『北斗の拳』と交わる日本酒・醤油――伝統×漫画が紡ぐ地域の未来
熊本・高森町。この地域に原風景を感じるというのは、元NHKアナウンサーの武田真一さんだ。
高森町で育まれた日本酒「れいざん」と醤油「阿蘇マルキチ醤油」は、その技術を継承しつつ、新しい文化の灯りをともそうとしている。例えば、『北斗の拳』とのコラボ、そして、漫画家や若者が集うアーティストビレッジ「阿蘇096区」だ。伝統と新しい表現が交差する町からはじまる2つの品。武田さんがその魅力について教えてくれた。
日本酒・醤油の味でよみがえる街の記憶
高森町の中心にそびえる老舗の酒蔵・山村酒造。蔓延元年(1860年)に創業し、いまも白壁の蔵が町のシンボルとして立ち続ける。新酒ができると軒先に吊るされる青い杉玉は、町に息づく季節の合図。
武田さんにとって、この光景は「高森がまだ元気だと教えてくれる証」だという。子どもの頃、実家の窓からは発酵する米の甘い香りが漂ってきた。夏休みにその香りを感じると、帰省したことを実感したという記憶は、今も色濃く残っている。
山村酒造の代表銘柄「れいざん」と漫画『北斗の拳』とのコラボレーションで生まれた日本酒 「レイ斬! ( れいざん)」が話題となった。
また、酒蔵のすぐ近くには、地元で愛される阿蘇マルキチ醤油がある。九州独特の甘い醤油は、刺身や煮物に欠かせない。武田さんの家庭でも「これでなければ食卓にならない」と語るほど、味覚の中心を占めてきた。
「夏になると、阿蘇特産のとうきび(さとうきび)を食べるのですが、阿蘇マルキチ醤油を塗るんです。とうもろこしは甘くなく、硬いものなんですが、醤油を塗って焦げるまで焼いて食べるのがとても美味しかった。
実家に帰るたびに醤油を買い求め、東京にも持ち帰ります。私の子供たちは東京で育ったのですが、『お刺身は熊本の醤油』と言います。高森の醤油は、家族の暮らしの記憶にすっかり刻まれていますね」
食べ慣れた味は、遠く離れても心をふるさとにつなぐ絆だ。
こちらもコラボ。北斗の3兄弟のそれぞれのキャラクターと、3種の調味料の個性が絶妙にマッチした「見て」「味わって」楽しめる逸品となった。
酒蔵と醤油蔵、ふたつの老舗が同じ町内にあり、互いに高森の歴史を支えてきたのは稀有なこと。両者は町の経済と文化を形づくる「双璧」でもある。
「アーティストビレッジ阿蘇096区」の可能性
伝統の担い手だけでなく、新しい文化の芽も高森に根付き始めている。その象徴が、旧温泉館を活用した「アーティストビレッジ阿蘇096区」だ。ここでは全国から集まった若い漫画家やクリエイターが共同生活を送り、創作活動に励んでいる。町の高校には漫画学科が新設され、公立としては全国初の試みとなった。
外から来た才能と地元の若者が交わり、新しい学びや産業が生まれる仕組みは、人口減少に悩む地域にとって貴重な資源だ。武田さんも「伝統と現代文化の接点が、町の未来を照らしている」と期待を寄せる。
アーティストビレッジ阿蘇096区には海外や都市部からも若者が集まり、町に新しいまなざしを持ち込んでいる。地元の高校生がプロの漫画家に出会い、「自分の町でも表現を続けられる」と感じることは大きな財産だ。外から来た人々は、地域の風景や暮らしを新鮮な目で発見し、SNSや作品を通じて広く発信する。その視線は、地元の人が忘れかけていた価値を再評価させる契機となる。
武田さんは「伝統と新しい文化の両輪がそろうことが地域の力になる」と語る。外からのまなざしは、町を未来へとつなぐもう一つの資源なのだ。
この動きの延長線上にあるのが、人気漫画『北斗の拳』とのコラボレーションだ。名作漫画が、酒蔵や醤油といった地場産業と結びつき、ふるさと納税の返礼品としても注目を集めている。ラベルに描かれたキャラクターが商品に新しい命を吹き込み、かつて商店街を賑わせたエネルギーを現代的に再編集しているのだ。武田さんは「思い出の品が全国へ羽ばたく姿を見られるのは嬉しい」と笑顔を見せる。
おすすめの2品と小さな旅の提案
こうした動きは、ただのコラボにとどまらない。訪れた人が「伝統」や「漫画」を手がかりに町の歴史や風景に触れれば、それは新しい旅の入口になる。武田さん自身も「高森を訪れたら、(コラボ商品以外も)町内のスーパーや飲食店ではどこでも置いていますので、ぜひ味わってほしい」と語る。静かな町並みに漂う香りや味は、訪れる者に深い記憶を刻む。
いま武田さんがおすすめするのは日本酒「れいざん」と「阿蘇マルキチ醤油」。どちらも幼少期の記憶を呼び覚ます、ふるさとの味だ。ふるさと納税を通じて手に入れることもできるが、できれば現地を訪れてほしい。町を歩けば、杉玉の揺れる蔵や、湧水の清らかな流れ、そして新しい漫画文化の芽吹きを実感できる。静けさの中に響く子どもたちの笑い声や、夜に賑わう虫の音が、旅人に「暮らしの息づかい」を教えてくれるはずだ。



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