北上麗花さんについて 自分なりの整理
お疲れ様です。ち よPと申します。
北上麗花さん、12thLIVE day1主演おめでとうございます!
いよいよですね、まさか担当の主演公演がこんな早く訪れるとは思ってもおらず未だに実感が沸かないふわふわした気持ちでいます。
そもそも主演って一体何をするのか、どんなライブなのか、何を予習すればいいのか、6月からずっと考えていたらもうこんな時期に…
一応担当を名乗らせていただいている身として、おそらく一度限りの主演公演に対し流石に何か決意を固めて臨もうと思い立ち、こんな駄文を書いてみました。
このnoteでは今一度麗花さんのコミュなどを振り返って、北上麗花さんってどんな子なんだろう、どんなアイドルなんだろうというのを自分なりに整理してみたものになります。本当に、自分が自分の中で納得するためだけに書き記したものなので、解釈が違ったり論理がちんぷんかんぷんなところもあると思います。それでもよろしければ、チラッと目を通してくださるとありがたいです。
もう一つ重要な点として、自分はグリマスは通ってきていません。ミリシタを始めたのも最近の方なので、把握できずに抜けているところ、理解しきれていない部分が多々あると思います。ご容赦ください。(なんならこのコミュ読んで!とか投げつけてくれると助かります)
アイドルとしての麗花さん
麗花さんってどんなアイドルなんでしょうか。
歌が上手で、身体能力が凄くて、笑顔がまぶしくて、自由で…一言で表すのは難しいですが、自分が思い浮かんだキーワードとしてはこんな感じでした。
では麗花さん自身は?
なぜアイドルになったのか、どんなアイドルになりたいのか、アイドルとして何をやりたいのか…という根本的な部分の解釈について考えてみました。
上で触れたキーワードの中で、特に麗花さんというアイドルにとって重要な要素だと感じているのが「歌」です。
メモリアルコミュに、Pと麗花さんの初めての出会いとなるオーディションの場面がありますが、麗花さんがオーディションに応募したきっかけは"友達に歌が上手だと言われたから"でした。また、麗花さんの母親はオペラ歌手であり、(麗花さん自身はオペラにはあまり興味がなかったものの)歌うことが大好きで、歌うお仕事がたくさんできるといいなとも言っています。
では麗花さんは何のために歌うのでしょうか。歌を通して何をしたいのか、何を届けたいのか、ここに麗花さんがアイドルである理由があると思います。
メモリアルコミュ4にて、Pに"どんなアイドルになりたい?"聞かれた麗花さんは「お母さんみたいになりたい」と言っています。「お母さんの歌は聞いた人を幸せにしてくれる」「お母さんみたいに、みんなを幸せにできたらいいな」と。
歌を生業としている母のようになりたいと語ってはいるものの、麗花さんが真になりたいと憧れているお母さんの部分は、人を幸せにするという点でした。
歌を通して、アイドル活動を通して人を幸せに、笑顔にしたい。これこそがアイドルとしての麗花さんの芯なのだと個人的に考えています。
ここで一つ、メモリアルコミュの中で個人的に好きなシーンを紹介します。メモリアルコミュ1・最初のオーディションでの一幕です。
オーディションに臨んだ麗花さんは、審査員であるPから「なにか歌ってみて」と言われ、恒例の『和三盆の歌』を披露します。
しかし次の瞬間、麗花さんは「さあみなさんご一緒に!せーのっ♪」と声を掛け、会場にいた全員と合唱を始めました。Pも楽しそうに歌う麗花さんにつられてつい歌ってしまいます。
オーディション会場で歌を披露してください、と言われて一緒に歌いましょう!と周りを巻き込む子は中々いないと思います。
じゃあ麗花さんはなんでこんなことをしたんでしょうか。
これは個人的な解釈ですが、このオーディションシーンこそが上で述べた麗花さんのアイドルの芯の部分に基づいているのではないかと思います。
この時の麗花さんは、歌い終わった後に「楽しかった~」とつぶやいています。麗花さんはこの「楽しい」という気持ちを共有したかったのではないでしょうか。
歌うのが楽しいし、一緒に歌えばもっと楽しい。じゃあ会場のみんなで歌えば自分も"みんなも"楽しくなってくれるのでは?
人を笑顔にしたい・幸せにしたいと願う麗花さんはそう思って声を掛けたのだと。
人によっては突拍子の無いことをしていたり、おかしなことをしている風に映るかもしれませんが、麗花さんの中では確固たる行動原理に基づいた声掛けだったのだと思います。
北上麗花さんと"普通"
麗花さんについて考える際、捉え方が人によって違ってくるのがこの"普通"という言葉捉え方だと思います。
麗花さんがよく使う"普通"という言葉、自分は2つの意味があると考えています。
1つ目は 個人それぞれの「楽しい」や「興味」を感じる感性の範囲
2つ目は 上記の個々人の感性の中で、大多数の人間に共通する範囲
です。
…書いてて自分でも意味わからんと思ったので、図で説明してみました。
一つ一つの丸が個人それぞれの感性の範囲、その人の持つ"楽しめる普通"の範囲です。全く同じ人間というのは存在しないので、重なる部分があっても同じ丸というのは存在しません。
ただそれでも、多くの人が共通して楽しいと感じる部分、真ん中のピンクの範囲が一般的な"普通"と呼ばれるものです。
では麗花さんはというと、たぶんこんな感じ。
麗花さんは、この楽しめる円の範囲が広いのだと思います。
(麗花さんのこの楽しめる範囲が、"普通"の範囲が広いという解釈は他の麗花Pの方も同じような話をしているので探して読んでみてほしいです。というかこのベン図も似たようなものを書いてる人がいたのでパクリみたいなもんですすみません…これが多分一番説明しやすかったので)
ここで大事なのは、丸が違う場所にあるのではなく丸が大きいということです。
重なることが少ない外側の部分も、多くの人に共通する真ん中の部分も、どちらも麗花さんにとっては同じように普通に楽しいものなのです。
麗花さんからのメールで、全く関係のなさそうな単語同士が急に結びついて話が進んでいたりすることがあるのも、麗花さんの中では同じ丸の中に入っているものだから自然とつながるんだと思います。
そしてだからこそ、みんなと同じように楽しめる時と楽しめない時の差に悩まされてきたのだと思います。
寂しさについて
麗花さんのコミュからは、(詳細に語られることはありませんが)幼少期からこの感性の範囲の違いによりすれ違うことが多く、疎外感や寂しさを感じ悩んでいたことが示唆されています。
この悩みは今もなくなったわけではありません。時折麗花さんが、「普通にできていますか?」と確認するのは、その乖離への不安なのかもしれません。
現に麗花さんってどんな子?という問いに対し"ぶっ飛んでる"とか"やべー奴"と評されてしまうことも少なくありません。感性が重ならず理解されないことがあるのは仕方ない部分もありますが、それでも寂しさを感じない訳ではないのです。(だからこそこういうnoteで少しでも寄り添おうとしてくれる方が増えてくれると嬉しいです)
そしてそんな経験をしてきた麗花さんだからこそ、他人が感じている寂しさにはかなり敏感なところがあります。
エンダーエンダーで演じたチトセ君、メインコミュで出会ったケンジ君。二人と関わる中で麗花さんは"寂しい気持ち"に理解を示していました。
麗花さんの目指す方向
ここまでを整理すると、麗花さんは歌やアイドルという活動を通して"人を笑顔に・幸せにしたい"と願い、自身の経験から"他人の寂しさに共感できる"優しい子です。
では"どんなアプローチで?"それを成そうとしているのか、ここがPとして個人的に一番理解しなければいけない点だと思い考えてみることにしました。そうでないと、麗花さんの願いを適切に届けてあげられない、魅力を引き出せなくなってしまいます。
"ありのまま"とは
感性の範囲が重ならないことで寂しさを感じている人に"笑顔に・幸せに"なってもらうためにはどうすればいいのでしょうか。
麗花さんは度々"普通が一番"といった発言をします。自分は当初この"普通への憧れ"について、大多数に共通する真ん中の部分に近づいていくことだと思っていました。
自分の感性の形を真ん中に合わせていけば、寂しいと感じることは少なくなり、楽しいと感じる割合が増えていくはずです。
でも麗花さんにとってこの答えは違いました。
「私は私だから、私らしくしかできない」
メインコミュ第29話「きっと、どこまでも!」のエピローグにあるセリフです。
このセリフを先ほどの図に当てはめて考えてみると、"楽しめる普通の範囲(円の形)を無理矢理他人に合わせたり狭めることはできない"ということだと私は考えました。正確に言うとできないのではなく、したくない、だと思います。
円が大きければ大きいほど人とすれ違って寂しさを感じることも多いですが、同時に"楽しい"の絶対数も多いです。この二つを天秤にかけた時、麗花さんは"楽しい"が多いことをより大事にしたかったのだと。
これがまさに"ありのまま"です。"ありのままの自分の普通の範囲"を大切にすること。
じゃあ結局、寂しさを感じている人に笑顔になってもらうにはどうすればいいの?
最初に戻ってしまいました。丸を小さくすることで寂しさを埋めるというアプローチは違ったのです。
ではその逆はどうなんでしょうか。
普通の範囲を広げること
先ほど、楽しめる普通の範囲(円の形)を無理矢理合わせたり狭めることはできないと書きました。が、変えることができない訳ではないと思います。
つまり、逆に広げることはできるのではないでしょうか。
FIND YOUR WIND!の覚醒コミュにこんなシーンがあります。
これからどんな経験がしたいかとPに聞かれた麗花さんはこう答えます。
麗花さんはアイドルとして活動していくにつれて、歌だけではない、新しい"楽しい"を見つけたのです。知らなかった新しい"楽しい"を見つけること、これは円の範囲が広がったということではないでしょうか。
そして麗花さんだけでなく、みんなの円が同じように広がるとしたら。
一人一人の円が広がることで、重なる部分も増えていきます。重ならずに寂しさを感じていた誰かも、いつかきっと重なる時が訪れると思います。
これこそが麗花さんの目指している場所なのではないでしょうか。
歌で届ける、お芝居で演じる、バラエティで表現する、麗花さんのアイドル活動を通して、人々に自分の新しい"楽しい"を発見してもらい、"普通の範囲"を広げていくこと。
このアプローチの仕方が、北上麗花さんというアイドルを輝かせるものなのだと、自分は信じています。
ちょっとした補足
補足、というか蛇足の話になります。
上で麗花さんの目指す方向は人々の普通の範囲を広げることだと書きました。が、無理に広げる必要はない場合だってあります。
今更何言ってんだという話ですが、これはここ最近の麗花さん自身の成長にもつながる部分だと思ったので、追記しました。
麗花さんはメインコミュでの失敗や劇中劇の役作りを通して、普通の範囲の広がり方にも人それぞれあることを学んでいます。広げたくない人やどこまで広げても重ならない部分というのは存在するのです。
無理に円を広げなくても、知ってもらうことで救われる寂しさもある。麗花さんは失敗から学び、成長して、より多くの人を笑顔にするためのアプローチの方法を常に探し続けているのかもしれません。
終わりに
ここまで読んでくださった方々、本当にありがとうございました。
自分の中でも、このnoteを書いているうちに何度も何度も考えや表現方法が変わり、ライブ前日というこんなタイミングで公開することになってしまいました。
今回はあくまで自分の中での解釈を書きだしたので、全く違う北上麗花像を持っている方もいるかもしれません。
でもそれは、北上麗花さんのこれまでのアイドル活動を通して、いろんな人の心に何かを残せたということであり、それは麗花さんにとってとても嬉しいことだと思います。
明日のライブがどのようなものになるのかは分かりませんが、麗花さんが、参加するみんながそれぞれのありのままを表現できるような素敵なライブになることを祈り、応援しています。


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