現在の大学入試では、近年利用者が増えている総合型選抜や学校推薦型選抜で小論文や志望理由書などが課され、また各大学の個別学力試験でも読解力や記述力、つまり「読み書きの力」が重視されています。近年は複数の資料やデータを読み解いて要約し、自分の考えをまとめ、文章で表現する力が求められています。そこでベストセラーとなった『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』『「好き」を言語化する技術』などの著者で文芸評論家の三宅香帆さんと、SAPIX YOZEMI GROUP共同代表(代々木ゼミナール副理事長)の髙宮敏郎さんが、「AI時代の読み書きの力」をテーマに語り合いました。
ノイズが多く、新しい知の扉が開かれることこそが読書の醍醐味
髙宮 三宅さんの著書『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』を興味深く読ませていただきました。私も社会人になってから、仕事以外の本を読む量がめっきり減りました。本のタイトルに共感して手に取られた方も多いのではないでしょうか。
三宅 そうですね。「大人になってから読書を楽しめなくなった」との声はよく聞きます。お子さんが本を読まず、スマホばかり見ていることを心配されている親御さんも多いようです。
髙宮 そんな悩みをもつ方が、本のタイトルに共感して手に取られたのでしょうね。とはいえこの本の中身自体は一種の社会学です。明治期以降の労働と読書の歴史をひもとき、自己啓発書の誕生や大正時代の教養主義、司馬遼太郎ブームの意味、日本人の労働の問題点にまで話が及びます。久しぶりに楽しい読書体験をさせていただきました。
三宅 タイトルと中身のギャップを楽しんでくださった方と、そうでない方がいるようです。「問いの答えが知りたくて読んだのに、答えがすぐに出てこない」とのお叱りの声もいただきました(笑)。
三宅香帆(みやけ・かほ)/文芸評論家。京都市立芸術大学非常勤講師。1994年高知県出身。京都大学人間・環境学研究科博士後期課程中退。リクルート社を経て独立。主に文芸評論、社会批評などの分野で幅広く活動。著書『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』『「好き」を言語化する技術』等多数。
髙宮 今は何ごともAIに聞けば、すぐに答えてくれます。世間一般に、自分でじっくり時間をかけてものごとを考えるより、効率よく答えを知ろうとする風潮があります。そんなタイパ・コスパの意識が、現在の読書離れにつながっている気もします。そもそも問いに対する答えだけを示すなら数行で済みます。わざわざ1冊の本を書く必要はありません(笑)。
三宅 本の魅力は良い意味で、ノイズが多いことだと思います。一冊の本を読むことで、自分が興味をもっていた範囲外のことを幅広く知ることができます。それによって自分の世界が広がることこそが、読書の醍醐味だと思います。
髙宮 読み始めた時には想像もしていなかった知の扉が開かれ、次々と知的探究心がかき立てられる。読書によって得た知識が思わぬかたちでつながっていく。そんなところも読書の醍醐味ですよね。
三宅 SNSやネットのコンテンツはアルゴリズムやレコメンド機能によって、興味関心があることばかりに偏りがちです。ノイズの多い読書の価値はより高まっているのではないでしょうか。
髙宮 SNSの世界では「共感」が重視されていますが、ノイズは必ずしも自分が「共感」できること、心地よいものばかりではないですよね。
三宅 そうなんです。自分の価値観や感性とは異なるもの、自分にとって違和感のある世界を追体験できることも読書の楽しみです。
髙宮 そういった意味では、あえて難解な本を背伸びして読んでいた昔のエリート学生の教養主義も無意味ではない。自分が共感できる本ばかり読んでいたら、批判的思考力も身につかない気がします。
髙宮敏郎(たかみや・としろう)/1974年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。三菱信託銀行(現三菱UFJ信託銀行)を経て、2000年4月、学校法人高宮学園代々木ゼミナールに入職。同年9月から米国ペンシルベニア大学に留学、教育学博士号(大学経営)取得。同学園の財務統括責任者を経て、09年から現職。
三宅 とくにSNSの世界では批判的な思考や批評は嫌われます。自分と異なる意見を受け入れられない人が増えています。若い人にはノイズに満ちた幅広い本を、もっともっと読んでいただきたいですね。
AIが助けてくれない、自分オリジナルの考えや意見にこそ価値がある
髙宮 三宅さんの著書『「好き」を言語化する技術』は自分の推し、つまり好きな作品や人について伝えるための文章術の本ですね。この本で三宅さんは推しについて発信する上で、一番重要なのは「自分の言葉をつくること」だと書かれています。
三宅 今は誰もが日々、SNSやAIからの大量の言葉に接しています。他人の言葉を自分の意見だと思い込んでしまったり、自分の意見が本当は何なのかわからなくなってしまったりしている人もいます。そんな現代社会を自分らしく生きる上で、「自分の言葉をつくる」技術は必須スキルだと思います。
髙宮 「自分の頭で考えたことを自分の言葉で伝える力」を育むことは、現代の教育においても重要な課題です。「文章を書くには技術が必要」「文章の工夫がなければ他人には伝わらない」「言語化とは細分化のこと」などといった本書の内容は、大学受験の小論文や志望理由書などを書くうえでもヒントにもなりそうです。
三宅 ありがとうございます。実際に自己紹介が苦手だという若い方から「本の内容が役立った」、就職活動をしていた大学生から「この本で紹介されていた秘訣を使ったら内定を取れた」なんて嬉しい声もいただいています。
髙宮 この本のなかで、使い古されたありきたりな言葉を表すフランス語の「クリシェ」という言葉が紹介されています。三宅さんは文章を書く上で「クリシェ」を警戒すべきだと書かれていますが、私はその部分を読んだ時、「そういえば生成AIはクリシェの天才だな」と思いました。
三宅 よくもわるくも、誰かがすでに言っていることをうまくつなぎあわせる能力に長けているのが生成AIですからね。
髙宮 生成AIの言葉はもっともらしいけど、経験に基づいていないからどこか薄っぺらい。そういった意味ではAI時代こそ、自分の経験に基づき、自分の頭で考えたことが大事になってくる気がします。
三宅 私も生成AIが助けてくれない、自分オリジナルの考えや意見、その人らしさの価値がますます高まると思います。
大学受験で大事なのは、勉強法やツールよりモチベーション
髙宮 ここからは三宅さんの大学受験時代の話をお伺いします。三宅さんは京大に進学されたので、受験では五教科七科目を勉強されたことと思います。数学が苦手だったと伺ったのですが、どのように乗り越えたのですか。
三宅 受験といえども勉強自体を楽しんだほうがいいといった考え方もありますが、私は入試を大学に入学するための手段と割り切り、戦略的に勉強するタイプでした。だから数学は、公式や解法をほとんど丸暗記しました。
髙宮 予備校にも通わず、独学されたそうですね。
三宅 基本的には通信教材を使って自分で勉強しました。どのような勉強をしたらテストの点数があがるかを考えながら、自分なりに勉強法を工夫することが楽しかったですね。自分の工夫で点数が上がる喜びをモチベーションに頑張っていた感じです。
髙宮 意外とそのようなゲーム感覚で受験勉強に取り組んでいる生徒のほうが、成績が伸びたりもします。最近はAIがその人の弱点を把握し、苦手な問題を出してくれるサービスもあります。上手に使えば有益ですが、自分で弱点を見つけて乗り越える力が養われなくなるリスクもあります。私はその後の人生を考えると、受験勉強で自分なりに試行錯誤しながら工夫する体験も大事だと思います。
三宅 そうですね。ただ当時、そのようなサービスがあったら私も使っていたと思います(笑)。いずれにしろ私は勉強法やツールより、「自分はこういう進路に進みたい」「この大学に絶対受かりたい」といったモチベーションを高めることのほうが大事だと思います。
髙宮 モチベーションさえ強ければ、今は優れた教材やツールはいくらでもありますからね。ちなみに三宅さんはなぜ京大を目指されたのですか。
三宅 私は司馬遼太郎さんの小説『燃えよ剣』や歴史ドラマの『新選組!』が大好きで一時期、新撰組にはまっていたんです。そのため京都の大学に行きたいと思うようになりました。すごくミーハーな理由です。また文学部に行きたいと親に言ったら「就職が厳しいのでは」と心配されたので、偏差値の高い大学なら就職も何とかなるのではないかと思い、京大を目指すことにしました。
髙宮 実際に京大に入学されていかがでしたか。
三宅 自分は京大に行って本当に良かったと思っています。地方では、とりわけ女子は、謙虚でいることが美徳であるという無言の圧力があるんです。私もどこか自分の能力をひけらかしてはいけないと思っていたところがあります。でも京大の学生は周囲の目を気にせず、自分のやりたいことを追求する研究者気質の人が多かったんです。そんな友達に触発され、自分もできることはできると言っていいんだと思うようになりました。
髙宮 大学の勉強はいかがでしたか。
三宅 私の専攻は国文学で、万葉集の研究に取り組んでいました。もともと好きなことだったので、すごく楽しかったですね。調べ物が好きだったので、論文を読むことも苦になりませんでした。何より大学の先生方は「文学を読む」ことに関する能力やセンスが超一流で、話を聞いているだけで目から鱗のことが多く、とても刺激的でした。
読む力と書く力は表裏一体。深く読める人は、深いものを書ける
髙宮 今、京大に限らず多くの大学で、記述式の試験や小論文を重視しています。AI時代にこそ「読み書きの力」が重要であることを裏付けている気がします。
三宅 ネットやSNSの普及によって、現代社会では仕事やプライベートにおけるテキストコミュニケーションの量が大幅に増えています。AI時代には書く力、言葉を上手に扱う力がますます大事になってくると思います。
髙宮 私はすでにある程度、書く力がある人は生成AIを使うことで生産性が上がり、さらにより良いものが書けるようになっていくと思います。でも普通の人が安易に書くことを生成AIに任せていると、書く能力がどんどん衰えていく気がします。
三宅 PCを使うようになって漢字を思い出せなくなった人が多いように、生成AIに頼りすぎていると書く力が衰えていくのは仕方のないことかもしれません。すでに能力ある大人が使うのならいいけれど、まだ能力を育てている段階の子どもたちが生成AIに頼りすぎることに関しては、議論の余地があると思います。
髙宮 そういった意味で、私は教育現場で安易に生成AIを使わせることには懐疑的なんです。また「書く力」は確実に「読む力」に関係していると思います。
三宅 大学時代の先生のことを振り返っても、本を深く読める人は深いものが書けると思います。
髙宮 「本を読む」と言っても様々なレベルがありますよね。私も20代の頃と今では本の読み方が変わりました。社会人として様々な経験を積んだことで、若い頃には得られなかった洞察やヒントを得られるようになりました。
三宅 結局、本を読んだり文章を書いたりすることって、筋トレみたいなところがあるんですよね。毎日、継続していると力がつき、読んだり書いたりすることが快感になっていきます。でも筋トレをしていないと筋肉が衰えるように、読んだり書いたりを継続していないとその力が衰え、どんどん面倒になっていきます。
髙宮 なるほど!できるだけ早いうちから読書習慣をつけることが大事ですね。子供に読書を好きになってもらう秘訣などありますか。
三宅 やはり環境は大事だと思います。家に本がたくさんある子どもは、本好きになる傾向がある気がします。日頃から何かしら理由をつけて、書店や図書館に連れていくのもいいかもしれませんね。
髙宮 まずは本に親しむことが大事ですね。本日はありがとうございました。
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