第08観測基地──
南西前線でも屈指の武装規模を誇る戦術拠点。その離着陸場に、輸送ヘリがゆっくりと着陸した。
後部ハッチが開くと同時に、待機していた数名の将校とニケたちが一斉に姿勢を正す。
本来なら、到着に際して軍礼をもって迎えるのが慣例だ。
だが今回は違った。
それは“歓迎”というより、あからさまな“監視”だった。
「……来るぞ。目を逸らすな」
誰かが低く呟いた瞬間、ハッチの向こうから足音が響く。
金属と樹脂が打ち鳴らすような硬い音。
コツ、コツ、と静かに、しかし異様に響いた。
姿を現したのは、黒く光る装甲に包まれた脚部。
そして、細身の人型シルエット。
だがその姿は、どこか“少女”を模しているにもかかわらず、全身から放たれる圧倒的な異物感が周囲の空気を変えた。
整備兵とニケたちが、一瞬にして硬直する。
その眼差し、兵装、シルエット……
……どれ一つとっても軍の支給モデルとは明らかに違う。
「生体情報、事前に照合済み。間違いなく──“例の個体”だ」
スピーカーから機械音が響いた直後、場の誰もが息を詰める。
ホログラム越しにしか見たことのなかった“異常”が、今まさに目の前に立っているのだ。
「……発光部位、6箇所。兵装未定。
情報では遠隔火器と、粒子砲……だったか?」
「定かじゃない。なにせ“未知数”だ」
誰かがそう呟くたびに、緊張が場を支配していく。
下手に命令して“キレさせる”方が危険だ
──誰もが、そんな共通認識を無言のうちに共有していた。
無言のまま輸送ヘリを降りたレイヴンは、
ゆっくりと視線を巡らせる。
その眼差しは静かで無表情。
しかし、まるで獲物を見定める捕食者のように鋭かった。
◇◇◇◇
印象、悪っっ……。
私がこの基地に降り立って最初に思ったのは、それだった。
いやいや、戦略兵器の前線配備ってありがたいんじゃないの!?
拍手しろとは言わないけど、
「よく来た」とか一言あってもいいと思うんだけどなあ……。
《未知の兵器で、かつ制御できるか分からない個体を押し付けられている感覚でしょうか?》
エアの声が静かに脳内に届く。
分析としては合ってるけど……
……うん、普通にひどい言い方してない?
私は別に、いつ爆発するかわからない“時限爆弾”じゃないぞ?
もやもやしながらハッチを降りると、待ち構えていた人たちの顔がよく見えた。
全員、目が泳いでる。呼吸も浅い。
しかもそのうちの一人、
私が一歩踏み出しただけで足が一歩後ろに下がっていた。
……まるで“バケモノ”じゃん。
こっちが気分悪くなるよ。
こんな最悪な空気、一刻も早く抜け出したい。
けど……誰も声をかけてくれない。
動かない。
指示もない。
「……どこ行けばいいの?」って思ってるの、絶対私だけじゃない。
そんな異様な沈黙に包まれた発着場に──
突然、軽快な足音が響いた。
「お、お待たせしましたーっ!」
──声が弾けた。
声の主は、ベリーショートの髪に水色のポンチョを羽織った、快活そうなニケだった。
その姿を見た将校のひとりが、小さく呻いた。
「……うそだろ。よりにもよって、あいつが案内係とは……」
「適性検査、いじってないよな?」
「いじってねえよ。たぶん……」
呆れと警戒が入り混じる視線の中、ポンチョのニケはにこにこと笑顔を崩さないまま、まっすぐ私の方へと歩み寄る。
「えっと〜、
あなたが、特殊個体のレイヴン……少尉……で、合ってます?」
おおお……!
この空気をぶち壊す元気そうな声!
周囲の軍人たちは明らかに「なんでお前なんだよ」って顔してるけど、正直言って──君たちよりマシだからな!?
たとえ作り笑顔でも、そのくらいの気概は見習ってほしい。
私は心の中で、天使のようなこの声に最大限の感謝を捧げた
「うん。そうだよ……ん?」
……ん?
なんかすごく聞き捨てならない単語が混ざってた気がする。
少尉? 私が? それって階級……だよね?
なぜ?
《少尉とは、士官階級の中でも最下位の階級です。
……おそらく独自行動を想定した上で、兵卒や下士官よりも上の立場に置かれたのではないでしょうか?》
あぁ……なるほど……?
よくわからないけどわかったことにしよう。
つまりは……
『ある程度自由に行動できる権限のある階級ってことかな?』
《語弊を恐れずに言うならば、そういうことでしょう》
そういうことでいいらしい。
「あの……レイヴン少尉? なにか気になることでも?」
私が黙って思考を巡らせていたせいか、ニケは心配そうに顔を覗き込んできた。
ぱっちりした瞳に、心配よりも好奇心の色が強くにじんでいる。
「……大丈夫、なんでもないよ」
そう返すと、彼女はパッと明るい笑顔に戻って自己紹介を始めた。
「はい!
私はここの案内係兼生活支援担当のフェリーって言います!
よろしくお願いしますね〜!」
「ん。よろしく~」
元気な子だなぁ。
こういうタイプ、初めて見るけど──嫌いじゃない。
「でも良かったですよ~」
「なにが?」
「えっと、資料には『無口で何考えてるか分かんないタイプ』って
書かれてたんですけど、しっかりお話してくれてよかったです!」
ニコニコ。
満面の笑みで爆弾を投げてきやがった。
……うん。
この子もこの子で容赦がない。
本人を前に“兵器のマニュアル”を読むように話すの、肝が据わってるというか、空気を読まないというか……
その瞬間、格納庫の空気が──別の意味で凍った。
数秒の沈黙と、にこにこ笑うフェリー。
目の前のニケはまるで気にする様子もなく、続けた。
「じゃあ、まずはお部屋の案内からしましょうかっ!
格納庫から北棟に向かって〜、
あ、途中でカフェスペースもありますよ。
ここ、意外とご飯は美味しいんですよ〜!」
ぺらぺらと喋りながら、くるっと回って先を歩き出すフェリー。
私はその背中を一歩だけ見送って──ふっと口元を緩めた。
基地って、もっと殺伐としてて、むさ苦しいとこかと思ってたけど。
こういう子がいるなら、ちょっとは……いいかもな。
その様子を遠巻きに見ていた将校の一人が、腕を組んで低くつぶやく。
「……どうかしてる。あの子、怖くないのか?」
「さあな。
……でもまあ、ある意味じゃ、一番適任だったかもしれん」
警戒はまだ消えない。
けれどその瞬間、異物は、奇跡的に“日常”の中へ滑り込んだ──。
──────
その後、格納庫、ブリーフィングルーム、ニケ専用の食堂と順々に案内を受けた。
私が気になる場所といえば、
──やっぱり、兵器庫と屋内外の射撃場。
でも、何より燃えたのはシミュレーションルーム!
スコアアタックにタイムアタック、さらにはランキングまで実装されてるって聞いた瞬間、内心めっちゃテンション上がった。
他の基地のデータとも連動してるらしく、全拠点共通のスコアランキングまであるとか……!
燃える……すごく燃える……!
シミュレーション結果はすべて保存されて見返せるし、自分の動きの良し悪しを分析できるのもありがたい。
これでずっと遊べ──いや、訓練できるじゃん。
そんなワクワクのまま、最後に案内されたのが──宿舎。
ニケたちの生活空間。
最低限の設備が整っただけの、無機質な部屋が並ぶ場所。
……うん、正直ここは使わないかな。
もう寝床は決まってるし。
シミュレーションルームっていう最高の寝床が、ね。
そんなことを考えていると、フェリーがぱっと振り返る。
「レイヴン少尉のお部屋は、ここです!
何か不足があったら連絡くださいね!」
「あ~……うん。ありがとう」
……最後まで元気な子だった。
たぶん、あれが素なんだろうなあ。
じゃあこれで案内終わりかな? と思ったところで、
フェリーがふと立ち止まってぽんっと手を打った。
「──あっ、そうでした!」
思い出したように鞄をごそごそと漁って、
取り出したのは一枚のクリアファイル。
「えーと、
これが明日からの講義と訓練のスケジュール表になります!」
ファイルを受け取って、中身をパラパラ……と、確認。
……一瞬で後悔した。
講義、訓練、座学、点呼、起床、就寝──
紙面いっぱいに、みっちり詰め込まれたタイムテーブル。
これ、見ただけで息苦しくなるほどのヤバさ……!
え、なにこのみっちりスケジュール……!
出撃以外は自由時間じゃなかったの??
講義に訓練に点呼に座学にまた訓練……
……これ、徹底管理ってやつじゃん……
ちらっと視線を上げれば、横でにこにこしてるフェリー。
この紙の中から“人権”という単語がゆっくりと消えていく錯覚を覚える。
え?
なに?
これを明日からやれと?
抜け出したい……
帰りたい……
監督官の元で悠々自適にシミュレーションルームに籠りたい……
やっていけそうとか思った私が馬鹿であった……
「……自由時間は?」
恐る恐る聞いてみる。
するとフェリーは首を傾げながらも、あっさりと答えた。
「講義や訓練以外の時間は、自由行動ですよ?」
……え?
あ、そういう感じ?
つまり、講義は自由参加でいいってことじゃん?
エアの言葉を思い出す。
兵卒や下士官よりも上の立場……それが少尉の階級。
詰る所、講義や座学は履修済みとして考えて良いということ!
《レイヴン……おそらく違うのではないかと》
『エア、うるさい』
今は希望を信じたい。
だってアレ全部真面目にこなすとか、
精神が摩耗するってレベルじゃない。
これは自己管理。うん。自己管理の一環だよ!
「なるほどね~。……あ……出撃は?」
ふと気になって確認する。
ラプチャーとやらが出た際の対応なども確認したい。
「え? あ、いえ、出撃はまだ未定なんですけど、
その前に“戦場に出る前の心構え”とか“集団行動時の──」
「……興味があったら、行く」
フェリーの言葉をバッサリ遮った。
その講義の内容、なんとなくもう分かった気がする。
そして、途轍もなくどうでもいいということも。
戦場に出る前の心構え……ねぇ……
必要かどうかは、人によって異なるのだから、必要な部分の参加でよいと思うのである。うん。
「うーん、
自由参加ってわけじゃないけど任務優先の立場ですしね!」
つまり、実質自由参加。
……そうであれ。頼むから。
私が心の中で祈っているのも知らずに、フェリーがまた元気よく口を開く。
「あっ、そうでした!
案内が終わったら、司令官室に来てほしいって
言われてたんだった!」
「……司令官?」
「うん、基地の責任者の方。
新しく着任したニケには、最初に面談があるの。
たぶん、ルール説明とかじゃないかな?
“問題起こさないように”ってやつ!」
……問題起こす前提で言われてるの、地味に傷つく。
っていうか、そんな顔してんのかな私……。
────
案内された司令官室の扉は重厚で、やたらと金属質な響きを持っていた。
無骨な真鍮製のネームプレートには《基地司令 セルゲイ・フローレンス》とある。
フェリーがその前で小さく息を呑んだのが聞こえた。
「そんなに怖い人なの?」
問いかけると、彼女はびくりと肩を跳ねさせ、慌てて口に人差し指を当てた。
……ああ、なるほど。察した。
無言でノックし、その返事を待たずに私は扉を開ける。
フェリーが慌てて止めようとする声も、無視して中へ踏み込んだ。
室内には一人、背筋を伸ばし椅子に座った壮年の男。
短髪、眉間の深い皺、机に山積みの書類。
まさに“軍人”の象徴みたいな風貌だった。
その視線がこちらに向く。
「……入れ、レイヴン」
名前を呼ばれた瞬間、空気が一段階くらい重くなった気がした。
どうやら、噂通りの“軍人”って感じの人らしい。
「初めまして……だな。第08観測基地の司令、セルゲイだ」
強面……
あぁ、だからフェリーが怖がるのか……
なるほどなるほどと心で頷く。
私は一歩だけ前に出て、手をひょいと上げる。
「……どうも。レイヴン……です」
口調がたどたどしくなったのは、
司令官の緊張感が伝染したせいだと思う。
ピクリ、と司令官の眉が動いたのが見えたし、フェリーも後ろでピクリと肩を震わせた。
……あれ、なんか間違えた?
《恐らく「どこから来たのか」というところが抜けていたのでしょう》
あぁ、そういうこと?
やはり軍隊……
厳しいというか、細かいところまで気にしすぎというか……
「えっと……。
研究所……(あれ、名前なんだっけ)……から来ました。
レイヴンです」
やや間があったせいか、空気がまた重くなった。
フェリーの顔色がどんどん青ざめていくのが見えて、さすがに悪いことしたかなっと思い始める。
それでも彼女ははっとして敬礼した。
「案内係兼生活支援担当のフェリー軍曹!
レイヴン少尉を連れてきました!」
額に汗を浮かべながらも、キビキビした声。えらいな。
あ、そうだった。私も敬礼しなきゃだよね。
思い出したように片手を上げると、司令官が小さく息を吐いた。
「……レイヴン少尉。
正式な辞令により、本第08観測基地への配属を命じられたこと、重く受け止めていると信じたい」
「あ、うん。そういうのはちゃんと聞いた。うちの監督官から
少尉になることは聞いてないけど……」
「あぁ……例の監督官か……」
あの人、やっぱり曲者扱いされてるっぽいな。
それはともかく、ずっと入り口に立ったままってのも落ち着かないので、適当に部屋の椅子に腰を下ろす。
ぽふっと音がして、身体が沈む。
案外、座り心地は悪くなかった。
司令官が鼻を鳴らすようにして私を見た。
明らかに「自由すぎる」と言いたげな目。
でも、怒鳴られはしなかった。
「……では、軍曹。面談が終わるまで外で待機してくれ」
「は、はいっ! 失礼します!」
フェリーが退出し、重たい扉が閉じると室内は一気に静かになった。
司令官は咳払いをひとつ挟んで、話を切り出す。
「さて。
君には既に、明日からのスケジュールが配布されているはずだ。
確認は済んでいるか?」
「うん、見たよ。把握はしてる」
気の抜けた返答だったかもしれないが、嘘は言ってない。
司令官は微妙に顔をしかめた。
「……なら、講義や点呼、各訓練への参加に問題はないな?」
「へ?」
私は一瞬、目を細めた。
あれ……今、なんて言った?
「……えっと、それって……全部参加“しろ”って話?」
「当たり前だ。規律を守るのは軍人として──」
余りの衝撃に司令官の声が聞こえなくなる。
え?
ほんとに言ってる?
あれを……すべて【やれ】と?
再び突きつけられた現実に、脳内の処理が一時停止する。
そのまま軽くフリーズ。
心の中で「無理無理無理無理」の文字列がスクロールしていく。
このままじゃダメだ。
私の人権が奪われる。
この場をどうにかして突破しなきゃならない。
《……おかしいですね。
レイヴンは“遠隔監視下における自由行動を許可する”という条件で配属されたはずですが──》
それだ!!!
エアのぽつりとした一言が、まるで希望の光のように脳内を貫いた。
そう、私は「自由行動の許可」をもらってここに来たんだ!
「―であるから、軍人として──」
「私は【遠隔監視下における自由行動を許可されている】って、監督官に言われて了承の上でここにいるんだけど?」
きっちり司令官の話をぶった切り、主張をねじ込む。
ついでに監督官という後ろ盾を盾にし、こっちからも【睨み】をお見舞いする。
司令官の目が、ぐっと見開かれる。
「……貴様、それを本気で言っているのか?」
「うん」
即答。間なんていらない。
その瞬間、脳内でエアが小さく「わぁ……」って言った。
「……あの監督官め、何を吹き込んだ……」
眉間にしわを増やして、司令官がこめかみに手を当てる。
……あ、あれ頭痛ポーズだ。たぶん私のせい。
数秒の沈黙の後
「つまり少尉……貴様は、
“任務以外はすべて任意参加”と解釈している。そういうことか?」
「うん。だって、そんなに規則多いなら来ないし」
そう、もし最初から全部縛られるってわかってたら、素直に来たりしない。
シミュレーションルームで遊びながら、監督官を困らせる方が100倍マシ。
その分監督官は苦しむだろうけど……。
司令官はしばし沈黙したまま、書類の山をじっと見つめていた。
まるでそこに答えがあるとでも言いたげに、重たく黙り込んでいる。
「……君は少尉だ。部隊においては指揮官に準ずる立場でもある。
君が規律を乱せば、他の者たちにも影響が出る」
「……あー……」
そうくるか……
……でも“自由”って言われたし……
……ここで引き下がるわけには……。
「……努力はするよ。できたら、ね」
微妙な答えに、司令官のこめかみがピクリと動く。
そして、眉間をぎゅっと揉みながらこちらをじっと見る。
怒ってるわけじゃない。
見てるのは……現実から目を背けたい人の顔だ。
疲れてる大人の顔。何人か、見たことある。
「……はぁ」
椅子が軋んだ音とともに、ようやく小さなため息が漏れる。
「任務の遂行に支障がなければ、しばらくは少尉の判断に任せよう。
……それ以上の混乱が起きなければ、だが」
「そっか」
勝った──!!
私はすっと立ち上がって、部屋の出口へ向かう。
そしてふと思ったことを、何気なく口にした。
「じゃあ──この後は、自由?」
こめかみにぴきりと血管が浮かぶのが見えた。
「……いい加減にしろ。退室を許可する、レイヴン少尉」
「はーい」
手をヒラヒラさせるようにして敬礼っぽいことをして、部屋を出る。
ドアの外ではフェリーが心配そうな顔で待っていた。
扉が閉まった後、司令官はしばらくじっとそのまま、動かなかった。
「……“自由”などという言葉を、
お前のような兵器が口にするな……」
それは誰かに言いたかったのか。
それとも、ただの独り言か。
いずれにせよ、その声はとても──遠かった。
────
司令官との面談を終え、フェリーと共に一度宿舎へ戻る。
その道すがら、整備課に立ち寄って寝袋などの簡易備品を申請し、受け取っていく。
「……なぜ寝袋を?」
フェリーが首をかしげて訊いてきたが 「必要だから」とだけ答えてごまかす。
フェリーはそのまま次の講義へと向かい、私は独り宿舎前で別れる。
──寝袋の理由なんてひとつ。
そう、“あそこ”に住むためだ。
目的地に着き、手渡されたキーカードをかざして中へ。
開いた扉の向こうに広がるのは、外の射撃場に匹敵するほどの広大な空間。
──シミュレーションルーム。
無人を確認すると、寝袋や最低限の備品を室内の隅にぽいぽいと置いていく。
よし、準備完了。
ここが今日からのマイルームだ。
その足で次に向かったのは兵器庫。
本来なら上官の許可が必要な申請らしいが、少尉階級の私は自筆サインだけで通るとのこと。
こういう時だけ、軍の階級制度にちょっと感謝したくなる。
ほんのちょっとだけ。
選んだ武装は、ARとSMGをそれぞれ2丁ずつ。
実戦テストで使ったショットガンは解析のため回収されているから、また近いうちに別で申請するつもりだ。
正直没収してほしくはなかった……
申請するという行為がめんどくさい……
──で、問題はここからだった。
前回のテストでSMGがショットガンに“変形”した、あの異常事態。
エア曰く
《おそらく、レイヴンの意思に応じて銃が構造変化を起こしたのだと思います》
とのことだったので、
「今回は変わらないでしょ」と楽観していた私が、馬鹿だった。
たしかに、これはAR。確かに、SMG。
見た目もそれっぽいし、変形する気配もない。が──
……全内部機構、まさかの“コーラル式”。
ちょっと待って、意味がわからない。
なぜ!?
ACに乗ってた時でもそんなにコーラル兵装使ってなかったよ!?
だかそれ以上に問題なのは……
頭を抱えつつも、とりあえず兵器庫の端末を見てみる。
……報告、どうしよう。というかこれってどう書くの?
私は悪くない。……たぶん。
でも、私のせいだという気もしてくるのが腹立たしい。
ちらりと、赤みがかった光を帯びる異形のARとSMGを見やる。
……うん。
とりあえず、撃ってみてみよう……!
報告は……そのあとでもいいか!
シミュレーションルームに戻り、タイムアタックとスコアアタックの同時起動を選択。
ARを持ちSMGをどこに収納しようかと迷ていると実践テストのことを思い出す。
あ、そういえば──
実戦テストではブレードを使ってる間、銃が自動格納されてたな。
そう思い手の甲を覆うグローブ状の外骨格を眺め、試しにARを手放すと、即座にアームが展開し、腰裏から肩上部へとスライド収納された。
……ほんと、すごい技術だなこれ。
気を取り直してARを両手に、SMGを背に装備。
信号を送ると、前方モニターにカウントダウンが表示され──
「タイムアタック、スコアアタック、開始」
《メインシステム。戦闘モードを起動》
無機質な合成音とエアの声が、重なって響く。
直後、足元の推進ブーストが唸りを上げる。
壁を蹴って旋回し、空中を縦横無尽に跳ねながら次々にドローンを撃墜していく。
連射、ブースト、旋回、着地、またジャンプ。
もちろん出力は最低限。だけどスピードは抑えない。
連射しながら縦横無尽に飛び回る。
暫くすると連射による放熱が発生し瞬時にSMGへ持ち替える。
動きが速すぎてセンサーが捕捉できない──
それでも終了と同時に表示された記録は、
──【タイム:0:41:05 スコア:8960pt】
「……基地内ランキング、1位記録更新」
モニターに映ったその数字。
たった今まで誰も知らなかった“新入り”の名前が、ランキングトップに躍り出た。
私はそれをじっと見つめて、ぽつりと呟いた。
「ふーん。……結構、簡単だったかも」
あのラプチャーってやつらも、少し柔らかすぎた気がする。
さすがにシステムの仕様上、実物と同じ硬さには出来ないだろうけど。
これだと、勘違いする子が続出するのではないだろうか……。
気を取り直し、表示を“全国ランキング”へ切り替える。
今後、他基地に異動する可能性だってある。
その時の参考に、今の最強を知っておきたい。
上位に並ぶ名前を眺める中、私は目を細めた。
──ランクトップは、もう私になっていた。
ちょっと拍子抜け。
すこし寂しい思いをしながらも、さっきまで1位だった人物の名前を見みる。
【Rank.2:リリーバイス】
「……リリーバイス?」
知らない名前だった。
誰だろう。──そう思って、詳細表示を開く。
撃破数、スコア……たしかに高い。私の前の記録保持者だろう。
でも、そこは問題じゃない。
視線が自然と“武器”の欄へと移る。
──空欄。
「……え?」
もう一度見る。
何度目を凝らしても、武器欄だけがぽっかりと抜け落ちている。
────────────────
武器使用数:ゼロ。
近接兵装:ナシ。
サポート兵装:ナシ。
ドローン、パック系、追尾砲台:すべてナシ。
────────-
つまり──“何も使っていない”という記録だ。
「武器……なし、で?」
口からこぼれた声は、自分でも気づかないほど小さかった。
けれどその直後。
喉の奥から湧き上がるように、
笑いそうになる感覚が胸に広がった。
「へぇ……」
気づけば、口角が上がっていた。
“そんな奴がいるのか”
“それが本当なら──面白い”
画面に映るその名前の横には、部隊名が記載されていた。
『所属部隊:ゴッテス』
────
思いがけない収穫に、私はすっかり上機嫌だった。
そっかー、拳と蹴りで戦うニケもいるんじゃん!
同じ穴のムジナとは言わないけど、
もし今後、部隊配属の選択ができるなら、
──ゴッテス部隊に行くって申請してみようかなって思った。
近接戦闘の子は大歓迎である。
ましてやパンチとキックだけで戦うなら、もはや尊敬の域に達している。
「一度でいいから、会ってみたいなぁ……リリーバイスさん……」
画面の名を見上げて、ふと声が漏れる。
あの子が拳なら、ほかの隊員さんはどんな近接をつかうのか……
チェーンソー? パイルバンカー? それともドリルだったりして?
《レイヴン。
基地のデータベースによると、現在のゴッテス部隊はリリーバイス一名のみで構成されているようです》
「えっ、そうなの!? じゃあ……隊員募集中だったりして!?」
《現時点では、公式な募集情報は見つかりませんでした》
まあ、さすがに“一人で一部隊”は無理がある。
いつか増員されるだろうし、その時に名乗りを上げれば、
──なんて期待を込めて。
そんな妄想に浸りながらシミュレーションルームを片付けていたその時。
ふと、ある“非常に重大なこと”を思い出してしまう。
「ああ──……」
……変質した銃、返却しなきゃじゃん。
……うーん、やっぱ返すのが一番だとは思うんだけど。
誤作動とか暴発とか、ないよね……?
《現在のコーラル管理権限はレイヴンにあります。
レイヴン自身が“実行”しない限り、問題は起きないでしょう》
『……そっか。私、一応“管理者”なんだ』
言われてみれば確かにそうだけど、実感がない。全然ない。
でもまぁ、それなら問題ないか。
『なら返却しても大丈夫だ……よね?』
私は変質した銃たちをキャリングケースに詰め込み、
兵器庫のカウンターへ向かった。
出てきたのは、三十代前半くらいの男性隊員。
礼儀正しくて、対応も丁寧。
正直、好感度は高い。
「おや、レイヴン少尉。どうされました?」
私はケースを軽く抱え直し、少し間を置いてから口を開いた。
「……変形してしまった銃の、後処理ってどうすればいいかなって」
「……へ、変形……でございますか?」
「うん。見た目は普通だけど、中の構造がちょっと……違ってて。
マガジンも抜けないし」
彼はやや戸惑いつつもケースを開け、並べられたARとSMGを見下ろす。
「……ぱっと見、制式モデルそのままですね」
「でしょ? でも、分解してみて」
私の一言に、彼は困惑しながらも整備台の上で作業を開始した。
しかし、フレームを開いた瞬間──彼の手が止まる。
「……あれ……?」
「……だよね?」
その内部には、通常あるはずのバッファーもガスシステムも存在せず。
代わりに、コーラル由来と思われる導電体と、正体不明のユニットが組み込まれていた。
「……こちら、少尉が“持った瞬間”に変化したと?」
「まあ、そんな感じ?」
彼は顔を青くして、しばしARとSMGを見比べると、深くため息をついた。
「……これは……当庫での通常保管は、難しいですね」
「やっぱ、そうなる?」
どうしようかと二人でしばし沈黙。
最終的には、司令部への確認ということになった。
1時間後、戻ってきたのはフローレンス司令直々の通達だった。
『レイヴン少尉が保持する兵装について、当面は本人が管理せよ。
専用ロックケースと個別保管ラックを用意し、本人の許可なくアクセスを禁ず』
つまり──
「誰にも扱えないなら、持ち主に任せるしかない」
という、至極妥当な判断である。
用意された専用ケースには、私の個人コードとバイオ認証が登録されていて、中には例の“変質銃”たちが綺麗に並んでいた。
私はしばらくそれを眺めて、ぽつりと呟いた。
「……あれ?
私、いつの間にか“兵器庫の外部倉庫”になってない?」
兵器を返却に来ただけのつもりが──
なぜか保管担当に任命されていた。
まったく、よくわからない結末だ。
◇◇◇◇
どこまでも広がる雲海の上。
大気の流れを無視して浮かぶ、鋼鉄の巨影があった。
その姿はまるで、空に咲いた巨大な花
──だが、美しさの裏には徹底された武装と装甲が並ぶ。
それは“浮遊母艦”。
制空権すら意味をなさない、天空の城。
艦橋の展望区画に立つ、一人の少女。
白銀の髪が風に揺れる。
彼女は無言で、前方のスクリーンを見つめていた。
【Rank.1:レイヴン】
【Rank.2:リリーバイス】
「……抜かされちゃった」
ぽつりと零した声に、背後から規則正しい足音が近づいてくる。
「──こんなところにいたのか」
姿を現したのは、この部隊の指揮官。
サングラスをかけた若い男だ。
だが、スクリーンに映る表示を見るなり、その眉が跳ね上がった。
「……マジかよ……!」
「うん。レイヴンって子。見たことない名前だった」
リリーバイスは小さく笑う。
その表情は──どこか楽しげで、どこか悔しげだった。
「どんな子なんだろうねぇ、レイヴンって」
「気になるか?」
「……うん。ちょっとだけ。会ってみたいな…」
スクリーンの中心に浮かぶ【レイヴン】の名が、
淡く、ゆっくりと明滅を繰り返していた。
まるで、それが遠くで灯る“狼煙”のように──。
ぶっちゃけた話…
リリスお姉ちゃんは、遠距離の敵に対してどうやって対処していたのでしょうか…
一人だけ登場作品が異なるで有名なゴリry…
おっと、誰か来たようだ…
多くのお気に入り登録感謝いたします…!
アンケートに参加された皆様もありがとうございました!!
ニケ知ってる?AC知ってる?
-
ニケ知っている!ACも分かる!
-
エンター――テイメント!!(AC知らぬ)
-
地上?…汚染されてるもんね(ニケ知らない