第六幕 悪狐登城
──残さずたべなさい。残したら、折檻ですよ。
──こんなにたべられないです、母上。
──裕福な家に生まれて、恥ずかしくないのですか! 食べられる幸せが、わからないのですか!
──
──母上、俺は、
──きぃいいい! 俺、だなんて汚い言葉! あなたは、暁星の名を背負うかくゴぉÅ√ガ%ァあ▽¥rるの──
燃える家、燃えるヒト──ああ、いや。ブタとサル。
──父上、母上、全てを食べる子がえらいんですよね。
──町の皆は、もう平らげました。俺はあなたたちを喰わないと。お残ししたら、折檻されちゃうから。
──ああ。これが家庭の味ってやつですね、父上、母上。
──そっか、家庭の味は、一生で、最初で最後の。
──いただきます。
赫赫と燃えるような
海と接続された水堀──大河と呼んで差し支えないそこには、軍の小型艇が配備され、兵士が銃を構えている。
しかし、敵は思わぬところから来ていた。
「父上は強い男児こそ正義と。母上は残さずたべる子が最も偉いって考えていてな」
暁星嶺慈、坂東城御神域へ登城である。正面堂々、門をこじ開け、邪魔な守衛・近衛を切り捨てての進撃であった。
襲いくる槍を左手ではっしと掴んでへし折り、折った先の穂先で男の喉を抉る。
迫る弾丸を尾で弾いて敵に反射。銃弾が近衛の額と頭蓋と脳を粉砕、襖に真っ赤な脳漿をぶちまけさせて、昏倒せしめる。
「御望み通り、強くてよく食べる男になってやった」
迫る近衛兵を妖刀村正を以て斬り伏せ、両脇を送り狼神の円禍、そして青い肌をした妖艶な鬼娘が固め、後ろを陰陽師めいた狩衣装束の女が結界を張り、守る。
円禍が懐刀を抜き迫る侍女を一撃。殴り、頭をつぶれたみかんの如く砕いた。
青肌の鬼がしなだれかかってくる。
「あはぁっ、嶺慈様に見られながら戦うと丹田がじんじん熱くなっちゃあう」
「
青肌の鬼娘──慈闇がいやに艶っぽい声をあげて、嶺慈を狙い手槍を繰り出した女近衛の顎を左の裏拳で砕く。そしてその両足を掴み、股を引き裂いて脳天まで真っ二つにし、漏れ出した腸を大口で加え、
半ば白目を剥いてヒトの味に絶頂する青鬼──慈闇を嶺慈は見、周りの近衛はそれで戦意を喪失。半狂乱で槍を捨て逃げ、呆気なく円禍に貪られる者、腰を抜かして上等な裃を糞便と尿でぐしゃぐしゃに汚すもの、命乞いをする者──。
「腰抜けですね。肉も脂ばかり乗ってて締まりがないですし。これなら締まりのいい農夫の方がまーだ食べ応えがありますよ」
と、狩衣の女──
「人間よか妖怪の方が美味い。若い妖怪もいいが、中年程度の、贅と脂を程よく載せた……一見美食から遥か遠いところにいるようなのが、一番美味え。やはり食うなら狸ってとこか」
「嶺慈様はいつになったら慈闇を食べてくださるんですか? ご命令とあらばお腹を十文字に切り裂いて、お膳にモツを並べますよ?」
「気が向いたらな……」
しなだれかかる慈闇を左腕で抱きしめつつ、迫る銃弾を村正で弾く。妖艶な赤い刀身が、めらりと緋く燃える。
「狙いが
「う、動くな! ここから先は
「皆、もう逃げている。お前は逃げなくていいのか」
嶺慈は嘲ることなく、真剣な顔で問うた。
暁星嶺慈──今から四〇〇年ほど前、戦国の世のとある大名の家系に生まれた、由緒ある武将の長男である。
──その家名を、暁星。
その唯一の生き残り。自ら喰らい尽くした一族の、最後にして最悪、最凶の戦狂いである。
血のように赤い髪。前髪を左右非対称に伸ばし、血の如く赤い目。
右目はすっかり髪で覆い隠している。顔立ちは端正で、女と見紛うばかりだが、低くどすの利いた声は男のそれ。
妙に男臭い
毒々しい、曼珠沙華の如き魔の如き妖艶さがそこにあり──油断していると、平伏してしまいたくなる、神威めいたものを感じる。
それは嶺慈が九尾だからというのもあるが、単に、彼の経験と経歴に裏打ちされた
「お前の度胸に免じて、見逃さんでもない」
「うっ、……うるさい! 私は逃げぬ!」
「殺すには惜しいな。……だが、俺とやるんだな?」
「ああ、撃つ。本気で撃つ! 威嚇じゃないぞ!」
嶺慈は大仰に両手を広げた。黒い着物に赤い羽織り。暁星一派の隊服の指定色である。
華美な装飾は一切ない。頭領が着るにはいささか地味だが、仕立てはすこぶる良い。上等な
銃声。
嶺慈の頭がのけ反る。
近衛は手応えを感じた。──当たった。
しかし。
「残念だったな」
歯で噛み、潰し、咥えた鉛玉をべっと吐き出し、嶺慈は一足飛びに近衛の元に飛んだ。
「俺と来ねえか、若いの。鞍替えなんて、俺の時代じゃあ珍しくもねえ」
「わたっ──私は逃げん! おぉおおおおおおああああッ!」
若い近衛は雄叫びを一つ。裂帛とともに、ライフルで嶺慈を叩かんとし、
嶺慈は、敬意を持って喉を掻き切り、近衛兵を沈める。
「惜しい男だった。
円禍、ついてこい。慈闇、凛、そこで邪魔者を食い止めていろ。頼むから盛りのついた猫みたいに戯れあってくれるなよ……影法師の品位に関わる」
「えー、じゃあたくさん殺せた子が嶺慈様の一番搾りをするっていうご褒美かけましょうよお」
「あんなスケコマシのを? 円禍お姉様の御御足を舐める方がずっとずーっと幸せですよ」
「わからなくもないけどさ」
などと戯れあう二人を無視し、嶺慈は傍に円禍を控え、正座。襖を開け放つ。
──さぁああっ、と、潮の香りが広がる。
ざあざあと流れる滝の音、清涼な水飛沫。
嶺慈は一度、深く平伏。
そして、声をかけられるのも待たずに、慇懃無礼にも立ち上がる。
「幻……神代の御世より実在したあんたたち神仏の存在がそのような認識でいられたのは、およそ千八百年前、この世界が二度目の崩壊を迎えたその時まで……」
ご寝所には滝のように海水が溢れ出している。ここは城の最下層にあたり、上層階はお飾りにすぎない。
本来神は高いところから下界を見下ろすが、海の女神たる海鳴水凪喪姫は、あえて水平に住まい、人の世を見上げることを好む。
水面の上に、砂上の楼閣を築き、磐石と嘯くヒトの世の泡沫を──。
「始まりの時代が終わり、混沌の時代が来た。のちに大龍帝時代を築いた不死身の大龍帝・
……だがくだんの大龍帝の御世、それも千二百年余りで崩壊。
二度も世界を終わらせる人類の愚行に業を煮やしたあんたたちは、とうとうこの下界へご降臨なすった」
海水で満たされた伽藍。中央の巨大な玉石の上に鎮座する、鯱を思わせる白と黒の表皮を持つ、異形・異相の女神。
「人と妖を導く──さて、その末。俺たちのように
そんな〈異例〉を産んで、なお、どうする」
鯱の異形──大きさ、二十尺ばかりの巨女。赤と金色が混交する目が、こちらを睨む。
〈……下郎。妾を、何者か、知っておろうな〉
「イカ臭い塵紙ってところか。臭うぞ、腐臭が」
〈楽に死なせはせぬ〉
嶺慈はニィと笑った。
「そうこなくてはな」
「お供いたします」
「そのつもりで連れてきたんだよ」
海の女神と半神二人が睨み合う。
火蓋は、迫り上がる海水の大渦とともに切られた──。
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