これは私が3月頃から訴状を出していた事件です。最初は救助が認められたが8月8日に救助が取り消されて、10月8日は元々、期日に出廷できないはずだったのに、釈放になったので出頭できることになった。
しかし出頭しなければよかった。その1つの理由として裁判長はまくしたてるだけ。普通の裁判はどうやってやってるのか分からないが、弱いもんだと思って言いたい放題いいやがってという感じだった。具体的には何か。
だから、私が建造物を損壊したのは警察官がけしかけたからです、と弱く言ったら、高田卓が、悩ましい顔をして、いや私はそれが分からない、などと抜かした。
法律実務の素人がこういう裁判に参加すると、法律家の悪辣で醜悪な正体がみえるだけで、ごうわいてしゃあないだけで、助けてくれる者も出現しないことを味わうだけとなる。
普通の弁護士は当然喧嘩になる。まともに意見を貫こうとすると生命にかかわる。だから、いわんこっちゃない、書面による陳述擬制を使えばいいと言っているが、素人は、そんなことも分からない。
せやから、弱いもんだと思ってやってるから、ごうわいてしゃあない、ということになる。素人ができもしないことを、そういう不合理なことを平気でやってくる人間どもであることを特殊なマスキングで他人にはみえないようにしている。
だからこそ、そいつの正体が見えたときは、ごうわいてしゃあない、ということになる。
実務の素人には理解できない、できない書面を端的に送り付けてきて、しかもほとんど決めつけで、泥沼にはまると、何をされるか分からない。
この事件は私が、昨年8月25日に、アパートのガラスを割ったことに関して検察官が被疑者補償をしなかったことへの国賠訴訟である。
結局何が問題になるかというと、警察官がけしかけたからこれは補償しないとだめでしょっていう、実益の問題であるが、被告代理人は、これが国賠法の適用上違法になることはありえない、警察官が現認していたことから嫌疑は明白な事案であったということをさも勝てるように陳述する。そこには、原告のつけいる隙がないほど、理屈が厳しく、誰も知らないような法律論をまくしたてる。
10月8日には、裁判長に、強く、警察官がけしかけた、とだけいって帰ってきた。裁判長は、そういう陳述をされたということで判決を進め、11月12日に言い渡します、とだけ述べたが、それだけでは、裁判に勝てる見通しは何も分からない。
ことほどさように、裁判というものは、苦役であるだけで、楽しいところは何もない。