【新連載】きょうも一緒に、まあいっか 児童精神科医 山口有紗のゆらゆら育児_第1回
児童精神科医の山口有紗さん(40)は、5歳の娘を育てるママでもあります。子どもの発達や心理についての専門知識があるからこそ、「いま、わたしが子どもに対してやっていることは間違っているかも」と落ち込むこともたくさんあるのだそう。それでも「ダメな自分でも、弱ってしまうときがあっても大丈夫」と言う山口さん。自分自身、心の不調で子ども時代につらい体験もしましたが、人とのつながりや温かみに救われた経験が大事な糧になっているからです。
「弱いままで、誰かに『助けて』と言えたら上等です。たとえきょう、何も解決しなくても、まあいっか、です」
そんな山口さんが、自分の子育ての中で考えてきたことを、筆者(医療記者)との対談の中で分かち合っていきます。
「つらさが連鎖しないか?」 若い頃は子どもを持つことを躊躇したけれど
——先生は、子どもの頃に心の不調で学校に行けなくなり、家に引きこもった体験をしていらっしゃいますね。ご両親との関係に悩んだ時期もありました。ご自身が子どもを産み、育てることにはどんなイメージを持っていたのでしょう?
10代、20代の頃は子どもを持つことは怖くて、わたしが経験してきたつらさが連鎖するんじゃないかと思っていました。
でも、結婚してパートナーと過ごすうちに、もし子どもが自分の人生に降ってきてくれたとしても、それは運命なのだと受け止められるぐらいの心境になっていきました。パートナーはずっと「自分たちの子どもがいたらいいよね、でも無理なくだね」と言っていて、一時不妊治療も受けたことがあるんです。でも心も身体もつらくて、半年ぐらいで挫折しました。
ところが治療をやめたとたんに子どもを授かった。神様が届けてくれたような気がしたぐらいでした。
——妊娠中はどうでしたか?
腰は痛むし、足もむくんで気持ちも不安定になるし、若い頃からずっと摂食障害があるので、自分では育てられないような気がしてしまう。ひたすら不安になっていました。
——そんな不安をどう和らげたのですか?
パートナーの支えもありましたし、わたしはもともと地域で子どもに関わる仕事をしていたので、一緒にお腹をなでてくれる人がいっぱいいたんです。「子育てひろば」という子育て支援拠点の方に「おいでよ」と声をかけてもらい、妊娠中から行くことができたことも大きかったですね。
妊娠中から、「生まれた後にこういうところに行けるのだな」とイメージできたのは本当によかった。出産後は赤ちゃんが寝るかどうかとかで頭がいっぱいで、それどころじゃない。わたしのように子どもに関わる仕事をしていない人でも、そういうきっかけが妊娠中からあればいいなと思いました。
子どもの心拍が下がるも、生まれてホッとした出産
——生まれた瞬間はどうでした?
夜から入院して、朝になって、パートナーが朝ごはんを買いに行ったんですね。そうしたら、よりによってその間に子どもの心拍がどんどん下がっていき、医者だから「この心拍数ではやばい」とわかる。
「このままではこの子は死んじゃう」とパニックになり、医学の知識なんて全部吹っ飛んで「お願いです! この子を助けてください!」と泣き叫んでいました。
医師たちが駆けつけてきて、手術台に載せられて、緊急帝王切開で出産しました。生まれた子どもを抱っこすると、顔をふと上げた子どもと目が合ったような気がしました。それを見ると本当に安心して、爆睡しました。
子どもとはその後、「生まれるごっこ」をよくやっています。わたしが着ている大きいセーターの中に子どもが入って、「うー苦しい。助けてください」と言うと、助けてくれる先生が来る。うちは帝王切開でしたからお腹を開けて「生まれました!」と言うと、本当に嬉しそうな顔で子どもが生まれた喜びを表現して、わたしに抱かれてくたっと力を抜く。
この世に生まれるのってすごい傷つきの体験でもあります。お腹の中にぷかぷか浮いていて、真っ暗な安心できる場所から、すごく眩しくてうるさいところに出され、いきなり息を吸えといわれる。そんな出生のトラウマのケアを、親子で一緒にしているようでしたね。
出産直後、マタニティブルーに陥った先生を救ったのは?
——慣れない育児が始まっていかがでした?
助産師さんの母乳指導や抱っこの仕方のアドバイスがすごくつらかったです。理念としてはわかるけれど、そう言われてもできないし、できないことが赤ちゃんに対して申し訳ない。ひたすら泣いて、ひどいマタニティブルーでしたね。
産後うつのチェックリストがあるのですが、医者なので、これを正直に書くと誰かが悩みを聞きにきてしまうと思うと、怖くて書けない。
でもあまりに(わたしが)泣いているから、看護師さんが心の健康を担当する先生を呼んできてくれて睡眠薬などを出してもらいました。
この頃、子育てひろばでつながっていた人が、生後3日ぐらいで電話をかけてきてくれて、その人の声を聞いたとたんわたしは号泣したんです。「そろそろかと思ったよ」と言われて、「なんでわかるんだ、この人は」と驚きましたね。
少し後に、その人が焼き芋を持って自宅に様子を見にきてくれて、抱っこ紐の使い方を教えてくれたりもしたんです。そんな風に心の揺らぎがあった時に支えてくれる人がいたから、なんとか乗り切りました。
——専門的な知識があっても、自分の子育ては思うようにならないものなのですね。
例えば「これは深いマタニティブルーだけど、うつまでではないな」というのはわかるんです。でもそれに対してわたしが「誰か助けて」と言えるかどうかは、全然別の問題なんですよね。
「正論はしんどい」ということ
—–子育てしている最中に、自分の子ども時代を思い浮かべることはありましたか?
ありますね。子どもの時の自分はきっとこうしてほしかったなって思うことも、それでつらくなることも、なくはないです。
でも、それをこうした場で書いてもらうのはちょっとできない、という気持ちも同時にあります。完璧な子育てなんてない、そうしたいと思ってもできない葛藤がどれほどあるか、というのも、いまは同時にわかるなぁと。
だから何をしてもいいわけではもちろんないのだけれども、そうした葛藤や振り返る切なさや気づきも含めて、子育ての豊かさや大変さなだろうなとも思います。
—–お子さんが小さいうちに、周りの人との関わりでしんどかったことはありますか?
実際に子育てをしてみて、わかったことの一つは「正論はしんどい」ということです。
産後の「こんにちは赤ちゃん訪問」というものがあります。保健師や助産師が生後4ヶ月までの赤ちゃんがいる家を訪ねて育児相談に乗ってくれるのですが、仕事柄、言われる内容はわかっています。でもそれを言われるのがしんどい。体調が悪いことにして断ろうかと思ったことさえありました。
弱って困っているときは、正論で「これがいいよ」と教えてくれるよりも、「今やっていることで大丈夫だよ」「これはやらなくていいよ」と教えてほしい。それは自分の子育て経験でよくわかりました。
わたしは子どもが寝ないのが怖かったし、スケジュールがズレるのが怖かったんです。「この時間から、ねんねタイムにしたい」などと思っているわけです。
そんな時「そんなにきちきちにやらなくても大丈夫」と言われるのも嫌だったし、母乳が出ない時に「ミルクにしても大丈夫よ」と言われるのもつらかった。そういう選択肢があることはわかっているけれど、自分のこだわりや不安によって選べないからしんどいのに。
——母乳スパルタもつらいけど、「ミルクでいいんだよ」と言われるのもきついということはよく聞きますね。
パートナーに言われるのもつらかったです。「こんなに頑張っているのに『ミルクでいい』ってなんだよ!」って。今もご飯について「そんな頑張って手作りしなくてもいいよ」と言われると、「頑張って作ってるのに、買ってきたものでいいってなんだよ!」と思ったりします(笑)。
心の揺らぎをそのまま置いておく連載に
——この連載、育児中の心の揺らぎを伝えながら、読者と何を分かち合う場にしたいですか?
子育てってスッキリはしない。それこそ「はい、今回も答えは出ませんでした」みたいな。それでも、きょうも明日も続いていくことがすごく悪くはない、それぐらいの感じでいいかなと思うんです。
——何の問題も解決していないし、明日もまた困ったことが起きるかもしれないけど。
まあいっか、みたいな感じですね。「きょうも一緒にまあいっか(よくない笑)」みたいな感じでしょうかね。
こういう育児の悩みについて書いた記事は、最後に「周りに相談しましょう」「ストレスの解消方法が見つかるといいですね」みたいな言葉で終わることが多いです。
それこそ正論で、そんなことは本人だってわかっているんです。そう言われると、わたしだったら逆にちょっと落ち込むこともあるかもしれない。
でも何かを発信する立場としては、そういうふうに書く責任もあるし、純粋に相談してほしいという気持ちがあるというのもわかる。
だから、この連載では、最後を「相談してね」ときれいにまとめるのではなく、揺れたまま、一緒にそこに置いておく。そんな感じでいいのかもしれないなぁ。読者の方たちと一緒に着地どころを考えていきたいなぁと思います。
次回は山口さんの子ども時代を振り返ります
プロフィール
山口有紗(やまぐち・ありさ)
小児科専門医、子どものこころ専門医。公衆衛生学修士。高校中退後、イギリスでの単身生活や国際関係学部での学びを経て医師となる。現在は子どもの虐待防止センターに所属し、地域の児童相談所などで相談業務に従事。国立成育医療研究センター臨床研究員、こども家庭庁アドバイザー。著書に『子どものウェルビーイングとひびきあう――権利、声、《象徴》としての子ども』(明石書店)『きょうの診察室 子どもたちが教えてくれたこと』(南山堂)がある。
岩永直子(いわなが・なおこ)
読売新聞、BuzzFeed Japanを経て、現在はフリーランスとして医療情報を発信し続けている。依存症専門オンラインメディア「Addiction Report」編集長。著書に『言葉はいのちを救えるか? 生と死、ケアの現場から』(晶文社)、『きょうもレストランの灯りに』(イースト・プレス)がある。
医療記者、岩永直子のニュースレター
タイトルデザイン:中道智子




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