軍隊って聞くと、みんなどんな想像する?
規律があって、軍規があって、毎日訓練漬け。
命令が出れば、誰だって嬉々として出撃していく。
…うん、まあ私が【フェリー】としてこの基地に配属された時の
第一印象は、そのまんま【イメージ通り】だった。
ちょっと息苦しいくらいに。
そう……量産型のニケ【フェリー】。
量産型って、なんかこう──感情もなく、無表情で、
ただただ任務をこなすだけの存在だと思うでしょ?
でも、実際は全然違うんだよね。
私も含めて、ここにいる子たちはみんなちゃんと自我があって、
個性だってある。
笑えば楽しいし、泣けば悔しいし、考え方だって十人十色。
量産型? そんなの、ただのラベルに過ぎない。
ニケになる理由もバラバラ。
民間人を守るために志願した子。
ラプチャーに全部奪われて、復讐だけを胸に抱えてる子。
居場所を探してここに来た子。
ただ戦うのが好きな子。
……そして、戦死したあとに目を覚ました子。
私はね、三つ目。
なんとなく、居場所がほしかっただけ。
だからなのか、
実戦経験なんてまだ一度もないし、訓練成績もパッとしない。
講義も座学も可もなく不可もなく、目立つことなんてない。
ほんと、どこにでもいるモブってやつ。
でも、血の気の多い子たちは違う。
毎日シミュレーションルームに篭って、
ランキング一位を奪い合ってる。
出撃回数だって多いし、そのぶん危険だって多い。
……それでも、ここに来てから今まで、
誰もKIAにもMIAにもなってない。
それだけが、ちょっとした救いかな。
そんな中、
「新しいニケが試験運用のため当基地に配属される」
との通達があった。
“試験運用”ってことは新型の子なのかな?
のほほんと考えていたら、なぜか案内役が私に回ってきた。
……いや、なんで!?
もっと適任の子がいるでしょう!? と思って具申したら、
セルゲイ司令が一言。
「バランスの取れている中ではお前が適任だ」
……上官の命令は絶対。
決まったら逆らえない。
引き受けはしたけど、一抹どころか大いに不安は残った。
どんな子だろう? 怖いのかな?
優しい子だったらいいなぁ……
着任はいつかと聞けば、まさかの「明日」。
あ、明日!?
急すぎじゃない!?
緊急任務じゃあるまいし、
着任って普通は前もって伝令来るはずでしょ!?
どう考えてもきな臭い……。
と、とにかく愛想よくしなきゃ……。
私は端末を見下ろして、新しく来る子の名前をつぶやく。
「レイヴン」
渡り烏……
何か意味を持った名前っぽいけど……
明日になれば分かるか……
そう思って迎えた翌日の正午。
ヘリから降り立った“レイヴン少尉”を見た第一印象は──
「可もなく不可もない、不思議ちゃん?」
芯はしっかりしてるのに、どこか幼い雰囲気。
だけど肝の据わり方が、尋常じゃない。
戦場を渡り歩いた猛者みたいな立ち振る舞いで、
司令官の前でも臆さない……
……いや臆さなすぎて、あれはもう無礼ってレベル……。
……マジもんですわ、あの子。
そして現在──。
私はただ、講義を受けに教室へ入っただけのはずだった。
……なのに、扉をくぐった瞬間。
「フェリー! あんたでしょ、新入り案内したの!」
「どんな子!? 可愛い? 怖い系!?」
──ドアを開けた瞬間、四方八方から腕を掴まれた。
掴まれたまま、半ば引きずられるように椅子へ座らされる。
私の左右には顔を突き出すニケたち、
前方ではもう一人が机の上に身を乗り出してくる。
あっという間に包囲網完成、逃げ場ゼロ。
これ……尋問ですか?
はい、尋問ですね。
「無口? おしゃべり? まさかのイケメン女子!? そっち!?」
「レイヴンって名前マジ!?
厨二感すごくない!? 戦歴持ち!?」
一人がメモ帳とペンを取り出し、カリカリと書き始めた。
まるで新聞記者の突撃取材。
その隣では、
手のひらサイズのボイスレコーダーがピッと点灯して、
私に向けられる。
「さぁフェリー、証言を頼むわね?」
「いやこれ尋問じゃん!? 記録まで残す気!?」
心臓が跳ねて、息が詰まる。
私は手をバタバタさせるけど、
別のニケががっしり肩を押さえてくる。
「え、えっと、あのぉ……!」
矢継ぎ早の質問に目が回りそうになる。
手首はメモ係に握られ、
顔のすぐそばではレコーダーの赤ランプが点滅。
完全に追い詰められた私は、観念して口を開く。
「髪は白で、目つきはちょっと鋭いけど、
怖いって感じじゃなくて……」
「「「「おぉ~~~」」」」
「背は高くないけど、動きが静かで……」
「忍者?」
「ステルス系!?」
「無口ってわけじゃないけど……
……話す時ふわっとしてて、予測できない感じで……」
「ヤバいやつじゃん、好き」
質問攻めは止まらない。メモの筆圧がどんどん強くなる。
耳元にレコーダーが近づきすぎて、呼吸音まで拾われそうだ。
肩を押さえる力が強まって、もう逃げ場も反論する余裕もない。
「ねぇ、初日からなんか事件あった?」
「えっ、えぇっと……その……」
言うか迷った。でもこの圧、もう無理。
「──司令官に、タメ口きいてました」
「「「……は?」」」
一斉に目が見開かれる。
ボイスレコーダーがカチッと一時停止音を立て、
メモ帳がピタリと止まった。
「セルゲイ司令に? あのセルゲイ司令に!?」
「う、うん……」
「それ録音してないの!? もったいなっ!」
「で、怒られた? 殴られた?」
「いえ……むしろ司令官の方が固まってました……」
「「「こわっ!!」」」
「格が違う……」
「もう“レイヴン先輩”って呼ばないと後で消されるやつじゃん」
ーいやだからなんでそうなるの!?
必死に否定するけど、メモ係がもう「レイヴン先輩(暫定)」と
書き込んでいるのが見えてしまった。
心が折れる音が聞こえた気がする。
「わ、わたしはまだレイヴン少尉のことよく知らないですから!
誤解だけはぁ!」
チャイムが鳴った瞬間、私は机から飛び退いて距離を取る。
腕も解放されて、ようやく呼吸ができた。
講義が終わっても、射撃訓練が終わっても
終始質問攻めを受ける。
全てのスケジュールが終わり、
一人そそくさと自室のある宿舎へ戻った。
今日は食堂でご飯食べるのはやめておこう……
ごはん中も質問攻めされるのが容易に想像できてしまい
げんなりする。
一息ついて、飲み物をコップに注ぎ口に運ぶ。
ふわっと漂う紅茶の香りに、ようやく肩の力が抜けていった。
「……レイヴン少尉、ほんと不思議な子だったなぁ」
一口すすると、
温かいお茶が喉を優しく通って、疲れが少しだけ和らいだ。
まあ、わからないことはないんだよ?
普通のニケではなく「試験運用」として配属されたニケだから、
どんな子か気になるのは分かる……
が、
「あんなに質問攻めされてちゃ、
こっちの精神がすり減っちゃうよ……」
ただでさえ、司令官に無礼な行動をしたレイヴン少尉に
精神がすり減っているというのに……
まあ、翌日からはレイヴン少尉も一緒に講義や訓練を受けるから
今日一日の辛抱。
そう思い再度飲み物を口に運ぼうとしたその時……
ドンドンドンッッ!!
「ひゃあっ!?」
カップがカランと揺れて、紅茶が表面で波打つ。
慌てて両手で支えるが、喉がひゅっと縮まった。
「フェリー!! 開けろ!!」「おい急げ!!」
外から複数の足音と声
妙に切迫した気配に、嫌な予感しかしない。
恐る恐るドアに近づき、開けるか迷ったが、
ノックというよりもはや壁を殴っているような勢いは止まらない。
「な、なに!? どうしたの!?」
ガチャリとドアを少しだけ開けた瞬間、
押し寄せるように数人のニケが雪崩れ込んできた。
そのニケ達の顔ぶれは
この基地のシミュレーションルームにおける
ランキング上位の子たちだ。
そんな子たちが目の色を変えて私の部屋に押し入っています……
もう勘弁して……
「見たか!? あのランキング!!」
「お前だろ! 案内したの!! 説明しろフェリー!!」
端末を突き出す勢いに思わずのけぞり、
背中がベッドに押し付けられる。
もう逃げ場なんてない。
なに? ランキング?
「レイヴンだよ!
今日来た新人がいきなり基地ランキングぶっちぎりの1位だぞ!?
なんだよアレ!」
端末が私の目の前に突きつけられる。
確かに
【基地ランキング1位:レイヴン】の文字が表示されていた。
恐らく別れた後にシミュレーションルームに行ったのだろう……
というか私に聞かれてもと思う……
「いや、私に聞くより記録映像見た方が……」
思った言葉を口にすると、
その内一人が私の肩をガシッと掴み肩を震わせていた。
「見た!!」
「当たり前だ!!」
「見ても分かんなかったから来たんだよ!!」
声が揃う。
私はこめかみを押さえながら、
心底意味がわからない気持ちになった。
知らないよ!! 私はただの案内役だよ!
「……いや、だったら本人に聞けば……」
これまた思ったことを口にする。
「怖くて聞けるかそんなもん!!」
「だって遮蔽物ゼロで被弾ゼロだぞ!?
なんなんだよあの動き!!」
「走るだけで全部弾避けるとかチートじゃん!!」
それで私に聞きに来る理由にはならないでしょう!!
そんなことを聞くなら私ではなく司令官に
直接聞きに行くべき……まあ、しないしできないけど……
矢継ぎ早の言葉に、
私はただお茶を飲み損ねた悔しさを噛みしめるしかなかった。
そして心の奥で、そっと思う。
──レイヴン少尉、あなた明日から人気者確定です。
いい意味かは知らないけど。
ランキング上位組が押し寄せてきた騒動は、
就寝時間ギリギリまで続いた。
質問攻め、端末での映像再生、ありもしない裏話の要求……
……そのどれもに答えられるわけもなく、
私はただベッドの端でぐったりと項垂れるしかなかった。
結局、
レイヴン少尉のことを一番知りたいのは私自身だったけれど──
あの子とは案内以降、顔を合わせることすらできなかった。
しかし、今日一日の騒動で精神的にも身体的にもへとへと……
明日以降は、
質問攻めもレイヴン少尉自身に向くだろうと半ば期待しながら、
私は気絶するようにベッドへ横になり、深い眠りに落ちた。
翌朝……
朝の点呼は、いつもと同じはずだった。
……はず、だったんだけど。
「レイヴン少尉!」
点呼係の声が響く。……無反応。
「レイヴン少尉!」
もう一度。……やっぱり返事なし。
周りがざわつく。
「え、もうサボり?」
「昨日来たばっかじゃん……」
あちこちからひそひそ声が飛び交って、私は冷や汗をかいた。
「え、まさか寝坊……?
いやでも昨日の感じ、そんなタイプじゃ……」
嫌な予感を抱えながら、私は宿舎へ小走りで向かった。
レイヴン少尉に与えられた部屋に着きノックする。
返事はない……。
「レイヴン少尉……点呼の時間になりましたよ」
声をかけても特に返事はない。
というか中から誰かがいる気配すらない。
ドアを開ける。
……ベッド、まっさら。
シーツもピシッと整ったまま、荷物すらほとんど触られてない。
「え、は……? まさか本当にどっか行った!?」
私は慌てて部屋を見回すけど、足跡どころか気配すらない。
ふと、昨日の光景が頭に浮かぶ。
司令官との面談後に申請し受け取った、あの寝袋。
まさか、と思いながら足が勝手に走り出していた。
私がレイヴン少尉の宿舎から戻ってきた際に何人かのニケから
レイヴン少尉の所在について尋ねられたが、
それどころじゃないと思い「多分あそこだと思う」
とだけ言い残し急いでそこを目指す。
ついた先はシミュレーションルーム。
ガチャ、と扉を開ける。
「……やっぱりーっ!!」
シミュレーションルームの片隅。
寝袋にくるまったレイヴン少尉が、すやすやと寝息を立てていた。
まるでここが自分の部屋ですって顔で。
私は両手で頭を抱えてその場にしゃがみ込む。
「あの寝袋って……移動用じゃなくて住居用だったの!?」
後ろから私の後を追ってきた別のニケ達が追いついたのか
シミュレーションルームの中を覗き込んで、ぽそっと呟く。
「ベットじゃなくて寝袋を用意してまでココで寝ちゃうのって……
実際どうなの?」
「どうって……規則的にってこと?
アウトでしょ……」
「でも軍規に書いてないよね?」
「あんたねぇ
……常識の範囲内まで事細かに書いてたらキリないでしょ。
だれがシミュレーションルーム内で寝ることを想定するよ」
全員が言葉を詰まらせる中、
私は心の中でセルゲイ司令の顔を思い浮かべていた。
いや、これ報告したら私が怒られるやつでは……?
その後、
点呼をすっ飛ばしたレイヴン少尉は何事もなかったかの様に
シミュレーションルームでの訓練に参加していた。
しかも──
「……なにあれ」
思わず声が漏れた。
手の中の端末が汗で滑りそうになる。
レイヴン少尉がやっていたのは、
私が今まで見たどんな訓練とも違っていた。
遮蔽物に近づく前に立ち止まったかと思えば、
背中・足・肩から轟音と共にブースターが噴き出し、
とんでもない加速で視界を駆け抜ける。
その動きは戦闘機に似ているのに、戦闘機以上に自由自在。
上下左右、時には後ろに滑るように下がり、
誰も追えない軌道で戦場を縦横無尽に飛び回る。
そして動きの軌跡を残すように銃を構えると──
ブーストを吹かしながら、ターゲットを正確に撃ち抜いていった。
遮蔽物は使わない。止まりもしない。
ジグザグどころか、
完全に予測不能なルートを描きながら、全弾を的に叩き込む。
「弾幕浴びてんのに……全部避けてる……?」
隣で見ていたランキング上位の子が息を呑む。
別の子が端末を握りしめ、青ざめた顔で震える声を漏らした。
「これ、昨日の記録データ……フェイクじゃなかったの……?」
そして何より異様だったのは──
レイヴン少尉のブースターと銃口から、
赤い光、粒子のような閃光が散っていたことだ。
レーザー兵器なら知っている。
けど、あんな光は見たことも聞いたこともない。
異常すぎる動き、異質すぎる戦い方。
まるで羽が生えているみたいに、
誰にも捕まえられない自由な戦闘スタイル。
「……あの子、やっぱり只者じゃない……」
気づけばそう呟いていた。
胸の奥がざわついて、落ち着かなかった。
本来ならそれぞれが射撃訓練を始める時間なのに、
私も、他のニケたちも、上官までもが、
ただレイヴン少尉の戦場の舞を見つめるしかなかった。
◇◇◇◇
「ふう……」
ドローンの殲滅を完了し静かに地面に着地する。
だいぶこのシミュレーションのシステムAIの動き
が分かってきた気がする。
パターンをランダムに設定していても
決められた挙動には一定の法則がある。
それを想定してしまっては練習にならないので、
あまり考えないようにするけど……
やっぱり、ネストみたいなの……ほしいなぁ……
アリーナとは違って面白いし……退屈しない……
《しかし、現状のニケ達を見るとレイヴンに匹敵する個体は……
……いませんね》
『だよねー……』
そう。
練習開始前にちょこっと他のニケ達の動きを見ていたが、
止まっては撃って遮蔽物に隠れる……
悪くはない……
が、ラプチャーは基本集団で行動すると聞く……
そんな連中に対して律儀に顔を出して隠れてなんてやっていたら
集中砲火待ったなし。
私だったら、
ランチャーを直当てではなく地面に撃って爆風で処理する。
生存率を上げるなら移動しながら撃つ方がいいと思う……
そんなことを考えているからか、
周りの空気感というか目線に気づくのに遅れた。
みんな私を見ている……
驚愕と畏怖と憧れ??
そんな感じの空気感の中、
我に返った数人のニケ達が向かってくる。
「レイヴン少尉!!」
なんか言われるかなぁ……
でもこれが最適解なんだけどなぁ。
だが続けて発せされた言葉は、私の想像の斜め上にあった。
「アレは一体どういう訓練なんですか!?
普通じゃありえない動きでしたけど!」
「っていうか、どうやったらあの速度で撃てるんですか!?
しかも全部命中って……」
「身体補助を改造してます? チートパーツ? ハッキング?」
誰かが質問を開始したとたん、
ほかの子たちも一斉に質問をしだす。
数が多すぎて聞き取れないほどの質問の量にたじろいでしまう。
「え、えっと……普通に、最初っから?」
チートってなに!?
ハッキングもよく分からない。
自身の体に対してハッキングするの??
《恐らく、
自らの神経系に力を加えてパフォーマンスを上げるといった
ことではないでしょうか?
レイヴンが目覚めた際、
確かにストッパーのようなナノマシンが力の抑制のために
起動していましたのでそのことだと思います》
『え。そんなのあったの?』
初耳である。
というか、そういう大事なことは言ってほしい。
《すみませんレイヴン。
思考までも抑制しようしていたので、こちら側で対処しました》
『対処って……具体的には?』
《管理系統をハッキングし
無効化及び管理権限を私とレイヴンにしています》
それやっていい奴なの?
絶対ばれたらヤバイ気がするんだけど……
《そこは大丈夫です。
機能としては活性化しているので、傍から見たら正常です》
それはおそらく大丈夫ではない気がするのだが……
「……で、結局どうやってるんですか!?」
「動きの軌道、意味わかんないです! 説明してください!」
「お願いです、少尉の訓練方法、
少しでもいいから教えてください!」
息つく暇もなく押し寄せる声。
私の耳に複数の音声が重なって、
ただの雑音みたいになっていく。
『エア、どうするこれ……』
《正直、このまま逃げても明日も来ると思います》
『だよねぇ……』
……気乗りはしない……
めんどくさいというのもあるけど、
それ以上に私は教えるということをやったことがない。
下手に教えちゃうと死者が増えるということを考えると
無責任に教えてしまうのもよくない……
総合的に判断して、ここは断ることにしよう……
そう思い口を開こうとすると……
「少尉! 貴様今の訓練はなんだ!」
シミュレーションルームに響く怒号。
訓練終了のアラートが鳴る前に、
私の耳を刺すような声が飛んできた。
振り返ると上官が腕を組み、険しい顔で立っている。
その姿を見たニケ達が一斉に体を縮こませる。
「……別に普通の訓練」
気だるそうに答える。正直、もう帰って寝たい。
というか私の行動に怒るべき所はなかった気がするのだが……
「ふざけるな!
あんな滅茶苦茶な動き、規律を乱すだけだ!
お前らも聞け! こいつの真似なんかしたら命を落とすぞ!」
上官の言葉に、ニケたちがびくりと肩を震わせる
──瞬間、胸の奥がちりっと焼けた気がした。
おいおいおい、聞き捨てならない言葉が聞こえましたが……?
私の真似をしたら命を落とすと?
《いえ、おそらくレイヴンが思っていたことと
同じことを言っているだけでは……》
いやいや、それにしたってもっと言い方ってものがあるでしょ!
それに……
ムカつく……
私は別に意見されることが嫌いなわけではない。
自分よりも不慣れな人にACの動きについて指摘されても
恐らくこんな感情にはならないだろう……
「……うるさい」
その一言が場を凍らせた。
私は無表情のまま上官を見据えた。
問題は……
現場にも出ない、戦闘もしない様な奴から偉そうに
自分の戦闘スタイルにいちゃもんを言われている事に腹が立つ。
まあ、要は言い方とニュアンスである。
というかなんであんなに偉そうなの?
ここの基地に居る軍関係のやつらは
私よりもコミュニケーション能力が低いようだ。
射撃場全体が息を呑み、後ろにいたニケたちが目を丸くする。
誰かが小さく「え……」と声を上げたのが聞こえた。
上官が顔を真っ赤にして詰め寄ってくる。
その動きに周りのニケたちも動揺し、
互いに目を見合わせて後ずさった。
「少尉……!」
驚きと恐怖が入り混じった声が背後から上がる。
彼女たちは「そんなこと言ったら終わりだ」と言いたげに、
必死に視線で私を止めようとしていた。
そんなことなど気にせず、
私は心の中で思っていたことを口にした。
「そもそもさ……
……なんでラプチャーとまともに戦えない奴が上官やってるの?」
一瞬で場の温度がさらに数度下がる。
だけど止まらない。
「倒せもしないくせに、なんでそんな偉そうなの?
私だってまだラプチャーとやったことないから深くは言わないよ。
でも、指導するならさ──まずは私のスコア、超えてみてよ」
勿論
戦闘できないヤツの言うことは聞かないということではない。
ウォルターもそうだけど、
作戦立案や事務処理などのあれこれもあることだしね。
エアのように戦闘をサポートしてくれる人材も必要……
いや、エアはれっきとした戦闘員だった。
それもかなりの強敵。
《……私をそんな戦闘狂のように言うのはやめてください》
申し訳ないけど、
「人は戦うための形をしている」とか言ってる人が
戦闘狂じゃないって言うのは無理な気がするよ……?
私の言葉に背後のニケたちが息を呑む音が一斉に響く。
誰も動かない。誰も言葉を発さない。
ただ、恐怖と驚きと、
少しの期待が入り混じった視線だけが私を刺していた。
そんな空気感を肌で感じて私は一呼吸置く。
これじゃあ、だめだね。
私は後ろを振り返り、質問してくれた子たちに視線を向ける。
「……真似しなくていい。
ただ、動きながら避ける方法ぐらいなら、教えてあげる」
そうだけ告げて、ざわめく射撃場を背に歩き出した。
《意外ですね。
ですが……理解します。
あのままでは、何時しか捨て駒で摺りつぶされます》
そうゆうこと。
全員が全員、
私みたいに捨て駒として使われても生きていけるわけじゃない。
それに……
『私の出撃回数が増えると報酬もウハウハだし、
監督官への評価も上がるしね』
《報酬は分かりますが……監督官への評価はもう絶望的では?》
……さて、自主練でもしましょうかね~。
《逃げましたね》
うるさい。
痛いところを突き過ぎると友達をなくすよ?
◇◇◇◇
私は……
現在すごく動揺しています。
「現実は小説より奇なり」とはよく言ったものです。
たった一人の影響力なんてそんなにないと思っていました。
ましては、私自身がそれを間近で見るとは思いもしませんよ……。
レイヴン少尉……
案内役として初めて彼女を見た時の印象は、
ふわふわしていて
どこか掴みどころのない
それでいて芯は固く
言うべきことは言う。
そんな人物……。
ニケになる子たちの理由には
……一つだけ共通しているものがある。
それは絶対的な《憧れ》である。
優しく、強く、居るだけで場の空気が変わる。
そういう意味では、
レイヴン少尉の存在は、ニケにとっての劇薬であると、
今ではそう思う……。
1週間……日数にして7日間。
レイヴン少尉がこの基地に着任してから、
この基地の雰囲気はがらりと変わった。
転換点は、おそらく上官に対して堂々と意見する姿か、
それとも戦っている時の背中か……
とにかく、
ニケ達にとってはいい意味で良い環境になった……のかな?
意味が分からないことにレイヴン少尉が着任して
2日目の訓練終了後から流行り出した。
通称【レイヴンチャレンジ】
あの日、
訓練場であの子が見せた信じられない動きと弾幕回避が、
基地中に衝撃を走らせた。
結果、みんなが真似しはじめたのだ。
はい。私もよく分かりません。
「走りながら撃て!」
「止まったら死ぬ!」
「レイヴン少尉は全部避けてた!」
そんな声が飛び交う射撃場で、
今日もまた、足を押さえてうずくまる子が数人出る。
走りすぎ、跳ねすぎ、無茶なステップで足を酷使した結果、
整備士が整備室の扉を叩き割りそうな勢いで悲鳴を上げる始末。
整備室の予約表はもう一週間先まで埋まっている。
さらに追い打ちをかけたのが、とあるニケの一言だった。
「ブースター、追加でつけてもらえないかな?」
本来であれば、「何を馬鹿なことを」と一蹴されるところですが、
前例が出来てしまったのでむやみに否定できず
まさかの要望は通ってしまった。
外骨格の外付けブースターが通った瞬間、
ドミノ倒しのように他の子たちも次々と申請を出し始め、
整備士が頭を抱えていたのをさっき見ました。
そして決定打となったのが、上官への“反抗”だ。
レイヴン少尉の戦術を実演で見てしまった後、
旧来の「遮蔽からの射撃戦術」に納得できる子はいなくなった。
「その指示、レイヴン少尉と全然違います」
「立ち止まったらやられるんですよね?」
「この戦術、意味あります?」
そんな調子で命令が空気になることが増える。
軍において、上官の命令に逆らえば基本罰則されるものだが……
罰則や制裁しようにも──
レイヴン少尉が無言で上官を睨むだけで、
誰も手が出せなくなった。
司令官はというと、事態の収拾のため
各上官たちへ対策を講じているがもはや手遅れに近い。
最初に施策として講じた
「レイヴン少尉と一般ニケを分けて訓練をする」
という対策も意味をなすことはなかった。
一度生まれた流行りは、そう簡単に廃れることはないのである。
七日前まで規律正しかったこの基地は、
今やすっかりレイヴン色に染まってしまった。
現場は混乱、上層部は大荒れ、
でもニケたちは妙に生き生きとしている。
そして私は──
「フェリー、お前も走れ!」
「レイヴン少尉の動き、見て盗め!」
「え、えぇ……」
巻き込まれる形で強制参加です。
泣いていいですか?
レイヴン少尉もどうやら私を気に入ったようで、
毎日、隣で付き合わされています。
理由を聞けば「フェリーみたいなタイプ……初めてだし」
とか言うよくわからないことを返されました。
いやいやいや……!
私はベストオブモブですよ!?
一体どんなところで生まれ育ったんですか……
勘弁してください……。
【おまけ:働くだけ損と気づいた時には】
──基地内:シミュレーションルーム(自称レイヴンの拠点)
この基地で暮らし始めてもうすぐ一週間。
私は寝袋を肩にかけたまま、
私はフェリーの横にぺたりと座り込んだ。
ぼーっと天井を見上げて、ふと思ったことを口にする。
「ねぇ、フェリー……出撃ってさ」
「はい?」
「目標撃破したら、いくら貰えるんだろうね……?」
……しん、と空気が止まった。
フェリーが目をぱちぱちさせて固まってる。
ありゃ、なんか変なこと聞いた?
結構普通の疑問だと思ったんだけど。
「え、ほ、報酬……ですか?」
「そうそう、ほら戦果報酬とか危険手当とか、あるでしょ?
だって弾とか使うじゃん。命張ってんだし」
フェリーが慌てて端末を開く。
でも、なんかすごく嫌そうな顔をしてる。
まさか、金額が言えないくらい少ないとか?
……1COAMとかだったらさすがに笑う。
「……その、無いです」
「…………は?」
一瞬、頭の中が真っ白になった。
無いって言った?
私聞き間違えた? いや、今確かに「無い」って……。
「いやいやいや、無いって……
……え? じゃあ何? 私らタダ働き?」
「た、タダ働きというか……任務ですので……」
「じゃあ弾代は? 補修代は? というかそもそも成功報酬は?」
「それは……軍の負担です。成功報酬自体……ありません」
「じゃあミッションクリアしても私の手元にはゼロ?」
「ゼロです……」
私は数秒黙り込んだ。
ぽつりと呟く。
「……え、報酬も無いのに、みんな命懸けで出撃してんの?」
フェリーが小さく頷くのを見て、ぞわっと背筋が寒くなった。
そんなバカな。
戦う理由が無いのに戦場に行く?
私には使命も無いけど、
せめて仕事なら報酬があって当たり前じゃん。
「……いや、ちょっと待って。
ゼロってさ、ゼロだよね? 本当にゼロ?」
私はフェリーの方にぐいっと身を乗り出した。
フェリーは半笑いで後ずさりしながらも、かろうじて頷いた。
「はい……ゼロです……」
「なんで!? おかしくない!?
じゃあさ、もし私がラプチャー百体落としたら?」
「ゼロです……」
「千体なら?」
「ゼロです……!」
「万体倒したらどうなんの!?
もう国の英雄レベルだよ!? 像立つよ!?」
「それでもゼロですぅ……!」
フェリーの声が震えてきた。
でも私は食い下がれない。
どう考えても意味わかんないもん。
「じゃあさ、損害ゼロでミッション完了したら?
むしろ軍が儲かるでしょ? ボーナスとか……」
「な、無いですぅ……!」
「いやいや、じゃあ失敗したらどうなんの?」
「……怒られます……なんなら左遷もありうると
聞いたことがあります……」
「怒られる!?
タダ働きで命懸けて、失敗したら怒られる!?」
「そうですぅ~~~……」
フェリーはついに頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「もうやめてくださいよぉ……
……言ってて悲しくなってきましたぁ……」
私も黙り込むしかなかった。
この世界のルールは、私が想像していた以上に狂ってる。
「……なにそれ。
ラプチャーよりよっぽど人間の方が怖いんだけど……」
小さくぼやいた声は、フェリーのすすり泣きでかき消された。
そんなこんなで、
私は……今
司令官室の前に居る。
後ろでは、
フェリーが「やめてください…!というかやめましょう…!」
と言っているが気にしない。
バンッ!
勢いよく司令官室のドアを開けた。
フェリーは後ろから「やめましょうよぉ~!」って
引きずられるようについてくる。
「セルゲイ司令官!」
机に書類を積んでいた司令官が顔を上げた瞬間、
私の勢いに眉間のシワが深くなる。
「……レイヴン少尉、何事だ」
「報酬! なんで無いんですか!?
ラプチャー倒したら貰えるはずじゃないんですか!?」
司令官の動きが一瞬止まった。
フェリーは私の背中からひょこっと顔を出し、
青ざめて小声で言う。
「ご、ごめんなさい司令官……止められませんでした……」
「報酬?」
セルゲイ司令官は片手でこめかみを押さえながら、
深いため息を吐く。
「レイヴン少尉……我々は兵士だ。
兵士の任務に報酬という概念は無い。給料は──」
「じゃあさ!」
私は机に手をついた。
「命懸けで戦って!
百体千体って倒しても、報酬ゼロっておかしくないですか!?
給料固定!?
じゃあ一番強いやつが一番得しないじゃないですか!」
司令官の眉がピクリと跳ねた。
フェリーはもう半泣きで「もうやめてぇ……」と呻いている。
「レイヴン少尉……」
セルゲイ司令官は重い声で言った。
「お前の言いたいことは理解した。
だが……その理屈をこの組織に通そうとすれば、
私が軍上層部に殺される」
「えぇ……」
思わず絶句した。
「だから、頼むからもうこの件は掘り返すな」
司令官は両手で頭を抱え、机に突っ伏した。
フェリーは「ほら見たことかぁ……」と肩を落とし、
私はぽかんと立ち尽くすしかなかった。
この世界、思ってたよりもずっとおかしい。
……ラプチャーより人間の方が理不尽だ。
だがしかし!!
ここで食い下がる訳にはいかない!
司令官が殺される?
知らん!
自分の身は自分で守る!
私だったら殴ってきたヤツを殺す!
「報酬! やっぱり欲しいです!
いや、欲しいっていうか……当然じゃないですか!?」
司令官が目を細める。
「……だから無いと言っているだろう」
「だからそれがヤバいんですよ!」
私は両手を広げて力説した。
「もし私が傭兵だったら
命懸けで戦ってミッション完了し報酬を受け取りに行くと
【報酬なんて最初からない】って言われるわけでしょ?
そんな事言われたら、依頼してきた基地を壊滅させて帰る!」
フェリーが「ひっ……!」と震え、司令官が硬直する。
空気が一瞬、凍った。
「……レイヴン少尉」
司令官の声は低い。
「それを、私の前で、軍の施設の中で言うな」
「え? でも事実じゃないですか?」
私は首を傾げる。
「報酬無しで傭兵を雇うとか、自殺行為じゃないですか?
報復待ったなしですよ? もし逆の立場なら私はそうするし」
司令官は両手でこめかみを押さえたまま、
ゆっくり椅子に沈み込む。
「……レイヴン少尉。
お前……軍の秩序ってものを、
少しは理解しろ……頼むから……」
机の上に突っ伏す司令官。
「そもそも、報酬の有無が問題じゃなくて……
……問題はお前が本気でそれを実行しそうなことだ……」
私は腕を組んで首を傾げた。
だってほんとにおかしいんだもん。
報酬なしで戦わせるとか、
世界の終わりみたいなブラック契約でしょこれ。
私の頭の中じゃ、
もう「傭兵=報酬あり」って当たり前だし……。
……やっぱこの世界、ラプチャーより人間がやばい。
ニケの世界って撃破に応じた加算報酬ってあるんですかね?
この時期ってまだまだニケに対して人権ってあるよねぇって思ってたけど
紅蓮たちの部隊が人間蠱毒されてた時期でもあるからやっぱり人権ないね
残念だが、報酬なんてものは最初からない…
騙して悪いが、ニケ世界なんでな…タダ働きしてもらおう…
物資運搬に護衛で物資奪うレイヴン見たい…見たくなくない?
ニケ知ってる?AC知ってる?
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ニケ知っている!ACも分かる!
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エンター――テイメント!!(AC知らぬ)
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地上?…汚染されてるもんね(ニケ知らない