マガダンの英雄、先生になる 作:コルディアムに脳を焼かれた阿慈谷ヒフミ
全般的にカスカディア人の愛国心には狂気も含めて涙させられる
「まったく、リンちゃんも強引なとこあるなぁ...」
サンクトゥムタワー飛行場を離陸した機内で独りごちる。VX-23でここまで飛んできたと言うのに、すぐまたとんぼ返りだなんて。しかも肝心の仕事場は大変なことになってると来た。まったく──
『うんざりだぜ...そうだろ、ドライバー?』
「...読心術か何かか?」
『やるじゃないか、ブッキー。カジノにいると客の心も読めるようになるのか?』
『そういう訳じゃねぇぞ、おっさん。俺とドライバーは相棒だから心が通じるんだ...な、ドライバー?』
「一方的な考えだ、と言ったら?」
『マジか、俺は本気だぞ』
思いのほか本気で驚いているブッキーに冗談だ、と付け加えてやる。まぁブッキーが世話の焼ける奴なのは違いないが、相棒なのもまたその通りだ。2番機であることも、歳が近いのも、理由は様々だ。ここで大切なのは、俺達ヘルハウンドは簡単に切れない絆で結ばれている、という点である。チームワークは何においても大切だ。レースしかり、戦場の空しかり。
言うまでもないが、チームメイトにはヴィータも含まれている。今1番大変なのはヴィータだろう。通信のひとつでも入れてやる。
「こちらヘルハウンド1、ヴィータ、そっちは大丈夫か?」
『ああ。管制コンソールの電源は全て切ってある。普通の旅客機に比べれば乗り心地は悪いだろうが...彼女らには耐えてもらわんとな』
そう、今ヴィータの機体に乗っているのは本人だけではない。リンちゃんを始めとした生徒5人。
連邦生徒会首席行政官にして現生徒会長代行、七神リン。
ミレニアムサイエンススクールの生徒会、セミナー会計の早瀬ユウカ。
あのイカれた格好──失礼、特徴的なファッションセンスをしている、トリニティ総合学園の正義実現委員会副委員長の羽川ハスミ。
ハスミと同じトリニティ総合学園の自警団の守月スズミ。
そして、ゲヘナ学園風紀委員会の火宮チナツ。
以上5名が、人が乗るという理由でヴィータのFC-8に乗っている。俺達の機体を見た時、みんなして真っ赤な機体塗装を見て驚いていたのが印象に残る。
最初に、リンちゃんが生徒全員をヴィータの機体に乗せて行くと言った時は、流石にこのバカデカいらしい学園都市を、代理とはいえ治めていただけあると思ったもんだ。乗せてください、ではなく乗せる、だからな。決定事項。それくらい強かでなきゃやってられん、というところか。
「なぁ、もし乗り心地が悪いのが不満で銃で殴り込んできたらどうする?」
『随分と突飛だな。せめて死ぬ時くらいはオセアニアで死にたかったがな。まぁそうなったら仕方がない。学園都市にオセアニア人1人と5人の女の死体が転がるだけだ』
ドライなもんだ、と苦笑する。パトリック、お前も先生なんだから乗せてる5人も守る対象なんだぞ──なんて、その5人をまるで信用していないような言い草をした俺が言えることでもないが。
足元を過ぎ去るメガシティの光景は、最初行きで見た時は興味深く見ていられたが、2回目ともなると流石に面白みがない。自然と流れる時間も長く感じる。アフターバーナーを点けてやろうかと思ったが、流石にヴィータが追いつけない速度で飛ぶ訳には行かない。FC-8が超音速機だったらどれだけ素晴らしかっただろうか。
『こちらAWACSヴィータ、これより着陸する』
まぁ、多少流れる時間が遅くなったからと言って、そもそも30kmなんて距離がごく近くなのは変わりなく。すぐにヴィータの方も目的地の空港に着陸する運びとなった。
『ドライバー、あたし達も着陸体勢に入ろう』
コブの声が無線機から響く。ヴィータに続いて着陸しようとした時──
「ん...?」
『なんだ、どうしたドライバー?』
ここから程近いビルの傍で、何かが光るのが見えた。気のせいかと思ったが...いや、散発してる。まさか──あれが例の騒ぎか?
『お、おいドライバー!どこ行く気だ!』
「確認したいことがある」
空港のトラフィックパターンに入るルートから外れ、騒ぎの起きている方向に向かう。高度を下げ、背面飛行に移行。
『あの高度で背面飛行か!?』
『落ち着けよ、ブッキー。ドライバーってのはああいう奴だ』
『あの1ヶ月でよく分かってたろ。あたし達のフライトリーダーはネジが1本どころか100本くらい取れてるって』
ヘルハウンドからの無線を右から左へ聞き流し、首を地面に向ける。...やはりだ、銃撃戦が起きてる。クソ、銃をみんなして持ってたらそりゃ起きるよなぁ、当たり前だ!しかも戦車を持ち出してる奴もいる。
シャーレがどんな建物か分からないが、サンクトゥムタワーで聞いたリンちゃんの無線からして、この騒ぎは何か関係してるとみて間違いないだろう。──となれば、実力行使の準備をしなきゃな。
「ヘルハウンド1よりヘルハウンド2から4へ、空中待機」
『おい、着陸はどうするんだ!?』
「多分だが、このままだと着陸したとてやれることは大してない。それどころか俺達のこれからの仕事場に入ることすら出来ないかもしれねぇ。マスターアームに手をかけとけ」
『ドライバー、あんたまさかここで戦争をおっぱじめる気かい!?』
『そういえば、リンちゃんが騒ぎが起きてるみたいなことを言ってた気がするな...。おい、ドライバー。もし俺達の仕事場を取り返すためだってんなら──いいぜ、乗った』
「さすがブリック、判断が早くて助かる。年の功って奴か」
『老人を舐めるな。さぁヘルハウンド、ドライバーの周りに集まれ。いつでも動けるように備えるんだ』
ブリックの号令に、『これじゃあブリックのほうがヘルハウンド1みたいじゃねぇか』『全く、市街地で爆撃なんてね!』なんて文句を付けつつも、ブッキーとコブも俺の周りに集まってくる。ありがたい話だ。
『ゴズリング先生、まだ着陸していないのですか!?』
俺が空中待機を命じてから数分後、リンちゃんからの無線が入る。もう空港は出たらしい。もちろんこういうことを言われるのも想定済み。
「あの騒ぎの鎮圧をしなきゃならないんだろ?」
『まさか、先生自ら戦うんですか!?』
「へっ、これでも治安維持軍、エリートなんだ。エリートの戦い方を地上からよく見とけ」
『...ああ、もう!』
リンちゃんからの無線が切れる。多分向こう側ではとんでもない顔をしているだろうな。悪いなヴィータ。
『リンちゃんキレてるぞ。大丈夫なのか?』
「ダメだったら今すぐ降りてこいって言うだろ?」
『はぁ、全く。うちにガキが2人もいるなんてね。あたしは家の子守りで精一杯だったのに、ここでもか。ギャンブル小僧と口は達者なガキかい』
『それでこそだろ、コブ。まだ俺より若いんだからよ、もっと落ち着けよ』
悪いな、コブ母さん。俺はこういう人種なんだ。言ったらケツにミサイルぶち込まれそうだから言わないが。
『な、なにこれ!なんで私たちが不良たちと戦わなきゃいけないの!!』
無線にキレ散らかしている少女の声が聞こえる。ユウカか。
『サンクトゥムタワーの制御権を取り戻すためには、あの部室の奪還が必要ですから...』
『それは聞いたけど......!私これでも、うちの学校では生徒会に所属していて、それなりの扱いなんだけど!なんで私が......!』
『一般人が着の身着のままで、惑星上で最も血に飢えた兵隊と戦うことだってあるんだ、早瀬。文句を言っても仕方なかろう』
あ、この声はヴィータか。もう早瀬呼びだなんて、随分と先公が板についてきてるじゃないか。...てか、あいつ大丈夫か?下じゃ相当激しい銃撃戦が起きてるが。
「おい、ヴィータ、そっちは大丈夫か?」
『問題ない。俺だって後ろで指示を飛ばしてきただけじゃない、ミサイルと機銃が飛び交う戦場にいた事だってあるんだ。お前たちのように』
「そりゃ安心した」
『ヴィータ先生、先生は話してないで早く隠れて...いっ、痛っ!』
「!?」
ヴィータとの通信にユウカの悲鳴が混じる。まずい、銃弾をもろに食らったか!?畜生、どいつもこいつも銃を持ってたらそうもなるだろ!誰も規制しちゃいないのか!?
「こちらヘルハウンド1!ヴィータ、ユウカは!?」
『...信じられん、血飛沫1つないぞ』
は、と俺が声に出す前にユウカの声がまたヴィータの無線機に混じる。
『痛いってば!!あいつら違法
なんてこった、思った以上に元気そうだぞ。銃弾を食らっても戦闘が続けられるとは...。にしても、ホローポイントを使うとは、なかなか殺意がある敵だ。あれは肉を抉られると言う。食らったことなんざないから実感は湧かないが。
『伏せてください、ユウカ。それに、ホローポイント弾は違法指定されてはいません』
『うちの学校ではこれから違法になるの!傷跡が残るでしょ!』
『今はヴィータ先生が一緒なのでその点に気をつけましょう。先生を守ることが最優先。建物の奪還はその次です』
学園都市と言えど一枚岩という訳では無いようだ。学校毎にルールが異なるらしい。俺は学園都市がひとつの国みたいだと思っていたが、むしろ各学校がそれぞれ国みたいになっている、というのが実際のところのようだ。
『ハスミさんの言う通りです。先生はキヴォトスでは無い所から来た方ですので......。私たちとは違って、弾丸ひとつでも生命の危機にさらされる可能性があります。その点ご注意を!』
『分かってるわ。ヴィータ先生、戦場に出ないでください!私たちが戦ってる間は、この安全な場所に『断る』
ユウカの言葉に、無線越しでヴィータか強い否定の意を示したのが聞こえた。そりゃそうだ、コソコソ隠れてろなんて言われちゃ男が廃る。
『な、何言っているんですか先生!危ないと言ったじゃないですか!』
『早瀬、俺は連邦軍人として命を捧げる誓いを立てたんだ。今更俺自身の覚悟を無碍にしろと言われてもそれは無理な相談だ。大丈夫だ、銃の撃ち方は知ってるし、持ってきてもいる』
「AWACSに持ち込んでたのか?」
『不時着してもいいように、な。こんな使い方をすることになるとは思わなかったが』
言い終わったヴィータの無線から金属音が聞こえる。銃をコッキングする音だ。向こうも戦う準備は出来たらしい。
『ドライバー、普段なら俺がお前達を指揮する側だな。だが今回は難しそうだ。お前に俺達の指揮を任せてもいいか?』
なるほど、空からの目という訳だ。普段ならヴィータがやるところだが、今回は俺が代役というわけだ。いいぜ、やってやる。航空戦力の偉大さをドンパチしてる連中に教えてやろう。
「了解した、ヴィータ。治安維持軍の仕事のやり方を見せてやろう」
さあ、
「ウェポンズフリー。──ヘルハウンド隊、エンゲージ」
俺が交戦の指示を出すと、4頭の群狼は思い思いの獲物に真っ直ぐ向かう。
編隊内データリンク起動。ヘルハウンド隊の各機が得たターゲットデータを編隊内全機にオーバーライドする。前で戦っているユウカ、チナツ、ハスミ、スズミ、そしてヴィータの5人を友軍としてハイライト。それ以外の歩兵、戦闘車両は全て敵だ。
ウェポンベイオープン。第3ハードポイントに装備した
「ヘルハウンド1、ライフル!」
同時に2発放たれた対地ミサイルは超音速で敵戦車に突入し、それぞれの標的を黒焦げのスクラップに変える。
『な、なんですか!?装甲車が一瞬で...』
『ヴィータよりヘルハウンド1、いい支援攻撃だ。敵
「
『り、了解です先生』
「ハスミか。得物は?」
『スナイパーライフルですが...』
「分かった。すぐ側に木があるだろ?そこに隠れながら敵を撃ち抜け。ユウカは前線を維持!スズミは...たしかフラッシュを持ってたか?そこから見て右手の車の裏に敵がいるから、そこに投げ込んで炙り出せ。ヴィータ、後ろから援護射撃だ。無理して前に出ようとするな!」
全く、操縦しながら地上部隊に指示を出すのは大変だ。ましてや地上戦なんてのは専門分野じゃない。航空アカデミーでやった極々基本的なこと程度しか分からん。地上の確認は赤外線画像で意外とはっきり見えるのが幸いか。
「おい、誰か航空支援を提供出来る奴は?」
『こちらブリック、あの通りにいる連中だな?機銃掃射に備える』
「頼んだぞ」
味方部隊前面の敵への航空攻撃をブリックに任せる。狭いビル街の中だが、きっと上手くやってくれるはずだ。
『こちらヘルハウンド4、機銃を撃つ。デンジャークロース!』
ブリックの機銃掃射がここからでも見える。道路は20mm機関砲2門によって耕され、土煙でまともに見えない状況になっていた。
「あー、こちらヘルハウンド1。本当に連中は死んでないのか?」
『多分気絶してるだけですけど...っていうか、なんですか、今の攻撃は!?』
『空から20mm砲弾の大量プレゼントってとこだな。ヘルハウンド4は攻撃を完了したぞ』
『これが戦闘機...』
スズミの声に畏怖の感情が混じる。これが戦場の王、航空戦力だ。撃ち落とす手段がない限り、地上は俺達にとっては餌だ。
『一旦このあたりはクリアだ、ドライバー。この辺りにやってきそうな奴らは俺とコブで潰しといた』
「流石、助かるぜ」
地上じゃ全くいい所を見せられていないブッキーだが、空に上がって本領発揮といったところか。うちで俺に次ぐ戦果を出してるだけある。ハイスペック男子め。
『なんだか、戦闘がいつもよりやりやすかった気がします...』
『...やっぱりそうよね?』
『航空支援もそうですが...先生の指揮のおかげで、普段よりずっと戦いやすかったです』
『なるほど......これが先生の力......まあ、連邦生徒会長が選んだ方だから当たり前か......』
「褒めてくれるのはありがたいが、別に空から見えたことを伝えてるだけだからどうってこたぁねえぞ。てか、これじゃあやってることは先生というよりかは指揮官だな」
『つまりお前に適任ということだろう、ヘルハウンドリーダー』
「ヴィータ、なんかその呼び方をお前からされるのは妙にこそばゆいんだが」
『お前の呼び方については後で考えるとしよう。目的地に向かうぞ』
そう言って通信を切ったヴィータとユウカ達が動き出すのが見える。この辺りのビル群の中でも一際大きな建物に向かっている。あそこがシャーレなのだろうか。
ブッキーとコブが周りの不良連中も吹き飛ばしてくれたおかげで地上の奴らは特に障害なく移動出来ている。この調子で行けば仕事場であるシャーレを取り戻すのもすぐだろう。
『今、この騒ぎを巻き起こした生徒の正体が判明しました』
ヴィータ達を邪魔する奴がいないか、周囲をFLIRで見張っていると、久方ぶりのリンちゃんの通信が入る。
『──ワカモ。百鬼夜行連合学院で停学になった後、矯正局を脱獄した生徒です。似たような前科がいくつもある危険な人物なので、気をつけてください』
「へえ、この不良連中をかき集めてきたのもそのワカモの仕業か?」
『そのようです』
「なるほどねぇ──って、ありゃあ?」
FLIRを見ながらリンちゃんの通信を聞いてると、映像に見覚えのある子が銃を撃ちながら逃げ回っているのが見えた。
「ありゃ、モイラちゃんじゃねぇか」
一体全体こんなとこで何してんだ。何か話しかける方法は──そういや、昔逃がし屋やってた時にサツの無線を傍受するのに使ってた周波数があったな。試してみるか。まぁ合うわけないだろうが。
「あー、あー、こちらヘルハウンド。現在上空を飛行中。そこの不良に追っかけられてる女の子、聞こえるか?」
『...!?その声、ゴズリング大尉ですか!?』
おお、今日何度目かの奇跡。まさかあの無線周波数で通じるなんて。
「やっぱりモイラちゃんか。なんでこんなとこにいるんだ?」
『今日は早く上がれたので帰ってたんですが、その途中で変な騒ぎに巻き込まれて...きゃあっ!』
通信に銃撃音と悲鳴が混じる。こりゃ通信してる場合じゃ無さそうだな。
「ヴィータ、そこをまっすぐ進んで3つ目の交差点を曲がったとこで不良に絡まれてる可哀想な子がいる。助けてやれ。巻き添えになるから航空支援は出来ない」
『了解した』
『辺りの連中はあたしらが大概倒したと思ったんだけどね。ワラワラ湧いてくる』
『息付く暇もなく、か。ドライバー、俺とコブはまた辺りに邪魔な奴が居ないか見てくる。お前とブリックはいつでも動けるようにしとけ』
「はいよ、ブッキー」
『全く、カジノ小僧でも仕事はしっかりするんだね。ついてくよ、ブッキー』
ブッキーが2番機になったのはほぼ成り行きみたいなものだったが、あいつは確かに仕事ができる。今もこうして的確な指示を出してくれる。俺が居なくなってもあいつに任せれば大丈夫、と言ってしまえば縁起が悪すぎるか。
『先生、あれが例の生徒ですか?』
「ああ。見ての通りほとんどブレイクダンスみたいな捌き方をしてる」
『...あれ、本当に私達必要ですか?』
「必要じゃなきゃあんな動きしないだろ。助けてやってくれ。ハスミ、誤射に気をつけてあの子に群がってるのを倒せ。ヴィータは引き続き支援射撃続行、あの子の後ろから来る奴に制圧でも加えろ。当てなくてもいい。ユウカとスズミはそれぞれ通りの両脇に展開してクロスファイアだ、いいな?」
『ドライバー、お前は地上部隊の方が適任だったんじゃないか?ヴィータ了解』
地上のそれぞれに指示を出す。ヴィータからは地上部隊はどうかなんて言われたが...冗談じゃない、地上なんていくら命があっても足りない。俺の適任地は空だ。自分で言うのもなんだが、エースパイロットという称号が何よりの証明だろう。
モイラちゃんに直接の支援を出せなくても、ゾロゾロ出てくる後ろにいる奴らを吹き飛ばすのは出来る。
第3ハードポイント選択。敵地上目標に向け、MLAG-2を距離2000で発射。
「ヘルハウンド1、ライフル、ライフル!」
機体の腹から放たれた2発の対地ミサイルが地上の歩兵に向かう。装甲車両を一撃で破壊できるミサイルは、歩兵にはいくらか強烈にすぎたらしい。ここからでも派手にぶっ飛ぶのが見えた。...マジで死んでないよな、これ。カスカディア野郎ならともかく、さすがに年下の女の子をぶっ殺すのはいくらか心が痛むぞ。既に攻撃を加えまくってる時点で大概だが。
『先生、助かりました!』
『終わりました、先生。あの生徒に集っていた不良を全て排除完了』
「怪我した奴は?」
『敵以外にはなしだ、ドライバー』
どうやらヴィータ含めて怪我した奴はいないようだ。そいつは何より。
「了解。さて...あの子...モイラちゃんは大丈夫か?」
『無事だ。繋ぐ』
ヴィータがそう言い、ガソゴソという物音の後、たった数時間前に聞いたばかりの声がまた響いた。
『危ないところでした...。ありがとうございました、ゴズリング大尉...』
「今は先生、かな。随分と早い再会になったな。こんな再会は御免か?」
『たはは...顔も見えないですしね。大尉...いえ、ゴズリング先生は何を?』
「ちょっとな...熱狂的ファンが仕事場を取り囲んじまってよ、熱い思いに応えてたとこだ。同じくらいの熱量で、な」
『ファンサービスはミサイルで、ですか。きっと不良の皆さんも喜んでますよ。飛び上がるくらいに』
「言うじゃないか、ええ?」
意外と返してくるモイラちゃんに感心した。あんまり警察らしいタイプじゃないな。
『せっかく助けて頂いたことですし...先生の仕事場は、まだ取り返せてないんですよね?私も協力します』
「マジか。俺としてはありがたいが...地上、そっちはどうだ?」
『俺は構わんぞ、ドライバー。仲間は多いに越したことはないだろう』
『私も大丈夫です』
「決まりだな。奪還までよろしく頼むぜ」
モイラちゃんが新しく仲間になった。さっきのを見ていた限りじゃ、少なくとも足手まといにはならないだろう。
シャーレまでの道のりを改めてFLIRで確認した時、地面にぶっ倒れていた不良達の中から1人、むくりと起き上がったのが見えた。対地ミサイルを撃たれてもまだ動けるとは、またタフな奴だ。
「こちらヘルハウンド1、地上の死体の山から1人、動けるタフな奴を確認した」
『随分と丈夫じゃないか。そいつの特徴は?』
コブから言われて、赤外線越しにそいつの特徴を確認する。
「ちょっと待て...確認した。こいつ、様子がおかしいな。普通の連中と違って...えーと、着物って言うのか?あれだ、日本の方の...」
『日本?古い呼び方をするんだな、ドライバー』
「うっせ。他の特徴は...ありゃ、狐の耳か?それに仮面を被ってるように見える。コスプレファンか?」
『着物、狐の耳、そして仮面...まさか』
特徴を伝えると、リンちゃんから怪訝そうな声の無線が入る。次の瞬間、今までにない声量の声が無線機から響いた。
『その生徒です!矯正局を脱走した、この騒ぎを引き起こしたワカモです!』
「なんだと!?」
こいつは驚いた。脱獄犯だから何かと思ったら、対地ミサイルを食らっても動けるタフ野郎だとは。急いで機首をワカモの方に向け、機関砲の照準に収めるが──
「クソ、ダメだ。ビルの間に逃げられた。逃げ足の速い奴め...」
『今は建物の奪還が最優先です。深追いは禁物です』
『罠かもしれないですしね』
ハスミとチナツの言う通りだ。こういう市街地の狭い路地に逃げられては攻撃もままならないし、そもそも第一目標はワカモをぶちのめすことじゃない。逃げるんだったら放っておいた方がいい。
「2人の言う通りだな。先を急ごう」
『そうですね...って、あれは!』
モイラちゃんの言葉が無線に響く。同時に辺りを見て回っていたブッキーからの通信が入った。
『こちらヘルハウンド2、敵戦車が来てるぞ。現在地上部隊に向かって接近中』
『クルセイダー1型......!私の学園の制式戦車と同じ型です』
『クルセイダー?
『何十年前のポンコツだ?』
『100年...それは言い過ぎか、80年くらい前だな』
統一戦争なんて、高校の歴史の教科書でやったくらいなのに。その頃の戦車がこうして出張ってくるとは、いやはや。しかもハスミはこいつを制式戦車とまで言いやがった。学園毎に戦車があるのも気になるが、全体的に連邦と大して変わらない技術力があるのに、なぜ戦車だけとんだお古なのか...。
『不法に流通されたものに違いないわ!PMCに流れたのを不良たちが買い入れたのかも!』
『くそっ、傭兵め。ここでも悩みの種か』
『へっ、つまりは管理が届かなくなったガラクタじゃねぇか。ぶっ壊して構わねぇな?』
そう言ったブッキーが翼を翻す。いつの間にかすぐ近くまで戻ってきていたらしい。
『こちらヘルハウンド2、敵戦車を排除する。攻撃に巻き込まれるなよ!FOX2!』
ブッキーの機体から2発のミサイルが放たれる。対地対空の双方に使用するよう設計された、炸薬がたんまり入った標準ミサイルが標的に向かっていく。ミサイルは2発とも天板に命中し、クルセイダーは火を上げた。乗員が逃げ出したのが見える。
「グッドエフェクト、ブッキー。破壊確認」
『これでいいとこは見せられたろ。今度こそ敵はいないと思うぜ』
「ああ。さっさとシャーレに向かおう」
敵勢力、ほぼ殲滅。俺たちはついに仕事場を奪い返す見込みが立ったのだった。
『...ところで先生、なんで警察無線の周波数が分かったんですか?』
「...企業秘密だ」
兵器解説: 6.8mm PACFED弾
加盟する各国はこの弾を使用する銃器を各自用意して運用することになる。興味深いことに、本弾の寸法はアメリカ軍の新弾薬である.277 SIG FURYと完全に一致している。