マガダンの英雄、先生になる   作:コルディアムに脳を焼かれた阿慈谷ヒフミ

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こっからは週1投稿を目安に頑張っていきたいなー(願望)


Protocol 1-10: Reservist Teachers

『着いたわ!』

『「シャーレ」部室の奪還完了。私も、もうすぐ到着予定です。建物で会いましょう』

「よし、大丈夫そうだな。ヘルハウンド、一旦D.U.新第1空港まで戻るぞ」

 

無事シャーレの部室となる建物は奪還できた。やはりあの高いビルだったらしい。ここまで航空支援を提供できたのはいいが、一旦空港に戻ってまたシャーレまで歩いてこないといけないのは面倒だな──そう思っていたが。

 

『その必要はないかと。連邦生徒会長は垂直離着陸機用のスペースを確保していたはずです。先生方の戦闘機...VX-23VTL、でしたか。確か垂直離着陸が可能と聞いていますが』

『...連邦生徒会長ってのは本当に何者だい?まるであたし達の事をまるまる見透かしてるみたいじゃないか』

「未来予知が出来たりしてな」

『ああ、知ってるぜ。確か...ラプラスの悪魔、だったか?』

All-Seeing Eye(全視の眼)ってか、ブッキー。まぁいい、着陸するぞ」

 

今日は驚かされることばかりだ。サンクトゥムタワーに上等な設備があると思ったら、仕事場にもVTOL用のスペースがあるなんて。俺は顔も知らない連邦生徒会長、あるいはラプラスの悪魔に心からの感謝をしておいた。

着陸体勢に入る。エンジンノズルを真下に偏向させ、リフトファンドアを開放、ホバリングする。そのままゆっくり推力を絞っていき...着地。普段よりも強い垂直方向の衝撃。若干慣れるのに時間がかかりそうだ。

俺に続き他の3人も、続々と着陸してくる。何気に初めての垂直着陸なのによくやる。向こうじゃ、その辺りの本格的な訓練はしてなかったからな...。そのうちやる、という時にこうしてキヴォトスに飛ばされちまった。

ヴィータにタラップを下ろしてもらい、地面に足をつける。厚い鉄板が敷かれた地面からの金属音がよく響く。

 

「全員降りたか?」

「ああ。思ったより着陸が簡単で驚いたぜ。機体が勝手にやってくれる」

「さすがイカロス・アーモリーズってとこだね」

「連中、俺みたいな土木の下請けには金払いが悪いからいいイメージは無かったんだが。技術は確かだな」

 

使い所が分からなかったVX-23VTLの垂直離着陸機能が、まさかこんなところで役に立つとは。機種転換は、ベストタイミングといえばベストタイミングだった。

 

「先生、早く行きましょう。首席行政官は地下に『とある物』があると言っていました」

「そうだな。さっさと向かおう」

 

ハスミに促され、シャーレの建物の中に入る。まだ真新しい建築特有のホルムアルデヒドの匂いが鼻をつく。

 

「デカい建物だね。あたし達のためにこんなビルを仕立てあげたのかい?」

「正確には、転用したという所でしょうか。元々連邦生徒会の、D.U.外郭部のオフィスにする予定だったのを、シャーレの部室に転用したのです」

 

コブの言葉に答えたのはリンちゃんだった。もう着いていたらしい。

 

「久しぶり、ってとこだな。大丈夫だったか?」

「久しぶり、といってもそこまで時間は経っていないですが。先生達の方も...大丈夫そうですね。早速地下に向かいましょう」

 

リンちゃんが俺たちを先導する。そして、地下に向かうエレベーターを呼んだ時だった。

 

「...?おい、なんでエレベーターが地下から上がってくるんだ?」

「え?そんなはずは...」

 

リンちゃんが狼狽える。見ると、確かにエレベーターの現在地を示すパネルは地下からロビー階へと上がってきていることを示していた。

 

「工事業者とかか?」

「いえ、竣工してからは、いくつか物を運び込んで以降誰も入れていませんが...」

「招かれざる客か。警戒しろ、ヘルハウンド」

 

ヴィータの声が俺達の間に緊張を走らせる。その場にいる、武器を持つ者全員の残弾確認の金属音が静かなロビーに響き渡る。しかし、ここに一つ大きな問題があることを、ブッキーは見逃さなかった。

 

「クソ、ドライバー、俺達は銃を持ってないぞ」

 

VX-23VTLに乗って飛んできた、俺やブッキー達は銃を持っていない。つまりここで銃を持ってるような奴にばったり会ったら終わりである。

 

「先生、私達の後ろにいてください。外からきた先生は、おそらく私達のように銃弾に耐えられはしないでしょうから」

「その通りだ。頼むぜ、モイラちゃん」

「モイラ、で結構ですよ」

 

エレベーターが到着する音が響く。ここから先は何がいるか分からん。地獄の釜、というわけだ。

 

俺達武器を持っていない連中をエレベーターの奥に押し込み、全員が乗り込む。地下へと向かうボタンを押すと、鉄の籠は俺達に通常の生活ではあまり感じることの無いであろうGをかけながら降りていく。無論、さっきまで戦闘機を乗り回していた俺達にとってはどうというものではない。

誰も喋ることのない、駆動音のみが響く空間ははっきり言って居心地が悪かった。

 

「着きました...気をつけて」

 

目的の階に到着したことを知らせる音が鳴り、リンちゃんがドアを開ける。ユウカを先頭にして全員が前へと躍り出た。

 

「...うーん......こ...が一.........のか......たく分かりま.........これ...は壊そ...も......」

 

暗い部屋の奥から微かに声が聞こえる。壊そうにも...だって?物騒なことを言う奴が紛れ込んだようである。

 

「クソ、杞憂に終わらなかったか。ヴィータの言う通りだった、警戒しろ」

 

一行は慎重に歩を進める。声の元へ、ゆっくりと。

 

声の主は──

 

「...ワカモ?」

 

怪しげな物体の前に立ってブツブツ物を呟いていたのは、さっき取り逃したワカモだった。その瞬間、俺達の周りの空間だけ、一気に温度を下げられたかのような錯覚に陥った。これは、俺自身の感覚じゃない。リンちゃん達の恐怖が伝播している。

 

「......あら?」

 

そんなことは露知らず、俺達に気づいたらしいワカモはこちらを振り返る。その仮面の下に隠された眼は、何を見ているのか...。

 

「あら、あららら......」

 

...おかしいな、なんか様子が変だぞ。一体どうなってる。

 

「......」

 

...あれ、もしかして見てるのは──俺?心無しか、目線が俺に向けられているように見える。この目線は──レース後のファンサービスやってるときに女のファンから向けられる目線、あれと同じ感じがする。

 

「あ、ああ...」

 

途端に声色が柔らかくなる。ワカモの様子に異変を感じたのか、リンちゃん達やブッキーらもだんだん怪訝な目線を向けるようになる。

 

「し、し......」

「...し?」

 

「失礼いたしましたー!!」

 

大声で叫んだワカモは、目にも止まらぬ速さで物体の前を立ち去る。

 

「あ、おい!どこ行く!」

「あちらは...非常階段です!」

「おい、追いかけんのか!?」

「...いえ、ワカモが先生を傷つける意思がないと分かった今、追いかける必要はないかと」

 

ハスミが冷静な思考をもって俺達にどうすべきかを指し示す。異論は無い。

 

「ハスミの言う通りだな。無事に目的地に着けたし」

「ドライバーの言う通りだな...なぁ、ライアン。お前、モイラちゃんを引っ掛けただけじゃなくて、あの仮面女も引っ掛けたのか?」

 

ブッキーが茶化す。ブッキーの発言を聞いたモイラの顔が、何言ってんだと言わんばかりに歪むのが見える。やっぱりモイラと俺は気が合いそうである。

 

「はいはい、女の子をナンパできなかった八つ当たりはやめな、見苦しい」

「ああ、あんたはいいぜコブ。既婚者だからな。俺なんかよ、彼女が出来てもすぐに振られちまうんだ。ギャンブルをするような人は無理ー、って。こっちは借金せずに資産運用もしながらやってるってのによ。無理なのはこっちだ」

 

今日1日だけで何度ブッキーの醜態を見てきただろうか。そろそろ数えるのもダルくなってきた。ナンパから始まり、リンちゃんに失言をしかけ、挙句の果てには女関係の愚痴ときた。こいつ、マジで地上じゃ減らず口が酷いな。

 

「ブッキー先生、愚痴をするなら壁に向かってしてください」

「ちょ、壁に向かってって」

「先生に、渡すものがあります」

 

リンちゃんグッジョブ。これは会心の一撃だろう。項垂れるブッキーを横目に、リンちゃんは俺達にタブレット端末を渡す。

 

「なんだこりゃ、タブレットか?」

「見りゃわかるだろ」

「ええ。これが、連邦生徒会長が先生に残した物。『シッテムの箱』です」

 

そう言ってリンちゃんが渡してきた「シッテムの箱」という名のタブレットを全員で覗き込む。

 

──その名前には聞き覚えがある

 

「普通のタブレットにみえますが、実は正体の分からない物です。製造会社も、OSも、システム構造も、動く仕組みのすべてが不明。連邦生徒会長は、この『シッテムの箱』は先生の物で、先生がこれでタワーの制御権を回復させられるはずだと言っていました」

 

一瞬頭の中によぎった何かは、それ(・・)の中身を認識する前にリンちゃんの言葉によって消え去った。

 

「私達では起動すら出来なかった物ですが、先生ならこれを起動させられるのでしょうか、それとも......」

 

そうは言っても、なぁ。ITエンジニアじゃない以上、こいつを無理やり叩き起こす方法なんぞ知らん。文字通り、今は「箱」となっているタブレットを覗き込んだ後、5人それぞれで目線を交わす。考えることは同じようだ。

 

「...では、私はここまでです。ここから先は、全て先生方にかかっています。邪魔にならないよう、離れています」

 

リンちゃんがユウカやモイラ達を連れて離れる。暗闇に包まれた地下空間には、治安維持軍人改め、先生が5人佇んでいた。

 

「そもそも、俺達って先生になっていいのかよ。先生になるってことはつまり、治安維持軍としての任務を放棄することになるだろ」

 

起動できるのか分からない箱を前に、ブッキーが零す。それは、俺達全員の心の中で隠し持っていた本心に違いなかった。

 

「クリスタル・キングダムからの指令は届かない。それに、学園都市キヴォトスをおそらく連邦は関知していないだろう。それはこのキヴォトスにとっても然り、だ」

 

ヴィータが呟く。

 

「ああ...。それに、少なくともここを統治する連邦生徒会からはちゃんとした地位を与えられてる。訳の分からん嵐に巻き込まれて、さらに本業外の事をやらされることにはなるが...根無し草よりは余程マシだ」

「ここ全体を相手に、5機で絶望的な戦争をするよりはまだ楽だろうね」

「決まったな。連邦に戻れるかは分からんが...それまで、ここで仕事をしよう」

 

ヘルハウンド隊の意思は決まった。ブッキーの方も...覚悟を決めたらしい。

 

「ドライバーがそうするってんなら、俺はついてくぜ。じゃあ初仕事は...このファッキン板を叩き起こすことだな」

 

俺は手元にあるタブレットを見る。とりあえず...ホームボタンを押してみる。

 

表示されたのは、抽象化された『S』の画面。

 

「起動...できたのか?」

「電源は入ったようだが...」

 

続いて表示された、ステータス画面。

 

 

《Connecting to Crate of Shittim...》

《システム接続パスワードをご入力ください。》

 

 

「パスワードだって?」

「そんなもの知ってる訳...知ってる、わけ...」

 

コブの語調がだんだん減衰していく。コブ。あんただって──

 

「...いや、我々は知っている」

 

ヴィータ、お前もか。ああ、そうだ。俺は──俺達は、知っている。

4人が覗き込む中で、俺はパスワードを打ち込む。クラウド保存がなかろうが、間違えることは無い。

 

 

......我々は望む、七つの嘆きを。

......我々は覚えている、ジェリコの古則を。

 

 

......。

 

接続パスワード承認。

現在の接続者情報は太平洋連邦マガダン方面治安維持軍隊員

ライアン・ジョナサン・ゴズリング: ドライバー

アンドレイ・カスパー: ブッキー

ジョアン・コルト: コブ

エリアス・フォン・ロマンスキー: ブリック

パトリック・ミルトン: ヴィータ

以上5名、確認できました。

 

シッテムの箱にようこそ、先生。

生体認証及び認証書生成のため、メインオペレートシステムA.R.O.N.A.に変換します。

 

 

「ここは...どこだい?」

 

新たに俺の目に映されたのは...教室。どこまでも続く青空と海。明るいその世界と対照的に、壁は崩され、机は積み重なっている。学ぶ者が去った教室...なのだろうか。ただひとりを除いて。

その1人は、机の上で居眠りと洒落こんでいた。

 

「Zzz...むにゃ、カステラにはぁ......いちごミルクより......バナナミルクのほうが......」

 

「...ぐっすりだね」

「ハイスクールの時の俺もこんなんだったぜ」

「よくそれでアカデミーを出れたな...」

「俺は要領がいいって評判なんだ。カジノでも仕事を覚えるのは早かった方だったしよ」

 

机に突っ伏した彼女は、俺達の会話を意に介さず、惰眠を貪っている。

 

「えへっ......まだたくさんありますよぉ......」

 

...埒が明かん。そろそろ起こすか。

俺は彼女の頬のあたりをつつく。

 

「うにゃ......まだですよぉ......しっかり噛まないと......」

 

ダメか。次は2回つついてみる。

 

「あぅん、でもぉ......」

 

「余程いい夢を見てるんだね。こういう時は、起こしたくなくなるのが親心ってもんだけど」

「分かるぜ。俺の息子も、昔こんなことがあった。写真に残してある」

 

コブとブリックが、親談義に花を咲かせる。しかし、俺はあいにく親ではない。起きてもらわなきゃ困る。今度は3回つつく。

 

「......うぅぅぅんっ」

 

ようやくか。うめき声とともに、体をむくりと起こす。

 

「むにゃ......んもう......ありゃ?」

 

寝ぼけ眼の彼女は、俺達を見ると、少しずつ目を見開いていった。

 

「ありゃ、ありゃりゃ......?え?あれ?あれれ?」

 

目を見開き、白黒させる。随分と大袈裟な反応だ。

 

「せ、先生!?この空間に入ってきたっていうことは、ま、ま、まさか...」

 

そう言って彼女は俺たち5人を交互に見つめる。

 

「ドライバー先生、ブッキー先生、コブ先生、ブリック先生、そしてヴィータ先生...」

「よく知ってるじゃないか。君は?」

「う、うわああ!?そ、そうですね!?もうこんな時間!?」

 

俺の質問に、またもや大袈裟な反応を返す。忙しい子だ。

 

「うわ、わああ?落ち着いて、落ち着いて......」

「深呼吸しな。ゆっくりでいいよ」

 

コブが今まで聞いたことないくらいの優しい声で語りかける。これが母性ってやつか。

 

「すぅー...はぁー...。ふぅ」

「落ち着いたかい?じゃあ、名前を教えてくれ」

「そうですね...。私はアロナ!この『シッテムの箱』に常駐しているシステム管理者であり、メインOS、そしてこれから先生をアシストする秘書です!」

 

目の前のこの子の名はアロナ、というらしい。シッテムの箱のメインOS、ということは...ここはシッテムの箱の中なのか。...待て。タブレットの中に吸われたってことになるじゃねぇか。

 

「あー、アロナ。つまり俺達は今...シッテムの箱に吸い込まれてる、ってことになるのか?」

「そういうことです!でも安心してください、ちゃんと元に戻れますから!」

 

そう言ってふんす、と胸を張る。...にわかには信じ難いが、そこまで言うからにはきっと戻れるのだろう。そうじゃなきゃ先生1日目にして俺達は情報生命体と相成ることになる。

 

「でも、嬉しいです!やっと会うことができました!私はここで先生をずっと、ずーっと待っていました!」

「ずっと寝てたわけじゃなくてか?」

 

ブッキーの言ったことは図星だったらしい。綻んでいた顔が赤くなる。

 

「あ、あうう......。も、もちろんたまに居眠りしたりしたこともあるけど......」

「たまに、ねぇ?」

「むー!可愛いアロナちゃんをいじめないでください!」

 

そう言ってアロナがブッキーをポカポカ叩いて抗議の意を示す。ブッキーの方はハハハ、と笑うだけだった。

 

「はいはい、そんくらいにしとけ。それじゃアロナ、これからよろしくな。ほら、ブッキーも」

「はいよ。悪かったなアロナ、俺からもよろしく」

「...むー。なんかはぐらかされた気がしますけど...。でも、そうですね。よろしくお願いします、先生!」

 

元気のいい挨拶だ。挨拶ができるのはいいことだ、小学校の教師も言ってたか。

 

「これから先、頑張って色々な面で先生のことをサポートしていきますね!ではまず、形式的ではありますが、生体認証を行います♪こちらの方に来てください」

 

アロナの言葉に従って5人で近づく。

 

「さあ、この私の指に、先生の指を当ててください」

 

そう言ってアロナが人差し指を差し出す。

 

「じゃ、まず俺から。ほら、仲直りの印だ」

 

最初に指を当てたのはブッキー。

 

「あのカジノ小僧がろくでもないことをしたら言うんだよ。あたしがキツく〆とくから」

 

恐ろしい言葉とともに、コブが指を当てる。後ろでブッキーが戦慄していたのが見えた。

 

「まったく、ブッキーにも困らさせられるが、コブの方も荒っぽいだろ。もうちょい大人しくするように言ってくれ」

 

ブリックが指を当てる。

 

「ヘルハウンド隊はどうしてこうもいちいち軍人らしくないのしかいないのか...。元が一般人だから当たり前といえば当たり前か。...これでいいか?」

 

おい、ヴィータ、その中には俺も含まれてるんだよな。冗談じゃない、まったく。

そして──

 

「これで認証できるのがすごいな。もう大丈夫か?」

「はい!これで5人全員の指紋認証が完了しました!」

 

無事全員の登録が完了する。指先に当てる、というのは中々ない体験だったが、にしても。

 

「まぁ、最近のモデルだと指紋認識なんて自動で1秒も掛からず終わるが...」

「ええっ!私にはそんな最先端の機能ないですよ!?」

 

俺の声にアロナが驚愕の表情を浮かべる。独り言のつもりだったんだけどな...。

 

「だ、大丈夫です!そんな機能なくてもアロナはお役に立ちますから!」

「...期待しとく」

「あーっ、その顔、全然信じてないですね!?良いですよ、これからその最先端のなんとかさんを見返してやりますから!」

「頑張ってくれよ」

「ムキー!」

 

怒れるアロナをなんとか宥める。うーん、これじゃ俺もあんまりブッキーのこと言えないかもしれない。

 

しばらくしてアロナを落ち着かせたあと、今の状況を話した。連邦生徒会長とかいうラプラスの悪魔が消えたせいで、サンクトゥムタワーをコントロール出来なくなり大変になっていること、その制御権を取り戻したいこと、諸々一切だ。

 

「なるほど...先生の事情は大体分かりました」

「そういう事だ。それと、連邦生徒会長について何か知ってることは?」

「私はキヴォトスの情報の多くを知ってはいますが......連邦生徒会長についてはほとんど知りません。彼女が何者なのか、どうしていなくなったのかも...」

「連邦生徒会長自身が残したのに、か。変な話だ」

「お役に立てず、すみません」

 

アロナの謝罪を見て、ブリックの方も「非難する意図は無かった。悪いな」とバツが悪そうに言う。

しかし、流石に自分でスーパーアロナと言うだけある。いいニュースもあった。

 

「ですが、サンクトゥムタワーの問題は私がなんとか解決出来そうです!」

「幸先良いな。早速やってもらおうぜ、ドライバー」

「ああ。じゃあ頼む、アロナ」

「はい!分かりました。それでは、サンクトゥムタワーのアクセス権を修復します!少々お待ちください!」

 

目を閉じたアロナは、そのまま微動だにしない。数秒か、数十秒か。そう長くない時間の後、再び目を開けた。

 

「サンクトゥムタワーのadmin権限を取得完了......。先生、サンクトゥムタワーの制御権を無事に回収できました。今サンクトゥムタワーは、私の統制下にあります」

「よくやった!」

「流石だね。こんなにちっちゃい子が、こんな大仕事が出来るなんて」

 

コブがくしゃくしゃとアロナをかきまわす。「や、やめてくださいよ〜」なんて言ってはいるが、傍から見ればまんざらでもなさそうだ。こうして見るとまるで仲のいい親子である。

しばらくコブに遊ばれて、アロナはようやく解放された。

 

「さて、と。今アロナの手の中にサンクトゥムタワーはあるんだな?」

「はい。今のキヴォトスは、先生の支配下にあるも同然です!」

「マジか。あたし達最高執政官みたいなもんじゃないか」

「先生が承認さえしてくだされば、サンクトゥムタワーの制御権を連邦生徒会に移管できます」

「...逆に言えば、承認しなければここは俺達のもんだ」

 

ブリックの言ったことは、恐ろしいが事実だった。やろうと思えば俺達5人がキヴォトスの支配者になれる。だが──

 

「...カジノで色んな人間を見てきた立場から言わせてもらうぜ。権力、金、ツキ。そういうのに満たされた奴ってのは、大抵全能感に支配される。そういうのを俺は『酒に溺れる』って呼んでるんだ。『酒』が抜けたらおしまいだ」

「──『酒』が抜けた奴は具体的にどうなるんだ?」

「言う必要があるか?単純だ、破滅する。出来た人間は支配されずに正気を保てるが...俺達がそうである保証なんて、どこにあるんだ?」

 

いつになく真面目な顔つきのブッキーが俺達を見渡す。その目は、俺達の中まで見透かすようだった。

 

「...そういう訳で、俺としてはさっさと連邦生徒会に権限を投げつけとくべきだと思う。出来た訳じゃない人間が、酒に溺れずに済む根本的な解決策はただ1つ。そもそも酒を入れないことだ」

 

そう言ったブッキーの横顔は、どこか哀愁を漂わせていた。カジノで破滅してきた人間に思いを馳せているのだろうか。

 

「俺としてもお前に同意する。ヘルハウンド、どんなものであれ、権限とは持つべき者のところに帰ってくるべきものだ。これ然り」

 

ヴィータも同意する。元から自分らで権限を独占する気は無かったが、改めてそれが間違いではなかったと認識した。

 

「だな。アロナ、連邦生徒会へ権限を移管してくれ。この腐った状況を一刻も早く元に戻そう」

「分かりました。これよりサンクトゥムタワーの制御権を連邦生徒会に移管します!」

 

アロナがそう言うと、途端に意識が落ちるような感覚に襲われる。

 

 

次に覚醒したのは、元の部屋...シャーレ地下だった。

 

「......はい。分かりました」

 

リンちゃんの声が聞こえる。声の方を見ると、彼女がこちらに来るのが見えた。

 

「サンクトゥムタワーの制御権の確保が確認できました。これからは連邦生徒会長がいた頃と同じように、行政管理を進められますね」

 

目を瞑ったリンちゃんは、俺達に向けて頭を下げた。

 

「お疲れ様でした、先生。キヴォトスの混乱を防いでくれたことに、連邦生徒会を代表して深く感謝いたします」

「頭を上げてくれよ。やるべきことをしたまでだ」

「そうだぜ。ブリックの言う通りだ。こんな仕事がこれからもあるんだろ」

 

ブッキーの言葉に、リンちゃんはなにか思い出したような顔をした。

 

「そうでした。ついてきてください、連邦捜査部『シャーレ』をご紹介いたします」

 

俺達5人、それとユウカ達はリンちゃんについて行き、エレベーターに乗って1階に戻る。

 

「ここがシャーレのメインロビーです。ユウカさん達はここで待っていてください」

「分かったわ」

 

ユウカ達をロビーに待たせ、リンちゃんについて行く。

 

「ここがシャーレの部室です。長い間空っぽでしたけど、ようやく主人を迎えることになりましたね」

 

その部屋には、天使の輪をモチーフにしたマークと「SCHALE」の文字か書かれたルームプレートがあった。「近々始業予定」と張り紙がされた部屋が、今の今まで俺達を待っていたことを示している。

ドアを開けると、まさに引っ越したばかり、という様相を呈していた。段ボールのいくつかは荷解きがされていない一方で、中身が空の棚や、5人分のパソコンのみが置かれた机が、一人暮らしを始めた頃を思い起こさせる。

 

「この部室で、先生のお仕事を始めると良いでしょう」

「オーケー、じゃあなにをすればいい?」

 

リンちゃんがブッキーの問いかけに困ったような顔をする。仕事がない、なんて言う気じゃなかろうな。

 

「......シャーレは、権限だけはありますが目標のない組織なので、特に何かをやらなければいけない......という強制力は存在しません」

 

その言葉は全員を驚かせるのに十分だった。

 

「マジか。権限があるだけで目的が宙ぶらりんなんて、実質何をやってもいいってことじゃねぇか」

「ええ。また、キヴォトスのどんな学園の自治区にも自由に出入りでき、所属に関係なく、先生が希望する生徒たちを部員として加入させることも可能です......」

「面白いじゃないか。捜査部とはいいつつ、特にそれが目的じゃない」

「その部分に関しては、連邦生徒会長も特に触れていませんでした」

「とにかく、このシャーレで活動する以上、キヴォトスは俺達の庭も同然って訳だ」

「そういうことになります。詳しいことについて聞きたくても、連邦生徒会長は行方不明のまま。私たちは彼女を探すのに全力を尽くしているため、キヴォトスのあちこちで起こる問題に対応できるほどの余力がありません」

 

連邦生徒会長がいなくなって山ほど問題が起きてるのに、肝心の連邦生徒会はそいつ探しに躍起、というわけだ。今のところ、誰も解決できる状況にない。──俺たちを除いて。

 

「だいたい分かったぜ。要は連邦生徒会の代わりに面倒事を解決しろって話だろ」

「...たしかに、今のところ時間が有り余っている『シャーレ』なら解決出来るかもしれないですね。支援物資の要請、環境改善、落第生への特別授業、部の支援要請などなど...。先生の机の中に、そのあたりについての書類は入れてありますので、お読みください」

 

そう言うと、リンちゃんは部室を出ていった。おそらく、そう遠くないうちにまた彼女の世話にはなりそうだが。

 

 

「...ええ、あとは担当者に任せます」

 

ロビーに置いてきた5人の様子はどうかと見に行ってみると、各々が連絡をかけているところのようだった。

 

「こっちの用事は終わった。そっちは?」

「あ、先生。お疲れ様でした。先生の活躍はキヴォトス全域に広がるでしょう。すぐにSNSで話題になるかもしれませんね?」

「はぁ、冗談はよしてくれ。あまり目立つのは好きじゃないんだけど」

「有名税ってやつだ、コブ。こうなった以上は諦めな」

「私からすれば、有名って時点で羨ましいですよ。どうであれ、誰も自分を知らないなんてほうが悲しいですから」

「無駄に目立つくらいなら誰にも知られない方がマシさ、モイラ...」

 

コブの、明らかに気怠げな雰囲気に皆苦笑する。まぁ普段も家からあまり出ないタイプとは言っていたしな。

何はともあれ、こうして仕事場を奪い返し、あのクソデカタワーもこちらの手の中に取り戻した。ひとまずは一件落着だろう。

 

「まぁ、とにかく全員おつかれさん。ここで一旦は解散ってことになるのか?」

「ええ。これでお別れですが、近いうちにぜひ、トリニティ総合学園に立ち寄ってください、先生」

 

ハスミとスズミが頭を下げる。わざわざ頭を下げることでもないと思うが、まぁ近いうちに寄れれば寄ろう、と心の中にメモしておく。

 

「私も風紀委員長に今日のことを報告しに戻ります。ゲヘナ学園にいらっしゃった時は、ぜひ訪ねてください」

「ミレニアムサイエンススクールに来てくだされば、またお会い出来るかもしれませんね。では、また!」

「私は基本空港にいるので、何かと顔を合わせることもあるかもしれませんね。私もそろそろ寮に戻ります」

 

全員がそれぞれの帰るべき場所に戻る。彼女達とは、またそのうち会うことになりそうだな。

 

「...ん?」

「どうしたんだ、ドライバー」

「なんだか、どこぞの野郎が俺の事を噂してたような...」

「気のせいだろ。それともあの狐...ワカモがお前のこと考えてるのかもな?」

「やめてくれ、対地ミサイル食らってまともに動ける奴に目をつけられたらたまらん...」

 

一抹の不安を抱きつつ、俺達は部室へと戻った。

 

 

「あはは......なんだか慌ただしい感じでしたが、ある程度落ち着いたみたいですね。お疲れ様でした」

「お疲れ様を言うのはこっちのほうだよ、アロナ」

「そうだな、今回の立役者はアロナだ」

「ありがとうございます!でも、本当に大変なのはこれからですよ?これから先生と一緒に、キヴォトスの生徒たちが直面している問題を解決していくのです......!決して簡単ではない、とても重要なことです」

 

そうだな、と改めて気合いを入れる。教職なんてのは全くもって専門外だが...こうなったからにはやるしかねぇ。

 

「それではキヴォトスを、シャーレをよろしくお願いします、先生」

「よろしく頼む」

「期待してるぜ」

「頼んだよ」

「信じてるぜ」

「補佐は頼む、アロナ」

 

こうして、太平洋連邦マガダン方面治安維持軍ヘルハウンド隊──改め、連邦捜査部「シャーレ」としての俺達の活動が幕を開けた。




兵器解説 MAR-30
太平洋連邦、マガダンの制式採用ライフル。AC430年に採用されたばかりの新型銃。6.8mm PACFED弾を使用する。基本は20発装填のマガジンを使用し、オプションでさらに大容量のマガジンも使用可能。
カウンターウェイトにより6.8mm PACFEDの大反動を著しく小さくする。
バリエーションに、基本の14.5インチバレルのA型、10インチバレルのカービンモデルのC型、8.75インチバレルでバレルをクイックデタッチメント化したサバイバルキット用のS型がある。
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