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南の楽園で「発達障害児8年で44倍増」の衝撃 “炭鉱のカナリア”にも異変 行政ついに動くも……

猪瀬聖ジャーナリスト
養蜂箱に群がるミツバチ(宮古島で、筆者撮影)

農薬による地下水汚染と発達障害児の急増との関連が取り沙汰される沖縄県宮古島市で、実はミツバチにも異変が起きていることがわかった。広がりつつある住民の不安の声を市も無視できなくなり、重い腰を上げた。だが、地下水汚染は島の基幹産業である農業と密接にかかわるだけに、どこまで踏み込んだ対策を打ち出せるかは依然、不透明だ。

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(前回の記事はこちら 南の楽園で「発達障害児8年で44倍増」の衝撃 農薬による地下水汚染を疑う市民 因果関係は不明

ハチミツが採れない

宮古島に滞在中、自家製のおいしいハチミツを使ったスイーツが食べられると評判のカフェ「あらぐすくミツバチガーデン」を訪ねた。島の中心街から東に車で約30分。辺りにこれといった観光スポットはなく、客はカーナビを頼りにこの店だけを目指して来る。訪ねた日も、店の前の狭い駐車スペースは「わ」ナンバーの車でごった返していた。

一見、ビジネスは順風満帆だが、オーナーの嵩原昇さんは時折、浮かない表情を見せる。「例年、約1トンのハチミツが採れるが、今年は9月までで300キロしか採れていない。店の経営のためには、少なくとも600キロは必要なのに」

採蜜量が減ったのはミツバチが減ったせいと嵩原さんはにらんでいる。数を数えたわけではないが、「去年までは防護服なしでは養蜂箱に近づけなかったのに、今年は(顔を覆う)面布だけで足りている。やはり絶対数が減ったのかな」と話す。

ミツバチが減った原因はわからないが、嵩原さんは農薬の可能性を示唆する。ミツバチは農薬に弱いからだ。嵩原さんも普段から農薬には注意していて、「ミツバチは朝から昼にかけて活発に飛び回るので、近くのカボチャ農家には農薬は夕方にまくようお願いしている」。そして「カボチャも受粉にミツバチの助けが必要なので、ミツバチが減ったら農家も困るはず」と運命共同体の関係を強調する。

自家製のハチミツをたっぷりかけた人気の「はちみつジェラート」(筆者撮影)
自家製のハチミツをたっぷりかけた人気の「はちみつジェラート」(筆者撮影)

ベテラン養蜂家の決断

古くからの養蜂家によれば、ミツバチの異変はすでに何年も前から起きていたが、状況はここ数年、さらに悪化しているという。採蜜を諦めた養蜂家もいる。

「採蜜のための養蜂は今年でやめる。授粉用のミツバチのリースと種蜂(養蜂を始めるのに必要な1匹の女王バチと多数の働きバチのセット)の販売は今後も続けるが、採蜜のための養蜂は、今後は福島県の奥会津でやることにした」

こう話すのは、69歳になるベテラン養蜂家の野原肇さんだ。沖縄本島出身の野原さんは2007年ごろ宮古島に移住してきた。「数年間モニタリング調査を続けた結果、宮古島のほうが養蜂の環境が優れていると判断した」からだ。

ところが、宮古島で本格的に養蜂を始めた瞬間、ハチに異変が起きた。ハチの数が爆発的に増えるはずの春先に思ったほど増えない。養蜂箱の前に立つと、飛ぶことができずに這うようにして足をよじ登ってくるハチがたくさんいた。今年の春も一部の場所で、養蜂箱の周りにハチが大量に死んでいるのを目撃したという。

異変の原因を野原さんは「宮古島で養蜂を始めたころにネオニコチノイド系農薬が使われ出した。また、春先はネオニコチノイド系農薬をまく時期。そう考えると、ネオニコチノイド系農薬がミツバチの大量死に関係しているのは間違いない」と言い切る。採蜜だけをやめるのは、「農薬が残留しているハチミツを売りたくないから」と説明した。

ミツバチは“炭鉱のカナリア”

ミツバチとネオニコチノイド系農薬に関しては、ネオニコチノイド系農薬が世界的に普及し始めた1990年代以降、ミツバチが大量失踪する蜂群崩壊症候群(CCD)が各地で目撃されことから、多くの専門家が因果関係の可能性を指摘してきた。これに対し業界団体のクロップライフジャパン(旧農薬工業会)は、ネオニコチノイド系農薬の出荷量とミツバチの群数との間に相関は認められないとの見解を出している。

野原さんはさらに、ミツバチは危険の前兆を知らせる“炭鉱のカナリア”だと警告する。

「ミツバチが死ぬのは何かの前兆。放っておいたら絶対、人にも被害が出る。ミツバチは重要な受粉媒介昆虫なので経済にも影響が出る。それで市に詳しく調べてほしいと言い続けてきたが、動いてくれなかった。これまで、だましだまし宮古島でやってきたが、もう限界だ」

野原さんのような養蜂家や地下水の汚染を心配する市民グループらが声を上げ続けてきた結果、市もようやく重い腰を上げた。

養蜂箱の前でミツバチの異変について語る野原肇さん(筆者撮影)
養蜂箱の前でミツバチの異変について語る野原肇さん(筆者撮影)

市がプロジェクトチームを立ち上げ

市は8月28日、「地下水保全対策プロジェクトチーム」を立ち上げた。9月5日付の記者会見資料には、「ネオニコチノイド系農薬をはじめとする地下水保全に係る諸問題に総合的・横断的に対処する」ためと目的が明記されている。

プロジェクトチームを実質的に率いる梶原健次・環境衛生局長は、地下水の一部から国の定める目標値を下回る濃度の農薬が検出されたことに関し、「目標値以下だから安心かと言えば、それはちょっと違うと思う」と述べ、農薬濃度がさらに下がるよう取り組でいく方針を明らかにした。目標値以内であることを理由に対策を見送ってきたこれまでの市の姿勢から180度転換したともとれる発言だ。

また、記者会見資料では発達障害児が急増している問題には触れていないが、梶原局長は「プロジェクトチームの目的には、必要なら発達障害児が増えている問題にも取り組むことが含まれている」と明言した。

一方、宮古島市議会は9月末、水道水から農薬などの化学物質を取り除くための高度浄水処理設備を浄水場に早急に設置するよう求める市民からの請願書を、全会一致で採択した。國仲昌二市議は「議会の明確な意思表示であり、市長の公約の達成を後押しすることになる」と意義を説明する。

農薬に手を付けるのはタブー?

1月に就任した嘉数登市長は、高度浄水処理設備の設置を選挙公約に掲げたにもかかわらず何も具体的な行動を起こしていないため、公約を信じた有権者の怒りを買っている。真意を聞こうと市長にも秘書広報課を通じて取材を申し込んだが、議会会期中で時間が取れないことを理由に断られた。

高度浄水処理設備が設置されれば、とりあえず飲み水は今よりずっと安全になる。しかし、農薬の使用量を減らさない限り、地下水汚染問題の根本解決にはほど遠い。使用量が減らなければミツバチの異変が今後も続く可能性があり、そうなれば少なからぬ種類の農作物の生産量にも影響が出る。

だが、取材した限りでは、農薬を大幅に減らすことは現時点では困難と見る関係者が多い。農薬は基幹産業である農業と深く結びついているからだ。無理に進めようとすれば、市長も市議も農業票を失うリスクがある。市議は10月26日に市議会議員選挙を控えている。

ではそのカギを握る農家はこの問題をどう見ているのか。農家を取材した。

次回に続く。

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ありがとうございます。
ジャーナリスト

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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