SNS拡散、法的問題の声も 専門家「軽い気持ちの“盗撮”が名誉侵害に」
電車内で高齢の男性がカツラを整える様子を撮影したとみられる動画が、SNS「X(旧Twitter)」に投稿され、炎上している。
投稿には「電車乗ってたら、100均のカツラで満足してるおっさんおって草」との一文が添えられ、動画は9日時点で90万回以上再生された。男性の顔ははっきり映っており、本人の了承を得ている形跡はない。
問題の投稿は瞬く間に拡散し、コメント欄には批判が殺到している。
「普通に盗撮だし、認知症かもしれない」「本人にとっては一生懸命のお洒落かもしれん」「晒して笑うほうがよっぽど恥ずかしい」「このお爺さんはネットの世界なんて知らないだろう。見なかったふりしてあげてほしい」。
動画を見た多くのユーザーが、撮影者のモラルを問う声を寄せた。
「肖像権侵害の可能性も」
今回のケースでは、明確な性的意図があるわけではないため、いわゆる「盗撮罪(性的姿態撮影等処罰法)」の直接の適用は難しいとされる。ただし、法律の専門家は「だからといって“問題なし”ではない」と警鐘を鳴らす。
都内の刑事事件に詳しい弁護士は次のように話す。
「公共交通機関内で、本人に無断で顔や身体の一部を撮影し、それをネット上で公開する行為は、肖像権やプライバシー権の侵害にあたる可能性があります。内容によっては名誉毀損や侮辱罪にも問われかねません。軽い気持ちで投稿しても、刑事・民事の両面で責任を問われるケースが増えています」
また、SNS上での「拡散」行為にも一定の責任が伴うという。
「投稿者だけでなく、動画を引用したり、侮辱的なコメントを付けて再投稿したりした場合も、共犯的な位置づけで損害賠償請求を受けることがあります。ネットは“誰も見ていない”場所ではなく、れっきとした公開空間です」
「笑いではなく、想像力を」
今回の動画には、男性が丁寧に髪を整える姿が映っている。投稿者はそれを「滑稽」と感じたのかもしれないが、多くの人々は「人としての尊厳を踏みにじっている」と感じた。
介護福祉の現場に詳しい専門家は、「高齢者の中には、外見を整えることで自尊心を保とうとする人が多い。認知症や加齢により判断力が衰えていても、“身だしなみを整える”ことは、その人にとって大切な行為」と指摘する。
「服を裏返しに着てしまう人を笑うようなものです。社会全体が“変な人を笑う文化”に慣れすぎている。そこにこそ問題があると思います」と語った。
鉄道会社も注視
編集部では、この動画が撮影されたとみられる鉄道会社にも取材を申し込んでいる。同社の関係者は「事実関係を確認中であり、現時点ではコメントできない」としている。
SNS時代、誰もが“発信者”となれる一方で、他者のプライバシーを容易に侵害できる環境にもある。
笑いのネタとして軽く投稿された一本の動画が、ひとりの人間の人生を傷つけることもある──。
インターネットの便利さと残酷さが、改めて問われている。
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