響実月
「久しぶりだな、陽太」
後部座席から現れたのは長身の女性、若干茶色の混じった長い直毛を風に揺らしながら陽太の前に立つ
高い身長、すらりと伸びた手足、まるでモデルかと勘違いするほどにその姿は凛々しく美しいと表現するに何のためらいもなかった
「ずいぶんと逃げるのが上手くなったな、そこの女の子の入れ知恵か?」
「え?あのすみません、どなたですか?」
凛とした声と目に若干戸惑いながら鏡花は陽太の隣に立つ
「これはすまない、私は響実月、ここにいる響陽太の姉だ」
その瞬間陽太がなぜこんなに顔色を悪くしているかを悟る
一番遭遇したくなかった人物をまさか静希の親が連れてくるとは
当の静希の父親和仁は鼻歌交じりにその様子を眺めている
前言撤回、この人は間違いなく静希の父親だと鏡花は改めて認識した
「初めまして、一班の班長をやってます、清水鏡花です」
「うむ、いつも弟と静希君と明利が世話になっていると聞いた、これからも助けてやってくれ、どうしようもなくみんな子供だ」
「あ・・・はい」
自分も同い年なのだがと思いながら照れ隠しに頬を掻いていると実月は陽太に向き合う
「さあ陽太、もう逃げられないぞ?」
「う・・・」
両腕を広げて距離を縮めてくる実月に陽太は身を翻してその場から立ち去ろうとした
瞬間、陽太がその場に膝から崩れ落ちた
和仁は軽く口笛なんて吹いているが鏡花は何が起こったのか分からなかった
いや何が起こったのかはわかる、なぜなら実月の腕が一瞬見えなくなり、あらぬ方向に突きだされていたからだ
鏡花の動体視力は決して悪くない、むしろいい方だ
彼女が何かをしたというのは理解できる、だが何をどうして陽太を倒したのかまったく理解できない
「ふむ、あまり手間をかけさせないでくれ陽太、あまり時間がないんだ」
陽太は必死に動こうとしている、すでに上半身を起こし後ずさるように距離を取ろうとしている
だがその足は痙攣し続けており、まともに動かないことを表していた
そこまで状況を見てようやく理解する
先ほどの陽太を倒したあの一撃、陽太が身体を翻した瞬間にどちらかの拳で陽太の顎を打ち抜いた
人間は顎を強打されると脳が揺れ、身体が思うように動かなくなる
それは意識を奪うこともあれば今の陽太のように足だけが急に動かなくなるなどの症状を発生させることもある
あれほど高速な動きで、寸分違わぬ精密さで、逃走しようと動き続けていた陽太の顎部を的確に攻撃する
この人は陽太とは違うタイプの人間なのにも関わらず、能力だって同調系統しかも物体に効力を持たせるタイプにも関わらず、恐らく能力を使っていない状態では陽太よりも強い
もう逃げられないぞというその言葉の意味を鏡花は理解した
彼女の射程範囲に入った時点であの攻撃が襲いかかってくるのだ、正確に急所をうちぬけるあの拳が
逃げられるはずがない
「あ、姉貴・・・一体何しに帰ってきたんだよ・・・」
「何しに?愚問だな、お前らしくない質問だ」
両手で陽太の頬に触れ実月は陽太の目を見つめる
「お前の為以外に帰ってくる理由などあるものか、本当にお前は馬鹿な弟だ」
「い、忙しいんだろ、研究とか実験とか」
「あぁ、忙しいさ、眠る暇もないほどだ、だがそれもお前に会いに来ることに比べれば些細なことだ」
そういって実月は優しく陽太を抱きしめた
「誕生日おめでとう、陽太、生まれてきてくれてありがとう」
陽太は動かない足を動かそうとするがまったく動かず、実月にされるがままになっていた
そしてその場に居合わせている鏡花はキョトンとしてしまっている
和仁はその様子を微笑ましく見ているが止める気はなさそうだった
陽太は陽太で恥ずかしいのか顔を赤くしながら未だ脚を動かそうともがいている
「あの・・・実月・・・さん?」
「ん?何かな?鏡花君」
「陽太の誕生日は昨日ですよ?」
一瞬実月の動きが止まる
「そんなはずはない、私はちゃんと日程を合わせて出国した、わざわざ転移能力者に依頼してまで急いできたのだよ?」
自信満々にドヤ顔を浮かべる実月に鏡花は驚愕を隠せなかった
「・・・あの・・・時差は・・・?」
鏡花の言葉に実月は数秒思考を巡らせ徐々に顔を真っ赤にして全身を震わせる
勢いよく立ちあがり後部座席から陽太に包装された箱を押しつけてそのまま席に座ってしまう
「か、和仁さん、だ、出して下さい!お願いします!」
「ん~?もうちょっと陽太君と触れ合わなくていいのかい?」
「飛行機の時間に間に合いません!早く!」
「はいはい、それじゃあ陽太君、鏡花ちゃんまたね」
ゆっくりと出発した車を二人はぽかんとしながら眺めていた
「なんだったの・・・?」
「あれが姉貴だよ、普段頭いいのに妙なところで抜けてんだ」
なるほど確かにあれは陽太の姉だ、身体能力的にも、そして妙なところで馬鹿であるところも
「でも弟思いのいいお姉さんじゃない、ちゃんと愛してくれてるって感じじゃない、何で苦手なのよ」
「あのスキンシップがいやなんだよ、失敗すれば鉄拳、成功すれば抱きしめる、あんなの得意な奴いないっての」
「あー・・・なるほどね」
確かにあれほどの行為を日常的に与えられていれば苦手にもなるだろう
いやそれだけではないのだろう
陽太が彼女を苦手な理由
両親から疎まれ愛情を受けられなかった陽太にとって真直ぐに愛情を注いでくれる姉が奇妙で慣れないからこそ苦手意識を持ってしまうのだ
顔を赤くしながら実月がよこしたプレゼントを手に収めバツが悪そうにしている陽太を見て鏡花はほほ笑む
「私も兄弟欲しかったな」
「いや絶対いらない、一人っ子の方が絶対いい」
「あんないいお姉さんがいてそれは贅沢よ、あんたはもっとありがたいと思いなさい」
陽太は手を借りながらようやく少し動きそうな足を無理やり駆動させゆっくりと立ち上がる
一日遅れの誕生日プレゼントはしっかりと陽太の手のひらの中に握られていた