古くて新しい自治体のカタチ 特別市は地方創生2.0の切り札となりうるか~人口減少時代に対応した大都市制度の改革~

2025/05/30森 春樹
地方創生
自治体経営
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わが国では、人口減少や東京一極集中などによって地方の疲弊が進んでいる。政府は、地方創生の取り組みを強力に推進しているが、状況を抜本的に解決するような効果をあげているとは言いがたい[ 1 ]。2024年4月には、人口戦略会議が2050年までに消滅可能性がある自治体が744に上ることを公表したことで[ 2 ]、地方の衰退に対する危機感が、再度世の中に広まったことだろう。わが国はこのまま、東京が独り勝ちをし、地方は衰退の一途をたどってしまうのだろうか。多極分散型社会の実現に向けて、新たな自治体のカタチを求める動きがある。本稿では、指定都市市長会が中心となって制度創設に向けた運動を行っている「特別市(特別自治市)」について紹介したい。

特別市(特別自治市)とは何か

特別市(特別自治市)とは、広域自治体(都道府県)と基礎自治体(市区町村)の両方の事務・権限を有する自治体である。かつて地方自治法に存在した制度であり、高次の都市機能を有することや人口が多いこと等から生ずる大都市特有の行政需要・課題に機動的に対応するために設けられていた大都市制度である。戦後の昭和22年(1947年)に日本国憲法と同時に施行された地方自治法において規定されていたものの、特別市の誕生を見ぬままに昭和31年(1956年)に廃止され、特別市制度の代わりとして指定都市制度が創設された[ 3 ]。

指定都市市長会は、特別市を「道府県が指定都市の市域において実施している広域自治体の事務と、基礎自治体として市が担っている事務を統合し、住民に身近な基礎自治体が一元的に担うことで、効率的かつ機動的な都市経営の実現を可能とする新たな地方自治の仕組み」と表現している[ 4 ]。特別市の最大の特徴は、基礎自治体に広域自治体の事務・権限を付与した一層制の自治を行うことであり、これにより一元的な行政の実現や市域内の地方税を全て賦課徴収することによる受益負担の明確化といったことが生ずる。特別市と似た制度として特別区設置制度(いわゆる都構想)が存在する。都構想は、広域自治体に基礎自治体の事務・権限を集約するものであり、事務・権限の集約の方向性が特別市制度とは異なる。

図表 1 三つの大都市制度の構造
三つの大都市制度の構造
(出所)指定都市市長会「新たな大都市制度『特別市(特別自治市)』の創設に向けて」
https://www.siteitosi.jp/opinion/background.html(2025年5月7日最終閲覧)に掲載の図を参考に当社作成

特別市はなぜ必要なのか

特別市制度の必要性が叫ばれる背景として、人口減少や少子高齢化、東京一極集中などによって地方の活力が失われつつある深刻な社会情勢がある[ 5 ]。現状の社会の延長線上に到来する「地方が廃れた日本」を回避するためには、地方圏ごとに中枢的な拠点となる大都市が能動的・機動的な大都市経営によって持続的に都市が成長することが必要であり、そのための制度として特別市が必要だと考えられているのだろう。また、将来的には、単独の市町村でフルセットの行政サービスを提供することが難しい状況が発生しかねないという危機感もあるのだろう。そうした状況では、広域自治体による補完だけでなく、同じ基礎自治体として現場力を有する特別市との連携も必要だということも特別市制度が必要とされる理由の1つとして挙げられる。

では、特別市に移行することでどのような効果が期待できるのか。特別市への移行の効果について、第30次地方制度調査会の答申[ 6 ]や指定都市市長会の資料[ 7 ]を踏まえて整理を行ったものが図表 2である。

図表 2 特別市への移行により見込まれる効果
特別市への移行により見込まれる効果
(出所)第30次地方制度調査会答申、指定都市市長会資料等を踏まえ、当社作成

図表 2の「見込まれる効果」は、“産業政策としての特別市の効果”と“行政改革としての特別市の効果”に大別できる。特別市は行政改革だけにとどまる取り組みのような印象を受けるが、実際には、産業政策的な側面をも有しているのである。行政改革の効果は、特別市に移行することによってある程度必然的に、また比較的早期に発生するのに対し、産業政策の効果は、特別市に移行したから必ず発生するものではなく、特別市が大都市経営に成功した場合に受け取れる果実であり、効果の発現までに中長期の時間がかかるものでもある。

特別市への移行によるメリットは、特別市自身だけでなく、近隣自治体や圏域、日本全体に波及していく可能性を秘めている。行政改革の効果としては、特別市に移行することで二重行政が解消され、特別市の市民に対する行政サービスが向上することが期待される。また、基礎自治体として行政運営の現場力を有する特別市が、都道府県と連携して、圏域全体の行政サービスの持続可能性を高めていくことも期待できる。一方、産業政策の効果としては、特別市が、その豊富な行政資源や高次の都市機能を最大限に生かして都市経営を行い、また、圏域や地域で一体的な経済振興を行うことで、特別市が世界的に競争力のある都市として成長し、圏域や地域全体の経済活性化が実現するというものであり、それが日本全体の成長にもつながるというものである。

特別市への移行に当たって解消すべき論点

特別市への移行に当たっては、制度設計の工夫等を通じて解消すべき論点も存在する。図表 3は、第30次地方制度調査会で指摘がなされた主な論点とこれに対する指定都市市長会の考えをまとめたものである。

図表 3 特別市への移行に当たって解消すべき主な論点
特別市への移行に当たって解消すべき主な論点
(出所)第30次地方制度調査会答申、指定都市市長会資料等を踏まえ、当社作成

このほか、具体的な制度設計に当たっては、どのような移行手続が必要となるのか(住民投票の要否等)、特別市の市域に立地する都道府県保有の公共施設の取り扱い等についても検討が必要である。また、指定都市が特別市への移行手続を具体的に進める場合には、特別市移行後にどのような都市経営や圏域マネジメントを実施していくのか、その具体的な絵姿を指定都市や近隣自治体の住民に示していくことが求められるだろう。

特別市制度創設に向けた議論の現在地

特別市制度は、戦前に旧5大市[ 8 ]が展開した「特別市制運動」を源流に持った、長い歴史を持つ制度構想である。一度、地方自治法に制度が設けられたにもかかわらず、特別市は誕生せずに廃止されたという経緯を持つ。指定都市市長会は、2010年以来継続的に国等に要望活動を行うとともに、2021年に多様な大都市制度実現プロジェクト最終報告書をとりまとめている。2022年からは、新たに多様な大都市制度実現プロジェクトを設置し、国会議員や経済団体に対する働きかけや一般市民も参加できるシンポジウムの開催を行うなど活発に取り組みを進めている。

国における議論としては、2013年の第30次地方制度調査会において議論がなされたが、その答申では「都道府県から指定都市への事務と税財源の移譲を可能な限り進め、実質的に特別市(仮称)に近づけることを目指す[ 9 ]」という方向を示すにとどまった。直近では、総務省が2024年11月に設置した「持続可能な地方行財政のあり方に関する研究会[ 10 ]」の傘下の「大都市における行政課題への対応に関するワーキンググループ」第2回において特別市制度が取り上げられ、川崎市や神奈川県に対してヒアリングが行われた。同ワーキンググループは、2025年夏ごろにとりまとめを行う予定としており[ 11 ]、動向が注目される。

おわりに

わが国の地方自治は、特別区制度を除いて、130年以上にわたって「都道府県-市町村」という構造の下で行われてきた。大都市特例制度による事務や権限の移管が行われているとはいえ、人口数千人の市と370万人超の横浜市が同じ制度の下で運営されている。政府の新しい地方経済・生活環境創生本部が2024年12月に決定した「地方創生2.0の『基本的な考え方』[ 12 ]」では、これまでの取り組みの反省として、「人口減少の進行、デジタル技術の進展を踏まえ、地方分権の評価、検証を含めた国と地方の役割のあり方について検討を行う必要があるのではないか」と記載されているが、国と地方の関係に加えて、地方内部(都道府県と市町村)の役割のあり方についても、検討を行う必要があるのではないか。

人口減少や東京一極集中により疲弊していく基礎自治体を広域自治体のみでフォローするのではなく、地方の大都市が都道府県と役割を分担し、連携しながらフォローしていく必要が生じてきているように考える。その際、自治体間の補完・連携を持続的に行っていくためには、その原資を現状のパイの再分配に求めるのではなく、大都市の成長によって大きくなったパイから切り出すことが必要だろう。

そうした観点に立つと、自らの裁量と責任の下に成長に取り組んでいく気概のある大都市が特別市に移行することは、当該大都市だけでなく、周辺自治体や圏域全体にとって有益なことではないか。

人口減少が進み、大都市まで疲弊してしまってから特別市制度を創設しては遅い。あるべき地方創生の姿は、国から資金をもらって行うものではなく、地方が自ら切り開いていくものだろう。そうした意味では、成長のビジョンを示し、貪欲に取り組んでいく覚悟を持つ首長や公務員がいることも特別市の効果を発現させるための重要な条件になるのではないだろうか。


1 ]内閣官房 新しい地方経済・生活環境創生本部「地方創生2.0の『基本的な考え方』」(https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_chihousousei/pdf/honbun.pdf(2025年5月7日最終閲覧))では、過去10年、「全国各地で地方創生の取組が行われ、様々な好事例が生まれたことは大きな成果である。一方、こうした好事例が次々に『普遍化』することはなく、人口減少や、東京圏への一極集中の流れを変えるまでには至らなかった」とされている。
2 ]人口戦略会議「令和6年・地方自治体『持続可能性』分析レポート ―新たな地域別将来推計人口から分かる自治体の実情と課題―」https://www.hit-north.or.jp/cms/wp-content/uploads/2024/04/01_report-1.pdf(2025年5月7日最終閲覧)
3 ]特別市制度の創設から廃止までの歴史的経緯については、指定都市市長会 多様な大都市制度実現プロジェクト「多様な大都市制度実現プロジェクト最終報告書」https://www.siteitosi.jp/opinion/img/various_project_final-3.pdf(2025年5月7日最終閲覧)や大津浩「特別自治市制度の憲法問題」法律論叢第94 巻第2・3 合併号121頁(2021)が詳しい。
4 ]指定都市市長会「人口減少時代を見据えた多様な大都市制度の早期実現に関する提言(素案)-日本の未来を拓く、持続可能な社会の実現に向けて-」https://www.siteitosi.jp/pdf/0b1092bfbbec46887762764b4e59d9d9f3bb1316.pdf(2025年5月20日最終閲覧)6頁
5 ]指定都市市長会「人口減少時代を見据えた多様な大都市制度の早期実現に関する提言(素案)補足説明資料」https://www.siteitosi.jp/opinion/img/a15d1c991662f55a150bcb1d2fdcdeaa2ffcf4cf.pdf(2025年5月7日最終閲覧)や指定都市市長会シンポジウムの資料https://www.siteitosi.jp/conference/symposium/r07_02_20_01.html(2025年5月7日最終閲覧)において、人口減少や少子高齢化、東京一極集中等のデータが掲載されている。
6 ]第30次地方制度調査会「大都市制度の改革及び基礎自治体の行政サービス提供体制に関する答申」https://www.soumu.go.jp/main_content/000403632.pdf(2025年5月7日最終閲覧)
7 ]指定都市市長会 前掲注4
8 ]横浜市、名古屋市、京都市、大阪市、神戸市を指す。なお、2025年5月現在においては、札幌市、福岡市、川崎市の人口は旧5大市である京都市、神戸市の人口を上回っている。
9 ]第30次地方制度調査会 前掲注6
10 ]総務省「持続可能な地方行財政のあり方に関する研究会」、https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/kenkyu/jizokukanonachihozaisei/index.html(2025年5月7日最終閲覧)
11 ]総務省「大都市における行政課題への対応に関するWG 第1回 事務局提出資料」42頁、https://www.soumu.go.jp/main_content/000986083.pdf(2025年5月7日最終閲覧)
12 ]内閣官房 前掲注1

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