阪神で出場7試合 電撃引退したグリーンウェルさんは本当に「神のお告げ」を聞いたのか/悼む
レッドソックスは9日(日本時間10日)、同球団で外野手として活躍し、阪神でもプレーしたマイク・グリーンウェル氏が死去したと発表した。62歳だった。今年8月に甲状腺がんを公表し、闘病していた。 【写真】引退会見で「神のお告げ」との言葉を残したグリーンウェルさん ◇ ◇ 1997年(平9)の新語・流行語大賞は「失楽園」だった。その年の5月に大きな楽しみを失った阪神タイガース界隈での流行語はダントツで「神のお告げ」だった。電撃引退での退団を発表する甲子園球場での会見で通訳を務めた球団の渉外担当に後日、気になって聞いた。グリーンウェルさんはあの場で実際に「神のお告げ」と言ったのだろうか。 「音源やメモがないので定かではないですが、ゴッドとかリベレーション(啓示)といった直訳ではなかったと思います。『自分ではどうしようもない運命、宿命』のような表現を、神のお告げと訳したと記憶しています」 その渉外担当者や他の日本マスコミとともに、96年オフの正式契約に同行した。米国メディアも集まった入団会見は、フロリダ州フォートマイヤーズの自宅豪邸で行われた。甲子園球場20個分という広大な敷地内に農場やレーシングカーの整備工場、自家用機用の滑走路まで兼ね備えていた。そればかりか、降り立ったフォートマイヤーズ空港の近くには「グリーンウェル・ファン・パーク」という遊園地まで経営していた。 一時代を築いたレッドソックスで手にした成功、栄光を刻み込んだような町であり、敷地であり、豪邸だった。そこに詰めかけた100人を超す日米メディアを前にタテジマのユニホームをまとい、新天地での新たな挑戦を誓った。その晴れやかな姿からは、わずか5カ月後に引退を迫られる未来は想像もつかなかった。 高知・安芸の春季キャンプで背中を痛め一時期、帰国した。日本に戻ってからわずか7試合の出場で自打球により右足を骨折した。メジャー在籍時には経験したことのない負傷や故障。自分ではどうすることもできない不運な出来事の連なりは、引き際を告げる神様の啓示にしか聞こえなかったのだろう。 阪神が2年ぶりにリーグ制覇を果たし、阪神時代のボスである吉田義男さんが天国に旅立ったのと同じ年にこの世を去ったことに、運命的なものを感じてならない。【97年阪神担当 町田達彦】 ◆マイク・グリーンウェル 1963年7月18日生まれ、米ケンタッキー州出身。北フォートマイヤース高から、82年ドラフト3巡目でレッドソックス入り。メジャーに初昇格した85年からレ軍一筋12シーズンで通算1400安打を放ち、打率3割3厘、130本塁打、726打点。88年にはシルバースラッガー賞を受賞した。97年に阪神に入団も出場7試合で退団。そのまま現役を引退した。08年にレ軍の球団殿堂入り。現役時代は183センチ、93キロ。右投げ左打ち。