昔のことだ。
思春期の頃、両親に、ある公立の精神病院、それも閉鎖病棟に放り込まれていた時期があった。
そこでの絶望的な生活を、ここであらためてしたためることは、ひとまず置いておこうと思う。
ただ、男だけの病棟では、外では想像もつかない行為が行われていた。
夜中に突然、患者の一人から起こされ、「ちょっと来ないか?」と言われて隣の病室に
行くと、男性患者4人が、まさに文字通りまぐわっている。
生々しい描写をするなら、しゃぶり、しゃぶられ、くわえ、挿入する者、挿入される者、
そういうことが当たり前のようにあるような恐ろしい場所だった。
そこを出てから、相当の時間が流れた。
ある日、その病院で、殺人事件があった。
入院患者の男2人が、同じ病室の1人を絞殺したという事件。
そして、俺は殺した犯人、被告人2人の名前に聞き覚えがあった。
閉鎖病棟という「そういう場所」に詳しい彼は、トーマに親しげに、生活のルールを教えてくれた。
入院中、喫煙室に見慣れない男がいたことがあった。体重100Kgは余裕でありそうな巨漢で、のっそりと歩く様子はヤクザのようで恐ろしかった。彼は保護室から出された直後とのことだった。
ところが、彼はトーマを探しているという話を聞かされた。
心当たりがあった。
詳しくは記さないが、入れられている同士の顔が見えない(そのような構造になっている)保護室で、彼は夜中もいつも大声を出していたので「うるさいんだよ、キチガイ」と彼に言ったことがあった。彼は「出たら殺してやるからな」と言った。トーマが先に保護室から出され、そして彼も出てきたのだった。
今回「犯人」と報じられた彼は、その話を聴くと「すぐがいい」と、男のもとへ行った。トーマのもとに戻ってくると「謝ってきな」と。
「犯人」と報じられた彼は、巨漢の彼に、「トーマくんが謝りたいと言っていた」と口を利いてくれて、間を取り持ってくれたのだった。
そんなことがあった。
2013年、7月の中旬から下旬にかけて、彼は殺人の被告人として懲役18年の求刑を受けた。
そしてその判決(裁判員裁判)が7月29日にあるとニュースで知った。
どうしても、彼を見届けたかったから、朝早く起きて、地裁に飛んだ。
判決は午後からだった。
法廷に入ってきた被告人。
…間違いない。彼だった。
多少、身体がふらついているようだったし、
彼と最後に顔を合わせたのはもう10年以上前になる。
トーマは座っていた席から、彼からトーマが見える位置に席を移動したものの、
彼がトーマに気がつくことは、おそらく、なかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
裁判長の判決趣旨は、ざっくりというと以下の様なものだった。
・被告人には善悪の判断がついている。
・幻覚、幻聴などがあったとは認められない。
・被害者の脈をとるなど、行動も冷静である。
・多少の精神的な疾患が認められるが、それは「彼は正常である」とする精神鑑定を
覆すほどの理由はない。
・よって懲役13年とする。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
さらに、求刑18年→判決、実刑懲役13年とした理由として裁判官は
・被害者Aは極度の統合失調症で、常に奇異な行動を行なっていた。
突如大声で笑い出す、クローゼットに飛び乗って暴れるなど。
これらの行動について、被告人がブチ切れるとしても、それはある程度やむを得ない。
超統合失調症の被害者Aの異常行動があるのに、全て加害者が悪いと考えるのは
酷である。よって求刑18年だが、判決は13年とする。
☆この被害者についても、トーマはよく覚えている。
十年以上前のことではあるが、当時から「完全に、廃人」であった。
一日中、床に寝転んで「あー、うー、」と鳴きながら、
仰向けの状態でゆりかごのように身体を前後に揺らしていた。一日中。
かと思えば、「北朝鮮が攻めてくる!!」と叫び、椅子を滅茶苦茶に放り投げる。
正真正銘の、キチガイと言っても差し支えないであろう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
それから10年以上が経過した今でもまだ入院し続けているということも、驚愕であった。
いや、それしかないのだろう。引き取り手もおらず、自分で生活することはできない。
このような場所に放り込んでおくしかない。そして自分も同じ場所に放り込まれていたのだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
上に、加害者について「善悪の判断がつく」などと書いた。
で、あれば、なぜ、10年、20年、30年、病棟に閉じ込めておくのか。
彼にとって、殺人を犯し、公開の裁判に掛けられることは、少なくとも病院から
出ることができるということだ。
このままでは一生出ることのできないことは間違いないのだから、
刑務所で生活することは彼にとってプラスだと思う。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
こういったことを書いてしまうのも、多少躊躇はするけれど、
被害者は本当の廃人であった。
素人目に見ても絶対に回復の見込みなどあるとは思えなかったし、
事実病院も「ウチの入院は、退院を前提としていないのです」という言葉を
家族会で語っていたことをよく覚えている。衝撃的な言葉だった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
彼の殺人は、とても俺には責めることはできない。
裁判長はこうも言っていた。
・被告人は絞殺したことを隠すためにトイレに絞殺したロープを流す隠蔽工作をしていた。
それはこれまで何度も入れられていた「保護室」に入られれることを恐れてのことでもあった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
この病院の閉鎖病棟では、感情を表に出してはいけない。
たとえ主治医に理不尽な対応をされようとも、
それで「ふざけないでください」「冗談じゃない!」
などと口にすることは、許されない。
それが、一般通念上「怒ることが当然なこと」であったとしても。
そのようなことを口にすることは、「まだ精神状態が落ち着いていない」と判断され、
あまりにも恐ろしい「保護室送り」となる。
それを、何度も見てきた。
覚えている。
あまりにも、誰が見ても理不尽な対応を看護師、看護婦からされた際、
「保護室行きてえのか」と彼らから言われたO被告人は腹をくくった。「上等だ、コラア!!!!」
そう叫んだ。
すぐに、「ただの看護師」とは明らかに違う、プロレスラーのような「部隊」が別の階から出動し、
彼の両脇をかため、保護室に彼を閉じ込めた。
「怒ること」さえ許されない。そんな、感情を抑圧(無論、性欲など考慮されるはずがない)
環境にいれば、若い男が入ってくれば犯したくもなる。当たり前のことだ。
だから、トーマは夜中に呼び出されレイプされそうになったとしても、
いや・・・。
ひょっとしたら、
むしろ、彼らよりずっと若いトーマの性欲を気遣ってくれて、
淋しい想いをしているかもしれないトーマを仲間に入れてくれようとしてくれたのかも、しれない。
彼らを責めることなど絶対にできないと思った。
その乱交が知られると、
最初に記した、トーマを夜中に呼んだ彼の姿が見えなくなった。
保護室に入れられたとのことだった。理由は、誰もしらない。
彼は今でもつくしが丘病院にいるだろう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
いろいろなことを思い出した。
これが、今日の判決の顛末である。
思春期の頃、両親に、ある公立の精神病院、それも閉鎖病棟に放り込まれていた時期があった。
そこでの絶望的な生活を、ここであらためてしたためることは、ひとまず置いておこうと思う。
ただ、男だけの病棟では、外では想像もつかない行為が行われていた。
夜中に突然、患者の一人から起こされ、「ちょっと来ないか?」と言われて隣の病室に
行くと、男性患者4人が、まさに文字通りまぐわっている。
生々しい描写をするなら、しゃぶり、しゃぶられ、くわえ、挿入する者、挿入される者、
そういうことが当たり前のようにあるような恐ろしい場所だった。
そこを出てから、相当の時間が流れた。
ある日、その病院で、殺人事件があった。
入院患者の男2人が、同じ病室の1人を絞殺したという事件。
そして、俺は殺した犯人、被告人2人の名前に聞き覚えがあった。
閉鎖病棟という「そういう場所」に詳しい彼は、トーマに親しげに、生活のルールを教えてくれた。
入院中、喫煙室に見慣れない男がいたことがあった。体重100Kgは余裕でありそうな巨漢で、のっそりと歩く様子はヤクザのようで恐ろしかった。彼は保護室から出された直後とのことだった。
ところが、彼はトーマを探しているという話を聞かされた。
心当たりがあった。
詳しくは記さないが、入れられている同士の顔が見えない(そのような構造になっている)保護室で、彼は夜中もいつも大声を出していたので「うるさいんだよ、キチガイ」と彼に言ったことがあった。彼は「出たら殺してやるからな」と言った。トーマが先に保護室から出され、そして彼も出てきたのだった。
今回「犯人」と報じられた彼は、その話を聴くと「すぐがいい」と、男のもとへ行った。トーマのもとに戻ってくると「謝ってきな」と。
「犯人」と報じられた彼は、巨漢の彼に、「トーマくんが謝りたいと言っていた」と口を利いてくれて、間を取り持ってくれたのだった。
そんなことがあった。
2013年、7月の中旬から下旬にかけて、彼は殺人の被告人として懲役18年の求刑を受けた。
そしてその判決(裁判員裁判)が7月29日にあるとニュースで知った。
どうしても、彼を見届けたかったから、朝早く起きて、地裁に飛んだ。
判決は午後からだった。
法廷に入ってきた被告人。
…間違いない。彼だった。
多少、身体がふらついているようだったし、
彼と最後に顔を合わせたのはもう10年以上前になる。
トーマは座っていた席から、彼からトーマが見える位置に席を移動したものの、
彼がトーマに気がつくことは、おそらく、なかった。
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裁判長の判決趣旨は、ざっくりというと以下の様なものだった。
・被告人には善悪の判断がついている。
・幻覚、幻聴などがあったとは認められない。
・被害者の脈をとるなど、行動も冷静である。
・多少の精神的な疾患が認められるが、それは「彼は正常である」とする精神鑑定を
覆すほどの理由はない。
・よって懲役13年とする。
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さらに、求刑18年→判決、実刑懲役13年とした理由として裁判官は
・被害者Aは極度の統合失調症で、常に奇異な行動を行なっていた。
突如大声で笑い出す、クローゼットに飛び乗って暴れるなど。
これらの行動について、被告人がブチ切れるとしても、それはある程度やむを得ない。
超統合失調症の被害者Aの異常行動があるのに、全て加害者が悪いと考えるのは
酷である。よって求刑18年だが、判決は13年とする。
☆この被害者についても、トーマはよく覚えている。
十年以上前のことではあるが、当時から「完全に、廃人」であった。
一日中、床に寝転んで「あー、うー、」と鳴きながら、
仰向けの状態でゆりかごのように身体を前後に揺らしていた。一日中。
かと思えば、「北朝鮮が攻めてくる!!」と叫び、椅子を滅茶苦茶に放り投げる。
正真正銘の、キチガイと言っても差し支えないであろう。
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それから10年以上が経過した今でもまだ入院し続けているということも、驚愕であった。
いや、それしかないのだろう。引き取り手もおらず、自分で生活することはできない。
このような場所に放り込んでおくしかない。そして自分も同じ場所に放り込まれていたのだ。
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上に、加害者について「善悪の判断がつく」などと書いた。
で、あれば、なぜ、10年、20年、30年、病棟に閉じ込めておくのか。
彼にとって、殺人を犯し、公開の裁判に掛けられることは、少なくとも病院から
出ることができるということだ。
このままでは一生出ることのできないことは間違いないのだから、
刑務所で生活することは彼にとってプラスだと思う。
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こういったことを書いてしまうのも、多少躊躇はするけれど、
被害者は本当の廃人であった。
素人目に見ても絶対に回復の見込みなどあるとは思えなかったし、
事実病院も「ウチの入院は、退院を前提としていないのです」という言葉を
家族会で語っていたことをよく覚えている。衝撃的な言葉だった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
彼の殺人は、とても俺には責めることはできない。
裁判長はこうも言っていた。
・被告人は絞殺したことを隠すためにトイレに絞殺したロープを流す隠蔽工作をしていた。
それはこれまで何度も入れられていた「保護室」に入られれることを恐れてのことでもあった。
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この病院の閉鎖病棟では、感情を表に出してはいけない。
たとえ主治医に理不尽な対応をされようとも、
それで「ふざけないでください」「冗談じゃない!」
などと口にすることは、許されない。
それが、一般通念上「怒ることが当然なこと」であったとしても。
そのようなことを口にすることは、「まだ精神状態が落ち着いていない」と判断され、
あまりにも恐ろしい「保護室送り」となる。
それを、何度も見てきた。
覚えている。
あまりにも、誰が見ても理不尽な対応を看護師、看護婦からされた際、
「保護室行きてえのか」と彼らから言われたO被告人は腹をくくった。「上等だ、コラア!!!!」
そう叫んだ。
すぐに、「ただの看護師」とは明らかに違う、プロレスラーのような「部隊」が別の階から出動し、
彼の両脇をかため、保護室に彼を閉じ込めた。
「怒ること」さえ許されない。そんな、感情を抑圧(無論、性欲など考慮されるはずがない)
環境にいれば、若い男が入ってくれば犯したくもなる。当たり前のことだ。
だから、トーマは夜中に呼び出されレイプされそうになったとしても、
いや・・・。
ひょっとしたら、
むしろ、彼らよりずっと若いトーマの性欲を気遣ってくれて、
淋しい想いをしているかもしれないトーマを仲間に入れてくれようとしてくれたのかも、しれない。
彼らを責めることなど絶対にできないと思った。
その乱交が知られると、
最初に記した、トーマを夜中に呼んだ彼の姿が見えなくなった。
保護室に入れられたとのことだった。理由は、誰もしらない。
彼は今でもつくしが丘病院にいるだろう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
いろいろなことを思い出した。
これが、今日の判決の顛末である。
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