【序章】
ーコーラルと呼ばれる物質がある。
辺境の開発惑星ルビコンで発見されたコーラルは 新時代のエネルギー資源、および情報導体として 人類社会に飛躍的発展をもたらすと嘱望されていた。ー
万能でメリットしかない物質など── そんなものがこの世にありはしない。
コーラルはエネルギー資源として利用できる。
それは、あくまでコーラルの一面に過ぎない。
コーラルはちょっとした刺激で燃える。
石油や電気と比べても比にならないほどの効率で。
そして、ソレは群知能のような性質を持ち、集まり、増殖する。
気体密度が高ければ高いほど、その増殖スピードは指数関数的に跳ね上がる。
言わば、倍々ゲーム。ネズミ算式とでも言えばいいだろう。
──ほぼ無限のエネルギー。 無くならない石油のようなものだ ──
そんなものを、欲深く罪深い人類が見つけてしまったらどうなるか?
利益。権益。 独り占めしたい連中が、コーラルの利権を奪い合い
椅子取りゲーム──つまり戦争を始める。
では、コーラルの“デメリット”とは何か?
ここまで聞けば、誰しもが思うだろう。 「まさに神の物質ではないか」と。
だがコーラルは、人体に取り込めば向精神薬のように作用する。
それは微量の摂取に限った話だ。
大気に微量のコーラルが混じっていても、生物に害はない。
──だが、もし空気の半分をコーラルが占めていたら? それは、有害なものとして人の命を喰らうだろう。
さて。話はここからだ。
もし、人類が宇宙に進出している今……
そんな物質が人類に見つかり、企業どもがルビコンからコーラルを大気圏外に運んでいるときに襲撃され、 極めて真空に近い宇宙に、1μでもコーラルが漏れ出したら?
そのとき
人類はおろか、ほとんどの生命体がコーラルの汚染に晒されるだろう。
企業どもは、それを知ってか知らずか── コーラルという爆薬を巡って戦争を繰り広げる。
……何?
「極限まで真空の状態のコーラルを一気に解き放ったらどうなるか」だって?
そんな狂気の沙汰をする奴など居ない──
……いや、居るとしたら。
もしもソイツが本当にそれをやったのなら……
そこにいる人類は、もはや人類ではないだろう。
◇◇◇
透き通った空の下。 どこにあるとも知れない星の地上。
その“リリース”を行った【一人の傭兵】は、アーマードコアの機体に乗っていた。
まるで全てをやり切ったと言わんばかりの、 すべての戦いが終わったと告げるかのような姿のまま、機体は停止していた。
人とコーラル。 燃やすか、共生するか。
誰かが選んだのではなく── 最後に選んだのは、私(黒い烏)だった。
『……全部、終わったの?』
不気味なほど静かなコックピットの中。
傷ついたACの装甲が火花を散らし、それでも立っている。
その奥には【人】はいない。 空虚な空間が広がるだけ。
けれど、そこに【居る】私は、ただ虚空を見つめていた。
《……お疲れさまです、レイヴン》
声がする。
耳じゃない。
脳でもない。
波形となった声が伝わる。
Cパルス変異波形であるエアが笑っていると、感じた。
《あなたは選びました。人とコーラルの“共生”を》
『共生……ね……』
口にしても、ぴんとこない。
戦場の轟音が止み、聞こえるのはエアの声だけ。
『……共生、って結局なんだったんだろね……』
コーラル・リリース……
投げてはいけない賽
笑えないほどの……【タブー】
そんなものを引き起こしてしまった人物が本来発しては行けないであろう言葉を謂う。
《私にもまだわかりません。でも──》
彼女は楽しそうに囁く。
思念体の声は、どこかくすぐったい。
《一緒に考えていきましょう。レイヴン。 あなたとなら、私は何度でも一緒に考えたいんです。ずっと、ずっと一緒に──》
透き通った空が、鈍い光を放つ。
そして渡り烏は、思考の深みへ落ちていった。
◇◇◇
静寂の海のようなコーラルの網を、私の思念が漂う。
終わったはずの戦いの残響が、遠い彼方で渦を巻いている。
けれど私には重さがない。ただ、流れていく。
《レイヴン、やってみたいことなどはありますか?》
エアの声が小さく響く。
返事はない。
思念の中で、私は考える。
「やってみたいこと」かぁ……
コーラルの中に、無数の意志が寄り集まる。
誰かの声、誰かの夢、誰かの怒り。
すべてを背負ったまま、でも本人は何も気にしていない。
ウォルターが教えてくれた【学校生活】なんていいかもしれない……
【職業】? そんなのも、ウォルターが色々と教えてくれたっけ。
『お前には傭兵や戦争以外にも、もっと似合う職業・居場所があるはずだ』
……やってもないことに対して「あるはず」と言い切って、私が現在置かれている状況にしてしまっている自分に嫌悪感を抱いていた
私の雇い主……
それでいて必ず最後には「すまない……」と謝ってくるんだから。
十中八九、今私が傭兵稼業で実力をつけている事を否定してしまったことに対してか、そんな状況に置いてしまっていることに対してなのか……
おそらくは、「どっちも」だろうね。
『ふふふ……』
《レイヴン?》
おっと。
返事もしないで笑っていた私に、エアが困惑している。
『傭兵かな?
もっと別の体験ができる……戦争屋さん』
どこまでも自由で、どこにも居場所がない。
でも、それでいいんだ。
私の居場所はそこだから。
ウォルターは──納得してくれるのかな?
そう思いながらエアに伝えると
《ですよね!》と得意げに応える彼女の思念がくすぐったい。
そんな他愛もない話をしていると思考の先に、見慣れない“構造”があった。
鉄と油と、血と硝煙……そして冷たい光。
人の手で作られた無機質な“器”。
なるほど── 今度も「そういう場所」か。
思念は迷わず、その中へ沈んでいった。
◇◇◇
そこは、遠く離れた別の世界。
人類と突如現れた“ラプチャー”という化け物たちが、終わりなき地上戦を繰り広げていた。
この戦争に勝敗という概念があるとすれば──
今の勝率は、ラプチャー側が8割。 人類側は、わずか2割にも満たない。
何を以て勝敗を決めるのか?
大将の首を取る?
城を落とす?
降伏させる?
どれも違う。
ラプチャー側にとっての勝利── それは、人類の完全殲滅だ。
ホロコーストの何倍にも及ぶ殺戮を、ラプチャーたちは戦争の第一撃から続けている。
女子供すら関係ない。
まるで人類が背負ってきた罪を、自然そのものが牙を剥いて罰しているかのように。
それは大災害のように、無慈悲で容赦がなかった。
もちろん人類も抵抗した。
最初は既存の銃火器で応戦できたが、それもすぐに通用しなくなった。
歴史とは戦争だ。
人類は戦争の上に立つ生物だ。
戦争が技術を進化させてきた。
いかに効率的に人を殺せるか。
逆にいかに効率的に身を守れるか。
だが皮肉なことに、進化しすぎた防衛技術のせいで、火薬による銃火器は頭打ちとなった。
現代の装甲は簡単に貫けなくなったのだ。
そして、ラプチャーはさらに異質だった。
やつらの学習能力は異常で、既存兵器の通用する時間は短かった。
最後の切り札であるICBMすら、ラプチャーはエネルギーとして吸収し、逆に跳ね返す。
ラプチャーの数は増える一方。
火力では太刀打ちできない人類に、圧倒的な物量で迫る。
だから今の勝率は8対2── それが現実だ。
だが人類は、追い込まれても諦めない。
がむしゃらに抗い、道を模索するのが人間だ。
結果として嘗て愛する人を守るために戦地に立った兵士たちは、 いまや愛する者を“戦う女神”に変えて戦場へ送る案内人になった。
人類最後の希望。 ──勝利の女神“ニケ”。
ニケと、ニケの持つ特殊な武器だけが、唯一ラプチャーに対抗しうる。
そんな絶望と希望が交錯する世界── そこへ“黒い烏”はやってきた。
◇◇◇
ニケが唯一の希望だと知った人類は、 あらゆる倫理を捨て、急ピッチでニケを量産した。
表向きは“有志による提供”という建前を掲げた結果、大量の実験データを集め、奇跡的な速さで量産化が進んだ。
だがこの段階では、まだネームドと呼ばれる“特別”は個体数が少なく軍組織としての分隊は存在しなかった。
とある地域にある巨大な製造工場。
奥深くにある、青白い液体が満ちた巨大な貯水槽── そこでは、無数の量産型ニケが同じ姿のまま静かに並んでいる。
「……ようやくか」
現場責任者の研究員が、ホログラムに映るステータスを何度も見返す。
「万が一も許されないんだ。しっかり確認しろよ!」
声に苛立ちが滲む。
余裕がないのだ。 それは彼だけではない。
「チーフ、それ……もう何回目ですか。 そんなにイライラされると、逆にミスりそうになりますよ」
「はぁ……」
別の研究員がため息をつく。
気持ちはわからなくもないが、張り詰めた空気は余計なミスを呼ぶ。
「当たり前だ! 資材も人材も限界だ。 この拠点がダメになれば、次はないんだぞ……!」
現場責任者の怒鳴り声を無視して、研究員は淡々と次のニケのバイタルを確認する。
「製造番号9……ステータス確認、っと──」
……ん?
「……は?」
思わず声が漏れた。
この現場で最も聞きたくない一文字だった。
──異常がある。
「おい、どうした!」
「ちょっと待って……何だこれ……!」
通常ではあり得ない数値が、スクリーンに現れる。
さらに“unknown”と表示される未知の物質が検出され、数値はみるみる上昇していく。
ここまできたら、否が応でも理解してしまう。
──突然変異。 ──イレギュラー。
モニターの異常に目を奪われ、 誰も貯水槽の“変化”に気づくのが遅れた。
赤い粒子が、青白い水を侵食するように広がっていく。
無数のケーブルが、量産型ニケの少女の身体を縫い合わせていく。
骨格は折れ曲がり、再構築を繰り返す。
量産型とは明らかに違う“何か”が、そこに生まれようとしていた。
◇◇◇
静かな水槽の底── 異形の少女の瞳が、淡い赤の光を帯びてゆっくりと開いた。
『……ココが新しい、私の生きる世界……』
誰に届くでもない思念が、水の中に溶けていく。
《問題なく起動できたようですね、レイヴン。良かったです》
脳裏に響くエアの声。
それだけが、私に安心をくれる。
貯水槽の外では現場責任者が走り去り、 ほかの研究員たちも大慌てでデータを取り始めていた。
……そんな彼らを、水の中の“渡り烏”はぼんやりと眺めていた。
『……さて、目覚めたはいいけどさ……何この状況……』
目の前の研究員が、青ざめた顔で目を見開き涙目になって固まっている。
深夜にその顔を見てしまったら、必ずと言ってもいいほど悲鳴を上げてしまうようなトラウマになりそうな顔を研究員がしていた。
(いや、割とマジでなんで?)
思考をめぐらせて頭を動かすと、 ゆらりと髪が揺れ、ケーブルが外れていく。
(あーダメダメ……これじゃ襲い掛かる寸前のモンスターだよ……!)
どうしようかと思考を巡らせてこの状況の打破を模索する
……が、悲しいかな戦場しか知らないレイヴンにはどうすることもできないのである。
《レイヴン。私にいい案があります》
エアの声がくすぐったい。
頼れる相棒だ。
『……ありがとう、エア。 で、どうするの?』
私は頼れる相棒に懇願するように聞く。
《人間同士では、第一印象が大切だと学習しました。 ですので、まずは愛想の良い感じを出すのです》
なるほど! その発想はなかった!
ラスティも似たようなこと言ってたっけ。
ならば実践しよう! と
私は口についた酸素ホースを外し、目の前の研究員に微笑んだ。
結果──
研究員は、白目を剥いてその場に崩れ落ちた。
『……なんで!?』
赤い瞳がわずかに泳ぎ、青白い水に揺れて消えた。
レイヴン!ニケの世界に降り立つ!!
ACに乗って転生でもよかったんですけどねー
地上に生存権がなさ過ぎてメンテどうすんの問題が出てきて断念しました・・・
感想含めたコメントをお待ちしております!!
なお、pixivにも小説投稿しているのですが、そちらではコーラルリリース直後とニケ世界で分けてるんですよね・・・
結果?
ニケパートが見られてプロローグを見られていないのです。
悲しいね
ニケ知ってる?AC知ってる?
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ニケ知っている!ACも分かる!
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エンター――テイメント!!(AC知らぬ)
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地上?…汚染されてるもんね(ニケ知らない