マガダンの英雄、先生になる 作:コルディアムに脳を焼かれた阿慈谷ヒフミ
彼女には既存キャラには絶対に果たせない役割を果たしてもらおうと思います
それと筆者は戦闘機が好きなだけで民間航空とかよくわかんないです
つまり全て付け焼き刃の知識!!
『こちらDU1コントロール。サンクトゥムへのVFR飛行を許可します。ヘルハウンド1、タクシーを許可。誘導路A3、Aを経由して滑走路25Lに向かって下さい。
「ヘルハウンド1、了解」
サンクトゥムタワーまでこの機体で行くと言った時、もちろん驚かれた。まずこの機体はここでの耐空証明を取っていないし、たかだか30km位で戦闘機を飛ばすなど普通では考えられない。戦闘機はちょっとした移動で使う用途の航空機ではないし、コストもバカにならないのである。
しかしだ。公共交通が死んでる上に、サンクトゥムタワーの復旧も一刻を争う事態だ。なら、手元にある戦闘機を使うのが一番に決まっている。幸い、リンちゃんが代行権限でどうにかしてくれると言ってくれた。彼女に感謝だな。
「ヘルハウンド1、離陸準備完了。許可を求める」
「DU1コントロール、ヘルハウンド1の離陸を許可する。風向、方位080、10ノット」
「了解、離陸する」
今日二度目の離陸。強烈な加速を全身に受けながら、十分な速度に達したら機首を持ち上げる。
「ヘルハウンド1よりDU1へ、離陸した」
『確認。幸運を』
脚を納め、サンクトゥムタワーへ進路を取る。ここからでもタワーの場所はよく見える。
サンクトゥムタワーの滑走路は聞いたところによると無管制空港、つまり管制官が居ない空港らしい。無管制空港はVFR飛行時なら許可なしの着陸が可能だ。無論、必要な着陸手順を満たす必要があるが。
(...にしても)
今日だけで、連邦中核領のメガシティの建物の数と同じくらい疑問を抱いている。
今だって不思議なもんだ。俺の中でほぼ確実となっている、「このキヴォトスがあの地球とは違うどこか」という推測。これが正しければ、何故元いた世界と飛行のプロトコルが大して変わらないのか。それに、VFRならフライトプランが不要だったり、無管制空港への無許可着陸ができるというのも連邦のルールだ。必ずフライトプランを出さなければならない国もあることを考えると、ほとんど博打のようなものだったんだが...。
それだけじゃない。今日俺が会ってきたのは年端もいかない女の子ばかりだった。野郎や大人を俺は見かけていない。連邦生徒会という名前からして、この世界はあんな女の子が舵をとってるのか?そもそも彼女達の親は?どうしてみんなして銃を持っている?
...ダメだ、考えても考えても疑問しか生まれない。それに解答を出してくれる相手もいやしない。今はこの機体を飛ばす方に意識を向けよう。急遽貰った無管制空港への着陸プロトコルを改めて見直す。やはり連邦のルールと何ら変わりない。
過ぎ去っていく足元の景色は、同じメガシティといっても連邦中核領のディストピアじみたものではなかった。よく言えば、コンクリート・ジャングルの中にも人の温もりがあった。所々公園のようなものが見える、という点でも、一切の緑が存在しない中核領とは訳が違った。昔見に行った大邱は、正直いってあまり滞在したい場所ではなかったことを考えると、これは驚くべきことと言える。そう思うのは、俺が自然豊かなマガダンで育ったマガダン人であるからだろうか。どうであるにせよ、ここにはしばらく滞在することになりそうであることを考えると、僥倖と言うべきなのだろう。
足元のメガシティを眺めながら行けば、30kmなんて距離は戦闘機で飛べばすぐだ。もう着陸プロトコルを実施するところまで来ている。見たところ、滑走路は現在の針路と直交するような形になる。そうなると...ダイレクトベース・アプローチか。
航空機が着陸する際、トラフィックパターンというものがある。基本的にこのトラフィックパターンに乗りながら滑走路に着陸する。今回のダイレクトベースは、トラフィックパターンの最終段階であるファイナルの1つ前、ベースレグと呼ばれる段階から着陸進入を行うものだ。このベースレグという段階は、ちょうど滑走路と直交を成す。今の進路から考えればこれが最適という訳である。
着陸前最終チェックよし。ランディングギアを下ろし、着陸体勢に入る。機首を上げながら速度を落として...接地。確かな感覚が足元と操縦桿から伝わる。
後続のヘルハウンドはすぐに来る。急いで機体を滑走路から退かして、誘導路に向かう。
「驚いたな...地下ハンガーか。それも大型機が出入りできるサイズだ。プロスペロやモイラにあるのと似たようなのか」
誘導路から少しはけた所には、地下に向かう大型のハンガーが見えた。
名だたる世界都市、モイラ、ビザンティウム、ストラトフォン、そしてプロスペロ──これらの都市は、民間や軍の主要な航空拠点となっている。大厄災以前ならいざ知らず、少なくともAC400年頃のあの世界においては、空こそが人々を結ぶ一大手段であり、遠隔地を行き来するならほとんど空一択という状況においては、これら航空拠点の重要性は言うに及ばない。
そのような拠点には多くの場合、地下ハンガーが設置されており、そこから航空機は発進してくる。無論、どこの空港にもあるものでは無い。
そういったものが、こんな無管制空港に設置されているのは、俺からすれば小さな驚きと形容して差し支えなかった。
「...で、どうやって入るんだ」
管制官がいない以上、このハンガーのゲートを操作する奴もいない。かといって、さっきD.U.新第1空港で悩まされたように、この機体は内部からタラップ操作ができるようには出来てないので降りられない。だから俺が操作できる訳では無いんだが──
そう思ってゲート前に機体を止めて思案していると、突然目の前のゲートが開き出す。自動化されているらしい。その先には、赤と白の光で照らされる、ぽっかり空いた化け物の口のような広大な空間があった。アヌラだのリットリアだのといった
(ほー...。ご丁寧にトーイングカーやら整備道具まで置いてある...。あれは、外部エンジンスターターか?)
ハンガー内部の設備はまさに驚くべき充実ぶりだった。天井にはクレーンまで据え付けられている。民間運用していないだろうこの滑走路に対しては、はっきりいってもったいないくらいだ。
充実した設備に感心していると、ハンガーの端が見えてきた。後続機、とくに大型機であるヴィータの邪魔にならないように駐機する。
「...あ」
ここでも、タラップを機内から降ろせない問題が発生する。こうなるとどうしようも無い。諦めて座席で誰かが来るのを待つしかない。エンジンを切り、キャノピーを開いて待つ。空調もよく効いているらしく、ちょうどいい室温が保たれていた。航空機の維持管理において温度もまた重要な要素だ。当たり前といえば当たり前だが、ここを作った奴は航空機のことをよく理解しているらしい。
「ん?」
エアコンの僅かな風音に混ざり、駆動音が聞こえる。おかしい、メインエンジンどころか
音の聞こえる方向に顔を向けると、タラップがこちらに近づいてきていた。誰も操作していないところを見るに自律式らしい。
「ここは随分と自動化されてるな。よく出来たことで」
近づいてきたタラップはそのままコックピットの真横で止まる。そのまま横付けされたタラップを降りると、ゲートの方から何機かこちらに向かってくるのが見えた。ブッキーとコブか。ブリックとヴィータはまだ降りてきてないらしい。
彼らも俺と同じように端に止めると、すぐにさっきのロボットタラップが新たな機体の方に向かっていった。開いたキャノピーからは見知った顔が姿を現した。
「こいつはすごいね。こんな広いハンガー、あたしらがいた基地からすれば考えられない」
降りてきたコブが感嘆する。ブッキーの方はと言えば、どこか呆然としながらハンガーの天井を見上げていた。
「お、来たな」
一際大きなジェットエンジンの音がゲートの方から響く。コブの声につられて見ると、1機のVX-23VTLの後ろにFC-8が1機ついてきていた。ブリックとヴィータだ。
俺が見たロボットタラップは戦闘機のコックピットの高さに合わせてある。だが旅客機であるC-8をベースに作られたAWACSであるFC-8は高さが違う。ブリックはともかくヴィータは一体どうすんだ──そう思った俺の考えくらい、ここを作った奴にはお見通しだったらしい。もう1個どこからともなく出てきたタラップが自身の階段部の長さを伸ばして、駐機したFC-8のドアに寸分の狂いなく横付けする。
「...よく出来てると思わないか、ブッキー?」
「連邦空軍にも導入したほうがいいと思うぜ、ドライバー」
「今の空軍にそんな金があるとは思えないけどね...噂じゃ、奥連邦の方や予備部隊の連中はミサイルや機銃の弾にも事欠いてんだろ?」
「俺達はまだ恵まれてる。連邦治安維持軍様々...ってことだな」
俺達が話をしていると、FC-8のドアが開き、中から1人の男と、女性がもう1人降りてきた。ヴィータが自機にリンちゃんを乗せていたのだ。ブリックの方も降りてきて、俺達の方に向かってきた。
「ここはすげぇな。アナディリなんて年に数ヶ月しか開いてないからこんな上等な設備なかったのによ」
「設備規模だけで言えばプロスペロやモイラにも劣らない。凄い場所だな」
ブリックとヴィータも俺達と同様の感嘆の声を上げる。
「驚かれましたか?ここは、連邦生徒会長自ら手がけたのです」
リンちゃんの言葉に一同が動きを止める。しかし、そのフリーズ状態は決して長く続かなかった。皆気づいたのだ。あくまでこういう滑走路が欲しいと、そういう構想を立てたのだと。それ以外ありえないと。まさか、自分でここをデザインしたなんて、そんなことは無いだろう。
「へぇ、こんなところを作ろうと考えるなんて、その連邦生徒会長って子もなかなか面白いことを考えるね」
「構想だけではありません、コルト先生。ここの設計そのものも連邦生徒会長によるものなのです」
「...はっはっはっ、リン。あんまりあたしをおちょくるのは良くないよ」
「いいえ、本当です。構想から建設まで、全て彼女が成し遂げました」
またしても一同が動きを止める。しかして、今度はしばらく再起動は成し遂げられなかった。
「...まったく、連邦生徒会長ってのは一体どういう奴なんだ?」
サンクトゥムタワーに向かう通路の中でブッキーが吐き出す。
俺達は、あのハンガーからサンクトゥムタワーへと通じる通路をリンちゃんの案内の元歩いている。...にしても、フリーズ状態を脱した今でも信じられない。あんなハンガーを1人で作り上げるなんて。他の連中も同じ思いのはずだ。それに答えるかのように、リンちゃんは連邦生徒会長について話し始めた。
「一言で言えば超人、でしょうか。ここキヴォトスは彼女の手腕によって成り立っていたと言っても過言ではないでしょう。私はこの目で連邦生徒会長のことをよく見てきましたが...えぇ、彼女のような人は、後にも先にも現れないと断言できます」
「それで?そんな超人ちゃんに呼ばれたのが俺達なのか?レンガ工やらラリードライバーやらに、1人でハブ空港クラスの設備を仕立て上げるトンデモ人外の代わりができるのかよ?」
「それは私自身にも分かりかねます、ロマンスキー先生。唯一確かなのは、彼女があなた達をここに呼んだ、という事実だけなのですから」
話しているうちにエレベーターの前まで来た。リンちゃんがエレベーターを呼ぶ。
「先生先生って言うけどよ──」
ブッキーが足を止める。その声色は、困惑の色が混じっていた。
「俺達は連邦治安維持軍所属の軍人だ。教師ではないし、不適格だろ。そもそも先公の免許なんて持ってねぇぞ。今からガキに何教えろってんだ」
リンちゃんはその言葉に、少々の間考える素振りを見せた。エレベーターが到着し、全員でガラスのカゴに揺られながら彼女の言葉を待つ。
「このように言っていいものか...もちろん、先生方には勉強を教えてもらうことになりますが」
「やっぱりやるじゃねぇか」
「しかし、授業を受け持っていただくことにはならないかと」
「どういう事だ?家庭教師でもやんのか?」
「どちらかと言えば、このキヴォトスで起こる様々な困り事を解決していただく...ということになるでしょうか」
「へぇ、じゃああたしらの仕事は便利屋かい?」
「詳しいことはおいおい話すとしましょう」
ここの先生って、一体どういう仕事なんだ?俺にとって先生ってのは、小学校の時の爺さんや、ハイスクールの時の、生徒指導の小うるさい体育教師であって、便利屋じゃない。ラリードライバーから予備役、治安維持軍ときて次は先生かよ──俺の職業の移り変わりように目を回す思いだ。
「到着しました。行きましょう」
エレベーターが目的の階に到着したことを知らせる音を鳴らす。エレベーターに書かれた階案内には、“レセプションルーム”とあった。
「ちょっと待って!代行!見つけた、待ってたわよ!連邦生徒会長を呼んできて!」
俺たちを見るや否や、一人の少女が立ち上がる。菫色の髪をした彼女も、ご多分に漏れず銃を持っていた。カスカディア製のサブマシンガンと同型に見えるそれに、少々の警戒心を抱く。
「...ん?隣の方々は──」
「首席行政官。お待ちしておりました」
菫色の彼女を遮ってもう1人の女性が立ち上がる。高い身長と、デカい翼、そして...その、控えめに言ってイカれたスカートが特徴的だった。何考えてんだ、あれ。そういうファッションが流行りなのか?
「連邦生徒会長に会いに来ました。風紀委員長が、今の状況について納得のいく回答を要求されています」
服装がやばいのに続いて声を上げた方は、打って変わって非常にまともな格好をしていた。...ああ、あえてまともじゃない、というか普通とは違うところは、リンちゃんのような耳をしていたところと、持っている銃が古いヨーロッパのものだったことぐらいか。大厄災以前の物を再現したやつがあれと似た見た目だったはずだ。500年前の銃と最近の銃が共存していることに、改めて大厄災を乗り越えていくのにかかった時間を痛感する。そもそもこの世界では起きてもいないだろうが。
「あぁ......面倒な人たちに捕まってしまいましたね。こんにちは、各学園からわざわざここまで訪問してくださった生徒会、風紀委員会、その他時間を持て余している皆さん」
「...顔怖っむむむむ!!!」
リンちゃんの毒舌に迂闊な言葉を漏らしたブッキーの口を急いでブリックが塞ぐ。なんて迂闊な野郎だ、カジノで働いてたのに口は災いの元だって知らないのか。「人間社会の排水溝」にいたならそれくらい知ってるだろ。幸い聞かれてなさそうだが...。
「こんな暇そ......失礼、大事な方々がここを訪ねてきた理由は、よく分かっています」
「──今、学園都市に起きている混乱の責任を問うために...でしょう?」
まずい、この七神リンって子、思ったより口悪いかもしれん。後でブッキーには下手なことを口走らないように言っとかないと。何かリンちゃんの耳に入ったら次の日には二度と笑えなくなっていてもおかしくないぞ。
「そこまで分かってるなら何とかしなさいよ!連邦生徒会なんでしょ!数千もの学園自治区が混乱に陥ってるのよ!この前なんか、うちの学校の風力発電所がシャットダウンしたんだから!」
「連邦矯正局で停学中の生徒たちについて、一部が脱走したという情報もありました」
今までの3人に加え、白髪の少女──イカれた格好の方と同じ紋章の服を着ていた──も治安維持の状況を語る。
「スケバンのような不良たちが、登校中のうちの生徒たちを襲う頻度も、最近急激に高くなりました。治安の維持が難しくなっています」
「戦車やヘリコプターなど、出所の分からない武器の不法流通も2000%以上増加しました。これでは正常な学園生活に支障が生じてしまいます」
彼女たちがまくし立てるのを聞いてるこっちの頭が痛くなってきた。未だ口を塞がれてむごむご言ってるブッキーと抑えているブリックはともかくとして、コブとヴィータは何が何だか分からんという顔をしている。
数千の学園自治区?戦車やヘリが20倍以上違法流出?この学園都市キヴォトスがとんでもないデカさなのは何となくわかっていたが、数千??俺が足元で見ていたメガシティどころじゃない、下手したら連邦中核領くらいのデカさはあるんじゃないか?
それに、ガキがチャカ持ち歩いている時点で大概なのに、さらに戦車やヘリが大量流出だと?向こうでもカスカディアが勝ってから世界中で戦闘機やらの兵器の拡散が酷くなってたが、流石に20倍まで膨れ上がってはないぞ。
「...」
「こんな状況で連邦生徒会長は何をしているの?どうして何週間も姿を見せないの?今すぐ会わせて!」
菫色の少女がリンちゃんを問い詰める。D.U.新第1空港で言っていたように、まだ連邦生徒会長の失踪は世間には知られていないらしい。
「...連邦生徒会長は今、席におりません。正直に言いますと、行方不明になりました」
「.....え!?」
「......!?」
「やはり、あの噂は...」
リンちゃんの言葉にうろたえる2人。一方で、あのやばい服装の方はさして驚いていないようだった。噂としては流れていたのか。
「結論から言うと、『サンクトゥムタワー』の最終管理者がいなくなったため、今の連邦生徒会は行政制御権を失った状態です」
待って、それ初耳かも。交通が混乱しててだいぶ酷いとは思ったが、その話が正しければ無政府状態と大して変わらないじゃねぇか。地熱エネルギーの産出が少ない辺境は常に無政府状態革命内紛ゲリラ戦の4点セットが発生してるが、ここも状況は大差ないな。
「認証を迂回できる方法を探していましたが...先ほどまで、そのような方法は見つかっていませんでした」
「それでは、今は方法があるということですか、首席行政官?」
「はい。──この先生方が、フィクサーになってくれるはずです」
リンちゃんの言葉に、各学園から集まったという4人が一斉にこちらを見る。
「!?」
「!」
「この方が?」
「...フィクサーつっても、俺達はITエンジニアじゃねぇぞ?」
俺の言葉に、彼女らのうちの一人、菫の子がはっとしたような声を上げる。
「ちょっと待って。そういえばこの先生達はいったいどなた?どうしてここにいるの?」
彼女の口から放たれたのは、疑問。全くその通りであると頷きたくなる気持ちだった。俺がそっち側の立場だったら今すぐここの外に叩き出していたかも...いや、それは言い過ぎか。とりあえず、自己紹介といこうか。
「ライアン・ジョナサン・ゴズリング。太平洋連邦マガダン方面治安維持軍飛行隊隊長...って言っても分かんねぇよな。元ラリードライバー、今はここで先生...らしい。とりあえず、ドライバーって呼んでくれ。そっちの方が気が楽だ」
「キヴォトスでは無いところから来た方のようですが...先生らしい、とは?」
「実は俺達もよく分かって──「こちらの先生方は、これからキヴォトスの先生として働く方であり、連邦生徒会長が特別に指名した人物です」
俺の言葉をリンちゃんが遮る。...まぁ、確かにただでさえ訳の分からない奴が、さらに自分でも訳が分からんなんて言ったら到底信用出来ない。いらん事を言っちまう前に止めてくれたリンちゃんに感謝である。
「行方不明になった連邦生徒会長が指名...?ますますこんがらがってきたじゃないの...」
彼女らの間に生まれたのは、混乱。こいつは良くない、まとめるのが面倒くさくなったらかなわん。口が解放されたブッキーの背中を指先で叩いて合図する。すぐに俺の意図に気づいたらしいブッキーが口を開く。ナイス相棒。
「アンドレイ・カスパー。ドライバーの2番機、所属は同じくマガダン方面治安維持軍。ライアンをドライバーって呼ぶように、俺もブッキーって呼んでくれ。ああそれと、賭け事がしたけりゃ言え。ルーレット、ブラックジャック、バカラ...胴元は任せろ」
「いらん事言うんじゃないよ、カジノ小僧。あたしはジョアン・コルト。治安維持軍3番機。コルトでも、あるいはコブでも、好きな方で呼んでくれ」
「エリアス・フォン・ロマンスキーだ。悪いがもう48でな、最近の流行りにもついていけないし、加齢臭もするだろう。許してくれ。TAC...いや、そう言っても通じねえか。とりあえず、
「パトリック・ミルトン。マガダン方面治安維持軍所属。こいつらの空のお目付け役、といったところか。この流れで行くなら、俺の呼び名はヴィータだ。よろしく」
ブッキーを皮切りにヘルハウンドの全員が自己紹介をする。肝心のブッキーが教育に悪すぎる挨拶だったことについては置いておこう。
「こ、こんにちは。私はミレニアムサイエンススクールの...いや、挨拶なんて今はどうでもよくて......!」
「そのうるさい方は気にしなくていいです。続けますと......」
「!?
またダークサイド・リンちゃんが現れてしまった。先回りしてブッキーの口を塞いでおく。
「誰がうるさいって!?わ、私は早瀬ユウカ!覚えておいてください!あと、ブッキー先生は...」
「ああ、ユウカっていうのか。よろしくな。ブッキーについては気にすんな」
「...カスパー先生については置いておきましょう。先生方は元々、連邦生徒会長が立ち上げた、ある部活の担当顧問としてこちらに来ることになりました。──連邦捜査部『シャーレ』」
今日だけで何度も可哀想な目に遭っているブッキー。悪いが全てお前の撒いた種だ。もしかしたらここに放り込まれたのもお前のせいじゃないか、とまでは言わないでおいてやる。
ブッキーについてはさておき、リンちゃんがついに俺達の詳しい仕事内容について語り出した。
「単なる部活ではなく、一種の超法規的機関。連邦組織のため、キヴォトスに存在するすべての学園の生徒たちを、制限なく加入させることすら可能で、各学園の自治区で、制約無しに戦闘活動を行うことも可能です」
聞いている限りだととんでもない権限を持つところのボスに俺達は就任するらしい。...いや待て、忘れかけてたが俺達本業は連邦治安維持軍だし、クリスタル・キングダムからの辞令も来ていない。俺達がこの仕事をやる正当性はどこにある?権限の大きさで言えば治安維持軍みたいなもんだし、似ているといえば似ているが...。
「なぜこれだけの権限を持つ機関を、連邦生徒会長が作ったのかは分かりませんが......シャーレの部室はここから約30km離れた外郭地区にあります。今はほとんど何もない建物ですが、連邦生徒会長の命令で、そこの地下に「とある物」を持ち込んでいます。先生をそこにお連れしなければなません」
そこで、リンちゃんは話を切って通信を入れる。相手は誰かは分からんが...
「モモカ、先生方をシャーレの部室にお連れしたいのだけど、私がお迎えに上がった時より大きなヘリを頼める?...大騒ぎ?...うん?」
リンちゃんの顔がどんどん暗くなる。ブッキーからの抗議がいっそう激しくなるが、尚更口を開かせる訳にはいかない。それはそうと、リンちゃんよ、何をそんなに顔を暗くする必要がある?
「...」
リンちゃんが通信機から顔を離す。どうやら一方的に切られたらしい...まずい、見たことない顔してる。「くっ...」とか言ってるし。これ爆ぜるんじゃねぇか。落ち着いてもらわなきゃ困るぞ。
「...あー、その、なんだ。深呼吸でもした方がいいんじゃ」
「......だ、大丈夫です。少々問題が発生しましたが、大したことではありません」
顔が大丈夫じゃねぇのにそれ言っても説得力ないぞ──なんて言ったらブッキー共々ミンチにされるのは目に見えたので口をチャックしておく。リンちゃんの方は、ユウカ達の方を凝視していた。何をする気だ。
「な、何?どうして私たちを見つめてるの?」
「...ちょうどここに、各学園を代表する、立派で暇そうな方々がいるので、心強いと、そう思っただけです」
「...えっ?」
「キヴォトスの正常化のために、暇を持て余した皆さんの力が今、切実に必要です。行きましょう」
リンちゃんがエレベーターに向かって歩き出す。
「行くっつったって、どこにだ?」
「決まっています。シャーレに向かうのですよ」
「どうやって?」
リンちゃんがこちらを振り返る。
「シャーレは、D.U.新第1空港に程近いところにあります。諸々の説明のためにここまで先生方には御足労願いましたが...また飛んでもらいます」
...
......?
「「「「「...は?」」」」」
ああクソッタレ。なんでまた飛ぶことになるんだ。
連邦中核領/中核国
太平洋連邦がAC332年頃に設立した時からの構成国家。「大厄災」を生き残った、地熱エネルギーが豊富な東アジアの国家が中心となっている。
長年の永続的な開発により、中核領には端から端まで、終わりなきメガシティが広がっている。
その世界はある者の目には快適なディストピアに、またある者にとっては地上の地獄と映る。
常にエネルギー危機に瀕しており、それが太平洋連邦が推し進める拡張政策の要因の一つともなっている。この拡張政策はカスカディアで産出されるコルディアムなどの地熱資源を原動力として実行されている。エネルギーを求めるためにエネルギーを使用し、挙句の果てに最大産出国に独立されるとはまさに皮肉と言えよう。
原作ではウランバートル王国とビクトリアが中核国として描写されているが、おそらく他にも存在する。