マガダンの英雄、先生になる   作:コルディアムに脳を焼かれた阿慈谷ヒフミ

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PW公式ディスコードにあったファンメイド作品が非常に良かったです(語彙力の死)。独立戦争後のカスカディア空軍、という作品なんですけど、プロスペロ駐屯飛行隊の標語が「NEVER FORGET PROSPERO CATACLYSM CONSEQUENCES OF POWER(プロスペロの惨劇を決して忘れない、力が招いた末路を)」なのが、もう、ね。あの激鬱ミッションを思うと...。

感想、評価お待ちしております。


Protocol 2-2: First Contact

「...」

 

4人の間には、ただ沈黙。まさか、空港に着いたはいいものの、アビドス高校の居場所が分からずにずっと彷徨うことになるとは。

どこにあるか調べようにも、スマホが繋がらない。看板にも書かれていない。

そういうわけで、俺達は1人1台リヤカーを引きながら、かれこれ数時間、この砂に埋もれた街をさまよっていたのだった。

 

実の所、最初はここまで深刻ではなかった。「案外何とかなるだろう」という雰囲気があったのだ。しかし、1時間も経つと、流石に危機感を覚えてくる。2時間で、本格的に焦り出す。3時間経って、もはや誰1人として、喋る気力すらなくなった。

 

そしてこのザマである。ヘルハウンド(地獄の猟犬達)の間には、文字通り地獄のような雰囲気が漂っていた。まぁ、これはこれで──

 

「...俺達の名前にぴったりだな、ドライバー」

「...お前、マジで読心術で食ってけるぞ。なんだって予備役なんかなったんだ」

「あいにくこれはお前に対してしか使えないんだ、相棒...」

 

地獄は地獄でもこういう地獄じゃねぇな、と言ったブッキー(読心術師)の顔も、さすがに疲労でひどく歪んでいた。

そして、何より問題なのは。

 

「クソ...ドライバー、水はないのか?」

「もう4回目だぞ、ブリック。あの公園の水道を見たろ、出てくるのは砂埃と錆だけだぞ」

 

水。兎にも角にも水。直射日光照りつけるこの地において、水もなしに大量の物資を積んだリヤカーを引く──そんなのがずっと続く訳がない。しかしながら、水が無いのは事実。あるのは誰か住んでるかどうか分からない家、シャッターの閉まった店、そしてろくに水道も通っていない公園くらいなものである。そろそろこの乾ききった土地に対してイラついてきた。アロナが言っていた、街の中で迷子になる、という言葉が真実であることを、俺は身をもって思い知った。それどころか、死人すら出ているんじゃないか───

 

...やめよう。今最も、この地で死に近づいているのは俺達なのだから。

 

 

「...一旦止まるべきだ。気休めにしかならんだろうが」

 

ヴィータの声に、全員が足を止める。わずかな日陰を各々が求めて座り込んだ。

 

これからどうするべきか──他の連中から離れた木陰に座り込み、天を仰いだ俺の耳に、乾いた摩擦音が飛び込んだ。自転車のブレーキ音のようだ。

 

「あの...」

 

...ついに幻聴が聞こえてきたか。聞こえてきたのは、若い女の声。こんな場所にいるはずがない。

 

「死んでる...?」

 

幻聴にしたって失礼なことを言いやがる。異常者上等、幻に文句のひとつでも言ってやるか。

 

「失礼なこと言いやがって...俺はまだ生きてるぞ、まだな」

 

幻の声の方に目を向ける。そこに居たのは自転車に乗った少女。銀髪に狼を思わせる耳をしていた。背負っているのは...UKA(統一カーンヨウロパ同盟)の方の銃か。...ついに俺も行くとこまで行っちまったらしい。可愛い子を幻覚で見るなんて。しかもディテールが無駄にリアルだ。

 

「随分とリアリティのある幻覚だな...」

「ん、幻覚扱いは酷い...」

「ははっ...口答えする幻覚とはな」

 

俺の言葉を受けた彼女(・・)は、んー、と唸ると、俺に水筒を差し出した。

 

「とりあえず、飲む?ライディング用のエナジードリンクだけど。お腹の足しくらいにはなると思う。えっと、コップは...」

 

気分だけでも渇きが癒されるかもしれない。藁にもすがる思いで水筒をひったくり、口を付ける。

口の中に広がる、甘味と酸味のコラボレーション。乾ききった口内に潤いが取り戻される。喉を伝わる液体の感覚が気持ちいい。気分どころではなく、本当に渇きが癒されたようだった。

 

「あ...それ...」

 

水筒を差し出した幻(?)の頬が少し赤らむ。...うーん、もしかして、これ。

 

「...もしかして、幻じゃない?」

「ん、そう言ってる...」

 

やっちまった。助けてくれた子を幻覚呼ばわりしただけでなく、水筒をひったくってほとんど飲んじまった。しかも、十中八九それは飲みかけのやつときた。

 

「...本当にすまん。命の危機を感じかけてたところだったから、つい...」

「ううん。気にしないで。見た感じ、連邦生徒会から来た大人の人のようだけど...なんというか、お疲れ様。学校に用があって来たの?」

「学校?」

 

彼女の声を反芻する。そういえば、制服を着ているな。彼女の胸元の学生証を見ると、「ABYDOS」の文字があった。

 

「この近くだと、うちの学校しかないけど...もしかして、「アビドス」に行くの?」

「まさしくそのアビドス高校を探しに三千里ってとこだ」

「...そっか。久しぶりのお客様だ。それじゃあ、私が案内してあげる。すぐそこだから」

 

ああ塵なる母よ。あなたはまだ俺を、ライアン・ゴズリングを見放してはいなかった。目の前の彼女は恐らくあなたの使いであるのでしょう。あなたに感謝します。

 

「...祈るのもいいけど、早く行かないといけないんじゃない?」

 

彼女の声に、意識を引き戻される。そうだ、俺は祈りなんてするタチじゃない。ダスト・マザー信仰なんぞカスカディア野郎に食わせておけばよいのだ。

俺は他の3人に、案内してくれる人が見つかった、と声をかけた。しかもすぐそこというおまけ付き、というのも添えて。項垂れていた連中も俄然やる気が出たらしい。先程までより軽い足取りでリヤカーを引き出した。

 

「さーて、俺も...」

 

リヤカーを引こうとした時だった。足から急に力が抜ける。...ダメだ、立てねぇ。畜生、俺はここまで体力無かったか?

 

「大丈夫か、ドライバー」

 

ヴィータが駆け寄る。次いで、あのロードバイクに乗ったアビドス生の子も来た。

 

「ははっ...安心しちまって疲れが押し寄せて来たのかもしれねぇ。ついさっきまで死ぬかどうかってとこだったしな...」

 

しかしどうしたもんか。ここにリヤカーを置いてく訳にもいかん。

 

「誰かこのリヤカー引いていける奴は?」

「ん、私が。ロードバイクはここに停めていけばいいし」

 

助かった──と思ったのも束の間、新たな問題にぶち当たったことに気づいた。

 

「待ってくれ...俺、どうやって移動すればいいんだ」

 

足の力が抜けてる以上、歩くのは不可能。かといって、リヤカーに乗ろうにも、4台ともとても俺を乗せれるようなスペースはないし、下手に乗せたら多分物資が潰れる。

 

「どうしても立てないのか?」

「やってみる...ダメだ、やっぱ無理だ」

 

何かいい方法はないのか──いや、あるじゃないか。

 

「こうなったら仕方ない、一旦ドライバーを置いて後で来るしか」

「いや、そこのアビドスの子に背負ってもらえばいい」

 

俺の言葉を聞いたヴィータの顔が見た事ないものになる。...これ、なんて形容すべきなんだ。

 

「...直射日光でどうかしたか、ライアン」

「お前が俺をファーストネームで呼ぶなんて珍しいな、パトリック?」

「どこに女子生徒に自分を背負わせる奴がいる?」

「逆にお前は俺を背負っていけるのかよ、ヴィータ。俺をここに放っておくにしても、その間に本当に熱中症で逝っちまうぞ」

 

俺とヴィータがあーだこーだと言っているところに、あのアビドスの子が口を挟む。

 

「さっきまでロードバイクに乗ってたから...そこまで汗だくってわけじゃないけど、その...。普段は学校のシャワー室を使うし、そこに予備の服もあるから...」

「聞いただろう、ドライバー。女子生徒にはそういう悩みも──」

「いやいや、気にしねぇよ。汗の臭いには慣れてる」

「お前がどうこうという話じゃないんだ馬鹿!」

 

おー、ヴィータにしては珍しい言葉遣い。なんだか珍獣を見ているような気分だ。

 

「まぁ、それでもいいなら、背負っていってもいいけど...」

「頼むぜ」

 

ヴィータが目を覆っているのを尻目に、俺は彼女の背にもたれかかる。

 

「むしろいい匂いまであるな」

「警察に突き出されたくなければせめて大人しくしていろこの馬鹿野郎!」

 

 

ヴィータからのありがたいお言葉、そしてブッキーからの痛い視線を浴びつつ、俺は彼女──砂狼シロコに背負われながらアビドスへと向かう。ちなみにブリックはというと、そもそもこちらを見ていなかった。目にも入れたくない、ということらしい。なんとひどい。俺だって、ラリーでクラッシュした時、コ・ドライバーの若い子を背負いながらマシンから逃げたことがある。性別逆転しただけじゃないか。...なぁ?

 

「...相棒、お前は相当ネジが外れてることはそりゃ知ってたぜ。けどよ、そこまでとは思わんかったぞ」

 

取り付く島もなし。ブッキーにすらこんなことを言われるとは。照りつける日の光と言葉が、俺にカーボンウィングの破片のように突き刺さった。

 

 

リヤカーを適当なところに置き、ついに到着したのは我々が探し求めしアビドス高等学校。俺達は──無論、俺は背負われながら──「アビドス廃校対策委員会」と教室札に掲げられた部屋に入る。なるほど、ブリックの言っていた通りだ。驕れる盛者も──という言葉の通り、かつては威容を誇ったアビドスは、今や廃校の危機に瀕しているようだ。地域の暴力組織なぞに手をこまねいているのも無理はない。

 

「ただいま」

「おかえり、シロコ先ぱ......い?」

 

中に入るや否や、3対の視線が俺を射抜く。猫耳の少女と尖った耳をした子、そして──ああ、これを言うと教師として不適切な発言になるか。ギリギリ許される表現をするならば、「体格のいい」子。

 

「うわっ!?そのおんぶしてるの誰!?それに後ろの人も!?」

「わあ、シロコちゃんが大人を拉致してきました!」

「拉致!?まさか死体...!?シロコ先輩、ついに犯罪に手を......!」

「みんな落ち着いて、速やかに死体を隠す場所を探すわよ!体育倉庫にシャベルとツルハシがあるから、それを...」

 

随分と賑やかだ。背中からでも、シロコが呆れているだろうことが分かる。もういいだろう、と彼女の背中から降りる。まだ少し震えるような感じはあるが、もう十分立てるようになった。

 

「さっきからどいつもこいつも死体扱いかよ。そんな俺の顔が酷いか?」

「死体が喋った!?」

「いや、普通に生きている大人だから...。うちの学校に用事があるんだって。後ろの人達も」

「...拉致したんじゃなくて、お客さん?」

「そうみたい......」

 

およそ最悪のファーストコンタクトだった。死体扱いに飽き足らず、拉致されたと勘違いされるとは。取り繕うってわけじゃないが、一応自己紹介くらいはしとくか。

 

「連邦捜査部シャーレ顧問、ライアン・ゴズリング。ま、ドライバーって呼んでくれ。そっちの方が慣れてる。一応言っとくが、ちゃんと生きてるぞ」

 

俺の自己紹介に続いて、他の連中も挨拶する。

 

「同じくシャーレ所属、パトリック・ミルトン。ヴィータだ。このネジが緩みきった馬鹿の監視役だ」

「おい馬鹿って」

「大馬鹿扱いしなかっただけ温情だと思え」

「ヴィータに同意。俺はアンドレイ・カスパー。ブッキー。そこのドライバーの相棒...なんだが、今日だけは赤の他人ということにさせてくれ」

 

ブッキー、お前...。お前は味方してくれると思ったのに。

 

「全く、俺たちのフライトリーダーにはほとほと困らされるな。俺はエリアス・ロマンスキー。呼ぶとしたら...ブリック。ブリックって呼んでくれ。あいにくもういい歳になっちまったから、華の女子高生からしたら顔のひとつでも顰めたくなるかもしれないな。まぁ、人生相談だったら乗るぜ」

 

それぞれの挨拶を終えると、向こうも名乗った。それぞれ、黒見セリカ、奥空アヤネ、十六夜ノノミというらしい。

 

「シャーレということは...支援要請が受理されたのですね☆良かったですね、アヤネちゃん!」

「はい!これで......弾薬や補給品の援助が受けられます」

「早速ここまで持ってきた。下のほうに置いてあるから、後で使ってくれ」

「ありがとうございます!あ、早くホシノ先輩にも知らせてあげないと......あれ?ホシノ先輩は?」

「ホシノ?」

 

どうやらここにいる4人で全員では無いらしい。もう1人いるようだ。

 

「委員長なら隣の部屋で寝てるよ。私、起こしてくる」

 

そう言ってセリカが出ていった。委員長というからには、3年生だろうか──

 

そう思ったその瞬間、乾いた破裂音が響き渡る。ここに来て飽きるほど聞いた音──銃声だ。部屋に、緊張感が満ちる。

 

「銃声か!?」

 

窓から外を覗くと、ヘルメットを被って馬鹿みたいに銃を撃ってる連中がいた。...うわぁ、だっせぇ。ヘルメット被ってゴプニツァもどきかよ。昔の俺でもあそこまでじゃなかった。

 

「あれが例の暴力組織ってやつか?」

「はい!カタカタヘルメット団です!」

「やってることもダサけりゃ名前もダセェ!」

「あいつら、性懲りも無く...!」

「ホシノ先輩を連れてきたよ!先輩、寝ぼけてないで、起きて!」

 

セリカが連れてきた「ホシノ先輩」は未だ夢の世界からの帰還を果たしてはいないようだ。恐ろしい程に威厳がない先輩である。

 

「むにゃ...まだ起きる時間じゃないよー」

「ヘルメット団が再び襲撃を!こちらの方々はシャーレの先生です!」

「大変だね......あ、あなた達が先生?よろしくー。むにゃ......」

「先輩、しっかりして!出動だよ!装備持って!学校を守らないと!」

「ふぁあー......。おちおち昼寝もできないじゃないかー、ヘルメット団めー」

 

...一応、役者は揃ったってことでいいのか?それならば、俺達も戦おうじゃないか。

 

「まぁいい。全員、銃の用意はいいか?」

「マジかよドライバー、俺達もか?」

「危険すぎます!私がオペレーターを担当しますから、先生方はサポートを...」

 

アヤネはそう言うが、でもなぁ。

 

「それは1人で十分だろ。腐っても軍人だし、足手まといにはならんだろ。ヴィータ、指揮を頼みたい」

 

いつも通りヴィータに指揮を任せ、銃を持って出ようとしたとき。

 

「いや、前線に出るのは俺の方がいい。ドライバー、お前は後ろから指揮しろ」

「おいおい、マジで脳味噌がコルディアムで出来てんのか?どう考えてもお前の方が適任だろ」

「この前のシャーレ奪還でお前が果たした役割を忘れたか。お前の指揮能力に不足はない。合理性の観点なら、俺の方が射撃訓練の点数は良かったはずだ」

「おい、なんでお前が俺の射撃訓練の点数知ってんだ?」

「監視役の特権だ。さぁ行くぞヘルハウンド」

 

そう言ってヴィータは、何かを叫ぶブッキーやブリック達を連れて出ていってしまった。

残されたのは、俺とアヤネの2人。思わず顔を見合わせる。

 

「...その、ヴィータ先生は普段からああいう人なんですか?」

「まぁ、いくらか強引なところがあるかもしれねぇが...」

 

それを聞いたアヤネの苦笑に俺もつられる。咳払いをひとつして、気を入れ直す。

 

「ま、監視役からのお墨付きももらったとこで...やってやろうぜ、アヤネ」

「よろしくお願いします、先生」

 

 

あいつらの前方には、ヘルメット団が数十人ほど。なるほど、8人で対抗するにはなかなか難しそうだな。...あいつを待たせておいて良かった。ここなら無線が通じる。支援を呼ぶか。

 

「PKヘルハウンドリーダーより通信、現在発信中のGPS座標にて敵歩兵と交戦中。爆撃支援を頼む」

『座標確認...なんだ、近いじゃないか。5分で向かう』

 

勝ち筋は見えた。後は耐えるだけだ。

 

「ヘルハウンド1...いや、ドライバーより各員へ、交戦開始。ヘルハウンドは後ろに展開して前衛のアビドスの援護だ。必要なら屋上に登って上から撃っても構わない。持ってる武器の射程を活かせ」

『了解。ヴィータ、ブッキー、俺は上に行く』

「アヤネ、アビドスの4人の持ってる武器は?」

「セリカちゃんとシロコ先輩はアサルトライフル、ホシノ先輩はショットガンにシールド、ノノミ先輩はガトリング砲です!」

「ガトリングゥ!?」

 

思わす変な声が出る。ガトリングってあれだろ、俺達の機体に乗ってる機関砲とか、エアシップの対地攻撃装備としてついてるやつ。人間が持ち運べるのか?

 

「...?そんなに驚くことですか?確かに少し高いですが、持ってる人はそれなりにいますよ」

「...ああ、ここは俺の常識が通じないんだったな」

 

キヴォトスとはかくも恐ろしい場所か。祖国マガダンが恋しくなってきた。

それはともかくとして。

 

「ここは砂漠化で砂がかなり溜まってるな...ノノミ、連中の足元に向けて弾幕を叩き込め!目眩しだ!シロコとセリカは側面から叩けよ!ホシノは前線を張って連中の身動きを奪え!」

 

了解、という声が聞こえる。言うが早く、ノノミの弾幕が連中の前に撃ち込まれ、砂煙が派手に立ちのぼる。こりゃすげえ。見てるこっちが咳き込みそうだ。

 

「そのまま弾幕キープ!弾は気にするな!シロコ、セリカは側面へ!」

『俺は黒見について行く。ブッキーは砂狼と組んでカバーし合え』

『了解、ヴィータ』

 

ヴィータとブッキーも現場判断で動いてくれる。助かるな。

 

「私たちの学校を奪おうとするあなたたちには、お仕置きです!」

 

ノノミの継続的な弾幕、シロコ、セリカ、ブッキー、ヴィータの十字砲火がヘルメット団を襲う。視界を奪うノノミを倒そうにも、前面を守るホシノを倒さないことにはそれも叶わない。側面も、アビドスがリロードしている時はヴィータやブッキーが射撃を続ける、という形で火力投射を継続していけば、自然と敵の勢いが減っていく。奴らに残されたのは後方のみ。後退していくのは自明だった。

 

「奴ら後退していくぞ!とにかく撃って追い出せ!」

『了解!』

 

しばらくの銃撃の末、ついにヘルメット団は逃げ出した。

 

「...校庭クリア。連中を追い出した」

『やったわ!どうよ思い知ったか、ヘルメット団め!』

『ふう。ミサイルから逃げ回るのとは訳が違うな...』

『ありがとうブッキー先生。いいカバーだった』

 

ひと仕事終えた。ふぅ、と息をついて椅子にもたれかかる。

 

「...すごいです、先生。私は横で見てただけでしたけど...あれだけ早くヘルメット団を追い返せるなんて...」

「ありがとよ。これが治安維持軍の実力だ」

 

Peacekeeper(平和の維持者)の看板は伊達じゃない、ってな。文字通りアビドスの平和を守ったわけだ。

 

『...待て』

 

無線から怪訝げな声が聞こえる。ブリックだ。まだ屋上にいるのか、戻ってきていい──そう言おうとした時だった。

 

『ああ畜生!ブチ切れた奴らが戻ってきた!さっきより大人数で学校を取り囲むように向かってきてる!』

「どういうことだ!?」

 

思わず無線機に怒鳴りつける。懲りるどころか完全に怒らせちまったらしい。さっきより多いだけならともかく、複数方向になると抑えきれるか分からん。全員を屋上に集めて籠城戦か──そう覚悟した時だった。

 

『待たせたね。こちらヘルハウンド3、コブ。現在追加兵装に対地ミサイルと大型無誘導爆弾を装備中。攻撃目標の指定と使用兵装の指定を頼む』

 

──女神だ。空から女神がやってきた。

 

「マジでタイミング最高だ!ヘルハウンド1より3へ、校舎周囲に敵が集結中、ヘルメットを装備している奴らがターゲットだ。校舎にダメージを与えないように大型無誘導爆弾は使わないでくれ。それ以外は全てそちらの任意で使用、攻撃を要請する!」

『了解、掃討する』

 

遠くの空から小さな点が見える。みるみるうちに近づいてきたそれの姿は段々と詳らかになっていく。

 

『おいドライバー、あれはもしかして...』

「天の恵みだ」

 

『ヘルハウンド3、対地ミサイル発射。ライフル、ライフル!』

 

真紅のVX-23VTLから放たれた2発のミサイルは吸い込まれるように敵グループに向かい、着弾地点にクレーターを生み出した。何人かのヘルメット団は空高く舞っている。

 

『先生、あれは!?』

「仲間さ!」

 

ひとつのグループを戦闘不能に追い込み、アビドスの注目を浴びたコブはすぐさま校舎上空で翼を翻し、別のグループにSTDM(標準ミサイル)を叩き込む。空の脅威を認識したヘルメット団の銃撃がコブの機体に襲いかかるが、ただの小銃ごときが最新鋭ジェット戦闘機に対抗出来るはずもない。機関砲、STDM、対地ミサイルの攻撃を連続して食らったヘルメット団は、流石に投入可能戦力がなくなったらしい。わずかな生き残りも逃げ出した。

 

『...今度こそクリアか?』

「ヘルメット団の反応、消失しました...」

「ヘルハウンド1より総員へ、敵を殲滅した。エリアはクリア」

『間に合ってよかったよ。ヘルハウンド3、着陸する』

「もし間に合ってなかったら今頃俺達は死んでたかもしれねぇ。支援に感謝する、コブ。ヘルハウンドリーダー、アウト」

 

今度こそ、ひと仕事終えた。流石に疲れたな。

 

 

...にしても、連中がこの学校を襲うのは、なんでなんだろうな?




用語解説: ダスト・マザー
「塵なる母よ、どうか我らをご照覧あれ!」──カスカディア海兵隊ブラック・イーグル師団司令官 ファウスト将軍、AC432年6月2日、太平洋連邦マガダン地熱エネルギー施設“ベースステーション・ゼロ”空襲時

文明が焼き尽くされた世界には、新たな灯火が必要だった。かつての世界がそうであったように、人々が神を信じ、神を自らの灯火としたことに何ら驚きはなかった。
カスカディアの人々が信ずるこの女神は、「炎の書」によると、彼女こそが人々を塵より生み出した存在であり、また人々は最期に彼女の元に還るらしい。
ファウスト将軍に言わせれば、マガダンを凍えさせ、連邦を焼き尽くすことはダスト・マザーの望みであるようだ。
その存在は旧時代から広く信じられてきた神と、新たな神が融合したものである、とも言われる。
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