川を渡った烏と首なき天使   作:ガスマスク二等軍曹

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ずーっと思ってたけど
ネストのラグが酷すぎてパイルが刺さらぬ…ひんっ
でも上手い人はしっかり刺してくるので吾輩の実力が足りておらぬだけ…

お気に入り追加ありがとうございます!
モチベが上がるがされどペンは進まぬ…
誰かワシに語彙力をください。
あとフロムは新しい近接を増やしてくだせぇ


兵器にして、兵器にあらず

 実験区画の片隅──

 照明の落ちたブースの一角に、二人きりの空間があった。

 テーブルの上には、今しがた記録された実験ログが山積みになっている。

 明らかに予想外だった出力や、構造が変化した兵装のデータ。

 そして爆裂した壁と、焦げた天井の修繕費。

 

 監督官はログを一瞥し、深く息をついた。

「……いや、どこからツッコめばいいかもわからないが……

 ……まず一つ聞かせてくれ。あの“ビーム”はなんだ?」

 

 レイヴンは少し考え込みながら、両手でジェスチャーを交えた。

「私も普通の弾が発射されると思ってたら、そしたら、こう、赤いやつが、バーッて……」

 

「説明になってない! 

 というか、“バーッて”って何だ、“バーッて”って!」

 監督官はその説明に眉をひそめ、椅子にドカッと腰を下ろした。

 だがその目は、ただの怒りではなく、責任ある者の静かな憂いを帯びていた。

 

「……暴走せずに制御したのは、よくやった。

 正直、施設が吹き飛ぶ覚悟をしてた。

 ……よく踏みとどまったな」

 レイヴンはその言葉に驚いて顔を上げた。

 てっきり怒られると思っていたので、少し戸惑った表情が浮かぶ。

 

 監督官は続ける。

「ブースターの出力制限をかけようとしたのも見ていた。

 感覚的に調整していたのか?」

 

「うん。……“ツマミを絞る”って感じで」

 

 監督官は頷きながら、ちょっとした笑みを浮かべる。

「それであの暴走寸前を止めたってのは、正直褒めていい。

 問題はな、それ以外の“サプライズ”が多すぎることだ」

 

「変形する銃、空を飛びかける背中、ファンネルのような何か、そして……」

 

 沈黙の後、監督官が声を絞り出すように言った。

「腕から生える刃って何だよ」

 乾いた笑いと共に机をドンと軽く叩く

 

「……なんか、勝手に生えた」

 レイヴンは指先をこすり合わせながら、声を小さくして答える。

 

 その様子に、監督官は思わずあきれたように苦笑する。

「そんな回答、報告書に書けるか……? 

 “なんか勝手に生えた”って……神か!」

 崩れ落ちるように頭を抱えるが、それもどこか楽しげである。

 

「……でもな、制御できてた。

 何が起きても、判断は冷静だった。

 お前が“戦場に行ける兵器”であることは、よくわかったよ」

 顔を上げる監督官。

 その目は真剣で、まっすぐにレイヴンを見ていた。

 

「ただし。“兵器”で終わる気なら、俺は今日ここで縁を切る」

 

「……?」

 レイヴンは言葉が出なかった。監督官は真摯に言葉を続ける。

 

「……レイヴン。

 お前が自分の意思で“引き金を引く理由”を持たなきゃ、ただの人形と変わらない。

 俺はそういうのが嫌いだ」

 

 その言葉に、レイヴンの表情がほんの少し変わった。

 

 -理由なき強さほど……危ういものはないぞ……-

 

 ふと、かつての戦友の言葉を思い出す。

 理由……

 ウォルターの意志を継ぐ

 理由……

 エアの頼みを聞き人とコーラルの可能性を模索する

 理由……

 人とコーラルの共生

 

 だが今の私に……戦う理由は「あるのだろうか?」……

 レイヴンは口を開きかけたが、何も言葉が出てこなかった。

 

「ま、今はそのあたりをどうこう言うつもりはない。

 ──とりあえず、次は“施設を壊さないで”試してくれ」

 

「……えっ」

 監督官の言葉に、レイヴンは思わず声を漏らした。

 

「……なんだ、どうした?」

 監督官は少し驚いたように覗き込んだ。

 

「……てっきり、もっと怒られるのかと」

 

 その言葉に苦笑する監督官。

「怒ってるよ。頭痛で3日は寝込む未来が見えてるよ。でもな──」

 監督官はゆっくりと立ち上がり、レイヴンの頭を撫でた。

 

「ちゃんと制御してた。施設も、誰も、吹き飛んじゃいない。

 だから俺はお前を信じる。

 ……次は、もっと上手くやれ」

 静かな声だった。

 けれどその一言が、レイヴンの胸に確かに響いた。

 

「……うん」

 返事は短いが、声にこもる熱はいつもより少しだけ高い。

 

「……でも、許可くれるかな?」

 少しだけ伏し目がちに、ぽつりとつぶやく。

 ワザとではないとしても「やらかし」には間違いない。

 元々警戒されていた人物なのだ……

 ……今より厳しくなることはあれど、緩くなることはない。

 

「──それを“許可させる”のが、俺の責務だ」

 即答だった。まるで当然のように

 

「とは言っても……まずは報告書だ。

 明日の報告会で、どうにか説得してみせる。

 ……だから今日はもう、休め」

 

 レイヴンは少し黙った後、深く頷く。

「……うん」

 

「でもなんだか、

 許可が下りることがもう決まってるみたいな言い方だね」

 

 監督官は軽く笑って答えた。

「そりゃあな。──ただしその分、今日は寝れないだろうがな」

 疲れた笑みを浮かべながら、

 監督官はレイヴンに最後の言葉を残す。

 

「うん。……ありがと」

 小さな声だった。

 けれどそれは、この世界で初めて──

 レイヴンが他人に、“信じて託す”という行為を選んだ証だった。

 

 ──その後、

 報告書で地獄を見た監督官だったが、それはまたのお話。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 レイヴンの実践テスト終了後翌日、報告会が実施された。

 想定を逸脱した兵装展開、変化する出力曲線、そして施設損壊──

 いずれも規格外であり、軍としては「即時拘束・能力抑制措置」が妥当とされる状況だった。

 

 だが、現場に立ち会った監督官の報告が、その判断を覆す。

「暴走ではない。意図的な制御下にあった行動であり、本人の判断は冷静だった」

 

 検証された記録ログと映像分析が、その証言を裏付けた。

 結論は、異例のものとなる。

 ──レイヴンは拘束ではなく、“遠隔からの監視下において自由行動を許可する”

 

 という運用方針とする。

 あわせて、施設内テスト区画の優先利用権、およびニケ研究所内での限定的な自由行動を承認。

 

 制御不能ではない。しかし、完全制御とも言い切れない。

 軍上層部は、未知の爆発物を懐に抱える覚悟をもって、その処遇を選択した。

 

 ──それが、

 特殊個体「レイヴン」に対して下された、最初の“判断”だった。

 

 形式上は「試験的運用」、つまり“施設外で問題を起こせば即座に回収”という前提付きではあるが、それでもレイヴンにとっては大きな一歩だった。

 

 レイヴン本人はその意味を深く捉える様子もなく

「あ、基地内歩いていいの? じゃあ格納庫の隅で寝よ」

 と、無表情で勝手に寝床を決めていた。

 

 一方で、監督官の方はというと──

 

「お前なあ、許可は出たけど自由じゃないんだってば……!

 って寝るな! そこ配線むき出しなんだぞ! 感電すんぞ!」

 

 報告書地獄の合間を縫って、レイヴンの“自由”の定義と戦い続けていた。

 

 

 研究所内では、ごく限られた範囲での行動が許可されたレイヴンが、射撃区画や機体整備エリアを物珍しげに歩き回る様子が目撃されるようになった。

 

 気づけば技術班の若手たちに囲まれ、

「背中から生えたアレってどうなってるんですか!?」

「銃の変形機構って、意図的なんですか!?」

 と質問攻めにされ、首をかしげながら

 

「うーん、気づいたら、勝手に……」

 とマイペースに答えていた。

 

 そんな日々の中で、監督官はつかの間の平穏を取り戻したように見えた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 そして数日後、連合軍本部・作戦統制室。

 状況報告と新たな戦略調整を目的とした、軍幹部会議が招集されることとなる。

 議題の一つには、当然──

「研究所にて発生した、特殊個体に関する扱い」が含まれていた。

 

 

 

 人類連合軍本部・作戦統制室。

 無機質な長机と冷たい空気が支配する作戦統制室。

 ホログラフで浮かび上がる世界地図の上、戦線を示す赤いラインは日に日に後退を続けていた。

 

「……以上が現在の戦線報告になります」

 

 一人の参謀が資料を閉じた音が、会議室に静かに響いた。

 地上の主戦区は依然としてラプチャーの勢力下。

 一部の拠点は防衛線を保ってはいるが、もはや“後退”ではなく“敗走”に近い状況だ。

 

「ゴッデス部隊の状況は?」

 低く落ち着いた声。技術局の白髪の幹部が、目を伏せたまま問う。

 応じたのは、戦術士官の一人だった。

 資料をめくりながら、眉間に皺を寄せる。

 

「……現存する戦力は、

 指揮官とニケ1機──リリーバイスのみです」

 

「“部隊”と呼ぶには、もはや無理があるな」

 椅子に身を沈めた高官が、疲れたように吐き捨てた。

 

「その通りだ。フェアリーテイルモデルNo.1のロールアウトは?」

 問うた声に、空気が凍る。誰もが一瞬、口をつぐんだ。

 

「──起動と同時に爆散しました」

 短く告げられた報告。その場にいた全員が、わずかに姿勢を強張らせた。

 

「……は?」

 作戦司令官が眉をひそめる。

 目線だけで説明を促すと、技術局の代表が重い口を開いた。

 

「設計はリリーバイスを踏襲していました。

 しかし出力にボディが耐えきれず、各部構造が崩壊。

 起動後わずか数秒で反応炉が臨界に達し、爆発」

 

「ロールアウト即、戦死か」

 誰かが静かに呟く。

 

「戦死というより……“爆死”だな」

 沈黙が流れる。空気はさらに重く濁った。

 

「さすがは「奇跡のニケ」だ。

 技術部が「オーパーツ」とまで称する理由もわかる。

 リリーバイスの戦闘力に、最新モデルすら耐えられない」

 資料に視線を落としたまま、ある高官が低く呟く。

 

「ええ。出力暴走を抑える制御機構を──」

 

「制御で抑え込めるなら苦労はない」

 言葉を遮ったのは、端に座る年配の男だった。

 机を小さく叩き、皮肉気に鼻を鳴らす。

 

「つまり──現状“次”がいない。

 現時点で最強の戦力は、既に“部隊”と呼べる状況にはない」

 参謀本部のひとりが言った。

 個で勝っても全体で勝利せねば意味がない。

 

「現在の戦況を鑑みれば、ゴッデス部隊の増員と、フェアリーテイルモデルの調整・実戦投入は急務と判断されます」

 別の参謀が、淡々と告げた。

 

「……他に、戦力となり得る個体は?」

 誰かがそう口火を切った瞬間、会議室に緊張が走った。

 空調の低い唸りが、やけに耳につく。

 

「──例の研究所で発生した“特殊個体”があります」

 技術局の幹部が、わずかに言葉を選ぶような口調で応じた。

 周囲の視線が一斉に集まり、幹部は一瞬、息を整えてからホログラフを操作する。

 

 投影されたのは、戦闘記録の断片だった。

 映像が流れ出すと同時に、誰かが小さく息を呑んだ。

 

 粒子を撒き散らしながら変形する銃、跳ねるように展開される外骨格。

 複数のドローンを一瞬で殲滅する異様な挙動と、背中から伸びる光の兵装。

 

 赤い粒子が弾けるたびに、映像越しでも空気の焦げた匂いが伝わるようだった。

 人型戦術兵器の限界を遥かに超えた“異質な挙動”の連続に、会議室にざわめきが走る。

 

「……この動き、既存のニケフレームでは再現不可能です」

 静かに誰かが言う。

 その声には、どこか諦めと警戒が混ざっていた。

 

「速度、瞬間出力、どれをとっても異常です。

 制御用リミッターは……まったく働いていないように見える」

 映像内、レイヴンと呼ばれる個体が見せたのは明確な意思ではなかった。

 むしろ、動作に驚きながらも即座に適応し、使いこなしている様子──

 

「……問題は、“意図的な制御”が見られない点です。

 記録映像内でも、本人が自らの兵装展開に明確に驚いている」

 

「むしろ“無意識に拡張されている”と見るべきでは?」

 座っていた一人が腕を組み、椅子に深く身を沈めた。

 額にかかった白髪が、わずかに揺れる。

 

「何度見ても悪夢だな」

 低く呟くような声が会議室に沈んだ。

 

「これが……“レイヴン”か」

 戦術局の高官が、目を細めてホログラフを見つめる。

 

「実験テストでは敵ドローン200機を約3分で撃破。

 地形に左右されない高機動と、複数の未確認兵装を展開。

 被弾なし、出力変動は制御不能一歩手前──これが、報告されている“現実”です」

 語尾にわずかに力がこもる。

 技術局の代表は冷や汗をぬぐうように、首元のスーツの襟を軽く引いた。

 

「……あの赤い粒子、“あれ”は?」

 

「監督官によると、“コーラル”と呼ばれる……未分類の自律反応物質とのことです」

 その名が発された瞬間、室内に小さなどよめきが起こる。

 聞き慣れない単語に一瞬眉をひそめる者、

 データを即座に呼び出そうとする者─

 ─それぞれの反応が露骨だった。

 

「……“コーラル”?」

 訝しげな声が漏れる。

 数人の高官が資料端末を操作し始めたが、その名はどこにも載っていなかった。

 

「そんな名称、公式には存在しない」

 冷たく切り捨てるような声。

「どうやら……

 ……レイヴン本人がそう呼んでおり、監督官がそれをそのまま報告に記載したようです」

 

「ふん。

 研究に関与していない、実験体の言葉をそのまま信じるとはな」

 上級参謀が小さく鼻を鳴らす。

 だが、その背中はほんのわずかに強張っていた。

 言葉とは裏腹に、“得体の知れなさ”に怯えるような影が見えた。

 

「しかし、実際にその粒子を発しているのが本人です。

 完全に無視するには、あまりに異質すぎる」

 

「──むしろ問題は、“監督官”の方だろう」

 会議室の空気がピリついた。

 一人の上級参謀が厳しい視線を投げる。

 

「報告書を精査したが、

 “相棒との脳内チャット”

 “未知の知性体”

 “思念による兵装展開”……。

 これは軍の正式な報告とは呼べない。荒唐無稽すぎる」

 

「本人の発言を鵜呑みにしすぎている」

 机の上に置かれた報告書を、参謀のひとりが指先で叩いた。

 その音は小さいはずなのに、会議室の空気を鋭く切り裂いたように響いた。

 

「監督官は、すでに組織の方針から逸脱している。

 私情を排すべき立場でありながら、あの個体に肩入れしすぎている」

 誰かが短く息を吐いた。

 場の空気は、冷静というより冷淡に変わっていく。

 

「それは、責任を問うということか?」

 沈黙。

 その問いに誰も即答しない。

 だが、それが肯定であることは明らかだった。

 

 代わりに、別の案が口を開く。

「いずれにせよ、このまま研究所内で保管しておくのは危険だ。

 実戦環境に投入し、運用の限界と制御性を評価するべきだ」

 

「既存のニケ部隊に一時的に編入。

 “実戦任務下での適応”を観察。反応次第で、再評価」

 

「監督官は?」

 発言の直後、数秒の沈黙が落ちる。

 誰もが口を開くのをためらっているように、目線だけが交差した。

 

「外す」

 その言葉が発せられた瞬間、わずかに空気が揺れた。

 何人かが目を見交わすが、誰も異を唱えない。

 

「……その判断に異論は?」

 誰も手を挙げない。

 沈黙がすべてを物語っていた。

 

「では、決定する。

 特殊個体“レイヴン”を現存ニケ部隊に派遣。

 目的は戦力評価と制御適性の確認。

 監督官は本件から除外し、異動とする」

 

「異動先は?」

 

「未定。

 ただし──少なくとも、あの干渉を断つためにもレイヴンを引き離す必要がある」

 最後の言葉が落ちたあと、会議室には再び静寂が訪れた。

 誰も口を開かないまま、ただホログラフの映像だけが冷たく空間に流れ続けていた。

 

 

 ◇◇◇

 

 監督官自室にて

 レイヴンへの通達を受けて早3日……平和だ……。

 監督官がソファに沈み、「こんな平和が続けばなぁ」と思い冷めた缶コーヒーを口にした瞬間。

 端末が短く震えた。

 

《緊急通達:レイヴン個体に関する再運用方針について》

 

 件名だけで、嫌な予感しかしなかった。

 メッセージを開くと、そこには簡潔な文面が並ぶ。

 

 ────────────

 

 ■命令内容:特殊個体「レイヴン」について、

 以下の通り配属を決定する。

 ・配属先:第08観測基地(南西前線方面)

 ・配属形態:単独転送・試験任務開始

 ・移送予定:翌日 正午

 ・備考:監督官の同行は認められない

 

 本命令は即時実行とし、遅延・異議は一切認めない。

 

 ────────────

 

 監督官の肩がわずかに揺れた。

 

「……は?」

 読み直しても、文面は変わらない。

 

「同行不可……って……おい」

 報告会での信頼は、ほんの一瞬の猶予だったのか。

 否、最初から──この“試験”は“単独行動を観察するための布石”だったのだろう。

 

「ったく……」

 背もたれから体を起こし、すぐさまレイヴンのもとへ向かう。

 

 

 格納庫の隅、射撃訓練エリアにて。

 天井の配線を見上げながら、私は空き缶を片手に現在主力装備として利用している武装のその後についてぼんやり考えていた。

 すると格納庫の扉が開き足音がこちらに近づくのが分かる。

 恐らく監督官が入ってきたのだろう。

 

「レイヴン」

 監督官の声に、わずかに目を上げる。

 

「通達だ。

 明日正午、転送。行き先は第08観測基地だそうだ」

 

 はっや……! 

 もっと事前通告してくれないと身支度とかどうすんのよ……

 まあ私に身支度するようなものなんてないけども……! 

 そしてドコ! そこ! 

 

「はーい……」

 そんなことを考えながら軽く返事をして立ち上がる。

 すると続けざまに話す監督官の言葉に耳を疑った。

 

「……俺は同行できない。単独での配属になる」

 

 ──……は? 

 

 頭の中に、カンッと何かが跳ねた音がした。

 

「……なんで?」

 思わず声が出た。

 いつもより少し、声が低くなってた気がする。

 

 監督官なんかやらかした? 

 まさか……顔の隈の原因が私だから!? 

 

《それはあり得ますね……》

『嘘ー……』

 そんなに負荷というかストレスをかけた記憶が……

 あるかもしれない……

 

 思考を巡らせあり得そうな原因を探りながら監督官の回答を待つ。

 

「……理由は、軍の会議で決まったことだ」

 言い方がいつもより優しい。

 なんだ? 

 そんなに私が負担だったんか?? 

 ごめんって……

 

 ……真面目に考えるなら、

 許可が下りてからの数日の私の行動を元にどっかで会議でもしたんでしょうよ……

 納得しなきゃいけないのはわかってる。

 でもなんだかモヤモヤっとする。

 

 私が現環境に従っている理由は信頼できる人物がいるからであって、誰彼構わず従うわけじゃない。

 恐らくそこを上の人たちは見誤っているんだろうね。

 

「……ふーん。そうなんだ」

 ここで駄々をこねたら今までの監督官の苦労がパーになってしまう。

 それは避けたいので、【渋々】その理由に了承する。

 

 ……なんか、腹立つ。

 知っている人に指示されるのは分かる。

 ミッション中の指示に従うのもわかる。

 

 なんだろう……

 会議で決まったことの範囲で自由にやってきたことで言うなら怒ることもイライラすることもないはずなのに……

 ……なんか腹立つ。

 

《恐らくですが……

 レイヴンの中での上層部の印象が最悪だからじゃないですか?》

 

 あぁ、それだ……

 アーキバスもベイラムも上層部はクソだったって双方の人間から聞いたからか……

 私はそうじゃないって思ってたけど、ここに来て彼らの言葉が痛いほどわかった気がする。

 

「まあ、いいけど」

 全然よくないけど。

 実戦で鬱憤を晴らせればいいだけだしね。

 なんなら、実績残して監督官を喜ばせれば一石二鳥……

 うん。そう考えたらなんだか行けそうな気がしてきた。

 

《であれば、私はそのサポートをしようと思います》

 頼んだよーエア。

 

「……ちゃんと、見ててね」

 言ってから、少し恥ずかしくなった。

 でも、それだけは伝えておきたかった。

 

「遠くからでも、わかるようにするから」

 そう言って、そのまま部屋を出た。

 背中に監督官の声はなかったけど、きっと苦笑してる。

 ……知ってる。

 

 

 

 

 

 ────────────────────────

 

 

 

 

【おまけ:◆監督官の地獄の報告書】

 

 

 ──午前1時30分。報告会提出期限、残り8時間。

 

 レイヴンとの面談が終わり、彼女を部屋まで送った後、

 監督官は自室に戻り報告書の作成に取り掛かっていた。

 

 ──が……

 

「……あんなカッコいい事を吐いてしまった手前ではあるが……

 どうまとめろって言うんだよ……」

 

 レイヴンとの面談から……全く進んでいない。

 

 机の上に積み上がったメモと熱が冷め切ったコーヒー。

 手にしたタブレットが示す《レイヴン実践テスト報告書(仮)》の文字。

 言葉にならない困惑と、頭の中で混乱するデータたち。

 それでも、少しだけ気持ちを整理しようと深呼吸をする。

 

「まずだ……

 銃が変わる、はい……わかりません……

 ようわからんビームが出る、はい……わかりません……

 背中から謎の何か生える、はい……わかりません……

 腕からブレード、しかも光る、

 しかも赤い、はい……わかりません……

 そもそもあの赤いの何……もう知るかぁぁぁ!!」

 

 ガタンッと椅子を蹴って立ち上がる。

 だが眠気が即座に反動で襲ってきて頭を掻きむしる。

 

「そもそもだぞ……

 銃って普通、撃ったら弾が出るモンだろ……? 

 なぁ? なぁ? 

 誰に言ってんだオレは……

 何で撃ったら空気が爆ぜて粒子が爆発して背中からビームタレットが咲くんだ……

 花見かコノヤロー……!」

 

 午前2時、メモに書いては破り、書いては破り。

 半分泣きそうな顔でキーボードを叩いては止まる。

 

 するとドアがカチャリと開き、若手研究員が恐る恐る顔を出す。

 

「あっ……監督官……あの、進捗どうですか……?」

 

「進捗!? 

 進捗だとぉ!? 

 俺の進捗知りたい? 

 じゃあ言うぞ──

 全部、わからん!! 

 知るか!! 

 そもそもあの赤いの何だ!? 

 不明粒子Xだ? 誰が名付けた!? オレだよ!! 

 何がXだよ……XYZまでいくわもう……!」

 若手研究員、凍りついた顔で立ち尽くす。

 

「いいか? 報告ってのはな、

 “根拠”があって“証拠”があって“再現性”があってだな……

 全部ない!! 

 何もない!! 

 あるのは俺の胃痛と眠気だけだ!!! 

 でも提出は昼までだぁ!? 

 ははっ、笑わせるなバカヤロー……」

 

「……あの、レイヴン本人には……?」

 

「聞いたわ! 

 本人が何て言ったと思う?」

 

「……?」

 

「『私もわからん!』だ!! 

 ……ふざけるな……」

 

 監督官は心底げんなりした顔でペンを机に叩きつけた。

 

 若手は半笑いでそそくさと退室した。

 残された監督官はメモに震える手で最後の一文を書き加える。

 

「──総括:現時点でレイヴンに関するあらゆる挙動は原因不明、調査継続を要す。

 不明粒子Xに関しては今後解析チームに丸投げする」

 

「……もう知らん……俺は悪くない……」

 

 夜はまだ長い。

 監督官の呻き声だけが、静まり返った研究棟に響き渡っていた。

 

 

 

 

 ──やっぱり本人に聞くしかない。

 

 監督官はレイヴンが隔離されている部屋まで行く。

 カチャ、とドアを開けると、レイヴンは椅子に体育座りしたままモニターで戦闘記録を再生しながら缶ジュース片手に座るレイヴンを前にした。

 私は椅子に腰かけ資料の入ったタブレットをひらひらと見せた。

「レイヴン。……改めてだ。

 お前、何がどうなってるのか教えろ」

 

 レイヴンは首をかしげて缶ジュースを握りしめる。

 

「えっと……銃は“勝手に”変わって。

 ビームも“なんか出た”。

 背中のやつも「便利だろうな~」って思ったら“なんか生えた”。

 ブレードも……“勝手に出てきた”」

 

「……“なんか”と“勝手に”しかねぇじゃねぇか……」

 

 監督官の目が死んだ。

 

 だが、ふとレイヴンが口を開く。

 

「……でも……“赤いの”は“コーラル”だと思う」

 

「コーラル……?」

 

 頭にまた新しい単語が刺さる。

 

「それは……何だ?」

 

「うーん……」

 そう言いながら、レイヴンが顎に手を当て考える。

「……生き物みたいでいて……

 燃料みたいな……

 でも意思もあるみたいな…… 

 私の中にあるコーラルが、私の意志で拡張して”私好み”なった……らしい」

 

「らしいって……誰かから聞いたみたいな言いようだな……」

 そう冗談交じりに返す。

 その言葉を聞いたレイヴンもどう説明するべきか分からないといったように肩を竦める。

 

「誰かからって……

 実際エアから聞いた言葉を話してるだけだからなぁ……」

 そう当たり前と言わんばかりに話すレイヴンに監督官は目を丸める

 

「エア……? エアって誰だ?」

 

「私の友人……私の頭の中にいる……」

 監督官は鼻をつまんだ。

「……頭の中に?」

 

「うん……。

 最初から……いる」

 

 監督官は手元のタブレットに震える指でメモを取りながら段々無表情になっていく。

 

「そいつが“燃料が生き物で意思があって”って言って……

 あの粒子ビームもそいつが?」

 

「……つまり赤い何かが生き物で……

 お前に話しかけて……

 今回のビームもブレードも……

 全部そいつ経由ってことか……?」

 

「うん、多分……? 

 エアが内燃機関がどうのって言ってたし、そういう感じ……」

 

「……止められるのか?」

 レイヴンは困った顔で少し黙る。

 

「……わかんない。

 でもエアが大丈夫って……」

 

「エアがな……」

 監督官は息を吐いて笑う。乾いた笑いだ。

 

 すべてがぶっ飛びすぎていて一つもわかったことはないが、それでも前進した気がした。

 監督官はペンをくわえてタブレットにメモを取ろうとしたその最中、画面の右下に──

 

【▶こんにちは、監督官】

 チャットウィンドウが勝手に開いた。

 

「……は?」

 監督官は即座に立ち上がる。

 

「何だこれ……誰だお前!?」

 レイヴンは無邪気に微笑む。

 

「エア」

 

【▶ はじめまして、監督官。

 レイヴンの“相棒”です】

 

「……俺は……

 ……今……お前の脳内の“幻覚”とチャットしてるのか……?」

 

【▶ 幻覚ではありません。

 コーラルに適合した者には“声”が届きますが、非適合者にはこうして回線を通して伝えるしかないのです】

 

「非適合者って何だ……

 俺が適合したらお前の声が頭に入ってくるのか?」

 

【▶ お勧めしません。即死します】

 

「即死すんな!!」

 レイヴンはモジモジと口を開く。

 

「だから……私が撃ったビームとか……ガンビット? 

 はエアから教えてもらった。

 ……ブレードは教えてくれなかったけど……」

 レイヴンがふくれっ面になって返す。

 監督官はチャットとレイヴンの顔を交互に見て頭を抱えた。

 

「お前……殺す気か……俺の胃を……。

 これ全部報告書にどうやって書けばいい……

 “レイヴンの脳内の相棒(チャット有)”って書くのか!?」

 

【▶ エア:正式には“コーラル思念体による相互通信”です】

 

「長ぇよ!!」

 

 レイヴンは困った顔で笑う。

「……ごめん……でも、これが本当だから……」

 

 監督官は死んだ魚の目でチャット画面を閉じ、

 深々とため息をついた。

 

「……もういい……レイヴン。

 お前は悪くない……全部エアのせいだ……」

 

【▶ 酷いです】

 

「黙れぇえぇぇぇ!!!」

 

 結局、監督官は自室に戻り──

 机に積まれたメモとドローンの残骸写真を前に叫ぶ。

 

「銃が変わる! ビームが出る! 背中からなんか生える! 

 腕からブレードが出る! そしてコーラルは謎の赤い不明粒子! 

 エアは思念体! おまけにチャットしてくる!! 

 クソッタレ!!!」

 

 ペンを叩きつけて天を仰ぐ。

 

「俺の報告書に……どの言葉でどうまとめんだこれ……

 寝たい……俺だって人間だ……」

 

 廊下の明かりが洩れ、同僚の研究員がひょっこり顔を出す。

 

「先輩、まだやってたんすか? 進捗どうです?」

 

 監督官は死んだ魚の目のまま叫んだ。

 

「進捗はなァ!!! “全部わからん!! ”だよ!!!」

 

 遠くに雷鳴が鳴ったような気がした──。

 




レイヴンちゃんの独り立ち…
しかし同伴が許されず不貞腐れるのかわいいね。

レイヴンに集団行動ができるのかって?!
何でもそつなくこなすレイヴンですぞ?
大丈夫でしょ~

ニケ知ってる?AC知ってる?

  • ニケ知っている!ACも分かる!
  • エンター――テイメント!!(AC知らぬ)
  • 地上?…汚染されてるもんね(ニケ知らない
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