どこもかしこも、エーテリアスばかりだ…(涙目)   作:bbbーb・bーbb

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けもつめ登場させづらいな……次回いけるか……?


ホア茶ー!(ヤーナムチョップ)

「うぅ……あたしの鉤爪が……」

 

 血みどろとなった鉤爪をハンカチで拭きながら、福福は泣きべそをかいていた。小さな丸っこい耳も、ぺたんと倒れている。幸い、儀玄が今日の夕飯にたっぷりと肉を入れることを約束するとすぐに元気を取り戻したが。

 

 その後ろでは狩人が儀玄相手に食い下がっていた。未だに納得がいっていないのだ。言うには、自身も差別を受ける側だったが故、そういったことは忌み嫌っているのだと。差別と獣は大嫌いなのである。

 

「軽い気持ちで人を傷つけるな。あれはあんまりではないか」

 

「お前さんが言うのかい。そもそも、人ですらないと自分で言っていただろう」

 

 それはそうである。数時間前、儀玄に倉庫まで吹っ飛ばされる前、狩人は己の正体を伝えていたことを思いだした。

 

「正直に答えろ。お前さん、一体何者……いや、『何』なんだ?」

 

 人気(ひとけ)のない道場に着くなり、狩人へ振り向いた儀玄の放った言葉である。隠す必要も無いと考え、狩人は正直に答えたのだ。その後アキラから改めて彼の正体を説明され、ようやく信じた様子であったが。

 

 会話に十分、戦闘にゼロコンマ二秒。神秘も武器も無し、素手でやろうと言われ渋々了承した狩人が合図と同時にヤーナム神拳を繰り出したところ、しかし気づけば彼の視界は倉庫の天井で埋まっていたのである。

 

 死を積まずには勝ち目はない(初見突破は無理ゲーな)相手だと確信したのを、狩人ははっきりと覚えていた。

 

 何も出来ないどころではない。何も分からないのだ。

 気付けば、負けていた。ヤーナムでもそうそう味わうことのない経験であった。

 

「あれ、ロア先生。どうしてこんなところに?」

 

 ようやく非を認めた狩人が謝っているのをよそ目に、アキラが軽く上瞼を上げた。ホロウの外周に居るはずの男が、その奥地で彷徨(うろつ)いていたのだ。

 

「侵食症状のサンプルを取ろうと抜け道を探していたんだが、エーテリアスに追われてしまってね……」

 

 逃げた先がここだったのだという。些か胡散臭いが、特段彼が悪人だという証拠はないので、狩人はどうということもしなかった。どうにも気に食わない男であったが。医療教会の連中と同じ臭いがするのだ。

 

 そろそろ帰るか。狩人達が踵を返した瞬間、咆哮。慌てて振り返ってみれば、大量のエーテリアス達の中に、巨大な蛙の如きそれが君臨していた。慌てて逃げるロア。

 

「あのエーテリアス、何か変だ。ミアズマの汚染が酷い……」

 

「うわぁっ……なんか、すっごくばっちぃ感じがします!」

 

 アキラが警告すると、福福が嫌悪を露わにする。その頃には、皆すでに突撃を始めていた。黄金長方形の軌跡で回転する福福の鉄球が、周囲に湧いたエーテリアス達に激突していく。

 

 儀玄が黒いシマエナガのようなものを飛ばすと、それはさながら無限に伸びる尾のように墨汁を撒き散らし、ぶつかったエーテリアス達に風穴を開けていった。

 

 二人とも、蛙と戦うのは後回しにしていた。動きがなまっちょろく大した脅威ではないのと、あまりにも不潔な見た目をしているからである。全身は泥、あるいは糞にも見える茶色い何かで覆われ、おまけに凄まじいミアズマを纏っている。

 

 よって、狩人のみがそれの相手をしていた。血、糞、死体、獣。ありとあらゆる汚物という汚物に塗れたヤーナムで、まともな衛生観念を持つ者など皆無なのである。

 

 重たい身体を持ち上げてからののしかかりを、左前方へのステップで躱す。それが振り返る前に、聖剣擬きの刃を根元まで突き立てる。

 

 怪物の悲鳴を無視し、ひたすらに刃を、重撃を叩き込んでいく。たまらず振り向きざまのタックルで狩人を吹き飛ばす怪物。

 

 狩人が態勢を整えるや否や、蛙の口から毒液が飛ぶ。右へ躱すと同時に、彼の脳内に電流が走った。

 

 こいつ、()()()()ぞ。狩人は懐でリボンを握りしめると、すぐに手を離した。ちょうど、福福達も周りのエーテリアス達を処理し終えたところである。

 

「お師匠さま! 早く助けに──」

 

「いいや、その必要もない。放っておけ」

 

 福福が狩人の方を見やると、全速力で蛙との距離を詰めていた。眼前まで近づくと、途端に相手の目の前でうろちょろと動きまわりはじめる狩人。それはまるで、何かを待っているような動きであった。

 

 蛙が、もう一度身体を持ち上げる。後ろ脚で直立すると、全体重を狩人目掛けて放り投げた。危ない、と福福が叫ぶ。

 

 びしゅんっと音を立て、右前へと飛び込む。そのまま怪物の背後を取ると、その場で身を捩り力を溜め込み始めた。

 

 ようやく起き上がった蛙が、しかし突如として再び態勢を崩す。なんだなんだと儀玄まで見入り始めた次の瞬間。狩人を除いた全員が、同じ声を出した。

 

「えっ」

 

 当然の反応であろうか。狩人が、蛙の尻穴に勢い良く右腕をぶち込んだのだ。それも、深々と。心做しか頬を赤らめる怪物。

 

 そのまま狩人が勢い良く腕を引き抜くと、怪物はエーテルの霧となって消え去ってしまった。彼が拳を開くと、握りしめられていた緑色の臓物たちは地面へと落下していき、そして同じく消えていった。

 

 棒立ちでフリーズしている三人に、ご機嫌な様子で狩人が駆け寄っていく。

 

「ほうら、姉弟子さん。ハイタッチだ」

 

「ひぃっ!」

 

 口のイの字にして身を仰け反らせる福福。拒絶に少し悲しみを覚えながらも、当然かと狩人は腕を下げた。

 

 そのまま腕にへばりついた肉片、血液、腸液の類を腕を振って落とすと、それは見事にアキラの服に浴びせられた。何なら、肉が少し口に入った。

 

 たまらず、嘔吐。胃の中身を全てぶち撒けた後も、ぺっぺっと口内の唾液を吐き出していた。

 

「すまない、かけるつもりは全く無かったのだが、私がうっかりしていた。大丈夫か」

 

 それが狩人の遺言であった。目の前で一瞬にしてミンチと化した「お弟子さん」を前にこれまたフリーズする福福。

 

「あ……えっ……?」

 

 ぼうっと固まった顔が、数秒経つにつれてどんどんと青みを帯びていった。やってしまった。ぱしんと顔に右手を当てる儀玄。アキラも同じ反応であった。

 

 数分後に狩人と再会し、彼が不死人だと知ったあとも、彼女は暫く泣き喚いていた。当分の間、肉はいいとのことである。

 

 数時間後、遂に適当観へたどり着いた一行。ボコボコに殴り倒され尽くしようやく許してもらった狩人が辺りを散策していると、黒い犬がおみくじの屋台を開いているのを見つけた。

 

「ああ、その子か?」

 

 背中から声をかけてきたのは、儀玄であった。なんでも、この「(サク)」という犬は運命を視る能力に長けており、おみくじ業で中々の額を稼げているのだという。適当観の大黒柱であり、影の主なのだ、と。

 

 主……? 犬……? 聖杯での記憶に頭を痛める狩人であったが、すぐに気を取り直し、人生初のおみくじに挑戦してみることにした。スクラッチは極稀にやるが。

 

「なあに、こう見えて、神秘にもある程度通じている身でな」

 

「疑ってはいないさ。受け入れがたいものだが、あれも確かに……『神秘』の類だ」

 

 運の良さ(発見力)には自身があるのだ。例の御姿が脳裏に蘇り額を押さえる儀玄を横目に、狩人が両手で六角おみくじ箱を振る。

 

「こんなもの、中身を見ながら引くのとさして変わらんさ」

 

 

YOU DIED

 

 

 おみくじにでかでかと書かれていた七文字である。はてこんなの入れたかと儀玄はおろか朔まで首を傾げた。

 

 「お前は死んだ」。全くもってその通りであるが、おみくじとは未来を予測するものではないのか。新しい智慧に触れ啓蒙を得る狩人。

 

 暫くして適当観を離れると、早速お土産探しタイムが始まった。今日はお土産を持ってくると人形ちゃんと約束したのだ。

 

 工芸品やアクセサリーを買い漁りながら街中を歩き回っていると、茶屋を見つけた。露出の多いチャイナドレスを着た看板娘、紅豆(フォンドー)に声をかける。

 

「いらっしゃいませ!」

 

 ハキハキとした気持ちの良い返答である。そのまま席まで案内されたところで、お勧めの品を聞いた。そういえば、福福もこの店の名を出していたな、と狩人は思い出した。

 

「茶が美味いのだと聞いた。お勧めのものはあるかね」

 

「ホア茶ですね」

 

「ホア茶」

 

「ホア茶です」

 

「ホア茶」

 

 ふざけているのだろうか。ホア茶ァッと叫ぶのをなんとか我慢し、ついでに肉まんなるものを二つ注文した。

 

 十五分と少しした所で、それはやってきた。どれも、ほかほかと湯気を立てている。

 まずは茶からだ。茶杯を持ち上げ、口を近づけると、炒った豆のような香ばしい香りが嗅覚を撫でた。

 

 そのまま静かに啜ると、口全体に上品な甘みが広がった。後味はすっきりとしており、渋みも少ない。口を離し、なるほど、と狩人が独りごちる。

 

「美味いな、これは」

 

 とても、あんなふざけた名前をつけて良い代物ではない。暫く風味を楽しんだあと、恐ろしく熱いと予想される肉まんとやらを手袋越しに掴み、慎重に口元へと運ぶ。そのまま、一かじり。

 

 舌が焼けた。こっそり輸血液を使用した。柔らかい生地から溢れ出る肉汁は暴力的な程の旨味を狩人の舌に届け、あっという間にもう一つまでを平らげさせた。

 

 Majestic! お持ち帰りに八つの肉まんと四杯の茶を買うと、冷めぬように急いで夢へと帰った。

 

「ただいま。約束通り、色々と買ってきたぞ」

 

 目を輝かせ、テーブルに広げられたお土産を一つずつ物色する人形ちゃん。人間としての感情は、既に殆ど獲得していた。

 

 ──いつか、この夢の外にも。ひっそりと決意を固める狩人に、人形ちゃんがふと疑問を投げかける。

 

「狩人様、その箱は……?」

 

「これか。ああ、そうだ、そうだ。東洋式の茶に、東洋式の……パイのようなものだ。これが美味くてな」

 

 狩人がにこにこと口角を上げながら蒸籠(せいろ)をテーブルに乗せ、蓋を開けると、凄まじい量の湯気と共に艶のある白い生地が姿を現した。

 

 熱いぞ、と手袋を渡す。黒い革手袋越しに肉まんを掴み、ゆっくりと口元へと近づける人形ちゃん。

 

 結論から言えば、随分と気に入ってもらえたようだ。一口目を咀嚼し始めるとみるみる内に瞳が輝きを帯び始め、気付いた時には全て平らげてしまっていた。

 

 全て食べたことを謝られたが、自分も先程食べたばかりなので何の問題も無いと返した。肉まんを食べるより遥かに良い思いをした。あまりの美味さに片頬を押さえる人形ちゃんなど初めて見たのだ。

 

「このお茶も、美味しいですね。何というものなのですか」

 

「ホア茶だ」

 

「ホア茶」

 

「ホア茶だ」

 

「ホア茶」

 

 呆然とする人形ちゃん。そのまま三日ほど──夢の外では数時間ほどの時を──過ごすと、アキラからの電話。やはりあのロアとかいう男、まともな医者でないかもしれないのだという。

 

「いってらっしゃい、狩人様」

 

 行ってくる、と狩人は微笑んだ。すぐに、適当観で目覚めた。

 

 どうにも、あの解悩水とやらにはミアズマが入れられている可能性があるらしい。途端に殺気立つ狩人を、まだ可能性だとアキラがなだめる。

 

「それを、今から確かめに行くんだ。ロア先生は今、ホロウの中で皆に医療を施しているらしいからね」

 

 一時間も経たない内に、彼らはホロウに入った。まず目に入ったのは、そこら中に倒れている患者たちだった。話を聞いてみたところ、やはりあのロアという男は黒で間違い無いようだ。

 

 潰す。文字通りに、叩き潰す。爆発金槌を取り出し、古狩人の帽子を被る。そのまま全身を古狩人のものとするも、左手の散弾銃を変えることは無かった。

 

 すぐに、ロアを見つけた。強者たちを前にして、しかし彼は不敵な笑みを浮かべていた。讃頌会の一員。それが、彼の正体だったのだ。

 

「彼らには感謝してほしいくらいさ……我らが主の『供物』となれるのだからね」

 

 ああ、やはりこいつも糞っ垂れ、頭のイカれた医療者なのか。狩人が金槌の撃鉄を起こしたその時。

 突如、大量の咆哮。周囲の患者達が、エーテリアスへと変貌したのだ。

 

「そんなっ……! 皆さん……!」

 

「ハハハ! せいぜい足掻くが──」

 

 爆音。三、四体程で固まっていたエーテリアス達、数瞬前まで人間だったそれに、狩人が飛びかかったのだ。

 人だったそれの上げる、しかし人にはけして出し得ぬつんざくような悍ましい悲鳴が、土煙と爆炎に飲み込まれていった。

 

「お前さん、何をっ」

 

 思わず、儀玄は声を上げた。彼女が瞬時に死を受け止めるより更に早く起きた出来事だったが故、一瞬、彼がまだ人間である者たちを殺していると錯覚したのだ。

 

 背中から飛びかかる怪物に後方ステップで背後を取ると、撃鉄を地面に押し付けながらの突きで焼く。

 

 ほぼ同時に、前方から突っ込んでくる三体。散弾銃で動きを止めた隙に、纏めて横薙ぎで吹き飛ばす。

 

 囲まれぬよう常に位置を変えながら、ただひたすらに潰しては焼き、焼いては潰していった。その犠牲者には、数日前に彼の友人となった者も居た。それも、一人や二人ではない。

 

You vile beast(穢れた獣が)!」

 

 まとまった六体の突撃を前に立ち止まり、全身に力を込め始める狩人。遂にその刃が彼の肉体に触れんとした時──振り下ろされた金槌に、全員が粉微塵に焼き飛ばされた。

 

「狩人……」

 

 アキラの声であった。憎悪に満ち満ちた狩りを前に、皆、ただ息を飲んでいた。

 

 あまりにも、容赦がなかった。たった今コンクリートの上でペースト状にされたそれがつい先日狩人と談笑していたところを、アキラは見ていた。

 

 アキラは、以前狩人から聞いた言葉を思い出した。

 

「……狩りには、実は葬送の意も込められていてな。少なくとも、それが原点だ」

 

 嘘だ。アキラは心の中で呟いた。今、目の前で繰り広げられている惨状、あの殺戮と虐殺の、その根源にある感情は。

 

「ただの、憎しみじゃないか」

 

 アキラの顔に浮かぶのは、怒りと憐憫。葬送の為の行いは、隣人への憎しみと恐怖、そして狩りと血の冷めやらぬ興奮によって、とっくに醜く歪められていたのだ。

 

 ただ怒りと憎しみのままに武器を振るい、かつての知人を、友人を、家族を、嬉々として焼き、潰し、殺すのだ。

 

 煤と血と焼け焦げた臓物──尤も、血と臓物は全て狩人のものだが──がその数を増やさなくなった時、狩人は階段の上からの視線に気がついた。ロアである。軽蔑と、嘲笑が顔に浮かんでいた。

 

「YOU!」

 

 あの男もだ。あの男も、血の遺志に変えなければ。その為にここに来たのだ。目が合った途端にロアが逃げ出すのが、競争の合図であった。

 

 慌てて皆が階段を駆け上がりきると、ロアは既に死んでいた。自らミアズマの塊に突っ込み自害したことは後から知った。汚染された死体を狩人が執拗に焼き、叩き潰しては踏み潰していた。

 

「お弟子……さん……?」

 

 地団駄を踏むように頭蓋を潰している狩人の背中に福福が声をかけると、ぴくりと動きが止んだ。ゆっくりと振り返った血塗れの彼を見て、彼女は一瞬体を震わせた。

 

「ああ、姉弟子さん。もう大丈夫だぞ。もう、怖い人たちはいない」

 

 すぐさましゃがみ込み、彼女と目線の高さを合わせた狩人が放った言葉である。ちょうど彼女の視界から死体が消える角度にしゃがんでいることに儀玄は気がついたが、それが故意かどうかまでは分からなかった。

 

 狩人の声は優しいものであった。その声量は呟きのそれに近く、血塗れの様相に、どうにも浮いて福福には感じられた。

 

 それは微笑みであった。マスクと帽子に隠れ、片方の目しか見えなくても、福福にはそれが分かった。目も細くしない程の、微かな微笑みであった。返り血によって、露出した目元は赤黒く染まっている。

 

「大丈夫、なんですか……?」

 

「ああ、大丈夫だとも」

 

 そのまま、福福を振り向かせる。振り向くまで眼前に手のひらをかざしているのを見て、儀玄はようやく先程の行為が故意された配慮なのだと理解した。

 

「さあ、帰ろうか」

 

 潘さんに、美味しい野菜炒めでも作ってもらおう。そんな言葉をかける彼の目に、もう憎しみは浮かんでいなかった。




話が進まん。赦してくれ。この章多分あと2話くらい続きます。
ホア茶は確か掛け声に使われてただけで実際に登場はしてなかった筈ですが、その辺は捏造しました。

アキラと儀玄がミアズマ汚染食らうシーン書き忘れた。この後どっかのタイミングで狩人が知らない間に同じことが起きたことにしといてください(適当観)。
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