川を渡った烏と首なき天使   作:ガスマスク二等軍曹

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蓋をしても匂いは消えず

 高機動部隊発足から約1ヶ月後……

 

 あれから10を超える戦地に派遣され

 実戦経験をとにかく積ませた。

 

 理由は単純。

 戦場には戦場にしかない空気感がある。

 

 無線越しに聞こえる断末魔。

 目の前でほかのニケが殺られる瞬間を目の当たりにし

 死人と目が合う。

 極限状態ではコンディションを整えるなんて無理。

 

 それをどう克服するか。

 それはもう慣れるしかない。

 

 ただ気になる所もある。

 ここまでの間で同型のニケが目の前で殺される所は何度かある

 しかし翌日には案外どの子もケロッとしていたりするのだ……

 

 多分、十中八九……例のナノマシンだろう……

 正直な所、それは結構ありがたい誤算だった。

 

 自慢ではないが

 私はメンタルヘルスケアなんてものは出来ない。

 

 そうなってしまった時のために

 エアと話し合って考えていたが……

 

「大丈夫……? 模擬戦する?」

 と言うのしか浮かばない……

 

 最終的にここら辺は全部フェリーに投げつけることにした。

 

 そんなこんなで今日もお仕事である。

 本日の依頼は、最前線で苦戦しているニケたちの増援部隊だ。

 天気は良好。

 感度よし。

 

 さあ、みんな……仕事の時間だよ……

 

 

 

 

 

 

 

 市街地を覆う硝煙と炎の匂いが鼻を突く。

 崩れたビルの影に身を寄せながら、

 一般ニケたちは歯を食いしばりながら必死に射撃を続けていた。

 

 破損したシールドを抱えたまま前に出る者、

 膝を突きながらもトリガーを引き続ける者。

 

 疲労で視界がぼやけようとも、

 撤退の指示が下らない限り彼女たちは踏み止まる。

 

 誰もがわかっていた

 ──このままでは前線は崩壊する、と。

 

「弾、もう残り少ないっ!」

「くそっ、このままじゃ……!」

「リロード急げ……くそ! 撤退命令はまだか!」

 

 前線に配備された部隊長が吐き捨てるように叫ぶ。

 返ってきたのは、伝令担当のニケの掠れた声だった。

 通信機を背負い、砂埃にまみれた顔で。

 

「司令部からの指示です。

 ……各自、前線維持のため、

 一斉奮起……努力せよ……とのこと……」

 

 その表情は、絶望そのものだった。

 前線に立つ仲間たちが一斉に歯ぎしりする。

 ──上の連中は、何もわかっていない! 

 

 怒声を吐き出そうとした、その刹那。

 

 ひゅ、と空気が裂けた。

 部隊長格のニケが射線に顔を出した瞬間──頭部が弾け飛んだ。

 

「隊長──!」

 

 後方で潜んでいた狙撃型ラプチャーの弾丸。

 悲鳴が交錯する中、

 即座に副隊長が指揮を執ろうと身を乗り出した。

 

「落ち着け! 指揮は私が──」

 

 その言葉は、最後まで続かなかった。

 建物を貫く砲撃が炸裂し、

 副隊長の体は腕だけを残して四散する。

 

 伝令担当のニケが、耳を塞ぐようにして呻いた。

「……もう、ダメ……」

 

 その瞬間──頭上を切り裂く轟音が戦場を揺らした。

 

 轟音と共に銃声が鳴り響き、

 伝令担当が体を震わせながら敵がいた方向を遮蔽越しに見る。

 

 瓦礫を蹴散らして降下した彼女たちの姿は、さながら閃光。

 赤い残光を描きながら跳躍する影、地面すれすれを疾走する影、

 回避と同時に浴びせられる正確無比の銃撃。

 

 高機動部隊が到着したのだ。

 

「な、なんだ……速い! 見えない!」

「ラプチャーが……倒れていく……!」

 

 次々と撃ち抜かれていくラプチャー。

 あれほど押されていた前線が、瞬く間に逆転する。

 歓声があがり、崩れかけていた士気が一気に蘇った。

 

「援軍だ! 全部隊に通達! 援軍が到着!」

 

「私たちはまだ生き残れる!」

「見ろよ、ラプチャーが怯んでる!」

 

「あんな動きを見せる部隊なんてあったか!?」

「ネームド部隊だろう! ありがたい!!」

 

 

 

 後退しかけていた一般部隊が、再び前へと踏み出す。

 

 ──その歓声を、

 無線越しに拾った高機動部隊の面々は口元を綻ばせた。

「聞いた? 私たちのこと【ネームド】だってさ!」

「いいね、いいねぇ……!」

 

 高機動部隊が降下するや否や、戦場の空気は一変した。

 閃光のように飛び回り、跳躍し、空中から撃ち抜く。

 ラプチャーたちが次々に沈むさまは、もはや芸術だった。

 

「はっ、こいつら避ける気ねぇな!」

「ストライク、二枚抜き〜!」

「おい、数えるのやめろ、仕事中だぞ」

「はいはい、点数制にしたら私が一位だね~」

 

 無線回線に、場違いなほど明るい声が飛び交う。

 次々にラプチャーを撃破するたびに笑い声が漏れ、

 仲間同士の軽口に拍車がかかる。

 

「おい、

 さっきのやつ三人同時に狙ってただろ! ズルい!」

「戦場で“ズルい”とか言うなっての!」

「ははっ、じゃあ勝負は次の群れで!」

 

 気づけば、

 悲鳴と爆音ばかりだった無線に“笑い声”が混じり始めていた。

 後退しかけていた一般ニケたちも、

 その声に鼓舞されるように前へ踏み出す。

 

「すげぇ……あれが、高機動部隊……」

「勝てる……! まだ勝てるぞ!」

 

 誰かがそう叫ぶと、前線に小さな歓声が広がった。

 崩れかけていた士気が、

 まるで炎に油を注いだように一気に燃え上がる。

 

「……まったく、調子に乗りすぎ」

 口ではそう言いながらも、口元は笑っていた。

 すでに五部隊で十回以上の出撃をこなしている。

 軍の酷使にも耐え、手を抜くべき時は抜き、

 切り替えるべき時には即応する。

 

 そうした積み重ねが、この余裕につながっていた。

 残る課題は、

 突発的な事象や突発的な敵の出現、あるいは味方への対処

 ──その一点に尽きる。

 

 レイヴンは独り言のように呟くと、無線に入った。

<はいはい、そこ〜。油断しない。帰るまでが遠足だよ>

 

 一瞬の静寂。次いで、全員が吹き出すように笑った。

 

「聞いた? “遠足”だってさ!」

「やべぇ、大尉のツッコミ入った」

「帰りのバスで寝てたら置いてかれるやつ〜」

「バナナはおやつに入りますか~?」

 

 無駄口は消えない。

 だが、不思議とその笑い声は戦場を明るく照らし、

 誰もが動きを止めずにラプチャーを撃ち倒していく。

 

 笑い声が弾ける戦場。

 ラプチャーの群れは高機動部隊によって片っ端から撃ち抜かれ、

 前線の一般ニケたちもようやく息をつける。

 退避の声は消え、

 代わりに「押し返せるぞ!」という歓声が飛び交っていた。

 

「あとちょっとだ! このままいける!」

「弾倉の残り? 問題ない、ラストスパートだ!」

 

 高機動部隊も無線の向こうでふざけあう。

「これは私の勝ちだね~。帰ったら焼肉奢れよな〜」

「隊長! こいつまた点数水増ししてます!」

「……バカ、

 仕事終わったら焼肉どころか風呂も寝床も用意してもらえるさ」

 そんな軽口に、誰かが吹き出す。

 

 ──その瞬間だった。

 

 ズゥゥン……と大地が震えた。

 建物の窓がガタガタと揺れ、瓦礫が崩れ落ちていく。

 

「……地震?」

「いや……違う……これは……!」

 

 フェリー率いる第一部隊が状況把握のため、

 崩壊した高層ビルの中でも一番高い場所に飛び出す。

 

「レイヴン大尉……問題発生です。地中に何かがいます」

 

<分かるよ……来る……! 各自衝撃に備えて……>

 

 レイヴンが各部隊に指示する。

 ヤバいのが足元に居る。

 

 地鳴りが次第に強まり、地面にひび割れが走った。

 次の瞬間、地中を突き破って、巨大な影が姿を現した。

 

 高層ビルをも飲み込むほどの巨体。

 林立する触手が空を切り裂き、口腔部からは低いうなりが響く。

 その存在感だけで、戦場全体が凍りついた。

 

『──■■■■■■■■■!!!』

 

 不気味な振動音と共に、

 大型ラプチャーの全身から波紋のような

 コーリングシグナルが放たれる。

 

 散り散りになっていたラプチャーが、

 まるで操り人形のように一斉に集結し始めた。

 減っていたはずの数が、見る間に膨れ上がっていく。

 

 

「嘘だろ……もう弾なんて残ってないのに……!」

「撃ち続けろ! 撃ち続け……指揮は!? 誰の命令だ!?」

「司令部は!? 返答はまだか!?」

 

 混線した通信が飛び交い、命令は次々と食い違う。

 

「後退だ、前線を捨てろ!」

「馬鹿言え! まだ押し返せる!」

「いいから撃て! 誰でもいい、指揮を取れ!」

 誰の声も重なり、統制は完全に失われていた。

 

「来た来た……。予定外の敵襲……」

 表情には絶望感や緊張感なんてものはまるでなかった。

 笑っていた。

 

 このまま、あの子達に任せるのもありだけど……

 まずは私があの個体の情報を手に取って見るべきだよねぇ……

 

 一般ニケたちの列は乱れ、

 退却する部隊と立ち止まる部隊が入り乱れる。

 それを横目に、高機動部隊の無線が飛ぶ。

 

「はは……おいおい、笑えねぇ冗談だな」

「焼肉どころか、骨まで喰われそう」

「指揮は? ……あーもう、黙ってないでちゃんと指揮しろよ!」

「だろうね、あの連中が現場の声なんて聞くわけない」

 

 皮肉と苛立ちが交錯する。

 それでも彼女たちの動きは止まらない。

 冷や汗を垂らしながらも、銃声だけは絶やさなかった。

 

 そして我が指揮官であるレイヴンから指示が来る。

<各自、残弾を確認し防衛部隊の後退の支援。

 寄ってくる敵は迎撃しながら退避>

 

 その指示にフェリーが声を上げる。

「しかし! タイラント級は接敵次第、殲滅は絶対です。

 このままの後退は司令部が許さないかと!」

 

 タイラント級というラプチャーは、

 存在するだけで戦況がガラリと変わる。

 ゆえに現在できること

 ……それは、総当たりし玉砕覚悟で突っ込む事だけだった。

 

<大丈夫>

 レイヴンがフェリーの無線に応える。

 

 その言葉を聞きフェリーが若干の冷や汗をかく。

「大尉……まさか……」

 

 レイヴンがニヤリと嗤う。

<このままだとジリ貧……仕事も終わらないから>

 

<私があのでかいのを倒す>

<臨時指揮官はフェリーに代行。

 前線部隊を後退させつつ防衛ラインを再結成して>

 

「えっ!? 

 ちょ、ちょっと待ってよ大尉!? 

 わ、私が指揮なんて──!」

<猶予ないよ。できる、やる。はい決定>

 

 フェリーは絶句した。

 だが背後で、怯えきった一般ニケたちの目が彼女を見ている。

 逃げ場はなかった。

 

「っ……わ、わかった! やります! やりますよ!!」

 

 レイヴンは無言で親指を立てると、

 単身、巨体へ向かって駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一体が行く手を塞ぐように飛びかかる。

 その腹部をパルスブレードが一閃、

 火花と肉片を撒き散らして両断。

 

 死骸を足場に踏み抜き、

 跳躍と同時にアサルトライフルが火を噴いた。

 連射は一点に集中し、大型ラプチャーの左脚へ吸い込まれていく。

 

《レイヴン。

 大型ラプチャーの種類が判明しました》

 エアが戦闘中に語り掛けてくる。

 

《タイラント級と呼ばれる大型ラプチャー。

 その中でも大きい部類に当たる》

《識別名:ハーベスター》

 

《攻撃手段は大型ビーム及び投擲型の爆発物です》

《弱点はー》

 

 

『でか物なんてものは、足を壊せば脆いよ。

 それに、あれは見た目ほど硬くないし』

 エアの言葉を遮り、淡々とした声で答える。

 

『立ってるだけで偉そうにしてる。折れば、ただの的』

 大きさ的にもストライダーの小型的な感じ。

 足の脆さもストライダーの脚部よりも柔らかいと感じ、

 完全な下位互換と判断する。

 

《さすがですね、レイヴン。

 しかし……随分と戦い慣れているというか……》

《以前にも同じような個体と戦ったことがあるのですか?》

 

 あ、そうか。

 エアはストライダーのこと知らないのか……

 そこまで苦戦しない

 ……と言うか弱かったけど、余りの巨体で印象が強い。

 

『まあ、こいつの上位互換とは計2回戦ったかな?』

 三回目は護衛だったけどね……

 それもあっさりC兵器たちに壊されてたけど……

 

 背後から放たれた光線が空気を焦がす。

 振り返りもせず、腰のSMGを片手で乱射。

 追尾ビットが自動展開し、

 背後の狙撃型ラプチャーを正確に撃ち抜いた。

 爆散の衝撃を背に、レイヴンは一切減速せず突き抜ける。

 

 雨のように降る光弾──だが彼女は止まらない。

 壁を蹴って跳び、回避と同時に斜め上から撃ち下ろす。

 道を切り開くためだけの最小限の射撃。

 無駄は一つもなく、進路上の障害だけを正確に排除する。

 

 銃声が轟き、火花が散る。

 高密度の弾丸がハーベスターの脚関節を叩き、

 装甲が剥がれ黒煙を上げる。

 

『──グォォォォッ!』

 巨体が唸り、光線が空を薙ぎ払った。

 その閃光の後、レイヴンが潜んでいたビルが粉砕される。

 

「おいおい……大尉、マジで正気かよ」

「化け物vs化け物って、こういうのを言うんだな」

「……いや普通なら心配が勝つんだろうけど、あの大尉だしな。

 逆に安心感あるのが怖い」

 

 高機動部隊の無線に笑い混じりの皮肉が走る。

 だがレイヴンは耳を貸さない。

 さらに片脚、もう片脚へと弾丸を集中させ、

 爆発と共に巨体の支えを削ぎ落としていった。

 

 

 

 

 

 

 一方、防衛線の指揮を任されたフェリーは、

 震える手で通信機を掴んだ。

 耳の奥ではまだ、部隊長と副隊長の断末魔がこだましている。

 

「フェリー、やれ。お前しか残ってない」

 仲間の視線が集まり、喉が締まる。

 でも

 ──前を見れば、レイヴンが無謀にも巨体へ飛び込んでいた。

 

 その背中が、不思議と恐怖を拭い去った。

 

「左翼、退きながら撃って! 

 後衛は狙撃型を潰せ! 砲撃は遮蔽物を利用して散開!」

 

「し、しかし……誰の命令を──」

「私だ! 嫌なら弾薬運びでも何でもする!」

 

 思わず叫んだ声に、ニケたちはハッと動き出した。

 フェリーは慌てて続ける。

「前線維持は無理! 

 でも崩壊させなきゃ撤退もできない! 

 だから一発でも多く撃って時間を稼ぐの!」

 

 声は震えていた。

 だがその指示は確かに前線に届き、

 崩れかけた隊列が少しずつ立ち直っていく。

 

 銃声が戻ったのを見届け、フェリーは歯を食いしばった。

「……大尉が頑張ってるのに、腑抜けて見てるだけなら……!」

 ライフルを構え、彼女は前へ飛び出した。

 

「見るぐらいなら──私も撃つ!!」

 

 叫びと共に、アサルトライフルが火を噴く。

 銃口から迸った弾丸が、

 ラプチャーの装甲を穿ち、頭部を爆ぜさせた。

 

「フェリー!? 前に出るな!」

「黙って見てるぐらいなら死んだほうがマシ!」

 

 彼女は建物の陰から次の陰へと走り、

 ラプチャーを撃ち抜いていく。

 その姿に、後方のニケたちが一瞬息を呑んだ。

 

「……マジかよ、人間の指揮官でもないのに……」

「いや、あれは誰だって引っ張られるだろ……!」

 

 気付けば複数のニケがフェリーを追って駆け出していた。

 戦線は再び火を吹き、弾幕が厚みを取り戻していく。

 

 高機動部隊の隊員たちが

 いつものフェリーとは似ても似つかない姿に驚く。

 しかし、そこは流石の精鋭部隊。

 驚きながらも精密な連携と射撃を耐えさず続ける。

 

「ねえ、あれが所謂【火事場の馬鹿力】ってやつなのかね」

「あぁ!? んなもん知らねーよ! 

 ただまあ、初めてにしてはよくやってんじゃん!」

「脳筋のあんたが何でそうも偉そーなのよ!」

 

 フェリーの声が、無線を通じて響いた。

「全員! 前を向いて撃て! 

 大尉の背中を守れるのは私たちしかいない!!」

 

「「「「おう!」」」」

 

「ありゃ、相当ノッてんな……」

 

「私、速攻でバテるに100クレジット」

 

「なら私は、

 レイヴン大尉に絆されて最後まで指揮するに200賭けよう」

 

「そこ! 無駄口叩かない!」

 フェリーの声が無線に木霊してうるさい。

 

「「あーい」」

 

 気だるそうな声で答える隊員にほかの隊員も笑みがこぼれる。

 

 

 フェリーの無線での叫びに応えるように銃声が連なり、

 戦場が再び火を吹く。

 

 フェリー自身も先頭に立ち、

 遮蔽物に滑り込みながらラプチャーを撃ち抜き、

 迫る触手を弾き返す。

 

 アドレナリンが全身を駆け巡り、痛みを感じない。

 ただ、視界のすべてが鮮明で、

 引き金を引くたびに敵が崩れていくのが分かる。

 

「……やれる。私だって、やれるんだ!」

 

 いつの間にか、周囲の仲間たちが彼女に並び立っていた。

 戦列が厚みを増し、絶望的だった防衛線は再び踏みとどまる。

 

 だが、銃が空になった瞬間、膝が笑った。

 呼吸は荒く、腕は痙攣し、

 ボディスーツには細かな破損が無数に刻まれている。

 気付けば、血が頬を伝っていた。

 

「フェリー! お前……!」

 駆け寄った高機動部隊の一人が、彼女の肩を掴んだ。

 

「無茶しすぎ! 

 大尉から代理を受け取って頑張るのは分かるけど! 

 死んだらそれまでだよ!」

 

「そうだぜ!」

 別の隊員が、皮肉混じりに笑った。

「最初の授業で言ってたじゃん、大尉が」

 

 フェリーの耳に、大尉──レイヴンの声が甦る。

 

『いい? まずいと思ったら逃げる!』

『生き残れば次があるけど、死んだら、はいそれまで』

 

 その言葉が胸を刺す。

 フェリーはかすかに笑った。

「……そうだね。ほんと、バカだ私」

 

 彼女の体はボロボロだった。

 だがその戦いぶりは確かに部隊を奮い立たせ、

 崩壊寸前だった戦線を再び立て直していた。

 

「でも、まだ……まだ撃てる、わたしだって前に──」

 銃を握りしめたままフェリーは前に出ようとした。

 

 すかさず高機動部隊のひとりが、ぐいっと彼女の腕を引っ張る。

「はいはい。

 お嬢さんはお下がりくださーい」

 

「ーでも!」

 フェリーは抗う。

 だがその声はかすれていた。

 

「あんたが倒れたら今度は誰が指揮するんだ?」

 別の隊員が、軽口を叩きながらも真剣な目を向ける。

 

「私らは撃つのに慣れてるけど、

 部隊まとめるのは慣れてないんだよ。わかる?」

 

「そーそー!」と別の隊員が笑いながら肩を叩く。

「はいはい、指揮官サマは後ろに下がる下がる~。

 弾より貴重なんだからね?」

 

 フェリーは口を開きかけて、ぐっと詰まる。

 悔しさが胸を満たしたが、そのとき背中を軽く小突かれた。

 

「下に見られたんじゃ、アタシはすっごく怒るかんね?」

 にやりと笑う声に、周囲がわずかに和んだ。

 

「……っ」フェリーは唇を噛む。

 

 すると、さらに別の隊員がぼそりと付け足した。

「ま、ランキング中盤のヤツが指示してくんのは癪だけどねー」

 

「おいコラッ! 戦闘中に余計な一言!」

「だって事実でしょ~?」

 

 無線の中に笑いが広がり、

 冷や汗まみれの空気の中にもわずかな余裕が生まれる。

 フェリーは苦笑を浮かべ、ようやく銃を下ろした。

 

「……わかった。前線は任せる。私は後ろで指揮するから……」

 

「死なないでなんて言わないでね? それフラグだから!」

「死ぬのは性に合わないしね!」

「死んだら死んだで次のシミュで記録抜かれるしな!」

 

 掛け声とともに高機動部隊が散開し、

 フェリーは深く息を吸い込んで後方へと下がった。

 戦場を駆ける彼らの背を見ながら、彼女は思った。

 

 ──私が守るのは、レイヴン大尉だけじゃない。

 今はこの子たちの生きる道を繋がなきゃ。

 

 

 

 

 

 

 

 レイヴンは撃ち続ける。

 左脚、そして右脚へと銃弾を浴びせ、関節を破壊していく。

 ハーベスターが膝を折り、巨体が大地を揺らす。

 

 だが同時に、周囲の雑魚ラプチャーが一斉に彼女を狙い始めた。

 遮蔽物から吐き出される連射、

 屋根上からの狙撃、背後からは自爆型が迫る。

 

 レイヴンは地を蹴り、壁を蹴り、宙を舞う。

 跳ね上がった瞬間、

 背後から飛来する弾丸をブーストで横滑りし、

 迫る群れの腹部へ短射を撃ち込み爆散させる。

 

 建物の陰に滑り込むと同時に迫る別の群れを、

 銃口を振り抜きながら最低限の弾丸で排除する。

 

「数が多すぎ……! でも、足は折った。倒し切れば……!」

 

 だが背後から再び狙撃光。咄嗟に反転し、

 壁を盾に身を晒さず回避する。

 

 耳を劈く轟音、壁が粉々に砕け散る。

 飛び出せば蜂の巣。籠もれば押し潰される。

 

 短く息を吐く。

 その声は、不思議なほど落ち着いていた。

 

「……しょうがないけど、やってみるか」

 

『エア、行ける?』

《問題ありません。可能です》

 

 次の瞬間、

 彼女の背中ユニットが唸りを上げ、赤黒い光が迸った。

 

 脚部の装甲がガシャンと開き、

 隠されていた放熱機構がせり出す。

 

 片足二か所、計四つの突起が眩しく赤熱し、

 蒸気が吹き上がった。

 地面が揺らぎ、空気そのものが焼け爛れる。

 

 赤い粒子が舞い上がり、レイヴンの全身を包み込む。

 その姿は、爆心地に立つ炎の亡霊のようだった。

 

 圧縮されたエネルギーが限界に達した

 

 瞬間──

 閃光。轟音。衝撃波。

 

 世界が赤白に塗り潰される。

 半径数百メートルのラプチャーが、

 悲鳴すら上げる間もなく霧散した。

 地面は抉れ、建物は吹き飛び、

 熱風が防衛線の陣地をも揺さぶった。

 

 やがて光が収まった時、そこに残っていたのは赤く燻る焦土と、

 中心に立つ一人の影だけだった。

 

 眼前に居たハーベスターは、

 もはや虫の息であり、攻撃する機能はもちろん動くこと、

 そしてコーリングシグナルを出す機能ですら

 

 持ち合わせていなかった。

 

「──はい、さよなら」

 

 彼女は跳躍し、パルスブレードを振りかざす。

 刃が閃き、ハーベスターのコアを真一文字に切り裂いた。

 

 轟音と共に、巨体は崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 遠く、防衛ラインを再結成するため、攻防戦をしていた前線。

 轟音が遅れて響いた。

 遠くの空が赤白に染まり、ビルの影を透かして閃光が瞬く。

 

 フェリーは目を凝らすが、炎の中心までは見えない。

 

 ただ、

 迫り来ていたラプチャーの群れが、突如として動きを乱した。

 隊列は崩れ、喧噪が走る。

 規律を保っていた動きが瓦解し、

 蜘蛛の子を散らすように撤退していく。

 

 

「……勝ったの……?」

 震える声が漏れた瞬間──無線が入った。

 

<こちらレイヴン。

 仕事は終わったよー。

 繰り返す。仕事は終わったよー>

 

 その緩い口調に、フェリーの力が一気に抜けた。

 膝から崩れ落ち、地面に手をつく。

 安堵と疲労で、頬を伝うのは汗か涙か分からなかった。

 

 次の瞬間、防衛線に歓声が広がった。

「生き残った!」「勝ったんだ!!」

 一般ニケたちは互いに抱き合い、涙を流しながら叫ぶ。

 

 一方で高機動部隊の隊員たちは、

 息を整えながら皮肉めいた笑みを浮かべる。

 

「なんか、結局全部大尉に取られた感じするねぇ」

「あ? 当たり前だろ? あの大尉だぞ? 

 眼前に強敵みたいなのがいたら喉を食いちぎる勢いで突進する

 狂犬に今更なに言ってんだよ……」

 

<聞こえているよ?>

 通信越しでレイヴンが不服そうな声を出す。

 

「うわ、やべ」

 言葉を発した隊員が、冷や汗をかきながら反応する。

 

<あと、狂犬じゃなくて忠犬か猟犬にしてくれないかな?>

 

「あぁ……犬なのは認めるのね……」

 突っ込むところそこじゃないでしょうに……

 やはり我らが大尉はどこか狂っていらっしゃる

 ……やはり狂犬では? 

 

 別の隊員たちも通信越しに話す。

「……で? 決着ついたな」

「え? あー……

 私、速攻でバテるに百クレジット、だったよね……?」

 

「あぁ、そうともさ。

 そして私はレイヴン大尉に絆されて最後まで指揮するに二百。

 見事に的中」

 

「チッ、結局アンタの勝ちか。財布が軽くなるわ」

「ほら見ろ、最後までやり切ったじゃないか。

 ほら、笑って払え」

「……くそ、こういう時に限って強情なんだから……」

 

「その掛け金はすべて私がいただくね

 ……人のこと勝手に賭けやがった罰です」

 

「「えぇー……」」

 

 皮肉と軽口が飛び交い、乾いた笑いが漏れる。

 勝利の余韻は抑えられつつも、

 彼女らなりのやり方で安堵を分かち合っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勝利の報せが届いたのは、

 戦闘終了からわずか数分後のことだった。

 しかし第08観測基地のセルゲイ司令官、

 オペレーション担当者、

 そして映像をモニタリングしていた軍本司令部の面々は、

 歓声を上げるどころか血相を変えていた。

 

「映像を切れ! 記録媒体はすべて封鎖しろ!」

「……ですが、手遅れです。

 監視衛星に映っています。

 しかも外部回線にも──」

 

「くそっ……企業に嗅ぎつかれたか!」

 

 怒号が飛び交う中、誰かが叫んだ。

「あんなもんが付いているなんて聞いてないぞ!」

 

 確かに監督官が行った精密検査で、

 用途不明のユニットが背部装甲に格納されていることは

 報告されていた。

 

 だが、誰が──ニケの機体に、

 小型核兵器めいた兵装が積まれているなどと想像できただろうか。

 

 前線で投入された新型

 ──レイヴンの背部装甲から展開された用途不明のユニット。

 それが数百メートル四方を一瞬で焼き尽くす様子は、

 無慈悲なまでに鮮明に記録されていた。

 

 軍が、この事態を必死に隠蔽しようとする理由は単純だ。

 ──軍は「ニケ製造を行っていない」と、

 そう公言してきたからである。

 

 本来、

 ニケを製造できるのは以下の三社と、宗教組織系のV.T.Cのみ。

 

 エリシオン

 

 テトラ・ライン

 

 ミシリス・インダストリー

 

 詰る所、軍は顧客として三社からニケを買い取り、

 兵士として運用する立場にある。

 

 ラプチャーと戦うにはニケが不可欠。

 ──だが、その供給を握るのは企業側だった。

 結果として、軍の統制は企業に大きく依存し、

 勢力図は歪なものとなっていた。

 

 もし企業の機嫌を損ねれば、ニケの供給を止められる。

 そうなれば人類連合軍は瓦解し、企業が国家運営をも支配する

 ──軍が最も恐れていた未来だ。

 

 だからこそ軍は極秘裏に、

 企業に頼らずニケを製造・量産する研究を進めていた。

 

 だが軍単独では技術もノウハウも足りない。

 そこで白羽の矢が立ったのがV.T.Cである。

 

 V.T.Cは厳密には企業ではない。

 宗教組織「教団」の関連団体であり、

 医療や科学研究を担う組織だった。

 

 軍はこのV.T.Cと水面下で協同開発体制を築き、

 独自の研究所を設立。

 ついに量産型ニケの試作にまで漕ぎつける。

 

 ──そして、その研究所で生まれたのが

 レイヴンという異物だった。

 

 どこで工程を誤ったのか、今も調査中だ。

 だが軍は、その得体の知れぬ兵器を性急に戦場へ投入した。

 

 してしまった。

 

 公には

「V.T.Cが既存企業から買い取った機体を参考に開発した新型」

 と偽装し、第08観測基地に実験配備することで

 体裁を保とうとした。

 

 だが、

 お粗末な偽りのバックボーンも

 今回の作戦でそのメッキは一気に剥がれた。

 

 軍が企業の監督を外れて独自にニケを製造・運用している

 ──その疑惑を、否応なく突きつけてしまったのだ。

 

 軍本部は即座に「情報封鎖」を命じた。

 だがすでに遅い。

 

 ──その頃、三大企業は揃って緊急会議を開いていた。

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 暗転した会議室に浮かぶホログラムの影。

 互いの顔は映さず、ただ声だけが交錯する。

 

 最初に沈黙を破ったのは、

 軍需事業本部長を名乗る エリシオンの代表 だった。

「軍が……勝手に製造とはな…… 

 我々が独占的に担ってきた契約を反故にし、

 独自戦力を築くつもりか。

 これは秩序への反逆、主権の侵害だ」

 声は冷徹。

 だが言葉の裏には、他社の出方を探る気配が滲む。

 

 続いて口を開いたのは

 研究開発責任者の肩書を持つ ミシリスの代表 が口を開く。

「……しかし、あの熱量制御を見たはずだ。

 既存理論を逸脱した機構。

 もし解析できれば、兵器開発の主導権は完全にこちらへ傾く」

 

 響きはあくまで淡々。

 だがそれは中立ではない。

「技術は我が手に」と宣告するのと変わらなかった。

 

 営業統括役員を名乗る テトララインの代表 が

 食い気味に噛みつく。

 

「くだらない理屈だ! 

 市場が食い潰されれば、技術も利益も意味はない! 

 唯一の顧客が供給者になる──これは破産宣告と同じだ!」

 怒声。

 だがその激情すら計算ずく。

 場を揺さぶり、他社の腹を探ろうとする芝居に過ぎない。

 

 沈黙。

 互いの呼吸を測り、隙を突こうと構える。

 この場で同盟を結ぶ気など、誰ひとり持ってはいない。

 ──他の二社をどう出し抜くか、それだけが思考を占めていた。

 

「……奪うか」

「潰すか」

 

 吐き出す言葉は似通えど、

 三者の胸中に描く未来は、一つとして重ならなかった

 

 

 

 

 

 同日、軍本部は即決した。

 企業が動き出す前に、先手を打つ。

 

「レイヴン大尉を、ゴッテス部隊へ配属」

 予定されていた人事を、前倒しで強行する。

 

 そして発令と同時に、世論向けの映像が一斉に流れた。

 白い影──新型ニケ、レイヴン。

 戦場での勇姿を編集し、誇張された英雄譚として描き直す。

「人類の希望」「軍の新たな一手」

 プロパガンダの字幕が、

 大都市の街頭スクリーンを埋め尽くした。

 

「見た? 新型ニケだって……」

「ゴッテス部隊に入るらしいぞ」

「なら、勝てる……!」

 

 街に広がる声は、期待と安堵と、ほんの一握りの不安。

 だが映像は、それをかき消すように鮮烈だった。

 

 もちろん、企業側は即座に軍へ抗議を行った。

 だが、会議の末に導かれた答えは──

 

「軍の作戦を妨げはしない。

 その代わり、我々の依頼も受けてもらう」

 

 表向きは、それで収まった。

 だが、根本は何一つ変わらない。

 

 軍が産み落とした異物、レイヴン。

 その処遇を巡る選択肢は、依然として二つしかなかった。

 

 ──潰すか。奪うか。

 

 その存在は、均衡を崩す“火種”。

 覇権を掴む鍵であると同時に、他社を沈める刃でもある。

 

 だからこそ──

 互いに笑みを隠し、牙を隠し、腹を探り合う。

 次の一手を踏み出すのは、決して自分からではない。

 




やはり企業は企業だったのである
ニケの3大企業はもっと腹の探り合いをしていいと思うですよぉ…

ACの企業共を見習え!
え?その分ニケたちがもっとお労しいことになるって?

それがいいのでは?()

ニケ知ってる?AC知ってる?

  • ニケ知っている!ACも分かる!
  • エンター――テイメント!!(AC知らぬ)
  • 地上?…汚染されてるもんね(ニケ知らない
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