッグだとすれば、あの異常な耐久力も頷けてしまう』

 

 痛みを訴えても、一度として生と死の境目を只野がさ迷うことなんてことはなかった。

 だからこそ、障り猫が手加減をしているものだと思っていたけれど、あれはそうではなく『運ぶアヒル』の願いを叶える幸運の力だとするなら話は変わる。

 

「もし只野を『運ぶアヒル』から解放して、そのことで起こる只野の変質を羽川が感じ取り、ストレスを感じてブラック羽川になれば間違いなく只野は殺されてしまう」

 

 それこそ、羽川のストレスの半分近くが只野のものだったため、ストレスのチャージは相当早いだろう。

 

「それが引き金となって、【悪夢の九日間】のことを羽川が思い出せばさらにストレスの上乗せ……間違いなくブラック羽川になる」

 

 つまりは、詰んでいた。

 アヒルから只野を解放すればブラック羽川が再び現れる。あの怪異の専門家である忍野であっても対応できない最強の怪異。

 忍野忍。つまりは、怪異の王である吸血鬼キスショット・アセロラ・オリオン・ハートアンダーブレードですら、宿主である羽川を殺さないように障り猫を抑えるには、その力をエナジードレインで力を吸い取るしかなかった。

 また、忍が力を貸してくるかどうかも分からないない中で、その負けるような戦いに臨むなど不可能だ。

 

「結局は、羽川と同じで只野にも怪異のことを教えることはできないってことだよな……」

 

 只野はかなりモテているが誰とも付き合ったことはない。告白された回数はとんでもない数の筈なのにだ。

 しかし、一途に羽川を想い続ける只野は振り続けていて、数多の女子を泣かせてきた。

 

「(……きっと、あの2人も泣いちゃうんだろうなぁ)」

 

 ……なんて思っていたからか、バンッ!と勢い良く扉を開けて、何者かが僕の部屋に侵入してくる。

 

 

「ねえ!お兄ちゃん!明日の休日に天翔お兄ちゃんとデートなんだけど、どの服がいいかな!?」

 

「なあ!暦兄ちゃん!明日の天翔兄ちゃんとのデートなんだけどよ、どの服がいいと思う!?」

 

 

 妹の月火ちゃんが私服、つまりは着物を持って僕の部屋に上がり込んできた。

 

「おいおい、月火ちゃんに火憐ちゃん。幾らなんでも慎みが無いぜ。男の部屋にノックも無しに入ってくるものじゃない」

 

 というか、そもそもの話だけれどデートではなく、同じ実戦空手を学んでいる火憐ちゃんと、必要な道具を買いに行くって話だったとおもうけれど。

 

「(一人で買いに行こうとした只野に、火憐ちゃんが強引に付いていくって話だった筈だけれど、どうしたら月火ちゃんまで行く流れになるんだ?)」

 

 まあ、ファイヤーシスターズがゴリ押しをした結果だろう。紳士な只野のことだ。年下二人のおねだりに負けてしまったといったところだろうか。

 

「いや、その紳士な対応も本心からじゃなくてアヒルの……羽川の願望なのかもな」

 

「うん?アヒル?羽川さん?なんかよく分からないけど、どうしたんだよ暦兄ちゃん。もしかして、恋のライバル的なことを教えてくれるのか?」

 

「……ああ、いや気にしないでくれ火憐ちゃん。ちょっと他のことで考え事してた」

 

 そう言うと、一番下の妹が頬を膨らませる。

 

「もう!私達の相談よりも他のことを気にするなんてプラチナムカつく!」

 

「そんなに怒るなって!はあ……分かったよ。ちゃんとどれがいいか選ぶから……って、ちょっと待て。

 月火ちゃんはいつもの着物じゃなくて洋服だし、火憐ちゃんはスカートのものばかりじゃないか!?お前らコーディネートがガチすぎだろ!?」

 

「ギャップを狙っていくんだよお兄ちゃん。そうしたら、羽川さんよりも好きになってくれるかもだしね」

 

「ガンガン攻めに攻めるんだ。女としての武器を使い倒して天翔(てんしょう)兄ちゃんをメロメロにしてみせるぜ!」

 

 二人が只野のことを好きなのも、『運ぶアヒル』のせいだと考えると何も思わずにはいられないが、周りの女の子を洗脳しているわけでもない。

 只野がアヒルに思考を誘導された結果、紳士で誰とも仲良くなれる人望を持つに至っただけだという。

 

 本心や本音が隠れて分からないのは、只野のせいでは決してない。

 

「……僕が只野と本音で話せるようになるのは、一体いつになるんだろうな」

 

 

● ●

 

 

『阿良々木君。「運ぶアヒル」が居なくなるパターンは3つだ。

 1つ、僕みたいな専門家によって祓われる場合。

 2つ、宿主が誰かの鴨であることをもう止めたいと思った場合。

 3つ、向けられる願望が無くなった場合……つまり、委員長ちゃんが他に好きな人と結ばれて、只野君という存在が微塵も要らなくなったときだ』




転生してからすぐに憑かれ続けているため、特に違和感のないまま受け入れてます。
原作知識で羽川は出会う前から可愛くて好きだし、ヤバいところも知っているため失望すらしない無敵状態。

オリ主の好きな子の前でカッコイイところを見せ続けたいという考えと行動が、羽川が思い浮かべる理想像と余りにも合致していたため、誰にも怪異の仕業だと気付けず、スーパーイケメンめちゃモテ踏み台クソ雑魚野郎という、どうしようもない男を生み出した。

羽川の自分に都合の良い理想像がこんな男の訳がない?
羽川もオリ主の存在で色々と影響されているからです。双方の嘘と虚構で構築された化物というのがオリ主ですね。
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