江ノ島盾子にされてしまったコミュ障の悲哀【完結】 作:焼き鳥タレ派
ティッシュが化粧用品とみなされていたことだけが幸運だった。
何度も鼻をかんで、涙を拭いた僕は、
真っ赤な目をしたままテントから出て、レストランに向かう。
ウッドデッキを進み、プールサイドを歩いて、
ホテルの正面に到着したところで足が止まった。
ごくりと唾を飲む。中には、やっぱりみんながいるんだよね。
また、殴られたり酷いことされないかなぁ。迷ってるうちに時間だけが過ぎていく。
こうしちゃいられない。遅れたらご飯抜きだって日向君が言ってたし、急がなきゃ。
僕は慌ててホテルに入り、階段を上がった。
レストランのフロアは、とっても広々としてて、
三面がガラス張りで周囲の景色が一望できるから、更に広く感じる。
天井や家具も木で統一されてて、たくさん配置されてる大きな観葉植物が、
より南国らしい空間を作り出してる。
僕が立派なおしゃれなレストランに夢中になってると、誰かに怒られた。
「立ってねえで座れや!」
声の方を見ると、みんなが大きなテーブルに着いていたから、
僕は空いている端っこの席に近づいた。
けど、みんな前を向いたまま無表情…じゃないな。かなり不機嫌そうな表情で、
じっと待っている。
うう、待たせちゃったからみんな怒ってる……
なんとなく座りづらかったから、隣の人に声を掛けた。
「隣、座ってもいい?」
「座れつったのが聞こえなかったのか、てめえは。ああん!?
全員揃わねえと食えねえ《規則》なんだよ、さっさとしやがれ!」
「ごめんなさい!今座ります!」
慌てて席に着くと、宙を睨む九頭龍君の横顔が見える。
童顔で小柄。見た目はヤクザとしては可愛らしいと言えなくもないけど、
煮えたぎるような怒りを無理やり抑え込んだ今の彼と、
まともに目が合ったら震え上がるに違いない。
○囚人No.8・超高校級の極道
クズリュウ フユヒコ
ポケットの電子生徒手帳が鳴った。また何かのキーワードが追加されたっぽい。
慌てて確認しようとすると、別の席から落ち着いてるけど冷たい声が。
「食事中は生徒手帳の操作は禁止。こんなこと、規則になくても当然のマナーでしょ。
そんなことも教わらなかったの?」
○囚人No.12・超高校級の写真家
コイズミ マヒル
「ごめんなさい……」
赤いショートヘアとそばかすがチャームポイントの小泉さんに叱られて、
しょんぼりしながら電源を切る。
小泉さんの隣に座っていた人物が、その様子を見て、高校生にしては幼い声で笑う。
「アハハ!無理だって、小泉おねぇ。
こんなゲロカスゴミブタ以下の世界に見捨てられた
トラックに轢かれた猫の死体にたかる小バエに、
何言ったってわかりゃしないわよ~だ」
○囚人No.11・超高校級の日本舞踊家
サイオンジ ヒヨコ
「日寄子ちゃんも。食事中の私語は厳禁。規則で決まってるでしょう?」
「は~い」
僕を酷いあだ名で呼んだ少女は、この熱いのに着物を着てきちんと帯まで締めている。
暑くないのかな。熱中症にならなきゃいいけど。そう思った時、厨房のドアが開いて、
コックコートを着た小柄な人物が、何かを持って僕に近づいてきた。
小柄…というより、完全に背が低いね、こりゃ。ふっくら体型で、
コッペパンのように後ろに丸く巻いた髪の先端を遊ばせてる、独特なヘアスタイル。
その上にちょこんと小さなコック帽を乗せている。
ゲームの中ではいつもにこやかだった彼も、目を血走らせて僕を睨みながら、
ガシャンとアルミのトレーを僕の前に置いた。
「エサだあ、ざっざと食(ぐ)え」
○囚人No.6・超高校級の料理人
ハナムラ テルテル
トレーに乗ったものを見る。
アンパンかジャムパンかわからないけど、とにかくパンひとつ。あとは牛乳瓶1本。
それだけ。
隣の九頭竜君の皿を見てみる。
煮込んだ豆のスープ、トースト、サラダ、牛乳、スクランブルエッグ。
慌てて僕は立ち上がって、自分の席に着こうとする花村君を呼び止める。
「ちょ、ちょっと待って!
僕のメニューが明らかにみんなと違う気がするんだけど、どうしてかな……?」
「マーゲッドから持っちゃきたがらに決まっとるばっと。おみゃーにはそれで十分だべ。
おらの手料理さ食える身分だと思っでるだが?」
「ひどいよ、いくらなんでも。……こういう極限状態でやっちゃいけないことは、
食事に差をつけることだって自衛隊の…痛っ!」
「座れつっただろうが!ぶっ殺すぞ!」
九頭竜君に足を蹴られた。痛い。スネを蹴ることないじゃないか。
僕は半泣きでまた座る。
「よさんか、九頭竜。皆、こいつのせいで浮足立つのも無理はないが、
これでは全員で話し合った取り決めも意味がなかろう」
腕を組む弐大君が、重く静かな声で彼を止めてくれた。
今の所、僕を守ってくれそうなのは彼くらいだ。心の内はわからないけど。
○囚人No.7・超高校級のマネージャー
ニダイ ネコマル
「チッ、うるせえな。俺に指図すんじゃねえ。くそ、こいつのせいで飯が冷めちまった!
もう食おうぜ」
「うむ!では、全員手を合わせるのじゃあ!」
彼が音頭を取ると、みんな手を合わせる。僕も同じく手を合わせた。
「「いただきます」」
九頭竜君まできちんと食事を始める言葉を口にしていたのは驚いたけど、
それもここの決まりらしい。後で知ったことだけど。
そして昼食開始。みんな無言で食事を口に運ぶ。僕もパンをちぎって食べ始める。
中身はジャムだった。大きめのパンだったから腹を満たすには十分だったけど、
やっぱりみんなと同じものが食べたいよ。
とりあえず昼食を終えると、みんな皿を持って厨房に向かう。
なるほど、自分の食器は自分で返しに行くのか。
僕もトレーを持って列に並ぶけど、なんというか……針のむしろ。
みんな何も言わないけど、僕への敵意を全身から放ってくる。
しかも、前にはさっき僕を殴った左右田君。早くこの列終わらないかなぁ。
そわそわした不安な気持ちに耐えかねていると、彼がぼそっと一言吐き捨てた。
「……5番だ」
「えっ?」
「俺の囚人番号だ!その無駄に出来の良い頭に刻んどけ」
○囚人No.5・超高校級のメカニック
ソウダ カズイチ
「テメーは!?」
「僕?あ、うん。僕は16番なんだ」
「勘違いすんな。
お前を痛めつけて、化けの皮を剥がすのに必要になるかもしれねえ。そんだけだ」
「うん。でも……話しかけてくれて、ありがとう」
「やめろ、薄気味悪い……!」
どんな理由にせよ、向こうから僕に話しかけてくれたのはなんだか嬉しかった。
今まで暴力や罵倒や理不尽な要求しか受けてこなかったこともあるし、
単純に僕という存在を認識して言葉を交わしてくれた。
それだけで少し希望が湧いてくる。
彼と喋っている間に列が進み、いつのまにか厨房の中に入っていた。
“ごちそうさまでした”
“おぞまづざみゃーだよ”
囚人の皆が自分で食器を片付け、炊事係に挨拶をする。
同じ高校生なのに、立場の違いが厳格だ。本当にここは、刑務所なんだな。
わかってはいたけど、実際にその生活を目の当たりにして、
ようやく本当の意味で理解出来た気がする。
厨房には、手早く食器を洗いつつ、次の人から食器を受け取る花村君。
僕の順番が周ってきたけど、皿と牛乳瓶しか渡すものがない。
「ごちそうさまでした!お腹が膨れたら少し元気が出たよ。それじゃあ」
「待じんじゃらばってん!!」
トレーと牛乳瓶をシンクに置いて出ていこうとすると、不思議な方言で呼び止められた。
「え、なに?」
「おみゃー!おらにでんめのざらば、あらばせよかしつもがやで!?」
「なんとなくだけど、“僕にお前の皿を洗わせる気か?”ってことでいいのかな……?」
「んだ!」
「でもみんなは……いや、なんでもない。洗うよ、ごめんね」
花村君が血走った目で睨んでくる。ここで彼とケンカなんてしたくないし、
自分の皿を洗うのはある意味当然だから、僕は食器を洗い始めた。
まず牛乳瓶に少し水を入れてシャバシャバするのを2,3回繰り返し、
ひっくり返して乾燥機に立てる。
次にパンが乗ってた皿を洗おうと、スポンジを手に取った。
けど、いきなりその手をはたかれた。スポンジをシンクに落としてしまう。
「な、なにするの。僕、何かした?」
「おんみゃあ、よくもそのばっちいながながのまがいもんばでおらが調理場
よござんすよござんすかごんにゃめゆるさんばい!!」
「ごめん、今度はさっぱりわからない……」
興奮しきっていた花村君は、何度も深呼吸をして心を落ち着け、
ようやく言葉を標準語にして、怒っている理由を説明してくれた。
「その長く伸び切った不潔な爪でスポンジを触らないでよね!おまけにそのマニキュア!
ぼくには江ノ島さんみたいなドギツい女性の習慣なんて、わからないし興味もないけど、
万一塗装が落ちて皿に残ったらどうするのさ!それが次の料理に混ざるんだよ!?
そうなったらぼくの責任問題になるし、
何よりぼくの料理にゴミが入るなんて我慢ならないんだよ!」
「ああ、そうか……ごめん、テントに戻ったら切っとくよ」
「もういいよ!出てって!気色悪いけど、君の皿も洗っとくからさ!」
「ごめん……ごめん」
花村君にはっきり拒絶された僕は、うわ言のように謝りながら、厨房を後にした。
……全部、江ノ島盾子が悪いんだ!僕だって好きでこんな格好してるわけじゃないのに!
両手を見る。長く伸ばした爪はしっかり手入れをされていて、
丁寧に光沢を放つマニキュアが塗られている。それが逆に憎たらしい。
後でマーケットに行って、ジャージを探してこよう。
爪も髪も短く切って、みんなの神経を逆なでしてる江ノ島盾子の姿をやめるんだ!
そう決意した刹那、僕の首に剣閃が走った。あと1mmずれていたら喉を裂かれていた。
冷や汗を流しながら目だけを動かして、襲撃者の姿を見ると、
漆黒のセーラー服に、長い銀髪をおさげにした眼鏡の少女。
赤い瞳で彼女は冷ややかに僕を見る。
得物は竹刀だったけど、彼女が扱えば真剣同様の切れ味を持つだろう。
喉元に凶器を突きつけられ、口が利けない僕に、彼女が問う。
「ずいぶん大きな声が聞こえたが……貴様、花村に何をした」
○囚人No.15・超高校級の剣道家
ペコヤマ ペコ
「な、何もしてないよ。
ただちょっと調理場に入るのに相応しい格好じゃなかったから、怒られただけ……」
鋭い視線でじっと僕を見る辺古山さん。
3秒くらいだったけど、僕には何分にも感じられた。
「……ふん、だろうな。流石に花村も、お前には手を出す気にもならないだろう。
待たせたな日向。始めてくれ」
そして、竹刀を収めてテーブルに戻る。
「ああ。江ノ島、お前も早くテーブルに着け。ミーティングを始める」
「はいはい、ただいま!」
モタモタしてたら叱られる。僕は一瞬四つん這いになりながら、急いで椅子に向かった。
着席すると、ちょうど花村君も洗い物を終えて厨房から出てきた。お皿洗うの早いな。
これも超高校級の料理人の資質なのかな。彼も椅子に座ると、日向君が口火を切った。
「これで全員だな。じゃあ、スケジュール通りミーティングを始めるぞ。
議題は……わかってるだろうが、そこに座ってる江ノ島盾子の処遇についてだ」
みんなが一斉にこっちを見る。うっ、やっぱり怖い。
だって、10人以上の人に無表情か微妙に怒ってる目で見つめられるんだよ?
誰か、僕に笑顔をください。
「当然、彼女に俺達と同じ条件でこの修学旅行を送らせるわけにはいかない。
江ノ島盾子は……かつての俺達を上回る超高校級の絶望、
特Aクラスの重犯罪者なんだからな」
「だから待ってよ、もう何回言ったかわからないけど、
僕は怪しい実験所で造られた江ノ島盾子のクローンで、中身は別人なんだよ!」
「座れ。お前に発言は許可してない」
「ねえ、みんなおかしいと思わない?
本当に僕が江ノ島盾子だったら、またコロシアイとか計画してたし……」
「黙らんか馬鹿者!!」
「ひっ!」
根拠もなく味方だと思ってた弐大君に怒鳴られ、わずかばかりの希望が砕け散る。
僕は放心状態で椅子に腰掛けた。日向君が会議を続ける。
「まず、江ノ島の基本的な生活スタイルだけど、
行動範囲をこの島に絞るか、中央島とここを含む他の島5つ全ての行き来を許可するか」
「そんなこと……どうだっていいっすよ。何が戻ってくるわけでもないし」
発言したのは、いつもハイテンションだった彼女。
その見た目と違って、どこか疲れ切った雰囲気を漂わせ、
溌剌としていた姿は見る影もない。
膝下まで伸ばした黒髪を、トゲのように固めて、斜めに切った前髪をカラフルに染め、
どうやってセットしたのか、ツノのような二本の巻き髪が特徴。
○囚人No.14・超高校級の軽音部
ミオダ イブキ
「唯吹、帰っていいすか?なんだか昨日から身体がだるくて……」
「悪いけど、少しだけ我慢してくれ。
こいつに関して厳格なルールを作らないと、みんな安心できないだろ?」
「うぃっす……」
「話を戻すぞ。江ノ島を第一の島に留めるかどうか、多数決で決めよう。
この島に閉じ込めた方が良い、と思う人」
誰も手を上げなかった。いきなり結論が出る。
「……なるほど。江ノ島盾子の行動範囲は定めない。
そう決まったけど、理由を聞いておきたい。弐大はどうしてだ?」
「元々この島は全部自然の牢獄じゃあ。……ワシらもまた罪を償うためのな。
ましてはここは仮想空間。どこにも逃げられはせん。
ならば、島内での行動を許可して、贖罪の幅を広げた方がよかろう」
「オレもオッサンに賛成だ。そこのどう見ても運動不足女に見合う罰と言えば……
ジャバウォック刑務所100周マラソンしかねーだろ!」
恐ろしい提案を本気で口にする、褐色の肌が目を引く少女。
○囚人No.9・超高校級の体操部
オワリ アカネ
ブラウスに赤のスカートというシンプルな服装だけど、今の僕みたいに胸元が開いてる。
江ノ島盾子みたいに意識的なものじゃなくて、単純にサイズが合わないせいだ。
その……大きすぎて。
「それは“おしおき”のレベルに達するからダメだ。俺達まで奴と同じになる」
「ちぇっ、他に何かあるとは思えねえけどな」
日向君ありがとう。メチャクチャな刑罰を阻止してくれて本当にありがとう。
「次の議題だけど……」
「はいはいはーい!わたしに提案がありまーす」
西園寺さんが小さな体を伸ばして手を上げた。変なことじゃなきゃいいけど。
「どうしたんだ?西園寺」
彼女はむくれた顔で僕を見る。
「さっきからずっと気になってたんだけど、そのゴミカス女の“ボクっ娘キャラ”、
全然似合ってないっていうか、正直虫酸が走るー。今すぐ止めて欲しいと思いま~す」
「日寄子ちゃんたら……あ、やっぱりアタシもなんだか不愉快。
日向、これ議題に上げてもいいと思う」
「そうだな。
なんだか本質とズレてる気がするが、江ノ島のために誰かが我慢するなんて本末転倒だ。
江ノ島は今すぐ元通りの喋り方に戻せ。超高校級のギャルの方だぞ?」
急に理不尽な要求を突きつけられ、戸惑う。女言葉なんて喋れるわけない。
みんなに訴えるように説得する。
「お願いだよ、本当に信じて。僕は中身が男の一般人なんだ。
女性らしい喋り方なんて、できないよ」
「拒否権はない。言ったはずだぞ。喋り方を、戻せ」
「うふふ……“こっち”の世界に来る前に映像資料を見せてもらったんだけど、
江ノ島おねぇって、“七変化”ができるんだっけ?
やってみせてよ。ていうか、やれ、おら」
うっ…西園寺さん、君みたいな愛らしい娘がそんな目で凄むのは、
画的にまずいと思うんだ。
「その模様は俺の眼にも焼き付いているぞ。女王、キャリアウーマン、泣き虫女、等々。
バリエーションは666のペルソナを持つ俺様の足元にも及ばんが、
切り替えの速さは認めてやってもいい。
さあ!西園寺の求めに応じ、今こそ貴様の正体を見せるがいい!」
僕をまっすぐ指差し、この大仰な台詞で話すのは、やっぱり一人しかいない。
○囚人No.4・超高校級の飼育委員
タナカ ガンダム
片仮名に直ったらモロに出てしまいました。彼の特徴は、もう何が何だかわからない。
まず真っ黒なコートに長い紫のマフラーが目につくよね。
白のメッシュを入れたオールバックの髪を一房だけ柔らかく伸ばしてる。
左目に稲妻模様が走ってるけど、多分タトゥーシールか何かだと思う。
右耳だけに着けた金のイヤリングも忘れちゃいけない。
目下の問題に戻るけど、やれって言われたって、小道具もないし、
あんなに沢山のキャラを演じるなんて無理だ。そもそも、できたらできたで問題だよ。
本物の江ノ島盾子だってことになっちゃうんだから。
あっ……これってもしかして、西園寺さんの罠?
できたら僕は江ノ島盾子、できなくても僕の立場は悪くなる。
僕が目を泳がせていると、待ちかねた西園寺さんが囃し立てる。
「遅いぞー。やーれ、やーれ、やーれ」
小泉さんも止めようとせず、じっと僕を見てる。……もう、やるしかない。
小道具なしでできた人格がある。
意を決して立ち上がると、小さく“おおっ”と声が上がる。
足は少々内股に、両手を顎に当てて、目はパッチリ見開いて上目遣い。
「え…えへっ!場馴れしてないヒッキーによってたかって無茶振りしたら~
めっ!なんだゾ?きゃるん!」
気温は30℃を超えてるけど、心の温度は零下を記録しております。なんか言ってよ。
「2点。100点満点で」
西園寺さんの罵倒と軽蔑の目すら心地いい。
「江ノ島、お前ここに来るまでに頭でも打ったのか……?」
「だからできないって言ったじゃないかぁ!!」
もはや暴力と憎しみ以外なら何でもOKになってたと思ってたけど、
恥という弱点が残っていたとは、不覚……顔を真っ赤にしながら座る。
でも、何も収穫がなかったわけじゃない。
一部のメンバーの間で、ほんの微かに、こんな空気が流れているのを感じた。
“こいつは本当に江ノ島盾子なのか?”。
実際、田中君が珍獣を見るような目で僕を見ている。
江ノ島盾子ではなく、変な生き物として。行ける……!
このまま江ノ島盾子らしくない行動を続ければ、いつかみんな信じてくれる。
「まぁ……今のキャラは最悪だったが、
単にお前の芝居が下手になっただけの可能性が高い。
俺はまだお前を信じちゃいないが、一般的な女性らしくは振る舞ってもらうぞ」
やっぱり日向君は疑ってるけど、
僅かに状況が改善されて、後ろ向きな感情は少し和らいだ。
「もう、どうにでもしてください……今ので、一生分の恥をかきました……」
無意識に悲しみの少女キャラを出すところだった。危ない危ない。
「そうか。なら、ソニア。こいつにもう一度女性らしい振る舞いを教えてやってくれ。
みんなが背筋の寒くなる思いをしなくて済むように」
「ガッテン承知の助です。但し、わたくしのレッスンはスパルタ教育でしてよ」
「構わない。ビシビシしごいてやってくれ」
○囚人No.10・超高校級の王女
ソニア・ネヴァーマインド
説明の必要がないほど、文字通りの王女。
眉目秀麗で、美しいブロンドを後ろに流し、
頭のやや後ろを編んで大きなリボンを着けている。
スカートが短めの濃紺のドレスを着て、
胸元に結ばれた蝶ネクタイに付いたブローチがポイント。
「レッスンのスケジュールなんかはソニアの都合で決めてくれ。
江ノ島の用事と被ったら全部キャンセルさせろ」
「オッケーですわ。
……江ノ島さん。今後わたくしからのメールには1分以内に返信するように。
遅れたら、あなたが辛い思いをするだけですからね?」
「1分って、それ場合によっちゃ。わかりました」
無茶な要求の緩和を求めようとしたけど、
灰色がかった青い瞳で一瞥されると、考える前に言うことを聞いていた。
超高校級の王女、恐るべし。日向君が次の話題に移った。
「じゃあ、最後の議題だ。この島に置ける江ノ島の労役だ」
「労役?」
「当たり前だろう。ここは刑務所なんだぞ?
タダで飲み食いできると思ったら大間違いだ」
「そうは思ってないけど……ぼく、じゃない、私は何をすればいいんですか」
一人称を僕から私に変えた。ただそれだけなのに、大事な何かを失った気がする。
僕を構成する何かが。それが何かを考えている余裕は、今はない。
ただ言われた通りの事をするだけ。
「それを今から決めるんだ。
……みんな、江ノ島に何をさせれば、贖罪の足しになるか、いいアイデアはないか?」
「唯吹の部屋、片付けてほしいす。掃除すんのがだるくて……」
「えへへ、それくらいなら喜んで!」
思わずピースして引き受けようとした。
ピース?僕、嬉しいことがあっても絶対ピースなんかしないんだけど?
「だめだ。澪田、辛いのはわかる。みんな同じ辛さを抱えてる。
それを共有して償っていこうと決めたんだよな。
でも、自分で立ち上がらなきゃいけないときもいつか来るんだ。
ここで自分を甘やかしたら、二度と立ち直れなくなるぞ」
「……そうすか。じゃあいいっす」
澪田さんは相変わらず焦点の会わない目でテーブルを見つめている。
彼女は何を知って、どうしてこうなってしまったんだろう。
「小泉、後でコテージまで付き添ってやってくれ。……他に意見は?」
今度は弐大君が手を挙げた。
「やっぱり採掘や採集、掃除当番が妥当じゃろう」
「そうだな。特に採掘は重労働だ。刑罰としては最適だと思う。
じゃあ、江ノ島にこの労役を科すか、多数決を……」
「は~い!その前にわたしから提案だよ!」
「どうしたんだ、西園寺」
西園寺さんが椅子の上で跳ねながら嬉しそうに挙手した。
「素材集めもいいんだけどー。わたしとしては変態野郎の世話係がいいと思いまーす」
場の空気がざわっとなる。彼女が何かのタブーに触れたみたいで、僕まで不安になる。
日向君が何かに耐えるように目を閉じ、やがて決意を固めて口を開いた。
「そうだったな……今までは皆が交代で担当してたけど、江ノ島にやらせれば、
少しはみんなの負担も減るかもしれない」
「よろしいんですの!?江ノ島さんと彼を近づけるのは危険では!」
「奴が欲しがっていたのは、“超高校級の絶望を乗り越えた先にある希望”だ。
江ノ島単体では成り立たない。
ソニア、君だって奴に会う度に胸を痛めているんじゃないのか?」
「それは……」
日向君は七海さんに視線を送る。
彼女は会議に飽きているのか、眠たそうに大きなあくびをしている。
「みんな、この件に関してはリーダーとして独断で決めさせてもらう。
江ノ島盾子、お前には狛枝凪斗の食事係を命じる」
「え、食事係?それでいいの?」
「簡単なことみたいに言うな!!」
「すみませんでした!」
突然怒鳴られて、思わずでかいツインテールを抱きしめる。
だって日向君が大丈夫って言ったから……
「あのう、ぼ…私は何をすればいいの…かしら?」
「毎日食事時間30分前に、花村から食事を受け取り、
ホテル隣の別館にいる狛枝に運ぶんだ」
「わかりました」
どんなときでも、“わかりました”、“はいすみません”。
これさえ守ってれば、怒られたり叩かれたりする可能性を限りなく小さくできる。
うん、ここでの生き方がわかってきたよ!
「じゃあ、さっそくだが、今から彼に昼食を運べ。
会議ですっかり遅くなったが、あいつにも文句を言う権利はない。
初仕事だが、気を抜くなよ」
「わかったよ。彼は別館にいるんだね」
「そうだ。繰り返すが、気を抜くなよ」
気を抜くな。その言葉の本当の意味を、僕はこの後、思い知ることになる。
花村君から受け取った食事の乗ったトレーを持ってホテルから出た。
「気を抜いちゃだめだ。こぼしたら何をされるかわからないよ」
ホテルの隣にあるログハウス風の別館に入る。狛枝君はどこだろう。
厨房、倉庫、トイレ…は空室だった。最後に大ホールの扉を開く。
広さに対して十分な窓がないから、薄暗い。これじゃ食事を渡せないよ。
持って帰ったらまた怒られる……途方に暮れかけた時だった。
──やあ、遅かったね。ボク、もうお腹ペコペコだよ。
「ぎゃっ!」
暗がりから話しかけられて、思わずトレーの食事をぶちまけるところだった。
そりゃそうだよ、こんな男がぬっと現れたんだもん!
○囚人No.2・超高校級の幸運
コマエダ ナギト
このクソ暑いのにフード付きのロングコートを着て、
真っ白で滑らかな髪を無作為にいくつも立たせた男。
ベルトにドクロの飾りが付いたチェーンを垂らしていて、
それが一層彼の不気味さを際立たせてる。
「狛枝、凪斗君……?」
「うん、そうだけど。見ない顔だね。君は……えっ」
彼は僕の顔を見ると、まばたきもしなくなり、硬直したように動かなくなった。
死後硬直かと心配になった僕は声を掛けようとした。けど。
「くっ、あははははははははははは!!あっはははははははは、はぁ!!」
突然狂ったように笑い出す狛枝君。
怖くなった僕は、足元にトレーを置いて立ち去ろうとする。
でも、ガッと腕を掴まれ、逃げられなかった。
彼は狂気を孕んだ目で僕を頭から脚の先まで見ると、
その顔をくっつくかと思うほど近づけてきて、語りだした。
「すごいよ!やっぱりボクは超高校級の幸運だよ!
またボクの目の前に超高校級の絶望が現れるなんて!
微かな希望を信じて刑務所ごっこに付き合ってきた甲斐があったよ!」
「ち、違う!僕は江ノ島盾子のクローンに移植された別人なんだ!
中身はただのヒッキーで、超高校級の才能なんてないんだ!」
「ああ、わかってるさ。オリジナルの江ノ島盾子は死んだ。だってほら……」
狛枝君は、左腕の袖をまくって、僕に見せた。それは、明らかに、女性の左腕だった。
ゲームで知ってたとは言え、実物を目の当たりにするとその異常さに吐き気を催す。
「うっ!はぁ…はぁ…ぼく、もう、いくよ」
「ごめん、ごめん。いきなりこんなものを見せられたら、気分も悪くなるよね。
でも怖がることはないよ。これは君の腕なんだから」
まるで駄々をこねる子供をなだめるように、僕を落ち着かせようとする狛枝君。
僕は思い切り頭を振って否定する。
彼に自分の左腕を見せながら、叫ぶように声を絞り出す。
「僕の腕は!ここにある!それは偽物だ!」
「う~ん、どう言えばいいのかなぁ。どちらかと言えばそっちが偽物なんだけど。
これ、凄いんだ。オリジナルから回収して僕の腕にくっつけたんだけど、腐らないんだ。
普通は拒絶反応が起きてダメになっちゃうのに、不思議だよね」
こいつは何者?僕が江ノ島盾子じゃないってことをわかってるのか、わかってないのか、
全く捉えどころがない。なんだか、僕のほうがパニックになってきた。
「どこまで、知ってるの…?」
「質問が曖昧で返答に困るけど、オリジナルは死んで、死体からクローンが作られて、
別人の精神が埋め込まれたってところかな」
これは、喜んでいいのか?
僕が江ノ島盾子じゃないことを信じてくれる人が初めて現れた。
「み、みんなに説明して!僕が彼女じゃないってこと!」
「それはちょっと難しいかなぁ」
困った顔をして腕を組みながら、やんわり拒否する狛枝君。
死に物狂いで彼の肩を掴んで問いただす。
「なんで!?だったらどうして僕が江ノ島じゃないって分かるのさ!」
「まず1つ目。
ボク、ここでコロシアイが行われてた時、ちょっとはしゃぎすぎちゃってさ。
みんなの信用、ないんだよね。何を話しても君の絶望に魅せられたとしか思われない。
2つ目の問いだけど、ボクもこのバーチャル世界に来る時に説明は受けたからさ、
大体のことは知ってる。オリジナルと君のDNAは一致してて姿形も全く同じ。
……でもね。彼女と君には決定的な違いがある」
「なに、それ……?」
「それこそ超高校級の才能さ。彼女は、超高校級の絶望だった。君は……何者でもない。
そうだね。例えば、ベルトコンベアで巨大なプレス機に運ばれてるけど逃げられない。
そんな状況に陥ったら、君ならどうする?」
「そりゃあ、必死に助けを呼んだり、逃げ出す方法がないか探したり……」
「違う」
「えっ?」
「彼女ならそんな絶望的な状況を喜んで受け入れるだろうね。
絶望こそが彼女の悦びなんだから。
人が何に喜びを見出すか、他者に証明する方法なんてないよね」
「確かにそうだけど……結局君は僕の敵なの、味方なの?」
「大好きだよ。今のところはね……」
曖昧な答えを返した狛枝君は、僕に向き合って薄笑いを浮かべる。
「何が言いたいのかさっぱりわかんない!君は一体誰なんだよ!」
「知ってる通りの狛枝凪斗だよ。ひたすら希望を追い求める、ただの超高校級の幸運さ」
「言っとくけど、今回はコロシアイなんて起きないよ!
単に僕が虐げられてるだけのつまんないゲームだからね!」
狛枝君は、今度は顔の側で指を立てて、説き伏せるように語る。
「陳腐な言葉で申し訳ないんだけどさ、やっぱり歴史は繰り返すんだよ。
たまたまマッドサイエンティストが肉体を完成させた時に、別世界から君がやってきて、
同時に未来機関が復活した江ノ島盾子を手に入れた。
偶然にしては出来過ぎてるとは思わない?」
「その偶然が、君の幸運だって言いたいの?」
「そう。君が望もうが望むまいが、江ノ島盾子というファクターが再出現した以上、
再びかつてのような絶望が引き起こされる。
ボクはね、超高校級の才能を持つみんなが、己の罪、
そして
一度は彼らに失望したけど、チャンスは再びやってきた。
その時に、皆が放つ輝きは、それは美しいに違いないんだ……!」
「僕は、絶望なんかじゃない!」
「だったら、その運命を乗り越えて見せてよ。
もし、それが実現したら、やっぱり美しい輝きを放つんだから。
……さて、そろそろ遅めの昼食を取らせてもらうよ。
さっきも言ったけど、ボクは要注意人物に指定されてて、ここから出られないんだ。
これから、よろしくね」
言いたいことを言うと、狛枝君は床に座ってパンを食べ始めた。やっぱり彼は狂ってる。
僕が絶望に?そんなことあるわけない。食事を続ける狂人を放って、僕は別館から出た。
仕事が終わったら少しの間、自由時間として過ごしていいって言われてる。
僕は伸びをして南国の潮風を思い切り吸い込んだ。
そして、食事を終えた狛枝凪斗は呟いた。
「彼女に言い忘れたな。僕の幸運は不幸とワンセットだって」
>新規キーワードが追加されました。
6.規則
ジャバウォック刑務所において、受刑者達が自ら定めた生活上のルール。
起床就寝時刻、自由時間の行動制限、食事のルールを細かく設定し、
自分達を縛っている。いつかそれが “償い”として実を結ぶと信じて。