川を渡った烏と首なき天使   作:ガスマスク二等軍曹

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踊る会議と鋼の内臓

 量産型ニケ製造工場・第3区画。

 空調の低い唸りが、誰かの荒い息と交じって不気味に響いている。

 机の上には散らばったコーヒースティックとぐしゃぐしゃのメモ用紙が散乱していた。

 

 テーブル中央のホログラムには

《異常個体レイヴン(C4-621)》

 赤い警告文字が脈動するように点滅している。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「……あり得ん。

 こんな規格外を運用する気か」

 安全管理主任が、資料を指先で叩きながら吐き捨てる。

 ページの端が小さく破ける音だけが、誰もが感じる息苦しさを強調した。

 

「……廃棄しろ。

 今なら事故に見せかけられる」

 安全管理主任が書類を叩くように指差した。

 ページの端がぺらりとめくれ、机の上の使い捨てカップが転げ落ちる。

 

「事故だと? どう装う? 

 強化人間計画のように、また焼却炉に放り込むか? 

 ……それで済むなら、ここには座ってない」

 データ班主任が鼻で笑う。

 

 若手研究員が小さな声で吐き出す。

「……倫理部門に……報告を……」

 

 すると別の年配の技術官が、喉の奥で笑い声をこぼした。

「倫理部門? 

 あそこは報告書だけ受け取って“何も見なかった顔”をする場所だ。

 女子供を人造人間にしてる現場で、どんな“正義の署名”を書こうが関係ない」

 

 一瞬、誰も反論できなかった。

 苦い笑い声がひとつ混じる。

 

「“倫理”か……。

 昔の強化人間計画の焼却炉で泣き喚いてたのは誰だった? 

 今回も“失敗作”を潰すだけ。

 ……ただ、潰すにはちょっと大きすぎたな」

 

 ホログラムに映るのは、

 既存の量産型ニケが届かない異常すぎる出力値。

 未知物質比率はじわりと増え、

 精神安定性のグラフだけが滑らかすぎて逆に不気味だった。

 

「……誰が責任を取るんだ」

 主任が吐き捨てると、

 若い研究員が端末を開いた。

 

「……報告書を……“適正値内”で修正すれば、

 帳尻は合わせられるんです……」

 

 場が一瞬止まった。

 

「はっ……それで? 

 上に出す報告書は白で、内部は血まみれのままか」

 

「他にどうしろと? 

 帳簿の数字を揃えておけば、責任はどこにでも投げられる。

 それが──俺たちの“倫理”だろうが」

 

 誰かの鼻で笑う声が、

 ペンを折る音にかき消された。

 

「……全部首輪付きだ。

 前例がない? 

 前例も死人も、全部報告書の裏に挟んで隠せばいい──

 そうやって繋いできたんだろうが」

 所長の声は低かったが、誰よりも痛烈だった。

 

 若手研究員の肩が震える。

 机の下で書類の束を必死に抱え込む。

 

「……見せかけだけの報告書がどれだけ積まれた? 

 誰も読み返しはしない。

 ……で、誰が現場に告げる。

 処分するなら今しかないが──

 誰があの目を見て引き金を引く?」

 

 言葉が途切れた。

 誰も答えない。

 

 

 そのとき、壁のモニターが“カチ”と切り替わった。

 

 防爆ガラス越し──

 貯水槽の奥で、レイヴンが静かに首を傾けて覗いていた。

 

 赤い瞳が、

 書類で責任をなすり合う人間たちの姿をまるで子供が観察するみたいに見つめていた。

 

 誰かが喉の奥で乾いた笑いを漏らす。

 

「……会議は踊ったな……。

 誰が止める?」

 

 返事はない。

 

「決まりだな……排除は現実的じゃない」

 所長が乾いた声で呟くと、安全管理主任が机を叩いた。

 

「報告はどうする。

 隠せるわけがない──!」

 

 データ班の主任が冷たく笑う。

「隠すんじゃない。“整える”んだよ」

 

「やめろ……」

 また無駄な議論が始まると感じた所長は議論を中止させる。

 

「我々ではこれ以上議論を重ねても無意味だろう。

 議論百出をするほど暇も時間も無い」

 そう言いながら、秘匿通信の起動を行う。

 

 しばらくすると部屋の片隅のモニターが低く唸る。

 軍務局からの暗号通信が繋がった。

 

 現在こちら側がわかってる状況の説明及び詳細な資料を送り軍務の指示を仰ぐ。

 

 暫くの沈黙の後、通信先の男が口を開いた。

 

『──異物の存在は秘匿とする。

 公的報告書はお前たちが整えるなり破棄するなり自由にしろ。

 だが、正式報告は我々が管理する。

 ……後にプロパガンダとして使える形にしておけ』

 

「……現在部隊編成を行っている例の……ゴッテス部隊か?」

 

 所長の低い問いに、

 通信の向こうの声は一切の感情を見せなかった。

 

『口を慎め。

 異物は“英雄”にも“悪魔”にもなる。

 飼い慣らすことだけは忘れるな』

 

 回線がプツリと切れた。

 

 会議室に残ったのは、

 書類の山と誰の責任でもない吐息だけだった。

 

 ──ー

 

 秘匿報告の決定が下ったあとも、

 誰も立ち上がろうとしなかった。

 

「……現場に誰が張り付く? 

 監視なしじゃ意味がない」

 安全管理主任が苛立たしげに言うと、データ班主任が鼻で笑った。

 

「誰が行く? 

 あんな化物の傍で寝られるかよ」

 

「化物ではない」

 

 ぽつりと声を上げたのは、若い研究員だった。

 

 誰もが視線を向ける。

 主任は薄い紙コップを握りつぶしながら、小さく言葉を繋ぐ。

 

「ほう……。"バケモノ"ではないと……?」

 

「……あの子、笑ったんです。

 貴方々だって見たはず。

 “ただの化物”なら、あんな目はしません」

 

 主任は鼻で笑う。

 あれがバケモノでないならなんだと言うのか。

「甘いな。お前が潰されるぞ」

 

「構いません。

 化け物だと思わない奴が見ててやらなきゃ、あなたの言う”化物”になってしまいます」

 

「見上げた正義感だな。

 ヒーロー映画でも見たか? 

 ならお前が監督官として"アレ"を監視するというのか? 」

 皮肉交じりに言う主任に対し若い研究員は黙ったまま睨む。

 

 所長は短く息を吐いて目を伏せた。

 

「……決まりだな。

 監督官はお前だ」

 

 若い研究員は黙って立ち上がり、片手に残った書類を握りしめた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 工場区画の最深部。

 貯水槽から引き上げられたレイヴンは、精密検査のため別の検査ブロックへと運ばれていった。

 

 淡い液体の雫がまだ髪先から滴る。

 小さな部屋に移されると、両腕には分厚い金属製のセーフロック、両足首にも強化マグネット式の固定具が装着された。

 

 脚の拘束は完全固定ではなく、小さな歩行と立位保持だけは許される。

 だが、床に組み込まれた電磁ロックが彼女の足裏と静かに連動していた。

 

 ──ー

 

 ゆっくりと立ち上がる。

 

 足裏が冷たいタイルの床を捉える。

 かかと、つま先。

 重心を前に乗せると人工筋肉がぴくりと震え、床のマグネットが微かに応じる。

 

『……膝の軸、前より軽い……』

 頭の中で、思念の声が小さく響く。

(……足の裏が冷たい。……でも、ちゃんと力が入る)

 

「ふふっ……」

 無意識に笑みがこぼれる。

 これが……自力で立つ感覚! 

(あの頃の体より……随分、整ってる。

 強化人間だった頃は、立つのもしんどかったのに)

 

《強化人間の時と比べて、骨格の可動域が違いますね》

 エアが冷静に私の”器”について感想を述べる。

 

 物は試しと軽くジャンプする

「ふっ……!」

 地面に着地しても軸がぶれない。

 体の重心も平衡感覚もしっかり整ってる。

 

 これだけで、この世界に来てよかったと実感する。

 でも……

 

「……随分と、重たいな……」

 確かに感動するほどの体験だった。

 しかし、どれだけ感動する体験をしても、そこに微かな”邪魔”があると感動も薄れるというもの。

 忌々しく見つめる先には、マグネット式の固定具があった。

 

「まあ……分からないこともないけどね?」

 理解は示すが、やはり気になる。

 実際、この体の出力であれば簡単に外すこともできるだろう。

 

 ん? 

 いや、実際に”試して”見ようかな……

 

 そんな思考が脳裏を過る瞬間

《間違っても”試す”なんて行動しないでくださいね?》

 

『はい……』

 事前に念押しされてしまった。

 分かってますよ? 勿論分かってますとも。

 全く……エアは冗談というモノを知らないんだから……

 

《冗談に聞こえないから”念押し”するんですよ?》

 

 酷い!! 

 エアの私に対するイメージが大体わかった。

 私は悲しいよ。

 

 そんなやり取りをしているうちに一通りの動作チェックが終わった。

 

 そして感動体験を過ぎれば、別の感情が芽生える。

 ”もし……もし、あの時……私にこの体があれば……" 

 

 思い出すのは、

 ──地下の独房から脱出する記憶。

 あのときは、立ち上がるだけでも骨がきしんだ。

 もしあの時、私にこの体があれば、ウォルターも助けれたのかな……

 

 いや違うね……

 そもそもオールマインドの計画に加担してウォルターとカーラを間接的に殺したのは私だ。

 

 そしてその結果、今がある。

 ウォルターの言う通り、再手術をして普通の人生を過ごす選択もあっただろう。

 でも私には、エアがいる。

 再手術をするとエアと離れ離れになってしまう。

 それは……何よりも”嫌だ”

 

《……レイヴン?》

 エアの声が不安そうに響いた。

 

『ううん。なんでもないよ。

 これなら……戦える。

 ……戦場に戻れる』

 

 脚部の補助スラスターが、小さく排気音を漏らす。

 足裏で火花が散るほどの推力は出せないが──

 “必要なら飛べる”と、体が答えた。

 

 目を閉じて、ゆっくりと息を吐くように思念が揺れた。

 

『“ただの強化人間”じゃない。

 ……これは、“戦う体”だ』

 

 封鎖室の外、監視窓越しに数人の研究員たちが冷たい目で渡り烏を見つめていた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 隔離室の重いスライドドアが静かに開く。

 小さな動作チェックを終えたレイヴンは足首の拘束が微かに軋む音を聞きながら、無言で鏡越しに背後の人物を見つめた。

 

 研究員用の白衣じゃない。

 現場専任──

 “監督官”と呼ばれる存在だ。

 

 ……この人が、私を“見張る”人……

 

 監督官は一歩、彼女の前に立つと手に持っていた端末を胸元に押し当てた。

 その手が小さく震えているのが分かる。

 

 怖いんだね……。

 

 ……そりゃそうか。

 檻に入れたって……私は、檻ごと壊せちゃうし。

 

《レイヴン。第一印象は大事です……笑顔ですよ……笑顔》

 エアが「早く早く」と急かせる。

 

『言うておきますが、そう言って実行したら白目剥かれた事実をお忘れではないかい? エア?』

 私がそう苦言を呈するとエアは動揺しきった声を出す。

 

《あれは……そう、タイミング……! タイミングが悪かったんです……!》

 

 なるほどタイミングか……

 苦し紛れの言い分としては、悪くない。

 確かにその通りだと考える。

 ではこの場面でも笑顔を出すにはタイミングが悪い……のかな? 

 

 気づけば、数秒間の沈黙が続いていた。

 このままではまずいと思い、私は振り返らず話しかける選択をした。

 

「あなたが……見張り役さん?」

 

 監督官は一瞬、喉を鳴らして息を吐くとふっと笑って椅子を引いた。

「……俺はお前の監督官だ。何かあれば、全部俺に言え」

 

 へぇ……

 私は振り返り”見張り役さん”の目を見た。

「……私のこと、怖くないの?」

 

 監督官は小さく口元を拭って、しばらく何かを思い出すように視線を逸らした。

 

「……お前は……化物じゃない」

 予想外の答えに少し目を見開いた。

 この顔は”前”と違って感情が豊かなのだろう。

 そのことも含め、純粋に”嬉しかった”。

 

「どうして、そう思えるの……? みんな目を逸らすのに……」

 嬉しかったせいでつい意地悪な質問を彼に投げかける。

 

 数秒の沈黙の後、彼は自身の考える思想を話す。

「──ニケは義手や義足の延長線だ。

 形が違っても、人は人だ」

 ……切り落とされた体の代わりに、機械をつけてまた立つ。

 それが義手義足なら、この子はただ……全部を機械に置き換えただけだ。

 そう信じる様に。

 そう自分言い聞かせるように。

 

 私は、ほんの一瞬だけ笑った。

 ……義手・義足の延長線。

 ……ふふ、なるほどね。

 

《レイヴン……良かったですね》

 

『うん。とても良かった』

 

 自分に言い聞かせようが関係ない。

 その考えを持ってくれること自体が"嬉しい"

 

「……じゃあ、私も“人間”?」

 

「人間だ。お前は人だ。

 この檻の中でも、俺はそう思う」

 

 レイヴンは一瞬、口元を緩めた。

 

「……そっか……。

 じゃあ……仲間だね」

 

 ……私はこの世界に来て良かったと改めて感じた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「精密検査を行う」と言い隔離室の隣に併設された検査室へ移動する。

 私が促すとレイヴンは冷たい台に横たわる。

 両腕と足首の拘束具だけが、小さく機械音を立てて光を放つ。

 

 詳細な精密検査のため、背中の外装パネルがゆっくりと開かれる。

 外部スキャンによる詳細情報が映し出された画面を見て監督官の指が小さく震えた。

 

 ……両脚の補助スラスター。

 骨格フレームに沿って、複数方向の推力制御……だと……

 

 量産型はおろか、現行のニケには絶対に無いであろう部品に目が行く。

 現存している構造で無理くり当てはめる事ができる物としては……

 

 航空機。

 それも戦闘機に使われるジェットエンジンの推力偏向に近しい構造だった。

 脚部のスラスター構造だけでも、途轍もない研究資材となるであろうことは、火を見るよりも明らかだ。

 問題は……そのスラスター構造以上のシロモノが背中にある事だろう。

 

 そして背中の……これは何だ……? 

 

 骨格に接続された大型の内蔵ブースター。

 これはまだ分かる。

 すでに脳が追いついていないのか慣れるのが早いのか脚部を見てしまえば、特に問題はないと言えるだろう。

 問題はその脇に、奇妙な格納ユニットが格納されていること。

 

 詳細情報を知るために更にスキャンを重ねて見る。

 途端に監督官の見ているモニターに無数のデータが表示されてゆく。

 

 ……用途不明? 

 ──パルス発生器? 

 や、違う……爆縮装置……? 

 

 分からない。

 何のために存在するのか、誰も分からない。

 

 とうとう頭痛がしてきてしまい、一度首を振り眉間に手を当てる。

 

 ……こんなものを背負わされて……

 それでも笑うのか……

 

 現実逃避をしようにも眼前にある実物と手元にあるデータを見ては否が応でも現実に引き戻される。

 

 彼女は……人だ。

 義手や義足を使う様に……同じ”人”だ。

 そう何度も言い聞かせる。

 それが、どんなに無意味であっても。

 

「監督官さん……」

 不意に”彼女”が話しかけてくる……

 私は何故か返事をすることが出来なかった。

 

「……これ……全部私のもの、なんだよね」

 

「なら……もう誰にも渡さないよ」

 彼女は笑う。

 無邪気に嗤う。

 

 そんな彼女に対し監督官は何も言えずに、

 金属の冷たい光をただ見つめていた。

 

 ◇◇◇◇

 

『そう言えばなんだけどさ……エア?』

 

《なんでしょうか? レイヴン》

 

『この体で最大出力……アサルトブーストをするとして一つ疑問があるんだけどさ……』

 

《……?》

 

『私の体……耐えきれる?』

 

 暫くの間、私の最も信頼のおける”相棒”は考え込み……

《まあ、レイヴンなら大丈夫でしょう》

 

 答えにならない回答を頂きました。




ニケの二次創作を作る上で作者が一番力を入れるのは何か?
ニケたちの会話?
ラプチャーとの戦闘シーン?

私はね・・・
諸君…
強い存在を前に人間たちが四苦八苦している描写の時が一番心が躍る!!

はい!
というわけで一番書きたかったシーンです!

ニケ知ってる?AC知ってる?

  • ニケ知っている!ACも分かる!
  • エンター――テイメント!!(AC知らぬ)
  • 地上?…汚染されてるもんね(ニケ知らない
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