マガダンの英雄、先生になる   作:コルディアムに脳を焼かれた阿慈谷ヒフミ
「太平洋連邦最高執政官」とは、PWの原語版の“Prime Executive of the Pacific Federation”の独自訳です。ビザンティウムという都市名とか、版図の広さからローマ帝国じみた命名がいいかな、ということで。
治安維持軍ヘルハウンド隊の消失から2時間後、ウランバートル王国首都ウランバートル・シティ──
「...もう一度言ってくれ。お前は今、なんと言った?」
王の声が執務室に響き渡る。ウランバートル王国首都に存在する王宮、万安宮の主にして、太平洋連邦中核国の国王、そして我が主であるハーンの声は、この部屋において絶対だった。私は、敬愛する国王の質問に、先と同じ語句を、命令通り繰り返す。
「は。本日1245時頃、マガダン方面治安維持軍ヘルハウンド隊の5機が、ストラトフォンで開催中のパレードに参加するために飛行していたところ、突如消息を絶ちました。原因は今のところ不明です」
「...私の聞き間違いでは、ないか」
「王のご命令とあれば、何度でも繰り返しますが」
「...いや、いい。何かの伝達違いとかでは?」
「私も──率直なところ、非常に驚愕しましたので、クリスタル・キングダムと、マガダン政府に連絡を取りました。端的に申し上げれば、両者とも事実であると」
私が伝えた事実に、王は顔を覆う。...お労しい、というのが私の率直な感想だった。
現在の太平洋連邦は危機に瀕している。カスカディアでの敗北、治安維持軍の大損失、国際的地位の低下。太平洋連邦の、特に中核国にとってはここ数百年において最も危機的な状況に陥っていると言っても過言ではなかった。
連邦中核国ウランバートル国王にして、ウランバートル方面治安維持軍スチール隊指揮官である彼にとっては、生来の危機に瀕していると言えた。
ウランバートル国内で、太平洋連邦の体制や行動について国民から噴出した疑義への対応、大きな損失を被った治安維持軍の数少ない生き残りの指揮官として、毎週のように出撃を繰り返し、他の中核国や他の連邦加盟国、そして冷戦中の超大国である統一カーンエウロパ同盟や西アフリカ協定との交渉まで──超大国との交渉は、流石に太平洋連邦最高執政官や外交官が主に担っているが、それを差し引いても過労状態にあるのはこの目にも明らかだった。
無論私も、幼少からの友人であり、秘書として仕え、そしてスチール隊の2番機として従う彼を支えようと、最大の努力をしている。最大の悲劇は、その努力をもってしても、彼を支え切るにはあまりに足りないという点である。
「申し訳ありません、殿下」
「彼らが消えたことについて、お前が何か謝ることがあるのか?」
「いえ、その...今のご多忙な殿下の御苦労を減らそうと、私も尽力していますが、それが功を奏していないことが、悔しくて仕方がないのです」
「...お前が居なかったら、私は今頃倒れているだろう。そう自分を責めるな。私はお前に常に感謝している」
「...恐悦至極に存じます」
主からのこれ以上ない言葉に、私の沈んだ感情は、今や天上にまで引き上げられた。
「しかし、だ」
「?」
「原因は不明と言ったな。だが...5機も一気に消失するとはな。全く普通では無い」
「反連邦勢力か、カスカディアの仕業でしょうか?」
私の推測に、彼は強い否定の意を示す。
「彼らに限ってそれはありえない。仮に襲撃を受けたとしても、ドライバー──ライアン・ゴズリング大尉が撃退出来ないとは考えられない。ゴズリング大尉だけじゃない、他の3機も紛れもないエースパイロットだ。それこそ、『印』が襲ってこない限りは」
『印』──つまり、あの王冠付きの傭兵。カスカディア戦争で連邦軍を負けに導いた、忌々しい傭兵。プレシディアで暴走したクリムゾン1を撃墜した、空のお──
...いや。奴は王では無い。傭兵だ。奴を空の王であると認めてはならない。自身を叱咤する。
「お考えはよく理解できました、我が王。その上で、お言葉を返すようですが──でしたら、何が彼らの消息を絶たせたのでしょう?」
「...自然現象か、何か。マガダンの航空管制からは彼らが行方不明になる前に何かあったか、聞いてないのか?」
「申し訳ありません、そのような事は何一つ...」
「航空事故の調査には時間がかかる。まだ結論を出すのは早計か...」
自身も戦闘機パイロットである彼は、とりあえずの所、マガダン治安維持軍が消えたことについては「原因不明」とする事にしたようだった。
彼が結論を自分の中でつけたなら、私もこれ以上何か口を出すことは無い。私自身の仕事に戻ろうとした時、彼がおもむろに立ち上がる。立ち上がった彼の手には、ハンガーに掛けられていたフライトジャケットがあった。
「...殿下、何をなさる気ですか」
「お前も飛ぶ準備をしろ、ボオルチュ。彼らを探しに行くぞ」
「何をおっしゃっているんですか!?この後はビクリトア首相との会食が...」
「首相には悪いが、急用ができたと伝えてくれ。ビクトリアとの関係は大切だが、マガダン治安維持軍、特にドライバーが消えたとあれば連邦の一大事だ。私自身、彼らに肩入れしているのもあるが──何より、私が彼らに治安維持軍としての道を歩ませたんだ。最後まで責任を取らねばならない。そうでなければ、彼らの家族に顔向けできない」
そう言うと、彼はフライトジャケットを完全に着込み、そのまま宮殿裏口──秘密裏に空港に向かい、出撃したい時に使う場所だ──に向かって行ってしまう。
「...ああ、待ってください!」
私も彼を追いかける。私の王は、昔からこうだ。猪突猛進で、時に感情的で、直情的。それでいて、責任感も1人前に持ち合わせている。
だから、私は彼が好きなんだ。だから、私は彼について行くんだ。それが、私がウランバートル方面治安維持軍スチール隊2番機、“ボオルチュ”である理由だ。
キャラクター紹介 ヴィータ
コールサイン: AWACS ヴィータ
搭乗機: FC-8 テールコード:FP-00 01112 PEACEKEEPER 00 HWID-7617.516.6
本名、パトリック・ミルトン(独自設定)。オセアニア出身の元戦闘機パイロットであり、現在はAWACS“ヴィータ”に搭乗するオペレーターである。メインオペレーターを務めているため、ヴィータの名は彼の代名詞ともなっている。
15年前、AC417年に発生したオセアニア戦争の影響で連邦軍内ではオセアニア出身の兵士への風当たりが強いにもかかわらず、それを跳ね除け出世コースに乗った優秀な軍人。
15年前の戦争で、ファウスト将軍が採ったオセアニア飢餓計画により、彼は17歳にして家族全員を失った。それ以来、戦争を起こした祖国オセアニアへの憎悪と、捨てられない愛国心の狭間で葛藤している。
カスカディアには悪感情を抱いているが、太平洋連邦に対しては祖国への反動からかむしろ盲従のような感情を抱いており、出世コースに乗れたのもその感情故に連邦軍において仕事中毒ともいえる程の勤務をこなしたことが要因となっている。そのため、彼自身には特に出世欲は無い。
彼の心の傷は、15年前から癒えていない。