マガダンの英雄、先生になる   作:コルディアムに脳を焼かれた阿慈谷ヒフミ

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聖園ミカがクリムゾン1...そうかな...そうかも...(なにかみた)


Protocol 1-4: Airborne Infiltration

「...ん」

 

覚醒。まるで、長い夢を見ていたような感覚。あの時の脱力感と喪失感が体全体を襲う。しかし、寝ていた場所は上等な寝台では決してない。むしろ、硬い座席がケツを痛め、寝返りなどうつ余裕はネズミ1匹分もない、およそ最悪の場所だった。ここは...VX-23のコックピットか。...コックピット。

 

「!?」

 

急いで操縦桿とスロットルを握り直し、姿勢指示器と速度計を確認。──よし、姿勢は水平、速度も即座に失速する速度じゃない。スロットルを押し込み、300ノット前後で巡航を始める。とりあえず、これで墜落の可能性は防いだ。

 

整理しよう。俺はストラトフォンでのパレードに向かうためにアナディリを上がった。上がってしばらくして、デカイ雲に巻き込まれて、それで──

 

「...奇妙だな」

 

何もかもがおかしい。あの雲はそもそもなんだ?超音速で迫ってきた上に、落雷一発で機体のシステムを全部落としやがった。そっからしばらく意識を失っていたら、いつの間にか全システムが復旧している。

 

「それに、あいつらは...」

 

ヘルハウンド隊の奴らはどこだ。とりあえず視界を見渡すが、それらしき機影は見当たらない。ブリーフィングで決めた、ロスト時の会合プロトコルを実行する。高度をとにかく上げ、隊内通信の周波数で話しかける。

 

「聞こえるか?こちらヘルハウンド1、ヘルハウンド隊各機は応答せよ!現在、当機は編隊をロストしている!そちらの座標を通達せよ!」

 

僅かな間のあと、無線にノイズ混じりの音声が聞こえる。

 

『...こちらヘルハウンド3、コブ。無事かい、ドライバー?』

 

無線に応えたのはコブだった。久方ぶりの僚機の声に、思わず安堵する。

 

「なんとかな。生きててよかった、コブ。他のヘルハウンドは?」

『いいや、全く。あたしも単機で飛んでるし、ブッキー達がどこにいるのか...』

「クソ...仕方ない、会合しよう。そちらの座標を──」

 

そこまで言った時、コブの方からため息が聞こえてきた。これ以上、ろくでもない事態があるというのか?

 

『それなんだけどね...GPSもTACAN(戦術航法)も死んでる。いや、システムがイカれたというよりかは、信号が受け取れない』

 

嘘だろ、と思わず呟きながらGPSとTACANを確認する。...ダメだ、GPSの信号は切れてるし、TACANのステーションはどこも反応がない。こうなったら、原始的かつ確実な手を使うしかない。

 

「とりあえず、どこかのランドマークに向かうしかない。そこで落ち合おう。何が見える?」

『ちょっと待て...見えた。遠くにデカいタワーが見える』

「コミュニケーション・ピラーか?」

 

コミュニケーション・ピラー。コルディアムや地熱の悪影響による通信障害を防ぐために作られた、超巨大な通信塔。この通信塔により、アフター・カラミティ時代の通信は大きく前進した...というのが教科書的な話だ。しかし、コブが見ているそれは教科書に載っているあのデカいタワーではないらしい。

 

『...いや、ただの通信塔じゃないな。コミュニケーション・ピラーもここまで高くはない』

「バベルの塔か?俺達あの世に来ちまったのかよ」

『どうだかね。そっちは見える?』

「ちょっと待ってくれ...」

 

俺は前と左右を遠くまで目を凝らして見る...マズイな、見えない。機体を旋回して真後ろに向けて見る。これで見えなかったらもうどうしようも無い。

 

「...見えた、かなり遠くだが...」

『よし、じゃあそこに向かおうじゃないか。ドライバー、IFFシグネチャを中立から連邦治安維持軍に変えてくれ。識別しやすいだろう?』

「了解」

 

俺は中立に設定していたシグネチャを治安維持軍の物に変える。同じシグネチャは...見えた。レーダー上で40マイル先にコブの反応を捉えた。

 

『ドライバー、あんたの反応を捉えたよ』

「こっちもだ。集合したらどうする?」

『とりあえず、降りれそうな場所を見つけるしかない。最悪ベイルアウトも...』

「最終手段だな...それより先に、各周波数で呼びかけるべきだな」

『あんたの言う通りだ。あたしがやっておく』

 

そう言うと、コブは早速通信を始めた。

 

『こちら太平洋連邦マガダン方面治安維持軍、この通信が聞こえる者は応答してくれ。繰り返す、応答してくれ』

 

反応無し。彼女は続ける。

 

『現在、当機は現在位置を喪失している。頼む、応答してくれ。翼を失うのは御免なんだ』

 

 

『...こちらAWACSヴィータ』

 

反応が帰ってきた。しかも、運のいい事に頼りになるAWACSである。

 

『ヴィータ!あんたも生きてたかい!状況は?』

『ブッキーとブリックをなんとか見つけられて合流したところだ。ドライバーを知らないか?』

「ここにいるぜ...こちらヘルハウンド1、ドライバー。会えて嬉しいよヴィータ」

『いたか、ドライバー。とりあえず合流するぞ』

「そうだな。そっちからデカいタワーが見えるか?」

『ああ。そこに向かえばいいか?』

「そうだ。それと、IFFのシグネチャを連邦治安維持軍のものに変えてくれ。そうした方が反応を見つけやすい」

『切り替えた。合流しよう』

 

とりあえず、俺以外のヘルハウンド各機も無事であることに安堵する。あのデカいタワーを目印に合流出来る見込みもついた。

 

『クソ、ココは一体どこだ?GPSもTACANもイカれてるし、INSも初期化されて場所が分からん』

『ストラトフォンじゃないのか?』

『老人をバカにしてるのか?俺だってストラトフォンくらい行ったことはあるが、あんなデカい建物なんて見たことないぞ』

『ストラトフォンじゃないとしたらどこだよ。俺達気づかんうちにビクトリア(連邦中核領)かどこかまで行っちまったのかよ?』

「九龍か、大邱か、それともそのどれでもないか...」

『これでもしビザンティウムだったらどう思う?』

『それでも、奥連邦じゃないだけマシさ...』

 

ここがどこなのか、あーでもないこうでもないと議論しているうちに、遠くに大型機の機影がうっすらと見えてきた。よく見ると、その周囲に2機の戦闘機のような姿が見える。ヴィータとブッキー、ブリックだ。3機の集団とは離れたところに、コブの機体も視認できた。

 

『ヴィータよりヘルハウンド、合流したらこの機から離れるな。この状況ではいつ通信が出来なくなるか分からない。身を寄せ合うのが1番だ』

『ラジャー』

 

俺以外の4機がはっきり見えるようになってきた。集結の号令を掛け、再度編隊を組む。...ひとまずは、危機は脱したか。

 

「なんとか危機は脱したな」

『しかしここからどうする?ここがどこかも分からん。下にはバカみたいにデカい町が広がってるが、こんなの見たことないぞ』

『幸い燃料はあるけど...それでも無限じゃない。早いところ降りれる場所を探さないと』

『とりあえず、通信を試みる。全帯域で発信するぞ。──こちら太平洋連邦マガダン方面治安維持軍ヘルハウンド隊所属、コールサイン・ヴィータ。現在当隊は測位システムの不調により現在位置をロストしている。この通信を聞いている者は、応答せよ。可能ならば当機の現在位置を通報せよ。これは連邦憲章に基づく、PKコールサインからの軍事通信だ。繰り返す、連邦憲章に基づく軍事通信だ。軍民問わず、この通信を聞く者は応答義務がある』

『連邦憲章ね。相変わらず強権的な話だ』

『静かにしろ、小僧。応答があったらどうする』

 

ブッキーの茶々をブリックが窘める。連邦憲章とは太平洋連邦の軍事に関する協定文だ。民間航空路の軍用機受け入れやら、民間機の軍からの命令遵守義務やら、太平洋連邦軍の優位を保証するしみったれた憲章だ。俺達将校や、航空関係者ならみんな知っている。ちなみに、上級司令部や俺達治安維持軍──ヴィータが言っていたPKコールサインとは治安維持軍のことだ──から発せられたものは一般部隊のそれよりも優先命令となる。

 

『...連邦憲章?何を言っているんだ?』

 

無線にノイズ混じりで聞こえた声は、ヘルハウンド隊の誰の物でもない声だった。久しぶりに聞こえた、隊員以外の見知らぬ女性の声はしかし、怪訝な声色をしていた。...おかしい、連邦憲章を知らない奴がいるとは思えない。しかも、治安維持軍への応答だったら、もっと、こう──緊張感があるというか、こちらにヘコヘコした態度の通信のはずだ。

 

『こちらヴィータ。たった今反応した者は、そちらのコールサインを名乗れ』

『こちらキャピタルATC(航空交通管制)。現在通信を発しているのは...そちらの5機のうちの1機か?所属を伝えろ』

 

キャピタル(首都)ATCなんて、随分と傲慢な名前だ──いや、そんなことはどうでもいい。所属を伝えるも何も、既に俺達はマガダン方面治安維持軍のIFFシグネチャを出している。

 

『そちらでIFFを確認出来ないのか?こちら太平洋連邦マガダン方面治安維持軍所属の早期警戒管制機、コールサイン・ヴィータ。他の4機は同治安維持軍所属のヘルハウンド隊だ。いや、それより...キャピタルATC?そんなのは聞いたことがない。所属国はどこだ?マガダンか?関東?ビクトリア?それともウランバートルか?』

 

向こうの所属国が分からない。キャピタルATCなんて、まともな感性をしてる奴なら付けない。マガダン首都ストラトフォンの航空交通管制だって、ストラトフォンATCという名前だ。というか、単にキャピタルATCなんて分かりづらいしな。どこの首都だ、という話である。

 

『...マガダン治安維持軍?ビクトリア?何を言っているか分からないが...ここは連邦生徒会直轄地区、D.U.(ウトナピシュティム地区)だ』

『『『『「...は?」』』』』

 

コントロール・レディからの返答は、俺達全員を困惑させるのには十分だった。

 

『ウトナピシュティム?一体何を言っているんだ?それに、本当に分からないのか!?太平洋連邦治安維持軍の存在も、連邦中核国のウランバートル王国や、ビクリトアも!?』

『だから知らないと言っている!』

『へい、ウトナピシュティムコントロールガール。こちら治安維持軍、コールサイン・ヘルハウンド2。こういっちゃなんだが...社会の授業で寝てたのかい?』

『いいからブッキーは黙ってな!』

『...随分と不躾な物言いをするパイロットがそちらにはいるらしいな?』

「すまない、あのバカの言うことは無視してくれ。こちら治安維持軍ヘルハウンド隊隊長、ヘルハウンド1。どうやら...治安維持軍や太平洋連邦を知らないのは本当らしいな...。それに、知らないのはお互い様らしい。ウトナピシュティム地区というのは初耳だ。それで...その、ウトナピシュティム地区を統治しているのが、連邦生徒会という組織...ということでいいのか?」

 

カジノ野郎の失言をコブと俺でなんとか取り繕いながら、俺はATCにこの場所について問い質す。しかし、連邦生徒会なんて。子供が町を運営しているのか?

 

『その通りだ。とりあえず、詳しい話は地上で聞かせてもらおう。現在、貴機ら5機は領空侵犯の疑いが持たれている。最寄りの飛行場へ誘導するから、指示に従って飛行せよ』

 

おいおい、冗談だろ。治安維持軍が領空侵犯の犯罪者なんて冗談じゃない。

 

『...くそったれ、どうしてこうも俺達は厄介事に巻き込まれるんだ?』

『こうなった以上は仕方ねぇよ。俺達の無実を証明しようぜ』

『...これ、あたしはまた子供達に会えるのか?』

『とんでもない、取り返しのつかない事態になったな、こいつは...』

「まぁ、そうは言ったって今までもどうにかなってきたんだ。今回もどうにかなるさ」

『ああ、ドライバー、お前について行くぞ。ドライバーについてきゃ大丈夫だ』

『全く、どうにかなるといいんだけどね。今回もあんたが先頭だよ、ドライバー』

 

まさかの最初の治安維持軍としてのフライトでこんな訳分からんことに巻き込まれるとは。俺の人生、どうなってんだか。

 

『ああ、言い忘れていた』

 

ふと、ATCからの無線が入る。一体何を言い忘れていたんだ。

 

『──ようこそ、学園都市キヴォトスに』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『...で、俺をバカって言ったことについてはどう釈明するんだ、ドライバー』

「釈明することなんかないに決まってるだろ、ギャンブルバカ」

『もっと酷くなってるじゃねぇか!』




キャラクター紹介 ブリック
コールサイン: K-9D→ヘルハウンド4
搭乗機: VX-23VTL テールコード: FP-00 12331 PEACEKEEPER 00 HWID-8960.75.6
本名、エリアス・フォン・ロマンスキー。ヘルハウンド隊最年長の48歳。自他ともに認める中年。しかし、普段から肉体労働をしており、予備役パイロットだけあって、その肉体は中年とは思えないほどに鍛えられている。
私生活では工務店を経営しており、TACネームにもある通り主にレンガ工をしている。自身の店にもカスカディア出身の社員がいるため、カスカディアには比較的同情的。隊の中では、対航空機戦を基本ドライバーに任せている代わりに、対地攻撃を担うことが多い。文句を言いながらも防空網制圧をやってのけるだけの能力はあり、撃墜数も7機を記録しているため、名実ともにエースパイロットでもある。子煩悩。
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