ワードマンサー・レコード ─ 戴冠の言王 ─

夢河蕾舟

言、霧の中より滲み出る

 霧は、まだ名も実像も持たぬ、ゆらぎ続けるだけのちいさな呼吸だった。

 誰のものでも、あるいはそこに一切の意味を介在しない息が、ゆらぎ漂い、──差し込む、ひとつの音により導かれた。


「──れ」


 それが最初の声、原語ノストラの響きであった。


 声は霧を裂き、色を流し、かたちを描いた。

 世界は描かれることで目を開き、耳に聞こえ、鼓動し、呼吸を繰り返し、命を生んだ。


 かくして、のちの時代に暁月あかつきと呼ばれる存在の声は筆となって空を渡り、言葉が絵の具となり、その大地に「星の環の樹」の根を張り巡らせてゆく。

 描かれたものは名を──「言葉」持ち始めた。そして言葉は、「御霊」を宿した。

 やがて幾千幾万、幾億──八百万の言葉が生まれ、ときに沈黙と混ざり合って、「言霧郷げんむきょう・フォグストゥーラ」という“世界”がひとつ、立ち上がった。


 ……だが、世界が完成した瞬間から、崩壊は始まっていた。

 言葉は増えて、力は形骸化し、人々は争い、霊力を奪い合うようになったのだ。


 人は自らを〈言霊使いことだまし〉と名乗り、言葉の力に身を委ねるようになった

 火を命じ、風を操り、ときに尊厳を砕くような言葉をも命ずる者たち。

 彼らは言葉で世界を創り、また言葉で世界を壊した。


 ときにこよみは、ノストラ暦九七二年のこと。


 フォグストゥーラの霧は、再び濃くなりつつある。

 世界は未確定のゆらぎへと還り始め、力の言葉は、それを与う言霊使いワードマンサーたちは“暁月の原語ノストラ”へと近づこうとしていた──。

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