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三浦大輔が、膝をつくその日まで。

2016年9月20日。
当時高校生だった私は午前の授業を終え、昼休みを迎えていた。通っていた学校はスマホ持ち込みOK・校内使用NGだったが、昼休みは先生が教室にいないためこっそり使うことが出来た。
その日も私は友達と机をくっつけ、弁当を出し、何気なく取り出したスマホの画面を眺めた。

[DeNA] 三浦大輔 現役引退

その見出しに、頭が真っ白になった。
スマホの画面を開き固まる私の周りで、いつも通りの昼休みがゆっくりと流れていったことを、秋の乾いた風と共によく思い出す。


あれから9年。
2025年9月29日、三浦大輔監督が辞任した。
シーズン順位は2位につけたが、優勝を逃した責任を取るという。9年前、彼が最後にマウンドを降りた日に。

あの頃のような衝撃も、悲しみもあまりなかった。失礼ながら、ほっとしている自分すらいた。
もう苦しむ番長を見なくて済む。叩かれることもない。シーズン中盤からベンチに座りっぱなしの日も増えた。顔色もあまり良くなかったように思う。心理的にも、体力的にも限界だったのではないか。
もちろん編成的な面でも、三浦政権に限界が見えてきたのは確かだ。起用される選手と、試合中の戦術。その両方で、頭打ちな感じは否めなかった。
それに2位で勇退となれば、良いイメージで退任することができる。残念とはいえ、辞任はベストなタイミングだったといえる。

でも、大事な所はそこじゃない。
私にとって大切なのは、三浦監督ではなく三浦大輔なのだから。


皆さんは最初に覚えたプロ野球選手を、覚えているだろうか。
見に行った試合でホームランを打った。三振をいっぱい取った。顔がかっこよかった。地元が近かった。イベントでハイタッチやサインをしてもらった。
それぞれ、いろんなパターンがあると思う。
あるいは好きなチームが先にできた場合、中心選手から覚えていった人もいるだろう。
まず覚えるのは球団の顔の選手、特に4番やエースが多いのではないだろうか。
私にとって、それは三浦大輔と村田修一だった。

小学生の頃の私に当然三浦大輔の価値がわかるわけもなく、最初のイメージと言えば
・リーゼントのおじさん
・なんか人気のある人
・球が遅い人
・パワプロで一発と負け運が付いてる人
くらいの認識だった。
正直当時は160キロとか投げるクルーンの方が見てて面白かった。

その認識が変わったのは2012年7月4日。
三浦大輔が通算150勝を達成した日。
お立ち台で彼はこう言った。
「横浜に残って良かったです」

衝撃だった。
琢朗が去り、内川が去り、村田が去り、TBSが去り、そして多くのファンがハマスタを去った。
学校に行けば横浜ファンと馬鹿にされ、横浜にプロ野球チームあったんだと言われる。
DeNAが親会社になっても、まだそんな空気が残る時代だった。
ファンも選手も、誰も自分のチームを信じられなかった。ベイスターズというチームに誇りを持つことに、誰もが疑問を持っていた。僕は横浜ベイスターズを応援していますなんて、間違っても外で言えない。そんな時代だった。

それでも彼は違った。
俺は横浜が好きだ、このチームにいて良かった。
そう惜しげもなく、叫んだ。
まだ空席の目立つハマスタで、一人叫んだ。

その言葉を聞いた時、私は初めて肯定してもらったと感じた。
ベイスターズを応援することに。
横浜のチームを応援することに。
当時誰も信じられなかったことを、彼は肯定した。あのハマスタに詰めかけたファンと、選手を包み込むように。
まだI☆YOKOHAMAという標語もなかった時代。ベイスターズが好きだ。横浜が好きだ。好きで何が悪い。
彼はそこで、一人叫んだ。


三浦大輔はずっと変わらない男なのだろう。
逆境こそ立ち上がる。
うまくいかないときも、じっと文句は腹に据え、強がって、突っ張る。
一度決めたものは逃げずに貫き通す。
威張らず奢らず、謙虚に周りに感謝を述べる。
温和なようで頑固。
優しいようで誰よりも気が強い。
現役の頃も、そして監督になった5年間も、彼は全く変わらなかった。
「(監督になるのに)早すぎるなんてことはない」と言って始まり、「優勝できなかった責任をとる」と言って一人けじめをつけた監督人生。
番長らしい5年間だった。

チームは11日から、CSを戦う。
レギュラーシーズンが終わった今、三浦監督として挑む最後の戦いだ。

彼は現役時代、一度もマウンドで膝をつかなかったという。
どんな結果でもマウンドでは弱気な所を見せない、はったりでも堂々と帰ってくる。それが彼の誇りであり、プライドだったという。
引退試合でも、彼は膝に手をつかなかった。
7回表、登るはずのなかったマウンドで、涙ながらに最後の三振を奪うまでは。

シーズン最終戦、三浦監督は自身の進退の話を一切しなかった。
シーズンは終わっていない。終わるまでは全力を尽くす。
なんとも番長らしいセレモニーだった。

三浦大輔は、まだ膝をついてない。

彼がほっと胸を撫でおろし、闘いの舞台から去る時。
それが日本一の祝福の中でありますように。
アツい10月、最後まで全力で応援したい。







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