三重県四日市市・加茂前ゆきちゃん行方不明事件の怪文書・その7 | 雑感

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ツギニ
ス丶"カケのケヲ蹴落シテ、荷の向側のトコロ
アヤメ一ッパイノ部ヤデ
 
(次に。スズカケのケを蹴落として、荷の向側のところ、アヤメいっぱいの部屋で)


「スズカケのケヲ蹴落シテ」という、不可解な表現が出ている。

これは、「スズカケ」から「ケ」を蹴落として

「スズカ(鈴鹿)」

とする見方が多い。


ところで、「鈴懸の径(すずかけのみち)」という歌があるらしい。

(Wikiあり、歌詞その他、検索推奨)

太平洋戦争中(昭和17年)にリリースされ、大ヒットしたとのことだが、「鈴懸(すずかけ)」とはプラタナスのことを指すらしく、歌のモデルとなった「鈴懸の経(プラタナスの道)」が、立教大のキャンパスにあるという。
怪文書の言う「スズカケのケ」とは、この歌(鈴懸の径)と関連があるのではないか、という立場から推理を展開する説もある。

確かに、この歌の題名は「スズカケのケイ」と読めるので、作者の言う「スズカケのケ」という変な表現がこの歌から発想された可能性はあると思う。


続いて「荷の向側のトコロ」。

これについては、良い説がある。

それによると、まず「荷の向側のトコロ」を「二の向こう側のトコロ」と読んでみる(「向かい側」とは読まない)。

では、「二の向こう側」とは何かというと、それはすなわち「三」だということになり、この時点で「荷の向側のトコロ」=「三のトコロ」と変換される。

では、「三のトコロ」とは何かというと、それはすなわち「三の所」=「算所(さんじょ)」というのであり、その「算所(さんじょ)」とはすなわち、

「鈴鹿市算所(すずかしさんじょ)」

のことであり、結論として


「スズカケのケヲ蹴落シテ、荷の向側のトコロ」=「鈴鹿市算所」


という風に読み解くのだった。


ちなみに、「鈴鹿市算所」とは先の「ケータショー」の候補となった「清和小学校」が存在する場所でもある(鈴鹿市算所5丁目)。

とすれば、「ケータショー」=「鶏太小」=「清和小学校」とする説も、説得力を増してくるかもしれない。


この他の説としては、「荷」を「集荷場」と解し、「荷の向側のトコロ」とは「(鈴鹿市にある)集荷場の向かい側のところではないか?」と推測する説や、「荷の向側」=「三(さん)」=「山(さん)」であるとし、これに「鈴鹿」を合わせて「鈴鹿山(鈴鹿山脈)のところ」と読み取る説もある。


次に「アヤメ一ッパイノ部ヤデ」について。

謎とされる部分の一つで、様々に解釈されている。例えば

「鈴鹿の集荷場の向かい側に、菖蒲(アヤメ)が沢山飾ってある部屋があるのだろう」

「アヤメとは"殺める"に通じる。だから、"人殺しがたむろしている部屋で"という意味ではないか」

「アヤメのバッジをつけている暴力団があるのだろう。その組事務所のことではないか」

といった風に、解釈は多岐に渡っている。


自分的に思うのは、例えば「XXXXXの部屋で」と言ったときに、その「XXXXX」の部分には普通どういった言葉が入るのか・・・ということを考えてみると、大雑把に分けてそれは


① 状態を表す語
② 住所
③ 人の氏名


などが考えられるのではないだろうか。


ここで①の立場に立てば、この「アヤメ一ッパイノ部ヤデ」という言葉は、文字通り、「菖蒲(あやめ)がいっぱいある部屋で」と読んでいいのだと思う。

あるいは、「"アヤメという言葉で暗示される何か"がいっぱいある部屋で」などと読めるかもしれない。


②の立場に立って、この部分が「住所」を表している可能性を探ってみると、まず「アヤメ」の「ア」の部分を数字の「●」に置き換えてみる。

「ア」に相当する数字として何を選ぶかは人それぞれだとして、次に「ヤ」の部分を(若干苦しいが)それに形が似ていなくもない「丁」に変換してみる。

するとどうなるか?


「鈴鹿市算所アヤメ一ッパイノ部ヤデ」 = 「鈴鹿市算所●丁目●●-●の部屋で」


と読める。
(さすがに、ここは伏せ字にさせていただいた。この住所地には、現在某建物が建っているが、できたのが比較的新しい。一方で怪文書に描かれた物語の時代背景は、1960年代~1980年代あたりを想定していると思われる。仮に怪文書の作者がこの住所地を意図していたとしても、それは昔の話であって、今現在この住所地に存在する建物は、怪文書に描かれた物語と無関係であることはいうまでもない。)


次に③の立場に立てば、ここで暗示されているのは、人の「氏名」だということになる。

そもそも、

「一ッパイ(いっぱい)」

という表現は何か幼げに思えるのであり、この表現が使われていることに不自然さがあるとすれば、そこには誰かしらの氏名が暗示されている可能性がある。


では、どういった氏名が考えられるかというと、例えば、「●●アヤメさん」でもいいと思うが、さすがにこれはダイレクト過ぎる。

そこで、「アヤメ」を入れ替えて「アメヤ」としてみる。

これで人らしい氏(苗字)にはなったが、たとえ「アメヤ」という読みの苗字でなくても、漢字で書いたときに「アメヤ」と読めればそれで良いとすれば、そこで使われている漢字としては例えば、


「雨(アメ、アマ)」「天(アメ、アマ)」
「矢(ヤ)」「谷(ヤ、タニ)」「屋(ヤ)」「野(ヤ、ノ)」


などが考えられ、これらを組み合わせたものとしては、例えば、


「●屋」「雨●」「天●」「●谷」「●矢」


などの苗字が、思い浮かぶだろうか。


苗字はこんなものだとして、次にいわゆる「名前」の部分を考えてみると、

「一ッパイ(いっぱい)」

という言葉によって、作者はどんな名前を暗示したのだろうか?


「いっぱい」というのは

「たくさん(many)」

「満たされている(full)」

という意味だろうが、それには、

「多」「満」

といった漢字が当てはまるかもしれない。


だとすれば、ここで想定される氏名は例えば、


「ア●ヤ●ツ●」
「ア●ノ●ツ●」


などとなり、これを前提とすると、「ス丶"カケのケヲ蹴落シテ、荷の向側のトコロ アヤメ一ッパイノ部ヤデ」とは、


「鈴鹿市算所のア●ヤ●ツ●の部屋で」
「鈴鹿市算所のア●ノ●ツ●の部屋で」


などと読めるかもしれない。
(あくまで一例。漢字の組み合わせ次第で、他にも候補となる氏名は多数ある)


その8へ。

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