この基地に配属されて私の動きを学びたいと言い出した子たちの
指導を開始して数週間になる……
正直言って予想外の学習能力高さにびっくりしてる。
最初の数日ではブースト移動ですら悲鳴を上げながら
右往左往してたのに
今じゃ……
「クイックブーストをもっと小刻みにしてみたらどうだろ?」
「自爆型のラプチャーだったら避けるだけでいいけど、
ラプチャーの掃射をかいくぐるってなるともう少し推力
ほしいよね」
「市街地戦だったら建物を遮蔽にして行けるけど、
何もない所で接敵しちゃったらって考えると確かにね~」
「やっぱり速さ……空力をもっと学ぶ必要がありそうね……」
適応能力が凄まじ過ぎて若干引くレベル……
え、量産型の子たちが短時間でここまで戦力増大できるのに
何で勝てないの!?
今じゃ互いに情報共有して独自の回避訓練までしちゃうし……
えぇ……なにこれ……
《軍の前時代的な指導が足枷になっていたという事なんでしょう》
『ベイラムが人海戦術に固執しちゃうのもそれが原因なのかな……
……って今じゃ思っちゃうよ』
でも、だからと言ってこの状態で戦わせる訳にはいかない。
まだまだ粗削りな感じが否めない。
アリーナランクで言うなら……まだランク圏内ですらない?
《ドラック中毒者よりも下……ですね》
エア……
私が敢えて言わないようにしていた言葉を言うのってどうなの?
さすがに目の前で頑張っている子たちに
「君たちはまだ
【自称:無敵マン】と思ってるドラック中毒者よりも弱い!」
なんて言わないよ……。
でもこのままいけば、
あと数ヶ月でG6レッドぐらいの実力にはなるのかな?
内心すごくワクワクしている自分がいる。
これを言うと凄くヤバい奴になるのだが、
自身で育てた子たちと1v1で戦いたい。
絶対面白いだろうなぁ……
《バトルジャンキーが過ぎますよ……レイヴン》
エアにだけは言われたくない。
そんなことを思っていると後ろからブーストを吹かせたニケが
私目掛けて体当たりしてきた。
勿論クイックブーストで避ける。
避けた着地地点に別のニケが訓練用のペイント弾を撃ち込もうと
して来たので後ろで白兵戦に持ち込もうとする
もう一人のニケの肩を持ち前に押し出す。
ペイント弾は私と強制的に入れ替わりとなった
ニケの顔面に直撃。
体当たりしてきた子はクイックターンが出来ず
そのまま壁に激突。
残ったペイント弾が装填された銃を持つ子も
真正面で私と対峙した段階で諦めたのか両手を上にあげ
降参の意志を告げる。
そう。
シミュレーションルームでの訓練中は常時、
私との戦闘も可能としている。
勿論奇襲オッケー。
さすがに訓練以外でもオッケーにすると休めないし
自身のアセンの組み合わせ考察もできないので、
訓練中のみにしている。
のだが、
「これで何回目よ……」
そう、私への攻撃および奇襲も受付可にした時から、
毎日のように襲ってくる子たちが何人かいるのである。
まさか、毎日来るとは……
練習にもなるしと思ってのアイデアだったが、
今になって撤回したい気持ちが強い。
「集団で行けば勝てると思ったのに!」
「というか何でそんなに瞬発力と感知能力が高いのよ!」
「何で後ろ居るってわかるんですか!」
そんなこと言われても……
目のギラつきとアイコンタクトでわかるよ。
見え見えだったし。
「集団で行くのは悪くないと思うけど……まあ、頑張って……」
敢えて言わないが、3対1は何度かあったし……
ほぼ感覚なところが大半だから変に教えれないんだよね……
これはもう場数を踏めとしか言えない……
「さて……と」
襲撃を難なくこなした所で、元の方向に体を向ける。
その先にはフェリーがペイント弾を持って待機していた。
その顔は不満ありと言ったような感じで私の行動を見ていた。
「ん? なに? どうしたの」
私が疑問を投げつける。
この訓練が始まった際、フェリーは反対派だった。
だが、周りの子たちがどんどん参加していくのを見て
あれよあれよとフェリーも空気感に負け強制参加。
今ではいやいやながらも自主的に参加してくれている。
無理くり誘っては嫌だなと思い参加してくれている理由を
聞いたら「少尉がまた何かやらかさないかの監視です」
とバッサリ言われた。
私ってそんなに子供なのかな……。
《子供……と言うより、危なっかしい人判定ではないでしょうか?》
それって実質子供なのでは?
怒るぞ?
私も怒る時は怒りますぞ?
まあ確かに以前報酬云々で司令官に直談判しに行った時は
我ながら申し訳ないと思ってる。
実際、イグアスが小遣い稼ぎにコヨーテスの増援要員として
依頼を受けていたことだって、基本給料に加えて
「追加報酬がない」事が軍として当たり前とするならば、
納得がいく。
でもなぁ……報酬無いのはなぁ……
COAMを報酬として貰わなくてもせめて武器購入時の権限とか
あれば満足するんだけどなぁ……
そんなことを思っているとフェリーが心底呆れた顔で
「いえ……相変わらず気持ちの悪い動きだなぁ
……っと思いましてね」
エアといいフェリーといい。
言い方がストレートすぎるんだけど?
というかフェリー……それ普通に悪口だからね?
泣いていい?
私はフェリーの専属インストラクターとして動いている。
フェリーは凡人と言っているけど、
凡人が一番長生きするんだぞ?
現在はブーストを吹かしながら撃つ練習を行っている。
フェリーも学習能力は凄まじいので、覚えるのが早い。
私が教えているというのもあってか、ブーストの使い方は
一番いいのではないかな?
「んじゃ。始めるよー」
そうして今日も私直伝の訓練が開始される。
一応、上官じみた行為を行っているので、
司令官へ週一の報告は行ってる。
めんどくさいけど……
【第08観測基地・戦術会議室】
同時刻……
「──もう我慢ならん!」
長机を叩く音が響き、会議室の空気が一気に張り詰めた。
一人の上官が立ち上がり、怒声をぶつける。
「レイヴンとか言うニケが来てから訓練も規律も崩壊!
朝の点呼すらまともに行わない部隊など前代未聞だぞ!」
別の上官も唾を飛ばす勢いで続けた。
「挙句、我々の指導力を真っ向から否定した!
“戦えないなら上官やるな”だと……これが本部に伝われば、
我々の立場はどうなると思っている!?」
怒声の飛び交う中、部屋の隅、無言で座るセルゲイ司令官は、
深く椅子に腰掛けたまま眉間を押さえていた。
冷静を装いながらも
胃の奥が焼けるような不快感が広がっていく。
軍組織の根幹もわからん馬鹿どもが……
罵声が飛び交う。
愚痴というより八つ当たりに近い。
少尉が着任して数週間……
【自由行動を認め、遠隔監視とする】
軍からの通達通り、ある程度の自由を与えたが……
ニケになる際のプロパガンダがここで裏目になるとはな……
【英雄】だの【正義】だのを掲げた結果がこれだ。
挙句には成功報酬を要求してきた。
結果として何かに納得したのか引き下がった為、
あの時の発言は不問とした。
が、一体どのような環境に居れば軍と傭兵を混同するのか……。
目の前で繰り広げられる意味のない議論と思い出した
レイヴンの報酬要求が頭痛となって襲ってくる。
会議ですらない私念の応酬……
そこへ、ドアを叩く音と共に観測班の声が割り込んだ。
「無礼を承知で報告します! 戦略地域F-7にラプチャー群を確認!
移動経路次第では、この基地方面に進軍の恐れがあります!」
一瞬場が静まり、すぐに別の上官が吐き捨てる。
「今の現状で出動できる隊があるか!?
このままじゃ、本部に“我々の管理能力不足”だと
責任を押し付けられるぞ!
誰のせいでこうなったと思ってる?」
「決まってんだろ、あの“問題児”だ!」
「ならばこうしよう!」
別の上官が提案する。
「どうせ口だけの戯言だ! 初陣は単独で出してやればいい。
あれだけ言うのなら一人でラプチャーを屠れるはずだろう?」
その発言に上官達は賛同の意を示す。
「そうだ! 失敗すれば“現場の混乱はあの問題児のせいだ”と
本部に報告できる。
我々の責任じゃないと証明できるんだ!」
「本部も納得するさ、データさえ取れれば──」
怒号が賛同の声に変わり、会議室の空気が“私刑会議”と化した。
バンッ──
机が揺れるほどの衝撃音。
「貴様ら……言葉を慎め!」
一瞬、全員が息を呑む。
司令官の低く鋭い声が室内を切り裂いた。
ゆっくりと立ち上がり、
怒気を押し殺した目で一人一人を睨め回す。
「軍の決定を何だと思っている」
会議室が静まり返る。
「アレは軍本部が“主戦力”として送り込んだ兵器だ。
その兵器を意図的に消耗させる判断は、
軍の指令に背くのと同義」
数秒の沈黙。
だが誰一人引かない。
「……しかし、このままでは部隊どころか、
我々の指揮系統そのものが問われます!
責任を取らされる前に手を打つべきです!」
「規律が壊れている以上、
現場の責任者としては動かざるを得ないのではないですか!?」
怒声が飛び交う中、セルゲイは無言で煙草の火をもみ消した。
「……やれやれ」
【現場の責任者】とはな……何を今更……
「レイヴン少尉を単独出撃させるべきです!」
「規律を乱す兵器など不要だ、
口だけだと証明してやればいいのです!」
「奴のせいで規律が乱れています、今のままでは被害が──」
「被害?」
セルゲイが鼻で笑った。
「……少尉が始めた訓練だったか?」
「確かに……訓練としては、やり方が気に食わん」
セルゲイがゆっくりと視線を巡らせる。
「兵士が兵士を焚きつける方法としては、
下の下だ。上官への反発を煽るなど論外だ」
上官たちが胸を張る間もなく、セルゲイは低い声で続ける。
「……だがな、時代が変わればマニュアルも変わる」
「これは、私も懸念していた事だが、
ラプチャーは貴様らの“教本通りの射撃”を待ってくれる
敵じゃない」
そう言って少尉から届いた基地内に居るニケ達の
戦闘ログをまとめたメモリを机に置きさらに言葉をつづけた。
「目が腐っていないなら、貴様たちも見たはずだ。
少尉が始めた訓練により生存率とそれに伴う撃破数が格段に
上がっている。
本来であれば生存率を上げれば撃破数は下がるのが
定石なのにだ」
事実を突き付けても顔を歪ませる上官達。
ここまで言っても分からんとは……
決まりだな。
「さらにニケの指導は、ニケがやる方が速い
──人間の兵士を訓練していたお前たちならわかるはずだ」
上官たちが一瞬言葉を失う。
「だというのに、貴様らのくだらんプライドで軍が提供した
主戦力を潰そうというのか。
支給された銃を床に叩きつけるとどうなるか分からんなら
今すぐブートキャンプからやり直せ」
言葉に刺々しさが混じる。
「し、しかしー!」
反論しようとする上官の一人を司令官は睨みつける。
「私に何度言わせる気だ。
軍が“兵器”として送り込んだものを、
貴様らのくだらんプライドで壊す権利はない」
言葉の端には怒気が滲み、冷たさが刃のように会議室を刺す。
しばし沈黙の後、彼は椅子に深く背を預けた。
「……だが確かに現場で使えるのは今、奴しかいない」
重い吐息が漏れる。
「戦場に感情は不要だ。派遣はレイヴン少尉、単独。以上だ」
誰も声を上げなかった。
“決定”という言葉が突きつけられたように、全員が硬直する。
セルゲイは無線端末を取り上げ、冷たい声音で告げた。
「本部に報告しろ。
──『第08観測基地、レイヴン少尉単独での
ラプチャー迎撃に出る』とな」
その横顔には怒りでも諦めでもなく、ただ戦場の道具を
どう運用するかを考える冷徹な軍人の表情があった。
◇◇◇◇◇
やっと……やっと実戦だ……!
長かった……
この瞬間のために、ずっとウズウズしてたんだから。
この初陣にすべてが懸かっている
実績を積んで目標達成……
ちなみに今の目標は、ゴッデス部隊に入る事!
しいて言えば、リリーバイスさんとお手合わせ願いたい!
報酬は諦めたけど、
階級を上げれば融通が利くらしいので頑張っていきたい。
エアに聞いた【出世する方法】には
上司のご機嫌伺いも必要って書いてあったけど……
まあ、実力でねじ伏せれば何とかなりますでしょう!
《そうですね。
実際、ウォルターもアーキバスに対して強気で行ってましたし、
問題はないでしょう》
え? そうなの?
そういえばウォルターが企業と交渉してるところ
見たことないなぁ……
……ウォルターが机叩いて企業を黙らせてるとこ、
ちょっと見たいかも……
というか何でエアが知ってるの?
《そこは……まあ、色々と》
……盗み聞きは駄目だよ? エア?
そんな他愛もない会話をしながら意気揚々と
ブリーフィングルームに入れば、
まず飛び込んできたのは上官たちの恨めしそうな目線。
加えて見知らぬ軍服組、それから白衣を着た研究員たちが数名。
険しい顔をしているのが大半だが……
一人だけやけにニコニコしている奴がいる。
あれはあれで怖い。
か弱い女の子に向ける顔じゃないよなぁ。
《か弱い……?》
……見た目はね?
軽く会釈をして中央の席に腰を下ろした瞬間、
わざとらしい咳払いが響く。
「……少尉」
あー、はいはい。
立ち上がってゆっくり敬礼。
「レイヴン少尉、出撃と聞いて参りました。
作戦内容の説明をお願いします」
一礼して再び座る。毎度思うけどさ、この儀式いる?
《形式美ですよ、レイヴン》
『単独任務なのに形式も何も……』
《それを言っては負けです》
図星だったか。
上官が作戦を説明し始める。
内容はシンプル。市街地に展開したラプチャー22体の殲滅。
自爆型5、通常15、指揮個体2。
対空火器なし、輸送はヘリ。
「ヘリは市街地の安全区域に着陸し、そこから──」
「着陸しなくていいよ」
私が口を挟むと、部屋の空気が一瞬凍る。
「ほら、私ブーストあるし。空中で適当に降りるから」
軍本部の誰かが眉を上げ、上官が言葉を失う。
その沈黙を破ったのは、例のニコニコ研究員だった。
「おおっ……空挺強襲!? それを見せてくださるんですか!?」
目を輝かせながら手帳に書き殴っている。
なんでこの人だけテンションが高いの。
隣の研究員が「危険では?」と小声で言ったが、
ニコニコ研究員には届かない。
もう一人、目つきの悪い研究員がじっと私を見ていた。
何を考えているか分からない目だ。
上官が咳払いして仕切り直す。
「……君がそう言うなら任せよう。ただし作戦は軍の指揮下だ。
勝手な行動は慎め」
「はーい」
気の抜けた返事に、誰かが鼻で笑う。
お偉いさんが来てるからって態度が変わるわけでもないのね、
と内心苦笑。
ブリーフィングは淡々と終わり、みんなが散っていく。
ニコニコ研究員が去り際に親指を立ててきた。
「降下の瞬間、ちゃんと記録撮りますからね!」
……なんの記録よ。
《レイヴン。すごく言いずらいことがあるのですが……》
エア……言わないで、大体想像がつくから……。
どこからともなく聞こえてきそうになる社交ダンスの掛け声……
頼むから違うといってくれ。
遠くから、ヘリのローター音が響き始める。
私は肩をぐるりと回し、胸の奥に芽生えた高揚感を押し隠す。
──やっと、【仕事】の時間だ。
◇◇◇◇
出撃して約一時間。
窓の外に市街地の輪郭が見えてくる。
崩れ落ちた高層ビル、焦げ跡が残る道路、
ラプチャーの爪痕が無数に刻まれていた。
<降下ポイントまであと30秒です>
<おっけー。ハッチを開けて!>
私の言葉に戸惑った搭乗員が隣と目を合わせ、頷き合う。
ヘリのハッチが開いた瞬間、
轟音と冷たい風が機内を切り裂いた。
眼下には灰色の街と、点のように蠢くラプチャーの群れ。
<高度3200メートルです。落下衝撃に備えてください>
内蔵された無線に搭乗員の声が響く。
<ありがとう。んじゃ、行ってくる>
私はハッチの手前で止まり、足を軽く揺らす。
<ご武運を、少尉>
搭乗員が安全確認を行い赤いランプが
降下可能の青いランプに変わる。
《さぁ、レイヴン。仕事を始めましょう》
エアの声が脳裏に響いた瞬間、
メインシステムが切り替わる感覚が背骨を伝う。
《メインシステム、戦闘モード起動……》
息を一つ整え、ハッチを蹴り飛ばすように
勢いよく降下を開始した。
突風が吹き抜け、眼下に広がる市街地が一気に近づく。
頃合いを見て
この世界では初めてのアサルトブーストを全開する。
轟音と共に体が一瞬で射出され、
HUDに記された速度計が500km/hを超えて振り切れる。
空気が顔面を削ぐように叩きつけてくるが、
そこは流石のニケボディ、風圧をモノともせず
私は一直線に敵群へと矢を引く。
《敵、前方2km圏内。通常型、前列展開中。
後方に指揮個体2体を確認》
エアのスキャンの結果が私の眼球に映し出され
隠れているはずのラプチャーも壁越しに探知され
シルエットが見える。
即座にAR2丁を敵方に向け戦闘態勢に移る。
この風圧にも微動だにしないこの腕部とボディ……
ACをそのまま人間サイズにした感じだね……。
接敵まで……残り1.5km
1km
800m
500m
《目標、自爆型を前衛に展開。気づかれました》
『逆にこの轟音で気づかないのはバカだよ』
自爆型5機が突っ込んで来るのを確認し
HUD内のレティクルに照準を合わせ引き金を引く。
通常出力で発射された火力が回避もしない自爆型に当たり
連鎖爆発が空中に花を咲かせた。
私は爆風をローリングで抜け、
加速を維持したまま敵陣へ突っ込む。
すると通常型の前に四脚型の指揮個体がパルス防壁を展開、
ガトリングをこちらに向ける。
《四脚型ラプチャー、左右にある二門のガトリング砲に注意を》
『四脚MTほど固いとキツいけどやってみますか!』
アサルトブーストの速度を乗せたまま
左手に持ったARを手放しブレードを起動させる。
が、切りかかろうとしたその時、
──奥の指揮個体が異様な光を放った。
「やば……!」
予期したように高出力に対するアラートが脳内に響き
クイックブーストを焚く。
直後、極太レーザーが空気を裂いた。
「レーザーキャノン持ちか!」
この世界にもレザキャあるの!?
いや、そりゃあるか……
チャージによる放熱で暫くは撃てないと判断し隙を見て、
再度推力を反転させて急接近。
四脚型の防壁にブレードを叩き込むと、
まるでバターを切るように本体ごと真っ二つ。
「えぇ……」
やわらかい……
ルビコンにある四脚MTの数割にも満たない
防御の薄さに一瞬驚く。
残りの通常型3機を射撃で落とした瞬間、
エアが冷静に告げる。
《レイヴン。
訓練時と違い、出力を通常に戻しているため放熱により
発射可能数が少なくなります。
注意を》
『具体的には?』
ブーストの噴射音を背に、銃口を敵へ向けながら問い返す。
《ARは30発、SMGは50発と認識していただければ》
『おっけー、じゃあ今のペースは維持できる』
倒したラプチャーが爆発し粉塵の中から、
別の通常型ラプチャーが群れで飛び出してきた。
『数多いなぁ……
こういう時、肩にグレネード欲しくなるんだよな』
ぼやきつつ、SMGを両手に展開しトリガーを撫でる。
赤い雨がビルの角を回った敵のセンサーを次々と貫き、
火花が散る。
その後、建物の壁を蹴って旋回、
アサルトブーストを半噴射で抑え、
速度を緩めず別の路地に滑り込む。
追いすがる数機が通路に集まった瞬間、
私は足元の瓦礫を蹴り上げて反転
「はい、まとめてバイバーイ」
ARに再度持ち替え、道路を縫うように走行しながら連射。
爆散するラプチャーの部位が宙を舞い、
ビルの壁に黒煙が走る。
それにしても……
爆散するラプチャーを見ながら考える。
余りにも柔らかすぎる。
装甲がMTと同じぐらい?
そんなものが集団で来ても
現在いるニケ達でもどうにかなるはず……
《敵、残り3体です》
『はやっ』
え?
もうそのぐらい?
加速して敵陣の奥へ飛び込むと、
残るはレーザー持ちと通常型2体だけ。
えぇ……
私そんなに撃った覚えないよ?
ブーストを切り替えて回避しつつ、2体を撃破。
残る指揮個体が再びチャージを始める。
私はアサルトブーストを焚き、正面から突っ込んだ。
レーザーが放たれる瞬間、
左にクイックブーストで回避し懐へ飛び込む。
瞬間、
二門の砲台を斬り飛ばし、最後に本体を斜めに両断。
楽しい時間はすぐに終わるとは良く言うが……
気づいた時には、あたりはすっかり静かになっていた。
《敵の全滅を確認。ミッション完了です》
えぇ……
『ちょっと待って、他にいない?
絶対隠れてるでしょ? え? 終わり?』
余りにも呆気ない……
味気ないともいうが、もっとこう……あるじゃん……
未確認の機体が接近してるとかさぁ……
《はい。周囲のスキャンも行いましたが敵影はありません》
『……ねえエア?』
《……?なんでしょう? レイヴン》
『今度からミッション終了後に「やったか」って言って』
《……。それに何の意味があるんですか?》
『いや、もっと敵が来ないかな……って』
《はぁ……。検討しておきます……》
久々のエアの溜息を聞き
ハッと我に返り無線を開く。
<……こちらレイヴン。ミッション完了……>
返答なし。
耳に届くのは自分の呼吸と、
戦場に落ちる瓦礫のカランという音だけ。
通信が切れてるのかと思って接続状況を確認するが、
接続表示は問題なし。
<……あれ? 終わったよ〜?>
<……もしもーし?
基地の皆さーん? お仕事終わりましたよー?>
少しだけ声を伸ばしてふざけ気味に呼びかける。
やっぱり沈黙。
<……え、無視? 初陣終わったのに無視ってヒドくない?>
そうぼやきつつ空を見上げると、
遠くで輸送ヘリが旋回して待機しているのが見えた。
一方その頃、ブリーフィングルーム。
誰もが無言だった。
モニターにはレイヴンの戦闘ログが映し出され、
弾道データと爆発波形が意味不明なレベルで並んでいる。
「……これ、本当に一人で終わらせたのか……?」
上官の一人が信じられないという顔で呟く。
司令官は額に手を当てたまま固まり、
オペレーターの女性が受信データを二度三度と確認しているが、
現実が受け入れられないのか指先が震えていた。
その場に漂うのは、
喉を鳴らす音すら憚られるほどの重たい沈黙。
……その沈黙を切り裂くように、
パチパチと軽快な拍手が一つだけ響いた。
「いやぁ……あははははっ……切った、切りましたよ……!」
ブリーフィングルームの端で、
例の研究員が狂ったようにメモを取りながら笑っている。
「時速500キロの加速からのブーストによる回避ですよ!?
誰が予測できますかこんな動き! 眼福ですぅ……!」
狂気じみた声に、
周囲の軍人たちは更に顔を引きつらせるだけだった。
ようやくオペレーターが通信を繋ぐ。
「レ、レイヴン少尉……
えっと、ミッション終了、確認……しました……」
声が少し震えている。
レイヴンは思わず首を傾げた。
<あれ? なんか声硬くない? 初陣成功だよ?
拍手ぐらい欲しいなー?>
「……基地の皆さん。
いえ、一人を除いて、まだ現実を受け止めきれていないようです」
<えぇ……>
静まり返った空気をぶち壊すように、
例の研究員がさらに声を張った。
「どうしたんですか!? 喜びましょう!
あんなにも素晴らしい成果を見せてくれたレイヴン少尉に
拍手を送るべきです!」
ブリーフィングルームには、
場違いな拍手の音だけが響いていた。
【おまけ:変人は奇人】
帰投直後、
さっさとシャワーを浴びようと思いそそくさと移動しようとする
私の耳に、やたらハイテンションな拍手と歓声が突き刺さった。
「ブラボーッ! ブラボ──ー!!
素晴らしいっ! いやはや、感動モノです!
この世の理を覆す奇跡を見ましたよ私はぁぁぁ!!」
……誰?
声のする方を振り向くと、
白衣のポケットから無数のメモ用紙をはみ出させた男が、
狂ったように手を叩いている。
その顔、笑ってるのに目だけが妙にギラついてる。
「……」
私は眉をひそめる。
あぁ……あのニコニコ研究員さんじゃん……
私の表情に気づいたのか、
彼はまるで今気づいたかのようにハッとして姿勢を正した。
「あぁぁぁ! いけません、自己紹介を忘れるとは……
私、VTCにて武器開発およびニケ制作を担当しております
ムラクモと申します。
お会いできて光栄っ……!
いや神聖っ……!
むしろ畏怖の念すら覚えますッ……!」
やばい人の匂いしかしない……
距離を取ろうと一歩下がると、
ムラクモはズイッと詰め寄ってきて手を差し出した。
「ぜひ! ぜひとも実験体になっていただきたい!!」
「……は?」
反射的に眉が吊り上がる。
「あぁぁぁ! いえいえいえ! 冗談ですよ!? 冗談冗談ッ!
貴方のような存在を実験体として扱うだなんて、
眩しすぎて罪深い!
まるで御神体を生贄に捧げるようなもので……
もし万が一、いえ百が一でも失敗すれば!
私はその場で自害致しますとも、えぇ!!」
私は呆然としながら首をかしげる。
「何かを信仰してるみたいだけど……ヤバい人?」
ムラクモは一瞬ポカンとした顔をしたあと、
胸を張って言い切った。
「何をおっしゃいます! 私は無神論者ですよ?
神なんているわけないでしょう!
そして研究員や科学者なんて大体が奇人変人ですよ?
何を今更……!」
「……」
私はしばし無言になった。
奇人変人ヤバい人って言う自覚はあるのね……
あとさっきまで御神体がどうのって言ってたじゃん……
「……じゃあ、私を無理くり捕まえて分解したら?」
試しに挑発してみると、ムラクモは青ざめて大声を上げた。
「なんと言うことを聞くんですか!
そんな真似をすればバチが当たります!
お天道様は常に見ているんですから!」
「神様、信じてるじゃん」
ジト目で突っ込む私に、彼は真顔で言い切る。
「神なんていませんよ? 私は無神論者です」
いや、さっき天道様が見てるって言ったよね?
バチが当たるって言ったよね?
……やっぱダメだこの人
「それよりも! えぇ、それよりもですねぇ……」
「今の、ブレードの射出方式をッ!
ぜひ! 拝見させていただきたい!
できれば解析もッ! さらに、構造もッ!!」
「お断りします」
間髪入れずに拒否。
どう考えてもヤバい人。
カーラとは別ベクトルのヤバい技術者……
即答した私に、ムラクモは肩をがっくり落として見せた。
が、その声色はまだどこか企んでいる。
「残念ですねぇ、えぇ、非常〜〜に残念です。
つい昨日、近接特化部隊の編成許可が下りましてねぇ……
あなたの武装を解析し、
まったく新しい近接武装を創り上げようと思っていたのですが
……お断りとは」
……ピタリと私の足が止まった。
「……近接……特化部隊?」
振り返ると、ムラクモの口角がニヤリと持ち上がる。
「えぇ、そうですとも。私はその武装設計の第一人者。
もし、もしレイヴン少尉殿がこのプロジェクトに参加し、
技術提供をしてくださった暁にはッ!
作られた試作品も、完成品も……ぜ〜んぶ!
無料で提供させていただきます!」
「ほう…………!」
さっきまでの警戒心が一気に吹き飛び、
代わりに目がキラッキラになっていくのが自分でも分かった。
「さらにッ!!!」
ムラクモは両手を天に掲げ、演説のように続ける。
「貴方の御神体にこの私が不用意に触れることこそ穢れ!
ゆえに今後開発されるあらゆる近接武装は、
レイヴン少尉殿が望まれる限り、限りなくッ!
限りなくご協力いたしますともぉぉ!!」
惹かれる……
すご──く惹かれる……
というかこの人、
今日初めて会ったそれも結構危険人物判定されている私に対して
いやにフレンドリーすぎる。
「……私のこと怖くないの?」
ムラクモは一瞬、
まるで「何を聞いているんだこの人は」みたいな顔をしたあと
ニカッと笑った。
「怖い? ハッ! 何をおっしゃるかと思えば!」
「神々しくて畏怖そのものという意味なら、
えぇ、該当するでしょう!
ですが、レイヴン少尉殿が仰られているような恐怖感は
ありませんね!」
私は小首を傾げたまま、彼の言葉を待つ。
するとムラクモは急に身を乗り出し、
恍惚とした顔で言い放った。
「あぁ! ですが!
死ぬなら私は、私が創り上げた兵器で死にたいですねぇ」
「逆に一番嫌なのは、
どこの誰とも知れぬ凡百の兵器で殺されること……
戦闘データを取られたようで、むかっ腹が立ちますとも!」
「ですが!! あなたになら殺されてもいい!
それほどのお方なのですよ? レイヴン少尉殿!」
「…………」
私はゆっくりと後ずさりした。
《様子のおかしい人です》
代弁ありがとう、エア。
どの世界線でもこういうたぐいの人っているんだなぁ……
ムラクモは一通りまくしたてたあと、
ふっと遠い目をして呟いた。
「ですが……あぁ、なんとも嘆かわしい……」
「え?」
私は眉をひそめ、思わず問い返した。
ムラクモは握りしめた手を胸に当て、
やたらと芝居がかった動きで続けた。
「なぜ……なぜニケは女性だけなのか……!」
「女尊男卑が過ぎます! 不公平にも程がある!」
「……はぁ?」
唐突な話題に私は思わず首を傾げた。
ムラクモは両手を広げ、天を仰ぐように声を上げた。
「だってそうでしょう!?
ニケになれば永遠に! 研究ができるのですよ!?」
「それに、自身で作った兵器を、自らの手で試せるのです!
これほど尊い行為が他にありますか!?」
……やっぱこの人ヤバいな、と内心でぼやく。
彼はそこでハッと思い出したように指を立てた。
「あぁ、そういえば!」
「ブリーフィングルームにいた、
あの目つきの悪い女性……いましたでしょう?
あの方こそ若き秀才、エイブさんです!」
「自身をニケにしてまで研究をするだなんて……
まるで私への当てつけではありませんか!?」
「彼女がニケになったと聞いた時、私は思いました……
あぁ、私は生まれながらの罪人なのだと……」
「……」
やがて気になって、私は素直に聞いた。
「……ねぇ、VTCってさ、奇人変人多くない?」
「多いですよ!」
ムラクモは即答した。
「そりゃあもう、尋常じゃない数が集まっています!
狂気と情熱の境界線でダンスを踊るような人ばかり!」
「でなければ、この地獄で兵器を創ろうだなんて、
誰が考えるものですか!」
私は半目になったまま、心の底からのため息をつく。
あぁ……なるほど。
じゃあこの人も例外じゃなくて、典型例ってことか……
そこへ。
「お前!! 勝手に接触するなと言っただろうが!」
突如現れたエイブが鬼の形相でムラクモの首根っこをつかむ。
「ちょっ、何をするんですか!?
あなたはいいかもしれませんが、私は老い先短いんですよ!?
このくらいいいではありませんか!!」
「黙れぇ!!」
ずるずると引きずられていくムラクモ。
私はポカンと見送るしかなかった。
……結論。やっぱりVTC、変人の巣窟だった。
研究員/技術者/科学者は変人って古事記にも書いてるしね!
※なお、AC世界のムラクモとはなんら関係はございません。生物兵器の実験はしてそう……
やっと登場!ニケ界で脳を焼かれた人続出のエイブさん!
初の戦闘パートでしたが楽しく書かせていただきました!
ただ、私自身、日常パートが好きすぎて戦闘パートは軽く読み飛ばししちゃう人なので、アンケート取ってみますかね…
戦闘パートが気に入って下すった方々がいれば…このまま続けちゃいまスぅ
お気に入り登録300件ありがとうございます!
こんなにも気に入ってくださる人がいるなんて…素敵だぁ…
感想もありがとうございます!
頂いた感想を何度も読み返している変態は私です。
ニケ知ってる?AC知ってる?
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ニケ知っている!ACも分かる!
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エンター――テイメント!!(AC知らぬ)
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地上?…汚染されてるもんね(ニケ知らない