マガダンの英雄、先生になる 作:コルディアムに脳を焼かれた阿慈谷ヒフミ
しかしご安心を、元のシリーズもちまちま書いています。投稿は恐らくまだ先になりますが、作者死亡にでもならない限り意図して未完とはしません。
Project Wingmanを知らない人にも楽しめるように心に留めておりますが、恐らく分かりづらいところがあるので、その際はどうぞ感想まで。
感想・評価は大いに励みになります。
Protocol 1-1: Magadan Peacekeepers
「ヴィータ、あんた自分が何言ってんのか分かってんのか!?」
太平洋連邦マガダン国、アナディリ空軍基地。
「お、落ち着け、コブ...。その手を離せ...」
「離したら問題が解決するってのかい!?」
今ここに集まっているのは計5人。コブとヴィータ、彼女と同じくマガダン方面空軍予備役のエリアス・“ブリック”・フォン・ロマンスキーと、アンドレイ・“ブッキー”・カスパー、そして、この俺。本業はレーシングドライバーにして、副業は彼らと同じく空軍予備役のライアン・ジョナサン・“ドライバー”・ゴズリング。しかし、ヴィータを助ける者は誰もいない。理由は2つ。ひとつは、コブを止めたらろくな目に遭わないから。もう1つは──
「ああ、ヴィータ。俺たちを今すぐ治安維持軍の名簿から削除してくれるってんなら助けてやってもいいぜ」
そう。本来予備役パイロットであり、民間でそれぞれの人生を謳歌しているはずの俺達は、いつの間にやら、この太平洋連邦のエリートパイロットである、連邦治安維持軍に抜擢されてしまったのだ。
話は2時間前に遡る。俺はちょうど今シーズン最後のドライブをやり遂げ、表彰台に輝いた。これからスポンサーとの接待やらマスコミの取材やらを受けないといけない事実に辟易していた俺にとって、連邦軍からの緊急招集命令は渡りに船だった。なにせ、軍の招集とあれば流石にスポンサー様やマスコミ連中も引き止める訳にはいかない。そういうわけで、走行終了後の疲れはどこへやら、俺はルンルン気分で空軍基地まで向かっていったのだ。──それが、こんなことになるとも知らずに。
「大体なんで俺達が予備役を選んだのか分かってんのか、ヴィータ?俺達は軍の福利厚生を受けて悠々暮らしたいだけであって戦争がしたい訳じゃねぇんだ」
「...っ!はぁ...はぁ...お前たちの言いたいことは、よく分かる。しかしブリック、お前たちK-9...いや、今はヘルハウンドと呼ぶべきか。お前たちの挙げた戦果は、連邦治安維持軍に選ばれるに相応しいだけのものがある。クリスタル・キングダムはそう判断した」
「その“ヘルハウンド”って言うのをやめな、クソ野郎!あたしらは誰一人治安維持軍になるのなんて望んでない!」
「おいよせ、コブ!殴るのはさすがにマズイ!」
一旦掴みかかるのをやめたコブはしかし、次のヴィータの言葉に怒りを爆発させた。ヘルハウンドとは、旧K-9改め、太平洋連邦マガダン方面治安維持軍飛行隊の名称。つまるところ、俺達の部隊の新たな名前だ。殴り掛かるのはすんでのところでブリックが止めたが...
「なぁ、おいドライバー。俺達が治安維持軍の名簿リストから削除されるかどうか...オッズはどんなもんだと思う?」
「ブッキー、俺の予想で言えば...相当悪いな」
「冗談じゃねぇ、このまま軍隊に縛り付けられて生きるのなんざ御免だ」
この中でなんとか普段通りの雰囲気を保てているのは、ブッキーくらいなものだ。
立ち上がったヴィータは、おもむろに口を開く。
「...今、連邦は窮地に立たされている。カスカディアでの敗北と、クリムゾン1の暴走による投入可能戦力の大幅減少。さらにプロスペロとプレシディアの惨劇によって連邦の国際的影響力は建国以来最低とも言えるところまで落ちた。すでにカスカディアの後を追って複数の新規構成国が独立を宣言している。最悪なのは、それに対応するだけの能力が残されていない、という所だ。連邦は、お前たちを必要としている」
「はっ、笑わせてくれるね!早い話が、上層部の脳みそコルディアム野郎と、イカれちまったエースの尻拭いをあたし達一般人にさせようってことだろ!?この世はワガママが全部通るようには出来てないんだ!あたし達が必要?そんなの知るか!」
AC432年初頭。環太平洋諸国で構成される太平洋連邦の最大構成国、カスカディアが独立戦争を仕掛けた。誰もが超大国太平洋連邦の勝利で終わると考えたこの戦争は、8月にカスカディアの勝利で幕を閉じた。地熱資源の一大産地であるカスカディアを失った連邦は経済的に大きな危機に立たされた。
しかし、それだけでは無い。戦争中にカスカディアの大都市プロスペロに連邦が撃ち込んだ巡航ミサイルが環太平洋火山帯を活性化させ、太平洋一帯には、500年前の悪夢──大厄災が再来した。さらに、連邦とカスカディアで停戦協定が結ばれた直後に、我らが太平洋連邦の看板エース、クリムゾン1がプロスペロにぶち込んだのと同じミサイルをカスカディア首都、プレシディアに撃ち込んだ。結果的に連邦は国際的な非難を浴び、政治的に窮地に立たされている。そして軍隊も、大厄災の再来とプレシディアへの巡航ミサイル攻撃を中心に、100万人ほどの軍を喪失した。もはやこの国は超大国の威厳などない、肥太った豚のようになってしまった。
要するに、連邦軍最高司令部『クリスタル・キングダム』は、その状況の尻拭いを、俺たち民間人を治安維持軍に仕立て上げて、やらせようとしているらしい。冗談じゃない。俺達は愛国心溢れる正規軍の連中と違って普段の生活の方が大切なのだ。
「お前たちが自分の生活が大切なのはよく分かる。だが、このままだとその生活だって成り立たなくなるかもしれないんだぞ!」
「だから俺達にクリムゾンだとかの代わりをさせようってのか?それで息子のチェスの試合に行けなくなったら本末転倒だろうが。生活を守るために生活を犠牲にする?世の中じゃそれを矛盾って言うんだ、ヴィータ」
ヴィータの懇願とも言える説得をブリックが一蹴する。ブリックの言うことに、俺を含めた他の3人も頷く。
「大体、そもそもオセアニア方面軍のお前がなんでまだここにいるんだよ。国に帰ったらどうだ、国に」
ブッキーがそうヴィータに吐き捨てる。ヴィータは一瞬悲しげな顔をした後、意を決して俺達に衝撃の事実を告げた。
「...マガダン防衛時に俺がお前たちを指揮したことが、お前たちが大きな戦果を挙げた要因の一つと認められた。俺はオセアニア方面軍を外れ、お前たち専属の管制官に任命された」
その言葉に全員が絶句する。ヴィータが、専任の管制官?一体なんの冗談だ。しかし、告白はまだ終わらない。
「お前たちが軍に継続して勤務することを望んでいなかったのは知っていた。同時に、ドライバーが治安維持軍メンバーとしての評価が進行していることも。だから、俺は...クリスタル・キングダムに、評価を差し止めて、お前たちを一般人としての生活に戻すように働きかけた。彼らの働きに報いたいなら、一般人の生活に戻してやることこそが最も報いることになると」
それは叶わなかったがな、とヴィータが唇を噛む。...俺のせいだ。俺が働きすぎたせいで、軍で働くことを望まないにも関わらずK-9は治安維持軍メンバーになり、挙句ヴィータも故郷から引き離された。恐らくヴィータが俺達を指揮したのがカスカディア軍の撃退に貢献したなんてのは方便だ。クリスタル・キングダムに楯突いた腹いせ、見せしめに違いない。
「...なら、なんで俺達にさっきまであんなに必死に説得していたんだ?お前は...俺達が治安維持軍になることを拒んでいたのを知っていて、そのために動いていたのに」
「クリスタル・キングダムの決定は絶対だ。それに、後で知ったが、今回の決定には、ウランバートル・ハーンの意思があるらしい。連邦中核国の国王に逆らったら、どうなると思う?」
ウランバートル・ハーン。またの名を、スチール1。連邦中核国の一つ、ウランバートル王国の国王であり、自ら治安維持軍スチール隊を率いる連邦軍人。マガダン侵攻の時に、俺の動きをよく見ていた彼がこの決定を下したらしい。ヴィータはそれを知っていたから、これ以上俺達の立場を悪くしないように、俺達に働きかけていたんだ。こうなったのは全て、俺のせいだ。
「...すまない」
俺は、気づいたら謝罪の言葉を口にしていた。その言葉の先は、ヴィータへのものでもあり、K-9へのものでもあった。
「俺のせいで、ヴィータも、お前らも、望まない結果に...」
「「「「それは違う」」」」
K-9とヴィータは異口同音、否定の意を口にする。
「俺達予備役が生き残れるかなんて、賭けにもならないくらいにありえない話だった。お前がいなければ、の話だけどな」
「あたし達が生きてるのはドライバー、あんたのおかげだ。おかげでまた子供にも、クソ旦那にも会えたしな」
「コブと同じだ。お前が居なかったら、息子がチェスの試合で優勝するところなんて見れなかった」
「ドライバー...自分自身を否定するな。クリスタル・キングダムに楯突いたのは俺の独断だ。お前は...よくやった。お前を賞賛することはしても、恨むことはありえない」
4人の言葉に、自然と涙腺が緩む。
「...み、んな...」
「おいおい、泣いてんじゃねぇぞ、俺達のエースパイロット様よ」
「エースパイロットはそっちもだろ、ブッキー。いや、あたしもか」
「それで言ったらK-9は全員エースだな!」
「その通りだ。お前たちは...紛れもない、エースパイロットだ」
自然と、険悪だった雰囲気が良くなっていく。
「ああそうだ!俺達にはバカデカいバケモノエアシップを叩きのめしたり、トンネルを飛んでいけるエースがいるんだ!そこらの治安維持軍よりよほど上手く戦えるぜ!」
「そうだな...ああ、なんとかなりそうだ」
「まぁ...人生どう転がるか分からんからな。これも運命だ。ドライバー、お前に着いていく」
「俺も...お前たちが全力を尽くせるようにサポートする」
ブッキーが、コブが、ブリックが、そしてヴィータが決意を固める。そうと来れば、俺も腹を括らなければならない。目元を拭い、全員を向く。
「...1番機は、俺でいいか?」
4人からは口々に、歓喜と共に同意の言葉が飛び出した。
キャラクター解説 ドライバー
コールサイン:K-9A→ヘルハウンド1
搭乗機: VX-23 テールコード:FP-00 08515 PEACEKEEPER 00 HWID-8961.24.3
本名、ライアン・ジョナサン・ゴズリング(独自設定)。本業は天才的ラリードライバーであり、TACネームの由来もそれ。なお、通常のサーキットで走ることもある。ブッキー曰く、「うちのカジノで最も勝ちに近いレーシングドライバー」。交通事故と罰金滞納の常習犯でもある。金色のスコーピオンが刺繍されたジャケットがトレードマーク。
AC432年、ベーリング海峡空戦でのカスカディア軍への大敗を端に発したカスカディア軍のマガダン侵攻では、エリート飛行隊である治安維持軍をしのぐ活躍を見せ、最終的にはカスカディア軍をアメリカ大陸に撃退し、侵攻軍司令官のファウスト将軍座乗の超大型エアシップ、“CDV ルーズベルト”を撃墜。その活躍が認められ、マガダン方面治安維持軍へと昇格する。嫌いなものはオービス。26歳。