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自由詩「鎖なき炎のささやき」ver.330

お坊さんだけどパンクロッカー!?親鸞の「悪人正機」にSNS時代の生き方を教わる #168

3か月前

アナーキー・イン・ザ・UK―Sex Pistolsがぶちまけた怒りの正体

自閉民のつぶやきと回想|ラブアンドピース&アナーキスト|

アナーキーは希望か、混沌か?

Sex Pistols

『穴明〜ある一生の、目覚めなかった目覚めについて』/穴明(あなあき)はその響き通りアナーキーになりそうでならない人生を歩んできた。彼の人生で「名は体を表す」瞬間は訪れるのであろうか……(ショートショートその166)

2か月前

【Midjourney】100円プロンプト。 162.アナーキーポップのフーディーガール

¥100

伝統

観葉植物と草むしりと参政党と…

反政治的政治性について

人類史の99%はアナーキーである

地声一択!加工音声は技術的に無理ゲーだから。

1か月前

【一言投稿】:"何が何でも減税すべきだ!"と言うなら、無政府状態にしてしまえば良い

1か月前

第2章|アナーキー編 『拳は言葉を超える』

「自由は責任を伴う」は欺瞞

私的名盤探訪#18 KLF「Chill Out」

劇画『北斗の拳』から考えるアナーキズムとアナーキスト

芸能プロダクション社長の日々 パンクロック アナーキー編

5か月前

その時なんだけど、俺は全身、黒づくめで、顔は台湾警察特殊部隊の、防弾で目の部分には、金網が張ってあって、全く、表情が読めない黒マスク着用するけど、いいよね?

1か月前

ごはんバースデーライブ in アナーキー(大阪府茨木市)

俺は奴隷で奴隷には詩が必要だ。~「サボる哲学」!詩とアナーキズム~

【読書感想】「残り全部バケーション」デリケートな内容も愉快な出来事に変える伊坂幸太郎

4か月前

『村に火をつけ、白痴になれ』(栗原康・岩波現代文庫)

4か月前

ゲバ棒のかわりにタピオカを

6か月前

日本人の常識を覆す|室町時代のアナーキーな世界から見える現代社会の本質

新刊紹介_20250802

可能性を信じる限り希望はある。 しかし信じた事を行動に移すには勇気がいる。勇気を伴わない希望はいわゆる絵に描いた餅だ。

アナーキー

11か月前

アメブロ。

4か月前

どうも!ボビー・オロゴンです、か、どうも!木村拓哉です!の二択だったら、どっちがいいと思う?

1か月前

あ、また、脱線するけど、新しい学校のリーダーズのSUZUKAと、病人28号の対談希望。SUZUKAにブルマ構文を読ませてからです!いち、に、さん、はい!!

1か月前

「出自を知る権利の保障」と母親支援の両立。国の制度では匿名は内密出産までしか許されていない。

3か月前

「アナーキーなワースト1位」

7か月前

国家も王冠もいらない──セックス・ピストルズと、自由への断章

5か月前

福祉主義の卑劣さ

5か月前

引いてほしい!

1か月前

以上!ワタクシ、木村拓哉がおおくりしましたー!バーイ!サンキュー、ベリーマッチョ!じゃないかなぁ?常識的に?

1か月前

徒然 2025/01/20〜1/26

8か月前

古今東西、貧困には貧困に喘ぐ人にその不条理を受け入れることのみが最適解であると思い込ませる効果があった。国策や戦争のような人為的な災難でさえ自然災害であるかのように諦めさせる効果があった。その理由はひとえに貧困は人々に立ち止まって考えさせる猶予を与えなかったから。多忙の悪徳。

『アナキズムFAQ』PDF版

魂の気高さは、 何に悩み、何に苦しむか。其れ等に いかなる態度で決するか。 その一点にかかっている。

イマニュエル・レヴィナス著『ヒューマニズムとアナーキー』についての若干の考察

4か月前

「悪我鬼」がバイラルヒット/ギャングスタラップEric.B.Jrについて

「夫婦別姓問題」が喧しいです🙂‍↕️ 特に、アッチ系のメディアやネットのインフルエンサーたちは強烈に夫婦別姓を推してます😰 しかし、私としては、他人様のことを「頭が悪い」とか「古い」とか言ったり、「権利を主張して義務を無視」する傾向の人たちの主張には、これに限らず賛同できません🙆

真面目に頑張って生きてる方には不快かもしれないけど、人間には腐ってゆく過程にもドラマがあり、それを芸術だの文学だのに昇華する事ができるのである。頑張ってる人々の世界では勝ち負けが重要かもしれないが、腐ってゆく人の世界はただ緩やかな下り坂だ。

生成AIと情緒(23) 生成AIとSNSの類似性

5か月前

本当に価値のあるものとはそれ自体どこに出しても喜ばれるものであるから、たとえお金にならなくても大勢の人の前に出すべき物だ。 お金はその様な価値に後から付随する影の様なもので、お金を追い求める人は価値あるモノの影を追い求める様な人である。

なぜ近代文学・日本思想・日本政治は死滅したか。

6か月前

チャンスが欲しければ才能を持つべきだ。才能が欲しければ熾烈な欲望を持つべきだ。 そして完全に調和の取れた人間になりたければこれら全てを捨て去るべきだ。

村上春樹/鼠三部作 ③ ~ 羊をめぐる冒険 (1982)

人の痛みはわからない、のでは無く 人の痛みは想像しないと分からないのである。人の痛みが想像できる限りにおいては人は本質的な孤独に陥ることはない。 どんなに不幸な状況にあってもそれを相対化して想像できれば孤独への抗毒素となる。

movie column|GOLDFISH

5か月前

人生が画用紙ならば、そこでの出来事は全て色鉛筆であっても良いだろう。明るい出来事、暗い出来事、成功や失敗も絵を描きあげる道中に起こった色とりどりの物語である。

老いとは須く平等の福音である。老いとは今生でどんな栄華を誇ろうとも最後には死の地平に没するための準備運動である。 忌の際で悔やむことがあるとすればそれは死に行くことではなく、今までを生きなかった事だろう。

どんな世界においても、怖いが楽しいに変わる人間は己を超克してゆく。 勇気を振り絞った後にあるのは死だとしてもそこまでの道のりは天国だ。 天国は今ここになければ何処にも無い。

ただ自然の造形を眺めているように主体がどこにあるのか感じさせない文章。 起こるべく条件が整い文字が結晶して立ち現れた文章。そんな文章を読むことはこの上ない贅沢だ。

安藤日記 ユンボ安藤 2024/09/19

自分で考えたことは正しい答えでは無いかもしれない。それでも感じたことに意味を見出せるなら考えたほうが良い。 前に進む足がかりを作るべく。

『底抜けビンボー暮らし』-ビンボーで暮らすという選択

11か月前

人間とは常に欠落した部位を持ち、それを想像で補って進路が定まる生き物である。

小さなレジスタンス

1年前

ジャン=リュック・ゴダール「ゴダール・ソシアリスム」

雑なものを切り捨てる。 その行為の如何に雑なことか。 それがどれだけ合理的な根拠に基づいた行いであったとしても。

経済的に恵まれていることでしか豊かさを感じられない感性とは、ジャンクフードに含まれる化学調味料でしか旨味を感じられなくなった舌とよく似ている。してみるとGDPとは一国が病気に至る指標である。

好き好き!大好き!!パンク・ミュージックvol.3

全ての物事の変化や人生の移ろい易さを、単なるメリットがデメリットでしか考えられなくなった時、精神の貧困はいよいよ深刻なものとなる。

”アナーキー” 演奏レベルが高すぎるパンクバンド。2024年、活動禁止。 ボーカル 仲野茂さんのインタビュー! 🔸記事URL https://bizconsul.net/2024/11/21/147657/

#05 PUNKとの出会い

¥100
1年前

アマゾンプライムお薦めビデオ④ 174:かっこ悪さをさらけ出すことのカッコよさ!パンクバンド「アナーキー」のギタリスト、藤沼伸一氏の初監督映画『Goldfish』

「死なないための暴力論」は役に立つのか

ただ希望を持って生きるのは物乞いに等しい。勇気を持って生きるべし。

自己肯定感。 生命現象延びゆく座標に沿って歩む。 そんだけ。

不意に聴こて来た小鳥の囀りに癒される。 小鳥とて人を癒す意図などなかろうに。

日々の出来事、日々の経験を通して、自分なりに考えて、自分なりにわかる様になる。これが生きやすくなる秘訣だ。

高いハードルを飛び越えなくてはならないと言う思い込み。それがあなたを苦しめている。そんなハードルも目一杯低く設定してしまえば逆に踏み台になるのである。

2024年11月7日深夜

11か月前

心の中には映写機とスクリーンがある。私の意識はスクリーンに映し出されたものばかりで出来ていて、その実感を人生と言っている。まことに誠実さを求める人ならば 人生を安易に語ったりはしないだろう。

快楽とは感覚であるからその人の中の出来事だけど、幸せとは感覚以上に周りに広く伝播するものである。快楽と幸福は何かとごちゃ混ぜになりがちだけど、快楽とは違い人の幸せを願うことは自己愛と矛盾しない。

豊かさの指標として。 それは価値のあるものを沢山持っていること以上に、沢山の価値観を持っているということに尽きる。これ水を詰めたボトルを沢山持っているのと水が湧き出る泉を沢山持っているくらいの違いがある。

アナーキーと国家不在におけるオートノミーの重要性(3)

再生

日本のパンクバンド、アナーキーの衝撃!! 「ノット・サティスファィド」

渋谷健やか部

失敗から学ぶ事ができる人間は人の失敗を笑ったりはしない。それは人が成功より失敗の方からより多くを学ぶことを知ってるから。他人の失敗を笑うものは失敗した当事者より本質的な失敗を犯している人である。

【古典洋画】「ゲームの規則」

8か月前

■トランプ2 et マスク、クリプトアナキズム(暗号無政府主義/i.e.ステルス-ファッショ) こと ポストトウールース(もう一つの真実/偽オルトテーズ)が逆説で示す点描アナーキーの必然!点描派が象徴する文脈的認知(生命スペクトラム)のエチカ!

10か月前

苦しい時にただ苦しんでるだけというのが一番苦しいのである。同じように、 不幸な時、自分の不幸しか感じられないのが一番不幸なのである。

困難に直面した時、自分を不幸と思い込まない事が不幸を寄せ付けない秘訣だ。今、自分の置かれた困難な状況からしか見えない景色を表現する事は世界にあなたの視座を加えるという事だ。人は誰しも表現と言う錬金術師の才能がある。

2024-12-09メモ

10か月前

反ソリューション主義について

そもそもどこから来たのか、何処へ行くのか。それがわかってる人間はいないのに何を悩むのか。道などないなら迷う恐れもあるまい。

アナーキーと国家不在におけるオートノミーの重要性(1)

短歌ってアナーキー

1年前

考えるネコ クルミドの朝モヤ

「何の話だよ?っておもうなら、AIに食わせてみれば?という話」(そして聞く人の聞き方によっても答えは変わるだろうね)

今こそみるべしパンク映画【アナーキー】

1年前

何かをしようと思うなら、上手くいかないのは当たり前。最初から当たり前。 生きると言う事もみんな例外なく初めての経験で、上手くいかなくて当たり前。 明日がくる限り問題ない。

「アナーキーに生きろ」

10か月前

どんなに安定した生活をしていても飛ぶことを望まなければカゴの中の鳥である、自分を信じることができる限り人は飛び続ける事が出来る。何処へ辿り着くかまではわからないとしても。

出来事はドミノ倒しの様に整然と過去から未来に連鎖し、起こってしまった事は全て必然の集積である。貴方の努力が報われなかったわけでもないし、努力を怠ったせいでも無い。それらはただの解釈に過ぎない。 貴方が生まれて来たことに自体に意味があり、その一挙手一投足が未来へのドミノだから。

公園で育むアナキズム

https://youtu.be/H_2jH6XVYU0?si=UGIlIRvqpYWGhoIF これは全員を皮肉っているともとれるけど、ゼリーは違う💙 無理をしている方は、他の人に無理をさせる傾向がかなり高い🦆それは無理をさせている方々が、もうすでに無理を超えまくってるから、そうするの。1番無理してるのは、無理をさせてる方々😂

1年前

【コラム】定額減税の蓋が開いた

1年前

死者の木霊が現在を響かせ未来に轟いている。死ぬことは人生の終焉であっても出来事としては永遠である。

僕にはこの映画について語る言葉はない『GOLDFISH』

1年前

アナーキーか……

「アンダーカバー・AI -漆黒の告白-」: ダークウェブから現れたAI、コードネーム:"アナーキー"。その正体と真の目的に迫る。

1年前

自分自身を説得するためだけに何か行為に駆り立てられてる人がいる。彼は思慮が足りないだけの行動を情熱的であると言うし、 ただの優柔不断でさえも臨機応変だと考える。批判精神を伴わない学習能力とは概ねこのような人物の行動と大差はない。

人生に意味など無い。 真っ白なキャンバスでしか無い。 だからそこに思い通りの絵を描く事ができる。意味を与えることができる。

病気をして初めて健康のありがたさに気付くような気付きをごく当たり前な日々にいくつも発見し続けられるなら、これ以上の幸福は無いだろう。

おじいちゃんはパンクロッカー 全編

礼儀と言うものが礼儀のための礼儀でしかないようなものであっても、それでもないよりはマシだと思う。礼儀を示す動機として誠実さや慎み深さ思慮深さがあればそれは完璧な礼儀だけど、完璧な礼儀が態度で示せる人は今まで何人も会ったことがない。社交辞令と礼儀は異なる作法だ。

感情を意思に従わせるのは無理な相談だが意思は身体の動きなら従わせる事が出来る。 そして感情とは身体の快・不快によって気分を産むのであるから、感情を意思の元に置きたいなら進んで身体を動かす事が肝要になる。

生きているから呼吸をするのではなく、呼吸をするから生きている。 同じように人間の身体的動作とは意思より先に発せられる。

今死ぬか生きるかの瀬戸際を駆け抜けている時、そんな修羅場のど真ん中には何の悩みもない。常に悩みとヒマはセットなのだ。

人を信るのは勇気がいる。人を信じるには無私の精神に近づかなくてはならない。 これが胆力であり器のデカさだ。 人を信じるとは全くのボランティアだ。 共助の社会をつくるにはどうしょうもない人間をどこまで信じ続ける事が出来るかにかかってる。

《連載小説》おじいちゃんはパンクロッカーのマガジン作りました。地味ですが地味なりに地味に頑張って地味に書いてます。ちなみにあと二回くらいで地味に終わります。 おじいちゃんはパンクロッカー https://note.com/natujikan/m/m9fe6e95ba174

自然の中で癒されるのは何故だろう。 星空を見上げただけでもそこには無限に広がる宇宙と無数の星屑が展開している。我々は自己の煩わしさから逃れほんの一時だけ自然の一部に同化する自分を離れて眺める。 虫の声が聴こえている。

アナーキスムと四国

1年前

欲の皮袋にモノを詰め込む作業というのは賽の河原で石を積まされる作業とさして変わらぬ徒労である事を知ることが、足るを知るという事の前段階に必要な理解であると思う。

存在してるとは対応していると言うことである。好きとか嫌いとか抜きにして対応している。嫌いな奴でも死んでしまえば妙な欠落感が出てきて対応にせまられるのであるから。

即❤️‍🔥没収決定シリーズ❤️‍🔥その④

7か月前

恵まれた条件に生まれることが出来なかったとしても、そこを恵まれた条件に変えてしまう力が生命には備わっている。 自然の中に、人の中に。

【問題の整理】 命とは燃料である。あなたが本当にやる価値があると認めたもののために燃やし尽くすべきものが命である。だから、生活の為に命を燃やし尽くすのは本末転倒なのである。

人形劇団 シュールクリーム一座 LINEスタンプ販売中

暴力は強さの誇示である以上、臆病さと弱さの所産である。本当の強さを持つ者は暴力を恐れない故に暴力を超えた解決策を示す。

Tokyo Undergroundよもヤバ話●’70-’80/地下にうごめくロックンロールバンドたち第12話『ジョニー・サンダース台風の中での山口冨士夫と忌野清志郎』

筋トレとアナーキーは相性が悪い

ラッドミュージシャンのドラえもん

詐欺師でもコミュニケーション能力が高ければそれなりの成果を出すだろう。 あらゆる能力とは人格とイコールではないと言う当たり前の事実が分かっていればコミュ力がその人の素晴らしさだなどとは夢にも思わないだろう。

『アナキズムFAQ』PDF版(上巻)

幸とはすべからく通りすがりのものである。 我々もまた人に幸をもたらすべく通りすがりのさりげなさを持つべきである。

犠牲とは自ら引き受ける場合においても他人に強いるにしても煩わしい自己認識からの逃避行という性質のものだ。 誰かを熱烈に応援する心理は自己犠牲的であるが、同時に自己から目を背ける事が出来る解放的な時間でもある。

ガオリュウさんとの企画会議骨子

1年前

虚無に対する涼しい態度。 諦観と両立する自尊心。 これが誠に器のでかい人の特徴。

【現代パンク】何書いてもいいのかい?

他人が娯楽を与えてくれるのを待っている人間。他人が娯楽を与えてくれるところにだけ行く人間。サービスとして提供できる娯楽にだけその価値を信じる人間。 我々は受動的な娯楽を通して奴隷になる準備が整う。

どれだけ用意周到に生きたとしても、人間は生涯何らかの不運から逃れる術を持たない。努力が可能な条件の元に生きている幸運に感謝して不運な人を思い遣ることは本当の自己愛と矛盾しない。

東京サイコパスにちなんで東京にまつわる曲を並べてみた

全ての出来事はただ連続し、全て起こるべくして起こったのであり、そこに本来の意味はない。ある事実を受けた我々が未来に進む時にそれらを意味と解するのである。 我々の認識の領域外で起きている事がすでに我々の未来を決定している事実を我々は知る由もない。

強くなろうとするのが弱者であり、強くあろうとするのが強者である。 内面が弱者のまま強者を模倣するような権力者は人類にとっての災いだ。

天才とは情熱を所有している人ではなく、ただひたすら情熱の入口と出口の様な人である。

第12回の1:パンク・ロックのことはリアルタイムで雑誌で知った

仲野茂(アナーキー)インタビュー 「歳とってだた衰えていくだけだったら死んだほうがましだ。歳とってどんどんパワーアップしなきゃ生きている意味がねえ」

70年代、ロンドン・パンクの洗礼‼

「殺意の詩」

1年前

あなたがあなたの人生にどんな態度で臨むかであなたの人生の価値が決まる。

良いものには価値があり、悪いものには価値がないと考えてしまいがちだけど、現実には実感できることには全て何らかの価値がある。たまたま良い夢を見たその日を一日中気分良く過ごせるなら夢にだって価値はあるし、悪い夢なら夢で良かったと思えるのだから。

アナーキーな夢

1年前

親ガチャ。しかし、 よく考えてみればその前に国ガチャだってあっただろうし、生物ガチャだってあったんじゃないの。ハエに生まれてきてハエ叩きで殺される人生と今の人生どっちが幸せかな。

穴🕳️〜鍵🔑なイカれポンチ無農薬栽培双子♬❔❔❓❓❓

知性とは透明なものだ。 身に纏ったところで裸の王様だ。 知性とは聡明さの事だ。 先を見通せる澄んだ空や水のように濁りが無い。

他人の評価を得ることでしか幸せを感じられない人とは、自分が幸せかどうかを他人に尋ねないと分からない様な人である。

生きると言う事に付いている保証書。 それが死だ。

死は益々ワタシの人生を肯定的にしてくれる。ワタシは死を遠ざけ、必死になって生きる事を目標に据えてくれるからだ。

死をも恐れない覚悟を決める時は 笑っていた方が良い 笑いはその為に発明されたものだから

亜無亜危異

【追悼・横山SAKEVI】G.I.S.M – Endless Blockades for the Pussy Footer~日和見主義者の無限封鎖

過ぎ去った事については全て必然であったと思う事にしている。 その証拠にその結果としてのワタシがいまここにいる。

有名な人類学者の言葉で 世界は人類無しで始まったし、人類無しで終わるだろう。 と言うのがある。 人間個人についても世界はワタシやあなた無しで始まったし、ワタシやあなた無しで終わるのだろう。

アナーキーインザ1kの「でたらめなフォルム」って実は友達との会話が伏線になっていたんじゃないかというお話

2年前

お金の価値と言うのは皆んなが認めてる価値なので、別段ワタシが認めなくてもよい価値だと思ってる。

日本問答 (田中 優子・松岡 正剛)

無産階級にはブルジョワと乞食がいるけれど両者の違いは他人から搾取するか施しを受けるかの違いでしか無い。偉そうで人から恨まれている乞食がブルジョワである。

我々は他人からこう思われたい理想像を持っており、罪の発覚とはこの様な理想像を他人へ求めることが出来なくなる恐怖である。故にわれわれは罪そのものよりその発覚の方を恐れ、良心は深い眠りに着く。

魔法少女マジカルデストロイヤーズ #9 2023/6/3(土)2:30~3:00

¥500
1年前

お高くとまる、厚顔無恥なる人たち。

再生

小倉竪町ロックンロール・ハイスクール

2年前

当たり前だけど絶対的な正しさと言うものは無い。だからこそ、その都度立ち止まって最適解を得なくてはならない。 それが習慣づけば自ずと極端を敬遠し中庸を好む様になるのだろう。

人は何故会社員になるのか? それは自由に生きていくより楽だからである。さらに自由でいるより無責任でいられるからである。

ロックの定義について考える

ポーグスのシェイン・マガウアンが昨日亡くなった。いびつ人間がいびつなまま生きて行く証と恕しを体現したような人物だった。 お疲れ様でした。

小倉竪町ロックンロール・ハイスクール vol.15

2年前

無法地帯

2年前

挑戦記:金曜日から今日のお昼までの話

先週のNHKラジオ「高橋源一郎の飛ぶ教室」 アナキズムスペシャルがめっちゃおもしろかった。 前半は大杉栄を読み解く会。後半は座談会。 「読むらじる」で一部活字にまとめられているのも嬉しい。貼っておきます。 https://x.gd/CtsWi

芸術的で宗教的で音楽的な全てのものは、真っ直ぐに立ち昇る朝日の様に一瞬も立ち止まる事なく何処までも突き抜けて澄み切っていなければならない。

小倉竪町ロックンロール・ハイスクール vol.11

2年前

[映画評] 『GOLDFISH』(2023年 藤沼伸一監督)

アナーキー

アナーキーへ(前編)

2年前

小倉竪町ロックンロール・ハイスクール vol.16

2年前

小倉竪町ロックンロール・ハイスクール vol.17

2年前

小倉竪町ロックンロール・ハイスクール vol.14

2年前

NEW ME_映画「GOLDFISH」

どんなに恵まれた環境に生まれたとしても、自分で切り拓いて行かない世界には生まれてきた意味は無いだろう。

小倉竪町ロックンロール・ハイスクール vol.18

2年前

小倉竪町ロックンロール・ハイスクール vol.07

2年前

全ては勝手に起こっている事の了解。 ワタシが生まれたのも、ワタシが老いて行くのも全部勝手。 とんでもない不幸も勝手に起こるけど、とんでもなく穏やかな日差しも勝手に差し込んでくる。全部あらかじめの了解。

小倉竪町ロックンロール・ハイスクール vol.01

2年前

魔法少女マジカルデストロイヤーズ #5 2023/5/6(土)2:30~3:00

¥300
1年前

元気にお仕事できることに感謝【朝の部・ワタクシごとで恐縮です】

1年前

人間は水だ。 器に注がれ、その形になってはじめて自らを満たすことができる。されどそのままの水はやがて濁りはじめる。流れる水は腐らぬ様に、流れ続けるために繰り返し器を壊して流れ出さねばならない。

小倉竪町ロックンロール・ハイスクール vol.12

2年前

「今日のアナーキー」 第1話 エミィ

「今日のアナーキー」 第2話 世田さん

小倉竪町ロックンロール・ハイスクール vol.06

2年前

歳を重ね、円熟味を増して来た人に共通する趣きとはある種の静寂さであろう。 少なくとも歳を重ねて騒々しくなる人は円熟とは無縁だ。この決定的な違いとはその人が何を諦め、何を諦めなかったかの差である。

長生きしようとしてる人間、健康に気を使う人間に、何かセコさやケチくささを感じるのはワタシだけだろうか。

自らの内面に注意を払わない者にとっての世界とは基本的には他人事である。

明日死んでも良いと思えるならくらいピュアなら今この瞬間は最高に健康だろうよ。

賃金労働者にとってのローンとは切り売りする自由をさらに前借りしてるようなもんである。それが生活を豊かにしたとしても、自由から遠ざかる豊かさとは幻のニンジンぶら下げた馬が疾走する様ではないか。

長男の足の裏をふと見たら、靴下に穴が2箇所!同じ靴下を買い足し引き出しにいれるが「綿の割合が少なくって、肌触りがイヤ。」と。表示をみたら綿95%から60%に!うむむ。捨てられる前にと洗ったら即履くので捨てる間がない。穴あき靴下常用。アナーキーとは無政府状態、もしくは、自己決定。

自分の存在に意味や価値が見出せない生き方は地獄と変わらない。 しかし、自分の存在に意味も価値も問わない生き方は限りなく天国に近い。

良い嘘もあれば悪い嘘もある。 嘘とは善悪以前に技術である。 嘘がつけない性格とは根っからの善人ではなく、根っからの不器用だと言える。

+14

【漫画】「今日のアナーキー」 第1話 エミィ_2

小倉竪町ロックンロール・ハイスクール vol.02

2年前

過去に起こった全ての出来事は今起こっている事である。

小倉竪町ロックンロール・ハイスクール vol.05

2年前

小倉竪町ロックンロール・ハイスクール vol.13

2年前

「今日のアナーキー」 第3話 キミちゃん

何の強制力もない環境で才能が開花するかは疑問だ。人間の活力が才能にまで昇り詰めるには、どうにもならない状況と状況の狭い隘路を走り抜ける過程が必要だからだ。

親からしてみると子供は自らの生き写しみたいなものだけど、子供から見た親とは自らが 脱皮した後の抜け殻みたいなもんである。

アナーキーさを幼稚園に求めるロピ子/アナーキーな暴走AI、ChatGPT

十四代の高木さん

小倉竪町ロックンロール・ハイスクール vol.03

2年前

上から見下ろすのが良い山もあれば、下から見上げる方が良い山もある。 人生山あり谷あり景色あり。

朗らかに、軽やかに生きてゆく事の難しさに比べれば、深刻になって沈み込んでゆくことの何と容易い事か。

生きるコースがワンパターンに制限されるのは学校制度の弊害の一つである。 将来の夢は何らかの職業人では無く、乞食でも良いのである。

分かる、分からないと言う事実確認よりも、分かりたい、分かりたくないと言った気分の方がよっぽど人間心理を支配している。

Joseph M. Grieco “Anarchy and the limits of cooperation: a realist critique of the newest liberal institutionalism”

2年前

自己愛はそのまま人類愛になり得る。 人間は人間の複製であると言うただその一点において。

死者の足跡は私達を通り越し未来へ駆け上る。

二行詩 34個目

小倉竪町ロックンロール・ハイスクール vol.04

2年前

自分を支配する力がある者にとっての牢獄は宮殿と変わらない。 自分を支配する力を持たない者にとっての宮殿は牢獄と変わらない。

人生における最大の敵と味方は自分自身である事に間違いない。 観客席にいる他人の声援とブーイングはそれ以上の何でもない。

格言と言うのはものは立派で相手の心に響くとしても、それを述べる動機は人それぞれである。

すべてそうなるべくしてそうなった。 必然は自由意志の埒外にあって作用する。 我々の存在は必然の結果である。 自然選択説は偶然のイベントだとしても結果は必然の祓いによって分けられる。

愛の対義語は憎しみではなく無関心である、と言う人がいた。なるほどと思うけど、それでは憎しみと無関心に共通するものとは何か?ぶっちゃけそれは狭量だと思う。 愛を受けとるに不十分な器は常に欠乏状態であり、何も与える事が出来ないのである。

外ヅラの良い八方美人な人間の中身は大概、空っぽである。

般若心経はそらで言えますか?

Tokyo Undergroundよもヤバ話●’70-’80/地下にうごめくロックンロールバンドたち 第3話『“ハリー” “フジオ” “カワカミ” 若き日の思い出』

どんなやり切れない状況でも決して現実から目を逸らさず解決策を考えるのがリアリストの流儀ならば、夢を見れなくなったら人間は終わりだと言うことを知っているのもリアリストの証だ。

人間には重しとしての荷物があった方が良い。これが無いと結局、自分自身が重荷となってしまうからである。

運も実力のうち。 成功した人ほどそう考えがちだけど、実力と言うものは遺伝的要因と環境的要因でほぼ決まる。つまり実力も運のうちにあるのだ。

出会いと別れはセットであり、どちらも不条理であったり不本意であったりする。 ただ、会えてよかったと思えるならば、 それが全てである。

酸っぱくても辛くても、自分の人生は徹底的に味わおう。

Tokyo Undergroundよもヤバ話●’70〜’80/地下にうごめくロックンロールバンドたち             第2話『自殺〜コックサッカーズ』

本当の価値とは何だろう。 それはお金のようなただの引換券を指すのでは無く、それは恐らく自分自身がその価値に見合う人間になれたとき初めて手にすることができる価値、自身の成長の過程にその都度用意されているイベントの事だろう。

無知と盲信と言うのは全くの同義である。

失敗を恐れて何もしないくらいなら、 綺麗さっぱり失敗した方が良い。

他人の眼に映る自分の姿。そこから快楽遠えるようになったらあなたは薬物中毒同然である。 インスタ映えとかね。

謙遜と自己卑下の区別が付かない人の何と多い事か。

目的を持つこと。 これが無いとチャンスも無い。

山頭火の句で、こんなに美味い水が溢れている というのがある。水に照準を当ててそれを美味いとだけ思えれば豊かさの基準が変わってくるお話し。

Tokyo Undergroundよもヤバ話●’70-’80/地下にうごめくロックンロールバンドたち 第4話『ウィスキーズって知ってるかぃ?』

人間の感覚器官は全て外側を向いている。つまり、外部を知覚するための感覚器官なのだ。だから、なるべく注意を外側に向けて自分自身を度外視すること。 これが幸せに生きるコツである。

<ラップ>PUNKが俺にくれたもの

満足と幸福は混同される事が多いがこの二つは異なる性質のものだ。満足は現在の状態であるのに対して幸福は遥か遠くを示す方向である。満足が実感であり、感覚を伴うのに対して幸福は個人的な感覚を超えた人類普遍の営みに沿う大きな流れに示された方向そのものなのである。

知的で控えめな人間より、無知で活発な人間の方が天下を取るには向いている。 たから、表向きの人間の歴史とは馬鹿の集積と言った方が適切なくらい同じ事の繰り返しになる。

何も言いたいことがないあなたは最初からそこにいて、何かを言いたくてしょうがないワタシはここにいる。何も言うことが無くなる為にワタシは言い続け、結局はあなたのいるとこに辿り着く。

口と肛門は繋がった一本の管である。 もう一度言う、口と肛門は…

生きる意味がないからと言って、がっかりすることはない。 生きる事に意味が無いのは真実だとして、その真実を知った事には大変な意味があるのだから。

不思議なものでさ、同じ座標を持ってる人間同士ならさ、どんなに離れていてもいつかは同じ道に出るんだよな、だからさ、 自分の出自や育ちを恨んだり恥じたりする必要はないんだな。

ハードコアパンクと私 12

2年前

ワタシは小学校を3年中退なんだけど、 それでも全然生きていけるんだよね。

ヤクザの指詰めを一笑に付してはならない。 ある集団の中では悪習も伝統になる頃には立派な美徳となるのである。 我々の身の回りにもその類の悪習は沢山あるのだから。

ファシズムの象徴がヒトラーやムッソリーニだとしても、その本体が各人の自主規制や自己検閲からなる相互監視である事はもっと知られても良い事実である。

もしくは暗黒学問のすゝめ

亜無亜危異(アナーキー) - ノット・サティスファイド - 1980

独自の通貨とかドネーション。

当たり前の事に感謝ができると言うことは、水や空気が黄金に変わるくらいボロ儲け出来ていると言うことである。

読書はあんがい難しい

すっ転ぶのも満更ではない フツーの人が立って見ている景色を 下から眺めるとことになる 新しい発見がな無いわけないでしょ。

保守にしてアナーキーな僧侶、釣り坊主・ヨシノ君。千葉県房総半島で、伊能忠敬が立ち寄った由緒あるお寺の跡継ぎ。しかし魚釣りが好きすぎて水産の大学へ進学。そこで僕と出会った。護摩行とカラスミ作りの達人。もう十年以上の付き合いになる。ともに般若湯を飲みかわしてきた。大切な友人の一人。

「GOLD FISH」を観て、もう一度翔んでやると思った事について

未来について一つだけ確実に言える事は必ず死ぬという事であるけれど、誰もその事を本気で悩んだりはしない。 その代わり、もっと不確実で取るに足らない事を死ぬほど悩むのである。

死が永遠であるかは疑問だ。 むしろ生きることの方が永遠に繋がっているのではないか。と言うのは、この先生きている限りにおいてあなたを待っている無限の出来事、無限の出会いとそのバリエーション。生きるという限られた時間の中に詰まっている無限の反響。反対に死について言える事は何も無い。

意味と無意味の関係とは生体における細胞の新陳代謝のようなもので、生きている限り無意味を脱ぎ捨てながら新しい意味を纏ってゆく作業の繰り返しだ。

ある宗教の教義だけを信じると言う事は、 サプリメントを主食にして生きて行くようなもんである。

意味が生起してくる前の力に触れたことがあるのなら、無意味もまた航海の途上でおこる凪のようなものだとわかるだう。 また風は吹くのであり、一休みしながらそれを待てるのである。

メディアを筆頭に日本社会全体がジャニーズ事務所の合宿所であるから被害者の声は拾われないのである。

何かを知ると言う事は、何かを食べることと一緒だ。 それは精神の健康と成長の源だ。

分かち合うと言うことを、分け合った分だけ喜びが増えると感じる人と、分け合った分だけ取り分が減ると感じる人。 豊かさを考える上での指標の異なる人々から社会は成り立っている。

日本でアナーキーであり保守な存在を考えると、種田山頭火のような行乞僧、法印大五郎のような僧風侠客、一休宗純のようなアバンギャルド僧といった、アウトローなお坊さんたちの系譜が思い起こされる。こちらもたまらなく魅力的。僕の友人にもそんな雰囲気のある僧侶がいる。仏縁に感謝したい。

勝手なもんだよ人生は。 生きるつもりはなくても勝手に生まれてきて 死ぬつもりはなくても勝手に死ぬのだから。

どう形容したら良いか分からないものもあれば、形容する事自体が許されないものもある。 たから死後について語るのは反則です。

本当の自分とは何だろう。 仮に本当の自分があるのなら、偽物の自分もあるのだろうし、 さらに全部ひっくるめた自分もあるのだろう。まるでタマネギの皮剥きのようだな、自分。

自分の人生とは自分しか通れない道であることを思い出せば、自分が置かれている惨めな境遇や、華々しい経歴なんかより、 そこを通った事で何を得たかの方が遥かに重要な事になってくる。

教育に焦点を―子どもの毎日に「アジト」はあるか

¥300

未来については分からない事ばかりたけど、過去については全て起こるべくして起こったことばかり。認識された事は過去であり、今この瞬間の認識が未知と既知を隔てている。

人間は月と同じでデコボコを隠して良い面ばかりをこっちに見せている。

記憶の圧力で破裂してしまうのを防ぐための安全弁が忘却である。

人が歩いた後に道ができるように、権威と言うヤツも人が恐れることで威光を放つ。 多くの場合、恐れた人々が暗くなることで大した事のない権威でも相対的に輝いて見える。

判然としないのは、長い夫婦生活の末にたどり着いた境地が熟成なのか腐敗なのかが判然としないのである。

偽札でも流通してしまえば貨幣としての価値を得るように、空っぽの権威でも人々が認めてしまえばふんぞりかえる資格を得るのである。

人が歩いた後に道ができるように、権威と言うヤツも人が恐れることで威光を放つ。 人が歩いた事で作られた道が人より偉そうにしている倒錯が権威の正体である。

全体の能力が上がって行くと言う事は、勝ち組と負け組を分けるハードルも上がってゆく事であり、より忙殺され、よりストレスだらけの社会になってゆくと言う事ではないか?

生まれてから死ぬまでと言う運命に閉じ込められた人間が運命に逆らっている悲哀。

普通の人がものを考えた場合、三段論法的に本質に迫るのに対して、ある種の天才を持つ人と言うのは先に直感で本質を知り、そこから逆算して説明する事を得意とする。だから一見バラバラのアフォリズムも一つの本質に導かれたそれぞれの断片となるのである。

悲しむだけ悲しんだら、 大笑いするのが自然な感情である。

悲哀と笑いは対応した感情である。 だから人の不幸をほくそ笑んだり、自分の不幸を笑い飛ばしたりも出来るのである。 人間世界を笑い飛ばすような壮大な笑いは深い悲哀に根ざしている。

教育の持つ作用は薬物と似ている。健康な身体に薬物は必要ないように、健全な社会にも教育は必要ない。教育を必要とする社会には何らかの病理があるのだ。例えば資本主義社会に於ける教育とはドーピングに依存するアスリートに近い病理が潜んでいる。

自分視点で自分だけが不幸であると振る舞うのは利口ではない。不幸であると感じた時、自分よりさらに不幸な人間、悲惨な境遇を生きざるを得ない人を見つけ出し自分と比較すれば自分には他人を責めたり世の中を恨む資格が無いことに気づく。そうする事で背負わなくても良い重荷を下ろす事ができる。

大正時代のアナーキー『金子 文子』と、ブレイディみかこ氏の『両手にトカレフ』を読んで感じたこと、思い出したことなど。 by naok fujimoto

人は真実を直視したがらないと言うけど、それには少し補足が必要だ。厳密に言うなら 人は剥き出しの真実を見たがらないのである。チラリズムとしての真実なら大歓迎である。

器の大きい人間ほど大きな悩みを抱え、小さな人間ほどつまらない事で悩んでいるものである。しかし、どんな人間であろうと死ぬまで悩み自体からは解放されないのだから、いっそ自分など度外視できるほど大きな悩みを抱えた人間こそが一番幸せな人間なのだろう。

どんなに惨めな境遇を生きていたとしても、それでもなお自分より悲惨な人生を生きている人がいるものである。そう言う人を見出して思いやる事が出来る心の余裕には誰よりも自分自身を救い出す唯一の方法が潜んでいる。

時間と言う不可逆的変化の中を生きる我々人間には前に進む事しか許されていない、 自己否定や絶望に取り憑かれても、最後に出来る事はと言えばそこから前へ進む事だけである。

今日がダメでも明日勝つんだろ。負ける気がしねえよ。

愛情と言うものは水のように高い所から低い所へ流れる。恵を与える高さを持たない水平な間柄にあるのは愛情では無く友情だが、それは川にある水と湖にある水の違いでしかない。

Road to Yakushima #5(宮脇慎太郎)

絶望と言うものが、贅沢な悩みであると言うことを、心底了解した人間だけが腹の底から大いに笑う。 越後の瞽女さん、からゆきさん、ボサマ、etc.

焼酎という飲み物はこれ鎮痛剤なんですな。 だから労働者が飲むんですな。 ああ、美味い。

今でも突き刺さるぜ! アナーキー!

自分に付いている付属品を全て取り除いてなお価値あるものだけが自分自身の価値ならば、自分自身の価値を持たない者ほど欠乏の穴埋めとして富や名声を欲する事になり欲望を自らの主人に迎える。

【建築とパンクと世紀末】 ウィーンとアドルフ・ロース。

2年前

ワタシの中にやってきて、過ぎ去って行くもの。喜怒哀楽、日常の風景、物事の考え方、 甘い恋心。去来するものを眺めているワタシ自身も、やってきては過ぎ去って行くもの。

幸福とは雪の結晶に似ている。それは決まった条件の下で決まった形となって現れる。 しかし、それらを集めて良く見てみると同じ形は一つとして存在しない。 そして条件が変われば跡形なく溶けてなくなってしまう。

努めて周りに迷惑をかけないようにする社会よりも、自分の自由を尊重するのと同じように相手の自由を貴ぶ社会の方が遥かに住み良い社会であろう事に間違いはない。

【書評】『アナキズムとキリスト教』ジャック・エリュール[2021]

2年前

同じものというのは人間のパターン認識が創り出した便宜上の概念である。ただ人間社会に有意義であるというだけで現実には存在し得ないフィクションが我々の共通認識の基盤となっている。

Withコロナ時代のアジアビジネス入門52「カンボジア・デジタル通貨と非<アナーキー>思想」@デジタル経済と哲学(2)

落ちこぼれシニアのリベンジ読書~『他者の靴を履く アナーキック・エンパシーのすすめ』ブレイディみかこ著~

老化は平等をもたらしている。 みんな唯一無二の存在として生まれ、 普通の人になって死んで行く。

「季節の中で」と「季節の外で」HOKURIKU TEENAGE BLUE 1980 Vol.1

成長が止まった時に老化が始まるのでは無く、生まれてから死ぬまでの過程全てが老化であり成長であった。 そう考えれば生と死は対立するものでは無い事がわかる。

出来損ないで成長し続けるのが人間であるから完成が許されるのは死んだ時だけ。

アナーキー

シン・アナキズム 第4章 ポランニーとグレーバー (その7)

シン・アナキズム 第4章 ポランニーとグレーバー (その6)

ノンマスクアナーキスト

連載 シン・アナキズム 第4章「ポランニーとグレーバー」(その5)

連載 シン・アナキズム 第4章「ポランニーとグレーバー」(その4)

人の体に新陳代謝があるように、 人の人生にも出会いと別れがあるんだなぁ

世間様って一体誰のこと?

3年前

人間てあれだよね 人間て自分を愛してくれる人より自分の愛するものを愛してくれる人の方が愛せるよね 自分なんて自分でもよく分からんもの愛されるよりは確実に愛せるからね

オジサンの存在価値

3年前

連載 シン・アナキズム 第4章「ポランニーとグレーバー」(その3)

連載 シン・アナキズム 第4章「ポランニーとグレーバー」(その1)

詩の真似事「寂しいアジテーター」

3年前

言ってみれば、真実は薬のようなもので、嘘とは毒薬のようなもの。 どちらも用法容量によっては毒にも薬にもなる。

連載 シン・アナキズム 第4章「ポランニーとグレーバー」(その2)

思いやりのフシギ 

木漏れ日の中、光に洗われた世界が現れる。この世には文句なしに美しいものがあって、それを感じ取れる事を何より幸運に思う。

面白い事を言おうとして言うとベタになる。 心に刺さる出来事に通じる真実には何も意図しないさりげなさだけがある。

本当の豊かさとは何か? それは今、世の中を流通しているようなものではなく、今初めて創造された価値だと思われる。 本当に豊かな人間とは、豊かさを誰かから奪う事なく自ら創り出す人の事だろう。

「ミュージック・ステディ」研究~別冊編。

悲哀と弛まぬ前進と 束の間の休息と邂逅する幸運。 生きていてあと何がある?

許せない人間を持つ人の不幸は虫刺されを掻きこわして化膿している心を持った人だ。

映画『コンフィデンスマンJP 英雄編』

亜無亜危異「洗脳ごっこ」リリックビデオ

3年前

下書きする派→下書きしない派

連載 シン・アナキズム 「ねこと森政稔」第2回

泉谷しげる/果てしなき欲望~隠れ名曲、名演コレクション。

連載 シン・アナキズム 「ねこと森政稔」第1回

地方も都心も、選挙に行こう

企業説明会を蹴ってアメ村に行った話

コロナ(概念)とコロナ(ウィルス)とコロナワクチン(注射)は、 主食(概念)と穀物(植物)と国家運営(血税)に似ている。 似ていては困るが、似ているから仕方ない。 似ているだけではなく、似せてあるのだろうが、結果としては、もはや同一である。 『無政府組合主義者』は踊らない

生きるってなんだろう

攻撃的って何だろう

心の空白を埋める

連載 シン・アナキズム「ヴァンダナ・シヴァ」第2回

ハガレン作者の読み切りが単行本化したのでご紹介

連載 シン・アナキズム 「ヴァンダナ・シヴァ」第3回

あなたにジョーカーを愛しているとは言わせない

豊かさとは何か? それが何らかの数値目標である限り、そこにあるのはただの忙しさだけだろう。人間的な豊かさとは一種の余裕、文化的副産物の共有ではないだろうか。

真夜中の信号機

4年前

あずさ2号でピストルズを歌うダリ

属性/アイデンティティを克服するべきだ 『民族とネイション―ナショナリズムという難問』を読んで

4年前

アナキズム

4年前

シン・アナキズム――連載「アナキスト思想家列伝」by ディオゲネ子(重田園江)

と亭槌太の塩辛評210822

したいように生きたあとには 死体になるだけさ

自分を貫く流れ

生まれて来て、死ぬだけ。これだけ簡単な事の間におこる出来事の何と面倒な事か。

仕事は自分の自己実現の場ではない

生き証人

結局、自由でいたかったんやけど、何者にもならない自由が良かった。何者でも無い自由を追い求める姿は逃走する姿と良く似てた。自分自身からの逃走なんか出来んから、そうせざるをえなかったわけやけと。

暫定版:アナキズム年表

4年前

能力って何だろう

平日の深夜、顔に出来たニキビを潰しながら長久充監督『We are little zombies』をアマプラで視聴。寺山修司が大好きな私にはぴったりのアナーキー感。かつ、主人公が子供アナーキスツなのだからなお気持ちがいい。現実にくよくよしている中、元気が出る映画で面白かった。

悪癖①:ヤバい飯屋に行く⇒とはどういうことか

映画「WALKING MAN」感想 ★3.5

5年前

教育ってなんだろう

アナーキーでデストロイヤーなのは誰だ⁈というお話。

5年前

山笠ROCK NIGHT@博多DRUM LOGOS('99/7/2)

2極化するプロテストと混乱の中で in NY

5年前

番外、関東平野「安藤日記」6/11(木)

Umberピープル時代の幕明け

5年前

【※LIVE映像】2005年上半期 LIVEダイジェスト!【ネガティブリアクションズ⑤】&僕なりの女装スタイル

5年前

芸術にコミットする時の〈痛み〉や〈不調〉を引き受けるということ

5年前

聴こえません・可愛いの?・ついにこの日が  20.5.14

サブカル大蔵経161『映画秘宝ex モーレツ!アナーキーテレビ伝説』(洋泉社)

TureDure 4 :あぁオートマティックよ!オートマティックへの羨望と絶望

アナキストとして「自国」をどう処すか。「隣の国」思考法

5年前

「アナーキーを楽しめ。」

5年前

お婆ちゃんの教え神はいねぇ

2019.5.26アナーキーと頭脳警察

海外放浪記(21世紀編)

亜無亜危異@江古田マーキー

人生を決定する音楽

6年前

パンクで、アナーキーで、ワーグナーで、シェークスピアな古典芸能:5月文楽「妹背山婦女庭訓」

『Panty & Stocking with Garterbelt』を観て、お前の中のアナーキーを目覚めさせろ。

亜無亜危異×The Birthday@O-EAST

CIVILSESSION 21:HOOK

6年前

アナーキーの唄(Lyric by しリん)

White Riot〜JHONNY B. GOODE(coverのcover)

7年前

嫌われ者のlog

堕落を肯定しろ

静岡旅1|VINCENT MOON'S LIVE CINEMA|御殿場

無関係って言い続けている方が楽だよな(でもね、無関係と言っても必然的に関係しちゃってるのよ、年金で、マックで、コカコーラで、スタバで。そのお金はどこへ行く?その代償は?知ろうとする努力をして)

¥300
3週間前

アナーキー

2週間前

クリスマスイヴだけ鬼リピートしそうな女

1か月前

【 スカブラ - 大愚への道 -】

1か月前

国際社会がアナーキーでも成り立つのはなぜ?──リバタリアンが見落とす「国家」という矛盾

軌道修正は動いているからこそ出来る。どんな緻密な計画より、先ずは最初の一歩を踏み出して進んでゆく事が成就の要。

自分は何者なのかと問うことには大した意味はない。 人間とは玉ねぎのように表の皮ばかりで中身など無いのだから。 だからこそ、ある状況でその都度、何者であるべきかを自ら問わなければならない。誠実であるために。

自信とは他者評価などによるものでは無く、生命現象の根幹から伸びる座標に沿った圧倒的エナジーでなければ嘘だ。

すでに起こった出来事は全て必然であり、こらから起こる全ての出来事は運命である。運命と必然の境目が私達自身である。

相手の心の中がわからないからこそ友達になれる。 もし相手の心が筒抜けなら誰も友達を作る勇気など湧いてこないだろう。

自然淘汰が進化をもたらすとする自然選択説が正しいならば、人生に何かを期待するのは死を待つだけに等しく、むしろ自ら人生のあらゆる局面に固有の意義を与えなくてはならない。

真に困窮した状況においては状況の方があなたにその存在意義を求めている。

自己肯定感を紡ぎ出す自信とは何の根拠も拠り所もないところから聳え立っていなくてはならない。 始まりも終わりもない真っ直ぐな生命現象の座標にのみに沿って。

真価。 あらゆる権威や賞賛を剥ぎ取った後に最後に残る肉片。 あらゆる装飾を剥ぎ取ってなお真価を発揮する一片の肉塊。

人は周りから良く思われたい生き物だ。 人目につく所に自分の見てもらいたい面だけ晒すもんだから、背後の闇が影となってどこまでも伸びてゆく。

どんな惨めな人生の些細な一挙手一投足であっても、それは未来への確実なバタフライ効果であり、それらはやがて予期せぬ果実を生み出すだろう。多くの場合、絶望とは人生への過剰な期待に起因する無いものねだりであって、生きることそれ自体の価値を損ねる理由など少しも無いのである。

つまらない本を百冊読むより、面白い視点をその都度与える一冊の本を百回読む方が遥かに有意義であるように、人生も一冊の本の様に一回きりを百倍楽しむべきだろう。

愛が結晶した形が結婚であるなどと夢にも思ってはならない。 愛は全く無分別な衝動であるが故に尊いのであって、結婚などはただの社会的制度に過ぎない。これを混同することに起因する不幸の何と多い事か。

善行や悪行それ自体に良し悪しがあると考える前に、その行為の動機が自らの臆病さに根差しているのか、それとも臆病さを克服する勇気に根ざしているのか?と問うことはそれらの行為の名称や形ばかりではなく本当の真価が問われるところである。

水平線は円環の一部であって水平では無い。 水平線はどんな高い場所で眺めても目の高さから変わる事は無い。 これを平等という事態を考える参考に。

溢れるクヌギの樹液は発酵しあたり一面に漂う。集まる虫達はオオムラサキ、カブトムシ、クワガタムシ、スズメバチ、カナブン等々‥ 天才の才能も同じく漏出する。 そこには人々が集まる。

何の役にも立たない知性。 これは実生活において何の役にも立たないけど、自分自身の幸福に寄与する創造性の源でもある。そして自身のその幸福から溢れ出た分については周りの人々にも分けることができる。つまりこれは人類に新たな価値を与えると言うことだ。

運命なんて?ないないさ~!

9か月前

受動的な幸福というものがあるだろうか。 おそらくそんな幸福は快楽と区別出来ない類のものだろう。人間は自らの力が発揮できる場所においては苦痛に対してすらも幸福を得ることができる。快楽と幸福の違い。

ワタシにとっての幸福とは簡単である、幸福は過去にも未来にも無く、何も行動しないなら現在にも無い。 ワタシはただ尻尾をたたんで今まさに獲物に飛び掛からんとするあの猫の、全身全霊の幸福を求めているのである。

不幸だから死にたくなる? いやそうじゃ無い、不幸は事故のようなものであって不幸に見舞われて死ぬのは事故死のようなものだ。人間が死を望むまで無私になれるのは幸福の絶頂にあってこそだ。それは 末期癌を宣告されて尚、迫り来る大波に挑むサーファーの気持ちになる事だ。

運命はどうすることもできない力であなたを翻弄するかもしれない。でもその運命を生き抜いたあなたは自分の運命に意味付けすることは出来る。それは全ての運命を笑い飛ばす威力を持つあなたにしか出来ない立派な仕事であるはずだ。

パンクの起源

『THE BIG ISSUE』voL. 481で特集「まちに座る」を読んだ 家と学校や会社との往復といった、スタートとゴールのある秩序的な道の使い方を、ゲリラ的にベンチや移動できるコタツを置いて「座る」行為が、逸らしてくれる気がした。アナーキーさを感じる

何十年もの間、自らが判断を誤り続けた膨大な事実の山。それを認めたくないその気持ちが続く限り熟年夫婦の関係は続くのである。

表現とは基本的には噛み合わないものを擦り合わせる行為だ。 だからこそ、被差別者や社会生活不適格者などはより強烈な表現を創出する必要に迫られるのである。ジャズもロックも津軽三味線も。

死んだらこの世がどうなろうと知った事ではないと言う人がいる。 我欲で生きてる人ほどこの傾向が強いが、死んだらこの世がどうでも良くなる人が死んでも周りにはそんな人初めからいなかったも同然だろう。この世に良い影響を遺しておくこと。生死を超えた存在の証明は欲の皮袋には収まりきらない。

光のあるとこに世界が現れて、光のあるところに存在するすべてが表れる。全ての出来事への光りが朧げで切ない道筋をただ照らしている。

悪い事をするにも悪気がなければ、それは自覚が足らんと言うことです。 何気ない一言が人を傷付けることに無頓着なのと同じではないかな。

自分の自由に全てを賭けてみる。 そんな勇気がハナクソほどでもあるのなら、 人生が好転するだろう。 どんな悪い目が出ても自分の人生が自分のものになる収穫に勝るものはないのだから。

【PoE3.24】semi MF Ice Nova of Frostbolts T16 ambush framing

1年前

不機嫌と言うものはゲロみたいなもんだ。 人前でぶち撒けるより、1人目立たぬ所で処理するのがエチケットだ。 だからワタシは一人で本を読んだり、山に登ったりするのである。

間近に迫っている死と、緩慢に続くだけの生とではどちらが本質的に不幸か? この問いに答えるには能動的な意志の所在を確認せねばならない。

磨かれた技術は自分の思い通りになるが、情緒はいくら磨いても思い通りにはならない。 ある情緒が去来するには偶然もたらされた条件が必要になる。芸術家と職人の違いはこの二つの優先順位にある。 気難しい職人気質は芸術家に近い職人気質である。

政治家と芸術家というのはおよそ真逆の性質を持つ人達である。そしてその中間くらいに革命家の気質があり、ここでは政治家的な革命家と芸術家的な革命家が混ざり合う。 ボルシェビキが典型的な前者であり、希少種であるはずの後者は何故か南米に多く見られる。

人を外見で判断は出来ないが、逆に人間ほど内面が外見に反映される生き物もいないであろう。一例として、一人で黙想する時間を持つ人間は外見でわかるし、それが無い人間も外見でわかってしまう。物事の本質を外見で取り繕うことの無駄を知ってる人ならば虚栄心の虜になることもないだろう。

人は周りの人から良い様に思われたい生き物である。それだけに周りから良い様に思われるだけの振る舞いにはあまり価値が無いといえる。インスタ映えなるものに血道を開けている人間が貧相に見えるのは暴落した価値に血眼になってるからである。自分を度外視できる人間は採算の無い価値を持つ。

千里の道も一歩から。 小さな知恵も時間をかけて結晶して行く事で叡智となる。自動販売機で飲み物を買う様に、ファーストフードで食べ物を買う様には知恵は付かない。

時は金なり、と言う言葉があるけどこの逆こそ現代人には必要だろう。つまり時間の切り売りをしてる賃金労働者にもっと時間を返せと。自分の時間を生きた証はどんな無駄な時間も最後は腑に落ちるものだからである。

群衆と言うのは一塊りの生き物であるからそこに呼び掛けるには通常の言葉にはない嘘や誇張が一つの味付けになる。それは群衆が好むファーストフードに化学調味料や多くの添加物が必要なのと良く似ている。最近流行りの保守政党もヒトラーの主張も添加物に慣らされた舌にはとても美味しい主張ばかりだ。

魔法少女マジカルデストロイヤーズ #7 2023/5/20(土)2:30~3:00

¥500
1年前

魔法少女マジカルデストロイヤーズ #1 2023/4/11(火)3:00~3:30

¥300
1年前

人間は報われる為なら何でもする。 それが全く報われない事でもする。

ある集団や、集団が醸し出す環境の力に支配されない治外法権としての自分を持つ努力を続ける事は大人の社会的責任と言える。

捻くれた眼差しと正直な心を持って生きて行きたい。狂った世の中を正しく認識するために。

笑いとは一種の蛮勇である。 悲しみや苦しみ、この世のあらゆる不条理を吹き飛ばすダイナマイトの蛮勇だ。

人は自らが信じる言葉に都合よく騙されて行く。 プロパガンダはこの作用に便乗しているだけ。

真実は飾る必要がないように、実りある人生もまた飾る必要がない。奇をてらうのは中身が追いついていないからであり、成熟と平凡は同じように熟して行く。

ワタシは「自分らしさ」なるものよりは、 「平凡さ」の方を強く推す。

そもそも生まれて来ることすら無かった人間もいる所から考えるならば、その先にある幸、不幸はあくまで比較の問題であり、それはあなたがどのレベルまで享受し、またどのレベルまで耐えられるかの問題でしか無い。

お為ごかし。 人は何かの為、誰かの為と言っている間は ずっとお為ごかし。

「自分らしさ」という言葉には妙な窮屈さ、不自由さ、があると思う。実際問題として何がしかの自分をあらかじめ前提できるほど人は画一的でも正直でも無いのではないか。 意識される自分らしとは一つの物語の中で自己完結型サクセスストーリーの主人公になりきる錯誤である。

絶対的な真実や絶対的な美しさ。 これらは何なのか? 誤解を恐れず言うとこれらは全て 条件である。ある条件の下で現象している一つのカタチである。

よく出来た嘘は常に真実の上を行く。 悪貨は良貨を駆逐するの様に。

真実とは野花の様にひっそりと咲いている。

分かち合う喜びというものは、相手の分まで喜べる欲張りな喜びである。 独り占めする喜びはどんなに巨万の富を得たとしても、結局自分一人分の寂しい喜びである。

澄んだ空、澄んだ山、澄んだ海、澄んだ歌、 ピュアでなければ突き抜けられない。 クソクラエ、バカ、死ね、 ピュアでなければ突き抜けられない。

既成の宗教というものは全部クソだ。 人間の最も崇高な部分を便宜上、宗教と呼ぶのである。

宗教と言うものは、本質的には音楽だ。 原始的な宗教ほど、より音楽なのである。

命と言うのは導火線であって消耗してナンボである。

聖人と廃人がオーバーラップしてその境目が見えなくなった時、ワタシは人間のなんたるかを知るのだろう。 シェインマガウアンそんな人。

単なる優越感を自己肯定感と取り違えている人の何と多い事か。

生活のために生活以上の価値を求めなくなった時、人は奴隷になる準備が全て整う。

何か問題にぶつかった時、そこに何らかの工夫の余地が見出せるならば、その余地こそが自由と言うものだ。自由とは最初からあるものでは無く不自由さに対抗する創意工夫の事だ。

本当に悲惨な境遇を生きている人は、それだけ人の心を打つことができる人だ。 絶望の向こうにあるものを手繰り寄せようとする力には生きる意味の全てが含まれる。 その姿が心を打つのである。

向かい風を突っ切るように真っ直ぐに生きたなら、忌の際になってやり遂げることが出来なかったとしても、やり切った感はあるだろう。 自分にも他人にも不誠実な曲がりくねった生き方をしたならば、忌の際に去来するものは複雑だろう。

どんなに貧しくても自分より貧しい人に分けてあげる事はできる。 尽きない思いやりを持っている人は人間的豊かさにおいて打ち出の小槌を持っている人である。

不安と恐怖。 喜びを分かち合うよりも、不安と恐怖を共有する方が人は素早く団結する。 社会性と言われる性質の一番奥底にあるもの。

自分は死ぬまで自分に関わらなければならないが、他人が自分に関わるのは褒める時が悪く言う時くらいである。だから他人の評価を上げる為に自分自身との関わりを犠牲にするような生き方は非効率的だし実際に馬鹿げている。

役員に遵法精神がなければ、ブラック企業に成り下がる

完全な自由というものはないのだろう。勇気が恐怖の克服であるように、自由もまた抑圧からの解放と克服に担保さているのだから。

どんなご馳走が並んでいても、それを味わう舌が無ければゴミ同然である。 お金や社会的地位が幸福を呼ぶ条件であったとしても、それを味わう舌が無ければやはりごみ同然だ。まず第一に心身の健康と多感な感性こそがご馳走を味わう重要な舌だからね。

損得勘定。 忌わの際に自分が居ると想像して、 自分の人生はトータルで損したか得したか? 恐らく死に行く人間にはどうでも良い事だろう。

化粧や整形で手直しが効く醜さならそもそも大した問題では無い。 人間の内面から滲み出る強烈な美しさを見たことある人ならなおさらね。

真実に擦り寄ろうとするならば、どれだけ言葉があっても足りない。 真実を告げる言葉は真実に迫るほどスッキリシンプルだ。

真実へアプローチする言葉は真実を削りながら表現される。極力穏やかに原型を残して表現されるのが詩人の言葉であるならば、壊れた標本を展示するのが学者の言葉である。

真実に近づけば近づくほど、意味は意味を為さなくなる。

過剰な消費と言うのは食っては吐いてを繰り返している人と何が違うのか。 過剰な生産と言うものはそんな人に食べきれない量の料理を作り続ける料理人と何が違うのか。

ただ生まれて死にゆくだけの人生よりも、死も厭わないくらいに必死の生を突き進む方がはるかに誠実に生きた証を得るだろう。

色んなものに興味を持って、半端でも良いから手繰り寄せられる綱をたくさん持っていること。そうする事であなたは偶然に救われる確率が上がるだろう。死にたくなるような夜に偶然ラジオから流れて来た音楽に救われる様な事だってあるのだから。

自分は自分の為にこそ生きねばならぬ。 さもないと結局は誰の為にもなりはしないから。 自分自身から溢れ出る力。 その溢れ出た分についてはまわりに分け与えることが出来るから。 だから自分自身の為に生きねばならぬ。

きちんと生きると言う事は 例えばワタシがワタシなりのものにきちんとなる事であり、 それは立派な社会人になる事でもなく 自分の在り方にただ誠実であると言うこと。

純粋な善意には欺瞞が無いように、純粋な悪意にも欺瞞は含まれない。

他人の称賛を得る為に費やす労力の無駄について考えるのも無駄では無いだろう。 ぶっちゃけ自分自身が本当に満足する物を創るにあたって他人の評価は必要か? おそらく参考程度に留めるのが無難である。

+24

【漫画】「今日のアナーキー」 第1話 エミィ_1

飢えている時、人間は必死で生きようとベストを尽くす。では、なぜ人は無力感に苛まれるのか? この事をきちんと考えるなら答えは一つてある。それは満たされ過ぎているからである。

人間のケンカも熊が出た時と同じで絶対相手から目を逸らしてはならない。

生きてく上で最も重要な言葉があるとしたらそれを貴方は何と答えるだろうか。 ワタシならその一言は、結果オーライだと答えるだろう。

この世にはヒントはあるけど答えと言えるものはない。 これもヒントだ。

人間社会の自由とは人を恕すことで担保される。従ってダメ人間や犯罪者を厳しく処罰する報いは人間社会全体に及ぶ。 許すでもなく赦すでもなく、恕す事が重要なのだ。

孤独を美徳とするのは同意し難い部分があるけど、人間はみな何処から来て何処へ行くのか定まらない運命の、本質的にストレンジャーである事については最低限知っておくべきだと思う。

魔法少女マジカルデストロイヤーズ 感想箇条書き

2年前

古典とは何か。 それは長い年月を経て地中から湧き出た水のように不純物が取り除かれ、残るべくして残ったエッセンスそのものと言える。

新たなケアのあり方としては面白い?——金子由里奈監督『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』——

恋愛の作用の特筆すべきは、人種や階級、出自、貧富の差を越えて働くこの平衡作用の根元は人間平等の礎を成していると言う数少ない証拠の一つだからである。

逆に形作られると事の功罪はもっと意識されるべきだろう。 人は受容によるよりも疎外によって自らの社会性を強く認識する生き物だからである。

そこにいるがままそこにいるのが若さなら、そこにいるのにそこにアクセス出来なくなるのが老いである。永遠にアクセス出来なくなるのが死である。

美しさには些細なキッカケがあって、それを習得するコツを掴めば人間社会は今より遥かに豊かになるであろうと思う教この頃。

賢人も馬鹿もやがて死ぬ。 真実とはそういう類のものだ。

人からいいように思われたい気持ちが昂じてしまいには他人のモノに成り果てる人。 金持ちが昂じて金儲けの奴隷に成り果てる人。アルコール中毒な人。 一線を超えた不幸は枚挙に暇が無い。

二度と同じ状態では立ち現れない瞬間の連続、奇跡の連続体として我々の眼前を訪れる日々の情景。 これを指して我々はこう呼ぶ、 日常。

深い眠りについて心身共に癒されるのは、なにより煩わしい自分自身から解放されるからである。

逆説的だけど、人は自分を失った時に初めて理想の自分自身と出会う。酒、薬物、善意・悪意に関わらず他者への没頭、これらは全て自失の楽園に至る逃避行のバリエーションだ。

中島らものアマニタパンセリナを読んでたら、「僕は遠からず死ぬな、それもラリって階段から転げ落ちるか何か」という記述があった。自分の死に方まて作品で正確に予言していたので驚いた。

出会いが形作るワタシの形。 ワタシが何かを成し遂げたと言うより、 様々出会いによってワタシが成し遂げられたのだ。

自分は特別な存在では無いと言う事が分かるのは歳を取った証拠でありそれは特別な瞬間である。歳を取らないと分からない事もままあるのだから歳を取るのも満更じゃ無いよ。

生きるのが苦しくてどうしようもない時、全宇宙が平均である事を想像してみよう。あなたが見上げる空の彼方には突き当たりは無い。時間には始まりも終わりも無い。 どんな苦しみも一定以上は無い。

賢いか、馬鹿かは問題ではない。 あなたに知ろうとする意思がある限り、 あなたは生きて行けるだろう。

意味が生起する前の力とは? それは発明家なら閃きだし、芸術家なら天啓と呼ぶもの、ふとした時にあなたの元に訪れる力のことです。

話し言葉で表現できるような誰にでも分かる哲学というのが最良の哲学だろう。

子供に対して上手く褒めてあげるのは成長を引き出す秘訣になるかもしれないが、 大人になってもいちいち褒められないと動かない奴はもう成長しないだろう。

お金を沢山持ってれば、ただそれだけで周りの人はあなたを偉い人だと思ってくれるだろう。 だから周りの人の評価を額面通り受け取ってしまうと損しているのは実はあなた自身なのだ。人間より犬の方が正しい時だってあるからね。

都会には人間の作ったものならなんでもあります。 田舎にはにんげんご作れないものなら何でもあります。

本当の事というのはシンプルで結構、身も蓋もないもんである。 あまりにも身も蓋もないもんだから、本当の事を覆い隠す美辞麗句がいつの世も供給過剰 になっているのである。

認識できるあらゆるものに興味を示す事ができる心はどんな財産にも勝る一種の錬金術だ。

務めて分け合うまでもなく、その人の周りにだけ小判鮫でも集まるように多くを分け与え続けるける人もいる。

分け合うことを減ることと感じる心に充分な満足は得られないだろう。

義務的に努力する人にとっての努力には苦労が伴う。対してある種の創作的衝動に突き動かされた人の努力とは動作の事であり、なんの苦労も伴わない。苦労と成功をイコールで語る人は俗物である。

わからん 一生続く失敗も 一生続く成功も 無いのにサクセスストーリーがこんな喜ばれるのか わからん

人間は周りの求る相応のものになる。周りから何も求められない人間は社会生活不適格者の烙印を受け入れる事を求められる。

何かを好きになると言う事は、人間世界にあっては珍しくそれ自体が良い事であるから、後先は考えず力の限り物好きでいよう。

幸せを追い求めている人とは 自分の影を追いかけ回しているような人である。

能力主義に一言。 人間にとって能力なんてものはチンコみたいなもんです。伸びたり縮んだりしてるだけです。人を見下して能力を誇っている人はチンコを出して威張っているみたいなもんなのです。

たった一人の時に自分が何者かであるかを示すものなどはありはしない。 自分が何者かであるかを知る時とは常に他人との関係においてのみである。

若さと健康にはよく似た性質がある。 どちらも真っ最中にあってはまるで気にならず、失って初めてその価値を知る。

刮目すべき人間の能力とは能力それ自体にあるのでは無い。弱者が道徳を発明して強者を圧倒したように本来の弱点を利点に変えてしまう能力こそが人間的能力の本質である。

この世に正義は無いと言うのは事実かも知れない。でもそれだけでは身も蓋もないから、 便宜上あることにして正義の独占や寡占を許さず公平に分配しなくてはならない。

自分の中て自分への評価が定まってる人なら孤独はさほど問題にならないだろう。反対に 周りとの評価や比較で自分を保つ人にとって孤独は自分を支えるものがない不安定な状態でしかない。

恕す。 咎めるのは簡単だが、恕すのは難しい。 人が中庸でいるにはバランス感覚とフットワークの軽さが不可欠だけど、人を恕すにも同じ条件がついてまわる。

自分の才能を信じているのに、どんな理由であれそれを完遂しないのは、明らかに自分への裏切りであり、一生の禍根を残す。 だからこれから始めます。

互いに労わりあうという事は、別の言い方をすれば互いに迷惑をかけ合うことが出来るという事である。誰もが他人に迷惑をかける事を恐れる社会が最後に遺す物は無縁仏の墓場だけである。

ワタシの真っ直ぐな道を歩いて行けば、周りはそれを暴走だと言う。そこで周りに合わせ て何かを目指したとしても結局ワタシはワタシ以外にはならなかっただろうに。

近しい人と過ごしたい日に。 一緒にいながらすれ違い、すれ違いながら一緒にいる。人間には近づけ合える限界があるのを知りながら。

ノットサティスファイド

2年前

#9 亜無亜危異&池下CLUB UPSET presents SHOWDOWN 2022 池下CLUB UPSETです。

これは高杉晋作の辞世の句。 面白きこともなき世を面白く そうです、我々は面白がり方が足りないのです。はい。

ワタシの部屋がすぐ散らかるのもエントロピーの法則があるからです。はい。

不可逆的変化への抵抗が生きる事であるのなら、熱力学第二法則あつての人生さ。

いじめちゃうけどミドリガメあげるね

「#アナーキー」の人気タグ記事一覧|note ――つくる、つながる、とどける。
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