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引きこもりから一転_きょうも一緒に、まあいっか 児童精神科医 山口有紗のゆらゆら育児(3)

児童精神科医でありながら、娘(5)の子育てには迷うことも多いという山口有紗さん(40)。
自身がたどってきた若者時代を振り返る後編は、ロンドンでの単身生活から戻り、京都・祇園の高級クラブでキャストとして働き始めたところからです。


人とつながって苦しみから抜け出せる人とそうでない人の差

——引きこもりから一転、夜の世界で接客とは大きな環境の変化ですね。戸惑わなかったですか?

昼ではない暗闇の中で、みんなが色々なものをまといながら過ごす場に、ある種の安全を感じていたのだと思います。

わたしは夜の世界で生きているのが心地よい人の気持ちがなんとなくわかります。みんな若いのですが、それなりにヒリヒリしたものを抱えながらそこにいるという共通点があった。そこにはコミュニティがあったんです。

営業後に女の子たちと一緒にご飯を食べにいったり、お茶を飲みにいったりすることがありました。自称20歳、実際は17歳の子が実は子どもが二人いて夜間保育園に預けていたり、毎晩酔いつぶれてしまうアルコール依存がありそうな子がいかに大変な人生を歩んできたかを聞いたり。

夜働く傍ら、わたしは昼間ときどき、児童養護施設でのボランティアをしていました。そこで暮らしていて18歳を越えてしまうと、当時は施設を出なければならなくて、祇園の黒服などとして働き始める子たちもいたのですが、急に消息がわからなくなっちゃう子もいました。

夜の世界にいるお客さんや女の子、黒服さんも、児童養護施設の子どもたちも、たまたまいい人につながったり、たまたまいい縁があったりすれば、つらい境遇から抜け出したり少し楽に過ごすことができる。別のステージを選ぶこともできる。

でも、たまたまそんな出会いがなかったことで、どんどんしんどい状況に陥っていく人がいる。この差は何なのだろう、なぜなのだろうとその頃から考えるようになりました。

これは今の仕事にも通じる話なのですが、その差は個人の要因だけではないんです。個人をとりまく人や環境や生い立ちの歴史がすごく影響を与えている。苦しい状況に陥っていく人も、その人がどれだけいい人だったか、人としての温かさを持っていたかわたしはよく知っているのに、それでもいろいろな要素の重なり合いで、つらい道を行かざるを得ない。この差は何なのだろうと憤りや悲しみを感じていました。たまたまではなく、すべての人が信頼できる誰かとつながれたらいいのにとも思いました。

人との出会いが道を開いてくれた

——先生も人との出会いで、救われた経験があるのですね。

わたし自身も、人に出会うことで生き延びてきました。わたしは人との出会いに関しては強運なんです。前回お話ししたヨガの先生も、子どもの頃に入院していたときの精神科の主治医の先生もそうです。

主治医の先生は、わたしの家庭環境やわたしの話をよく聞いてくれる人でした。今でも忘れないのですが、「もう生きていくのは無理です」とわたしが訴えたときに、「世界中があなたのことを諦めて、あなた自身があなたのことを諦めても、僕は絶対にあなたのことを諦めないよ」と泣きながら言ってくださった。この話をするといつも泣けてきてしまうのですが、わたしはそのとき心の底から、一人の人間として、自分がここに居てもいいんだと思えました。

その価値をわたしは感じさせてもらったので、一人でも多くの方がそんな気持ちを味わえるといいなと思います。夜の世界でもそういう人と出会えたか出会えないかで、その人の人生は全然違ってくる。「自分は一生ひとりぼっちだ。誰にもわかってもらえない」と思っている人はたくさんいて、ある人は消えてしまったり、ある人は薬物やアルコールがたくさんあるところに行ってしまったりしました。

わたしは人とのつながりや、誰かや何かから大切に見守ってもらっている感じが人を救うと思うのです。たまたまじゃない。そういう人にみんなが安心して出会える社会をどうつくればいいのか。それは、今もわたしがずっと考えていることです。

お店のお客さんでも、本当に自分のことを応援してくれる人、真剣に自分のことを考えてくれる人がいました。その人たちの応援もあって、大検(高卒認定試験)に受かり、一つ目の大学に進むことになったのです。

——お客さんはどんな声をかけてくれたのですか?

「あなたの本当に興味があることは何なの?」と聞いてくれたりしました。中卒で夜の世界にいると、どれだけ真剣に世界の問題について語っても、「なに中卒の夜のねえちゃんが言ってるんだよ」となることが大半でした。すごく不便です。そんなわたしに「大検というものがあるんだよ」と教えてくれた。

ただ、大検に受かってもすぐに大学に行ったわけではありません。その頃、ある国際NGOの理事長に出会って自分のやりたいことを伝え、企画書を書いたら採用してくれることになったんです。

でも、わたしはそこでまた迷いました。自分には熱意はあるけれど、知識がない。お給料をもらうのは申し訳ない。やはりまず大学に進もうと思ったのが2月で、その年の試験はだいたい終わっていました。京都でまだ受けられる大学を探し出して、赤本を買って英語と小論文の試験を受けて、国際関係学部に進むことになりました。19歳でした。

卒業後は医学部編入へ

——大学に入ってみてどうでした?

光が燦々と降り注いでいる昼の世界に行くことはわたしにとってチャレンジでした。夜も働いていましたし、毎日通うのは大変だったのですが、自分で学費を払って誰かが自分のために教えてくれる環境がすごく嬉しかった。

授業では一番前の席に張り付いて、先生がモゴモゴしゃべったりすると、「聞こえないので、しっかりしゃべってください」とか言う、嫌な学生でしたね(笑)。

——卒業してからはどうしたのですか?

就職活動をするとき、「どういう会社で働くか」というよりも、「世界とどういうふうに関わりたいのか」を考えていました。わたしは人とのつながりや、そこから得られる力を信じていて、子ども時代のそんな幸せにつながることをしたいと思っていたんです。

——この頃から子どものために働きたいと思っていたのですね。

わたしがなぜ子どもにこだわるかというと、いかに平和が大事かを考えるとき、結局それは人間をどれぐらい信じることができるかに行き着く。人は、世界が安全な場所であり得ることや、人間はどこまでも優しくなり得ることが本当はわかっているはずなのに、色々な事情でそれを傍に寄せなければいけないことがあります。

そうでなくするためには、子ども時代に本当の意味で魂が人間を信じられるかが大事だと思ったんです。

子ども時代の幸福が大事だと伝える仕事を考えて、JICAとNHKと医学部への編入を考えました。医学部に関しては親の影響もあるし、心の健康を支える場という意味で自分が当事者でもあったからです。唯一最後まで通ったのが医学部の編入試験だったので、「神様が医者になれと言っているのだ」と思い、最終的に医学部に進みました。

子どもの心を含むウェルビーイング(心身はもちろん社会的にも満たされている状態)に関係したいと思って精神科に進むか小児科に進むか迷ったのですが、子どもの育ち全般に関心があったので小児科にいきました。

医学部在学中に結婚

——この医学部在学中にご結婚されたのですね。

大学4年生の終わり頃に結婚しました。彼は5歳上で、元々は看護師をしていました。人が痛みの中で病院で亡くなっていくのを見て、人はもっと違う終わり方があるはずだと考えて、医学部に編入して医者になったんです。同級生として出会い、なんともいえないオーラに一目惚れしまして仲良くなりました。

——家庭でのつらさもあった中で、自分の家庭を持つことにためらいはありませんでしたか?

すごくありました。結婚なんて絶対しないと思っていたし、子どもなんてもってのほかだと思っていたんです。

でも、そんな気持ちはゆっくりほどけていきました。人との出会いの中で、人との関係をちょっとずつ信じられるようになっていきました。

結婚した一番の決め手は、彼の家族がすごく素敵だったからです。まさに素朴にお互いのことを大切にし続けられる関係。ああこういう人たちもいるんだなと思いました。

恋人同士はいくらでも嘘がつける(笑)。でも親子では嘘はつけない。そういう姿をみて、こういう家族っているんだなと思ったのが大きいです。

——そういう家庭を築きたいなと思ったのですか?

それとは少し違って、こういう家庭で育ってきた人に絶対的な憧れがあったんです。自分の育った家庭を否定しているわけではなくて、そういう形があることへの憧れというか。

結婚ってやってみないとわからない。子育てもやってみなければわからない。一生添い遂げると決心するわけでもない。

彼とわたしの家庭の状況は違ったし、彼としてはきっと子どもがいるといいのだろうなと思いましたが、子育ては今でも怖い気持ちはあります。でもやってみないとわからないからやってみよう。そんな気持ちでゆらゆら揺れまくり、マリッジブルーの中で結婚生活が始まってみたという感じです。

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次回は再び山口さんの子育ての話に戻ります

プロフィール
山口有紗(やまぐち・ありさ)
小児科専門医、子どものこころ専門医。公衆衛生学修士。高校中退後、イギリスでの単身生活や国際関係学部での学びを経て医師となる。現在は子どもの虐待防止センターに所属し、地域の児童相談所などで相談業務に従事。国立成育医療研究センター臨床研究員、こども家庭庁アドバイザー。著書に『子どものウェルビーイングとひびきあう――権利、声、《象徴》としての子ども』(明石書店)『きょうの診察室 子どもたちが教えてくれたこと』(南山堂)がある。

岩永直子(いわなが・なおこ)
読売新聞、BuzzFeed Japanを経て、現在はフリーランスとして医療情報を発信し続けている。依存症専門オンラインメディア「Addiction Report」編集長。著書に『言葉はいのちを救えるか? 生と死、ケアの現場から』(晶文社)、『きょうもレストランの灯りに』(イースト・プレス)がある。
医療記者、岩永直子のニュースレター

タイトルデザイン:中道智子

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