南の楽園で「発達障害児8年で44倍増」の衝撃 ジレンマに直面する農家「農薬を使いたいわけじゃない」
農薬による地下水汚染が深刻化し、行政が対策チームを立ち上げる事態に発展している沖縄県宮古島市。汚染問題の解決には農薬を減らすことが先決だが、島の主要産業である農業と密接にかかわっているだけに、簡単ではない。カギを握るの農家はこの問題をどう見ているのか。取材すると意外な事実がわかった。
(前回までの記事はこちら)
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大人気の有機マンゴー
宮古島の南西約1.5キロメートルの沖合に浮かぶ来間島(くりまじま)にあるレストラン「楽園の果実」は、カーナビを使っても迷うほど入り組んだ道の奥にあるが、来間大橋を渡ってやってくる観光客が引きも切らない。
客のお目当ては自家製の有機マンゴーを使ったスイーツや料理。オーナーでマンゴー農家の砂川重信さんに店内で話を聞いている間、隣のテーブルでマンゴーパフェを食べていた女性客が何度も「おいしい、おいしい」と感嘆の声を上げていたのが印象的だった。
合成農薬も化学肥料も使わない有機栽培を、今年67歳の砂川さんが知り合いの勧めで始めたのは40年ほど前、20代のころだ。まだ子どもだった時、近所で別の作物を育てていた農家が上半身裸で農薬をまいた後に救急車で運ばれていく光景が脳裏に焼き付いていた。
有機栽培を始めたころは、実が付き始めた瞬間、害虫の餌食になるということが何年も続き諦めかけたという。しかし、「意地になって」続けるうち、殺虫剤をまかなくても天敵の虫を利用すれば害虫を退治できることや、有機肥料を使うと木が丈夫になり病気に強くなることなどが、だんだんわかってきた。
島を揺るがす地下水汚染の問題には一見、無関心に見えた砂川さんだが、楽園の果実のホームページには「有機栽培への想い」として次のような一文が掲載されている。
「土壌を守る→大切な地下水を守る。
(宮古島では生活・農業用水すべて地下水に頼っています)
→そこに暮らす人や生物たちの健康を守ることにつながると信じます。」
砂川さんの有機マンゴーは大手ネット通販でも扱っているが、人気がありなかなか手に入らない。鮮やかな黄金色に輝くマンゴーは高級果物のイメージがあるが、砂川さんは「マンゴーの受粉を媒介するのは、実はミツバチではなくハエ。でもイメージが悪くなるから、人にはあまり言わない」と笑いながら教えてくれた。
「無農薬でもサトウキビ栽培は可能」
宮古島の基幹作物、サトウキビを有機栽培で作っている農家もいる。京都府出身の松本克也さんはもともとエンジニアだったが、家族旅行で訪れた宮古島の青い空と海が忘れられず、13年前、39歳の時に移住し有機農業を始めた。
有機を選んだのは妻の影響という。仕事で栃木県に住んでいた時、子どもの健康のためにと、わざわざ県外の農家から無農薬の食材を宅配で取り寄せていた。それをきっかけに松本さん自身も有機農業に関心を持ち始めた。
2016年、有機サトウキビの収穫やスイーツづくりなどの体験ができる観光農園「オルタナティブファーム宮古」を立ち上げ、今はそちらが主な収入源となっている。手帳を見せてもらうと、予定表は緑色の蛍光ペンで印を付けた来園予約者のリストでびっしり埋まっていた。
松本さんは「今は作物を育てて出荷するという本来の農家の仕事は最小限に抑えているので、偉そうなことは言えない」と断った上で、「サトウキビは土寄せを丁寧にやるなど手間ひまをかければ、無農薬でも収量への影響はほとんどない」と話す。
有機がうまく行かず、慣行農業に復帰
一方、農薬を頼りにする農家も多い。
松本さんの農場から近く、松本さんとも親交の深い上地宏明さんは、一時は有機農業に挑戦したが、うまく行かずに5年ほど前に農薬や化学肥料を使う慣行農業に戻した。サトウキビ、パッションフルーツ、ドラゴンフルーツ、ゴーヤ、オクラなど数多くの作物を露地やビニルハウスで栽培している。
有機に挑戦したのは、農薬も化学肥料もお金がかかるからだ。「農薬をまかなくても同じくらいの収量を確保できるなら、それに越したことはない」と思い、始めた。ところが、いざやってみると収量が激減。「収量はそのうち戻ると聞いて我慢して続けたが、全然戻らないどころか、芽も出なくなった」と振り返る。
有機は除草剤が使えないので除草にも大変な労力が要る。自宅周辺の畑だけで6反(約6000平方メートル)あるが、「毎日やっても3反を除草するのに1週間はかかる。しかも昼間は炎天下での作業。土も熱くなっているので、膝をついて作業していると膝がやけどする。毎年、年をとるので、辛さが増す。無農薬でできるのは1反が限界だった」と64歳の上地さんは語る。
ただ、地下水汚染で問題となっているネオニコチノイド系農薬に話題を移すと、「使っていない」と即答。理由は「ミツバチを守るため」と答えた。
ミツバチが減っているようだという話は前回の記事で書いたが、上地さんも「3年くらい前からか5年くらい前からか、はっきり覚えていないが、飛来数は間違いなく減っている」と証言する。パッションフルーツやドラゴンフルーツの受粉にはミツバチが必要という。
しかし、ネオニコチノイド系農薬は使っていないと言う上地さんにどんな農薬を使っているのか聞くと、驚きの答えが返ってきた。
すらすらと商品名を挙げた数種類の農薬のうち、2種類はネオニコチノイド系のクロチアニジンとイミダクロプリド。もう1種類はネオニコチノイド系ではないが、特徴が似ており、使用した場合にその影響が懸念されるとして欧州連合(EU)や中国では原則禁止されているフィプロニルだった。
いずれも宮古島市水道部の水質検査で検出されたり、宮古島地下水研究会が行った尿検査で島民の尿から検出されたりしている成分だ。
知らずに使っている農家
どうやらネオニコチノイド系とは知らずに使っていたようだ。しかし、上地さんを責めることはできない。
農薬のパッケージに商品名は大きく書かれていても、イミダクロプリドといった一般名は目立つようには表記されていない。ましてや、それがネオニコチノイド系かどうかは、ある程度の専門知識がないとわからない。実際、農薬に関しては「農家はそれとは知らずに使っている」というのは全国各地でよく聞く話だ。
使っているのがネオニコチノイド系であることを告げると、一瞬、間を置いて、誰も教えてくれなかったというようなことを言った。
さらに農薬についていろいろ聞いたが、上地さんはどんな質問にも嫌な顔をせずに率直に答えてくれた。
「農薬を使いたいわけじゃないが、生活のためには使わざるを得ない」
「水にも土にも人にも影響のない農薬があるなら、倍の値段でも買いたい」
「でも、農薬はなんでもかんでも使うなと面と向かって言われたら、たぶん『お前ら、農家を殺す気か』と怒鳴りつけると思う」
上地さんには成人した子どもが3人いるが、誰も農業には就いていない。「子どもたちには、お願いだから農業はするなと言っている」。自分のような苦労を子どもたちにはさせたくないという親心だ。
子どもたちの異変、化学物質による環境汚染、疲弊する農家……。宮古島で大変なことが起きていると聞いて始めた取材だったが、取材を重ねていくうち、宮古島で起きていることは大なり小なり日本各地で起きていることと同じではないかと思うようになった。果たして宮古島は多くの日本人にとって対岸の火事なのか、それとも日本の縮図なのか。
次回に続く。