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読まれない手紙

50年来の親友が旅立ってしまった
周りにいつも気を配り 優しくて頑張り家さんだった
早すぎるよ

20年近く同居のお姑さんを介護して 
介護疲れかの様に病魔に襲われた

自分の具合が悪くても後回しにして
公的な介護利用を一切拒否したお姑さんのお世話を
殆ど一人でしていた

年寄り同居のコロナ禍は気楽に会いましょうとは
なかなか行かず LINEでの連絡が続いていた

2年前に 胃癌で手術したのでも心配しないで
何でも食べられる様になったからと

他愛無い連絡の度に いつも 大丈夫だから
心配してくれてありがとうね〜と

それを信じ切っていた 何でもっと突っ込んで聞かなかったんだろう

6月6日に意識がないとの連絡が来た 
慌てて病院に向かう
病室に入るなり 大きな声で名前を何度も呼ぶと
瞑っていた目を開けた 分かる? シッカリして と
声を掛け続けると 大粒の涙を流しながら
瞬きで返事をしてくれた

病室に居たご家族は 
病院に呼ばれてからこんなにハッキリ意思表示したのは
初めてだと 驚かれる
意識は朦朧としてはいるものの 耳はちゃんと聞こえていた様だ
モニターの血圧 心拍は安定していた
また 来るからねと声を掛けて帰宅

翌々日の6月8日にも病院へ 
すると 驚く事にベッドの背もたれを上げて テレビを見ている

私の姿を見て わざわざ来なくてもいいのに〜と
一昨日来たの覚えてる?と聞くと
夢の中で会ったよね と 
朦朧とした中でも 覚えていたらしい

随分と細くなってしまった手を握り締めながら
こんなになってから知らせてくるなんて〜の言葉に

だって ステージ4のスキルス性だなんて聞かされても
困るでしょ と相変わらずの気の使いようだった

駅前に大きなイオンがあるから 
お夕飯の買い物でもして帰ってね と 
普通に会ってお茶でもした後の会話みたいに送り出された

翌日も会いに行こうとしていたら 
個室から4人部屋に戻ったので 
家族しか面会出来なくなったと 本人からLINEが入る

会えないのは残念だけれど ホッとした 
けれど その翌日からLINEの既読が付かない
胸がザワザワして仕方がない 

6月11日に人間ドックが入っていた私は 受付を終えて
着替えをしている最中に携帯が鳴る 
携帯の画面には彼女の名前 

まさか 嫌な予感を持ちながら出ると彼女のご主人が
先程息を‥‥と 
人は驚き過ぎると 涙も出ないものなんだな

取り敢えず 淡々とドッグの検査を受けたのだけれど
血圧はドーンと上がっていて 上が178にもなっていて
何かありました? 深呼吸してと

訳を話すと チョット休みましょう 血圧は最後に測りましょうと

ドッグにはお昼が付いていたのだけれど 全く食べられず
検査結果もドクターの説明も半分上の空
どうやって 帰宅したのかも覚えていなかった

3日前に会えて 話も出来たのだからと自分を納得させるしか無い

長い間お友達でいてくれて ありがとうね






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祥月命日

昨日は大好きだった 姉の様に慕っていた人の
祥月命日だった

先日家の階段から落ちて左脚膝下から爪先までギブス中の私
車の運転は出来るものの どうも心もとないと思った旦那さんが 外苑前のお墓まで連れて行ってくれた

享年62歳 追いついちゃったよ
大好きだった薔薇の花を供えても
未だに 居ないことを納得出来ず 

聞いてもらいたい事がたくさん有り過ぎて
涙が溢れてどうにもならなかった

やっと5年 未だ5年 もう5年
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朝の見送り

1つ前の投稿の雅子さんからのコメントで

毎朝 旦那様を玄関まで見送ってるとあって
私は何でしてなかったのかなぁと考えたら

あ~ お見送りは義母のお役目だったと思い出しました😆

結婚当初からの義両親 義妹との同居

結婚後の初出勤の時に私より先に イソイソ?と玄関先に見送りに出た義母に何も言えず

今まで 毎日そうしていたんだろうなぁ 可愛い息子なんだろうから と

妙な納得を自分にさせていた事 思い出しました

そう言う私も 息子 娘には小学校に入学してからずっと玄関先まで見送って 角を曲がるのを見届けてたなぁ

2人とも独立したから もうそんな事もしてないけど
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色々有るけれど

とってもお久しぶりの此方
ちゃんと生きてます ここ最近はチクチク クロスステッチに励んでおります
安倍元総理が凶弾に倒れられて5日      朝 元気に行ってらっしゃいと送り出したのにお昼には意識不明って‥‥            テレビの画面に釘付けでした
もし 都内であれば病院🏥まで50分も掛からなかったのでは無いだろうかとか 警備ももう少し手厚かったのでは無いだろうかとか たらればな事ばかり思ってしまう
朝 旦那さんを送り出す時 今までは適当に顔も見ずに声だけ掛けていたけれど
あれから しっかり顔を見て 行ってらっしゃい 気を付けてねと言う様になった      そして 帰って来た姿を見てホッとしている自分に気がつく                 老後は旦那さんと二人になるんだもんね
安倍元総理のご冥福をお祈りいたします



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卒業かな?

こちらに余りにもご無沙汰で パスワードを忘れてしまい ログイン出来ずにアタフタ

このコロナ禍 勿論彼とは逢うことも無く
遠距離のために物理的に逢うことは不可能な状態でもあったのですが

肺炎入院以降 旦那さんのサポートの頑張りに
戻るところはここなんだろうな の 思いが強くなって居ました

そんな中 4月から彼が単身赴任になり 電車で1時間半の距離に
が やはりコロナ禍もあり 遭おうと言う言葉は聞かれず 言い出せず

初めての単身生活 職場環境の変化にかなり弱気になっていた彼
連休の帰省も見合わせるとの話

ならばと思い切り 車なら高速を使えば1時間ほど
引っ越し祝いを届けましょうか?と 提案したら
近くにパーキングはないけれど 数分間なら前の道路に止めても大丈夫だと思うと

が 東京の感染者数が千人を超えてしまい 
県跨ぎの移動はい峩々なものかと 結局は断念

その後 彼は30歳過ぎた娘さんのパパに会いたいの言葉に
逢うはずだった日の午後に帰省した
さすがに 言い出しにくかったのか 2日後に帰省していますと 連絡がきた

その文字を見たときに 何かがプツンと切れたの感じてしまった

実は 彼がこちらに来たのは 息子さんが昨年の秋に難病指定の病気に罹り 療養中だったから
息子さんの病気のこともあり 定年退職後の再雇用にもかかわらず
なるべく息子さんのそばに居ようと 単身赴任を受け入れてたのです 

免疫抑制剤を使う治療中で細心の注意をしていると聞かされれば
そうそう 逢いたいとは言えないし もしもを考えればリスクが大きすぎる

私はリスクを考えて車で出向く提案をした その答えに 彼は数分間ならと
その時点で何かが引っ掛かってはいたけれど、気が付かないふりをしていた
けれど 彼は息子さんと新幹線で帰省をしたのです

それを聞き そうなんだと納得してしまった 私の勝手なきっかけにしたいのかもしれない。
17年間の月日 支えてもらったし 楽しませてももらったけれど
卒業してもいいのかもしれない






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Author:むーん
既婚でも出逢いはありました

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