江ノ島盾子にされてしまったコミュ障の悲哀【完結】 作:焼き鳥タレ派
僕を待つのは絶望だけ。
霧切さんの言葉にぞっとした僕は急いで顔を洗うと、
ポケットにあったハンカチで顔を拭き、仕上げにエアタオルで手を乾かした。
メイクが落ちるって言われたけど、大して何も変わってなかった。
すっぴんでこの顔なのか……綺麗だなぁ。
と、呑気に自分に見とれてたけど、大事な用をすっ飛ばしてたことに気がついた。
なんでトイレに来たのにトイレに行かないんだよ!
個室に向かうとトイレの男女選択以上の難問に直面する。
用の足し方がわからない。
やあ、リスナーのみんな、突然だけどこんな状況になったら、どうする?
特に男性からのご意見大募集です。今週のテーマ!
ギャルの身体に精神を移植されて、トイレに行きたくなった場合どうするか。
採用された方には僕の手持ちソフトから、ウォーシップガンナー2(PSP)をプレゼント。
ハリマが馬鹿みたいに強いから気をつけてね!
……脳内で一人DJをやって現実逃避していると、霧切さんに急かされた。
「何をしているの。早く済ませて」
冷たい声にギクッとする。こんなこと聞いたら撃たれるかもしれない。
けど、聞くしかないよね……両手を上げて思い切って打ち明ける。
「あのさ、撃たないで聞いてね。
何度も言ってるけど、僕は江ノ島盾子の身体に心を埋め込まれた男であって、
つまり、その……女性の身体でどうすれば用を足せるのか、
皆目見当が付かないわけでありまして、あの、だから……」
重苦しい沈黙。今洗ったばかりの顔に脂汗が浮かぶ。
見えないけど、彼女の呆れた表情が見えるようだ。
「……まず、個室に入って」
「わかりました」
「後はいつもと同じよ。さ、早く」
「それだけ!?
あの、続きをやるには、なんというか、下着に手を付けないといけないわけですし、
何かが目に入る恐れが大で、それが大きな心理的ハードルに……」
「……っ!わ、私に下ろせっていうの?あなたの身体は魔空院に造られた偽物、
その器にはあなたの心が入っている、だったら何を見ようが触ろうが問題ない。
それとも自分の言葉に責任が持てない?だとしたら、あなたの今後は保証できないわ!」
「ちがいます自分でやりますごめんなさい!」
今、ちょっと恥ずかしがったっぽい。一瞬詰まったし、急に言葉数が多くなった。
コミュ障の僕でもこれくらいは察知できるのです。
でも、これ以上待たせると本当にヤバそうなので、
さっさと中に入って、ドアを閉めました。
鍵を閉めて、深呼吸して、精神統一。そう、これは僕の身体、僕の身体……
一休さんのように、両手の人差し指で頭にぐるぐる円を書く。
すると、ふさっと大きなツインテールに手が当たり、はっとなる。
彼女も、江ノ島盾子にも、こんな人間らしい営みがあったんだよね……当たり前だけど。
少しだけ冷静になった僕は、洋式トイレを背に、
目をつむりながら、スカートに恐る恐る手を突っ込む。
そして、指先にさらさらした感触の布が当たると、
手探りで“それ”をゆっくりと下ろす。
重大なミッションを完了すると、ペタンと便座に座り、用を足す。
「ふぃ~」
膨らみきった膀胱がカラになり、この世界に来てから初めて心が安らいだ。
少し心にゆとりができて、今後について考える余裕ができる。
今回は小さい方でまだ助かったけど、違う方が来たら……考えないようにしよう。
スッキリしたところで、2度目となったパンツ操作にも少し慣れ、
今度は思い切り引き上げた。あ。
水を流した僕は、まさに絶望に満ちた表情で個室から出た。
あんまりひどい顔をしていたのか、霧切さんから声を掛けてきた。
「どうしたの。気分でも悪い?」
「……ちびってしまいました」
「もう、ちゃんと拭かないからよ……!」
「教えてくれなかった」
「知ってて当たり前でしょ、そんな事!行くわよ、本当に時間がないの!」
「待ってよー」
霧切さんは、僕に銃を向けるのも忘れて、先に行ってしまう。
ヒールの高いブーツが歩きにくいよ。
しかし!急いで追いかける僕は、確かに見た。クールな彼女の赤くなった顔。
嫌なことばかりでもないかも、この世界。
で、また情報処理ターミナルみたいなところに戻ると、
ガスマスクを付けた苗木君と戦闘員達が勢揃いしてた。
物々しい雰囲気に気圧されて、何も言えずにいると、霧切さんは彼らの後ろに周り、
隊員の一人が近づいてきた。
「あの……なんですか?」
「知る必要はない」
そして、彼が僕の顔にスプレーを吹き付けた。うわっ、芳香剤?
香りを確かめようと吸い込んだら、急に、意識、が、遠のい、て……
催眠ガスで眠りに落ち、ストレッチャーで運ばれる江ノ島盾子を見ながら、
ボクは霧切さんに尋ねてみた。
「……彼女のこと、どう思う?」
「どうって?」
「本当に人工的に造られた肉体に、異世界の男性の精神が埋め込まれただけなのか。
そんな事が可能なのかな」
「そうね……今の所、何とも言えないわ。
彼女もしくは彼の証言が本当だとすると、あの全てに怯えきった目も説明がつく。
だけど、江ノ島盾子は全てにおいて完璧。故に超高校級の絶望になってしまった。
要するに、まだ芝居を打っている可能性も捨てきれない。
やっぱりあの島で生活を送らせるしかないと思うわ。
それに、第二次江ノ島復活計画を進めていた魔空院を追っていたのは苗木君でしょう。
可能かどうかは、あなたのほうがよく知ってるんじゃない?」
「そうだよね……でも、もし本当に人間を人の手で作ることが可能で、
中身が別人だったら?」
「彼には気の毒だけど、最後まで協力してもらうわ。世界の絶望を打ち払うため……」
「みっともなく足掻く江ノ島盾子の姿を提供してもらう、か。
……いいさ、もしそうだとしたら、全てが終わった時、土下座でもなんでもして、
ボクが責任を取る」
ふふっ、と霧切さんが少し意地悪な笑みを見せる。
「ボクが責任を取る、ですって?そういうのは上の役目よ。
まだ“候補生”の苗木君が、いつそこまで出世したのかしら」
「それは……突入と彼女の捕縛を指示したのはボクだし、知らんふりって訳にも……」
彼女はまたクスリと笑う。
「ごめんなさい、冗談よ。今はまだ、状況を見守るしかないわ。
私達の見ている江ノ島盾子が本物かどうか。明らかになるのは当分先になりそう。
いずれにせよ、“人類史上最大最悪の絶望的事件”から世界が蘇るために、
彼女は不可欠な存在」
「そうだね。絶対彼女からは目を離さないようにしなきゃ」
ボクはすっかり冷めたコーヒーを一口飲んだ。おかげで高ぶっていた精神が落ち着く。
だけど同時に、冷静さが戻ったことで、心の奥底に漠然とした不安が沸き起こった。
ボクは何かとんでもない間違いをしているんじゃないだろうか。
寄せては返す波の音が意識に響いてくる。まだ脳に眠気が残る。
顔や露出した手足に、細かい粒の感触。強い日差しが目に痛い。
少しずつ目を開き、やがて光に慣れると、自分の置かれた状況がだんだんわかってきた。
それはあくまで視覚的なものであって、なぜ、どうやってここに来たのかはわからない。
とにかく、僕は、海岸の砂浜に放り出されていた。
「うう……どこ?」
うつ伏せ状態から立ち上がって、辺りを見回すけど、どこまでも広がる砂浜、青い海。
とりあえず服や身体の砂を払って、2,3歩あるいてみる。まだ足元がふらつく。
睡眠薬かなにかで眠らされたっぽい。酷いことするよ、まったく。
ピロロロ……
足元から大きな電子音が聞こえてきた。音量デカいな。
そばにスマートフォンみたいな携帯端末が落ちている。とりあえず拾ってみる。
持ち上げた拍子に画面に指が触れると、
“電子生徒手帳”という起動画面が浮かび上がった。
「あー、苗木君や日向君が使ってたやつね」
マップや他のみんなの通信簿。他には……それだけだ。
ウサミを育てるミニゲームとか、いろんな機能が削除されてる。
ちょっとしょんぼりしていると、また電子音が鳴って一瞬びっくりした。
後で音量下げとこう。探せば設定モードくらいあると思う。とにかく通話ボタンを押す。
──やあ、目は覚めたかい。
テレビ電話の向こうにいたのは、苗木君だった。
聞きたいことがありすぎて、何から話せば良いのかわからない。
戸惑う僕に、彼の方から話しかけてきた。
“いろいろ聞きたいことはあるだろうけど、
ボクから説明するより、みんなから聞いた方が理解できる。まずはホテルに向かってよ。
マップに座標を送っておいたから”
「あ、うん。あのね」
【通話終了】
一方的にガチャ切りされた。今更だけど、みんな僕に対する扱いがひどすぎる!
ブツブツ言いながらマップを開くと、
現在地が青いサークルで、目的地が赤いサークルで囲まれてる。
ええと、目的地は……ホテルか。ついでに設定画面を開いて音量を2段階下げると、
仕方なくホテルへ向かって歩き出した。
しかし、風でミニスカートがヒラヒラして太ももをくすぐるし、
直射日光が肌に刺さって痛い。
女の人のファッションって、割と実用性無視してるとこあるよね。
夏場は毎日ジーパンとTシャツで過ごしてる僕には耐えられそうにない。
心の中で一人雑談しながら、堤防を上り、道路を歩き始めた。
10分後。疲れた。お水飲みたい。
肉体は優れていても、精神がだらけていては100%の力は出ないようでござる。
おまけに、胸の大きなものが一歩進む度にボヨンボヨンと跳ねるから、
余計に疲れルンバ。汗だくになりながら、ただただアスファルトの道を歩いていると、
馬鹿みたいな語尾にもなるってものですよ。みんなに会うまでに修正しておかないと。
……あ。おしゃれな白い邸宅と、たくさんのコテージ!
ようやくゴールが見えて脳内でサライが流れる。徳光って毎年いくら貰ってるんだろう!
倒れ込むようにしてホテルのエリアに入ると、
ポケットの電子生徒手帳がピピッと音を鳴らした。
道路に寝転びながらマップを確認すると、
赤いサークルが消え、青いサークルだけが残る。
到着だー!と叫ぶ元気も残ってないんだけど、この先に“みんな”がいるんだよね。
状況は最悪だけど、ゲームのキャラに会えるのは最高。2次元万歳。
起き上がって、敷地を見回すと、大勢の人がプール脇の広いスペースに集まってる。
奇跡の出会いキタコレだよ!ダンガンロンパ2のキャラが勢揃いして、こっちを見てる。
心のテンションがMAXになって、疲れも忘れて大きく手を振りながらみんなに駆け寄る。
「おーい!はじめまーしてー!僕、(ノイズ)っていうんだ!よろしくねー!」
すると、メンバーの中から、ひとりが僕を出迎えに来てくれた。
なんか向こうから“よせ”だの“やめろ”だの聞こえるけど、気のせいだと思う。
わぁ、左右田君だ!黄色いツナギと黒いニット帽。なによりギザギザの歯が特徴的な彼。
僕、彼みたいなお調子者キャラは結構好きなんだ。なんだか憎めなくて。
「こんにちは、左右田君!
君は僕のことは知らないと思うけど、苗木君から連絡は来てるよね。
今日からここでお世話になる※△です、よろしくおねがいします」
僕は握手を求めて手を差し出す。初対面の人には当然の礼儀です。
「いんや、お前のことは知ってんぜ。……殺してやりてえほどな!!」
でも、帰ってきたのは手のひらではなく拳。
固いものが顔面に叩きつけられ、視界が揺れる。
左頬を殴られた僕は、地面に叩きつけられて、しばらく息ができなくなる。
突然の事態に何が起きたか認識するのに10秒。
さらにその2秒後に頬の痛みが遅れてやってきた。
皆さんに質問です。
アニメでも漫画でも何でも構いません。大好きなキャラに出会えたとして、
出合い頭に殴られたとしたら、自分ならどんな気持ちになると思いますか?
うん、僕の場合は最初に疑問、遅れて怒りと悲しみがやってきました。
「えうう……何するんだよう!!」
僕は頭が真っ白になって、泣きながら彼に反撃していた。
もっとも、ケンカなんかしたことがないから、
両手で胸を押すことしかできなかったけど。
すると、今度は胸ぐらを掴まれて、体ごと持ち上げられた。
「何をする、だと!?それはオレ達の台詞だよ!
お前の…お前のせいでオレは、ちくしょう、くそったれ、ふざけんなぁ!!」
「左右田、やめんか!
気持ちは分かるが、こいつには手出しせんと皆で決めたじゃろうが!」
「お願いです、そんな左右田さんは見たくありません!
いくら悲劇の元凶と言えど、女性を拳で殴るなんて!」
「ソニアさんでもこればっかりは聞けねえよ!
オレが今まで生きてきたのはよ、いつか世界中の絶望を皆殺しにして…自分も死ぬため、
そのためだけに生きてきたんだからな!」
「苦しい…やめてよ、左右田君……」
「苦しい?やめて?ざけんな!お前はテメエのせいで死んだり、傷ついた奴の命乞いを、
一度でも聞いたことがあんのかよ!?
ああ、そりゃ全部オレがやった事だよ、全部オレのせいさ!
だけどな、それはお前を許す理由にもならねえんだよ!!」
左右田君は持ち上げた僕を今度は地面に押し付けた。すると怒りがすっと引いていく。
彼は、泣いていた。大粒の涙がヒリヒリする頬に落ちる。
弐大君が後ろから彼を羽交い締めにして、僕から引き離した
「その辺にせんか!お前だけが奴を憎んでいるわけじゃあないのだぞ!」
「弐大も悔しくねえのかよ!オレ達や家族の人生をメチャクチャにされて、
犯人が目の前にいるのに、今度はそいつの尻拭いかよ!オレは認めねえ!
絶対にお前を《ジャバウォック刑務所》から出さねえからな!」
「頭を冷やさんか!誰か手伝え!こいつを倉庫にでも閉じ込める!」
喧騒の中、力づくで左右田君を連れて行く弐大君を、僕はただ見送っていた。
ダンガンロンパ2の世界に少し慣れていたことで忘れていた。今の僕は江ノ島盾子。
皆を絶望の虜にし、自分自身を絶望に追い込ませた。
家族を、友人を、恋人を、果ては自分を殺し、
彼女の遺体を奪い合い、狂気的な方法で江ノ島盾子と絶望を共有しようとした。
絶望は世界中に伝播し、人類社会は崩壊寸前までに追い込まれた。
そんな悲惨な状況を招いたのが、僕が宿る江ノ島盾子。
……左右田君も、きっと僕のせいで。
呆然と立ち尽くしていると、ポケットの電子生徒手帳が鳴った。
画面を点けると、コトダマに当たるアプリが“キーワード”という名前に変わり、
機能開放されていた。さっそく開くと、一つだけ新規ワードが追加されていた。
ジャバウォック刑務所。
さっき左右田君が叫んだ言葉だ。僕は画面をタッチして詳細を開く。
2.ジャバウォック刑務所
正式名称ジャバウォック島。
パロン共和国に属し、5つの独立した島々で構成されている。
江ノ島盾子に感化された、かつての“超高校級の絶望”達が暮らす島。
彼らは「希望更生プログラム」を施され、全員正気を取り戻している。
だが、カムクライズルによって仕組まれたコロシアイから生還し、
絶望の呪縛から解き放たれ、全ての真実を知った生徒達は、
過去の罪を償うため、自らを現実世界のジャバウォック島に閉じ込めた。
未来機関の研究班によって、
コロシアイで仮死状態となった者達の蘇生手段が発見されたが、
彼らも同様にジャバウォック島に留まる。
重い罪の意識を背負う彼らが、この島をジャバウォック刑務所と名付けた。
ジャバウォック刑務所……類稀な才能を持ち、日本の将来を担う、
羨望と憧れの的だった超高校級生達の吹き溜まり。
ゲーム画面から見えない“その後”に、こんなところがあったなんて。
いや、他人事じゃない。
ボクも今日から、ジャバウォック刑務所の囚人として生きていかなきゃいけないんだ。
江ノ島盾子の身体で、無実を証明する。その日まで。
何故かキーワード一覧から1番が抜けている電子生徒手帳を手にしたまま、
ぼーっと立っていると、僕の名前が呼ばれた。
はっと我に返ると、髪のてっぺんが苗木君のように曲がっている少年が、
僕を手招きしている。そう、彼は……
○囚人No.1・元超高校級の希望
ヒナタ ハジメ
このダンガンロンパ2の世界における主人公。会わなきゃ。
また電子生徒手帳が鳴ってるけど、今はそれどころじゃない。
まだズキズキする頬の痛みに耐えながら、集まった生徒達の間を縫って歩くけど、
みんな僕を無視するか、刺すような目で睨む。
そんな視線から逃げるように早足で進み、ようやく日向君の前に立った。
「遅かったな、江ノ島盾子……」
今度はいきなり殴られることはなかったけど、その態度は固い。
「あの、さっきも言ったけど、多分苗木君に連れて来られたんだ。
ええと、はじめまして。僕は……」
「やめろ。結果が出るまでは、俺達はお前を江ノ島盾子として扱う。
ここでの生活のルールを説明する。ついてこい、お前の囚人番号は《16番》だ。
これから必要になるから忘れるな」
「囚人番号ってなんだよ……!苗木君から聞いてくれたんだよね?
僕が人体実験で造られた存在だって!」
彼は僕を無視してどんどん先に行ってしまう。
16番。とうとう名前ですら呼ばれなくなる。また電子生徒手帳が再度鳴るけど、
確認してたら置いてかれる。
履き慣れないブーツに足を取られながら、ウッドデッキを進む。
すると視線の先に、ゲームでは見なかったものが。
三角屋根の大型テント。入り口の脇には江ノ島盾子の顔がドット絵で書かれている。
日向君が中に入ったから、僕も一緒に入った。そこで彼はようやく足を止める。
テントには簡易ベッド、パイプ椅子、折りたたみ机、緑色のコンテナ、
各種家電と言った、必要最小限のものだけが置かれている。
後は……1台の監視カメラ。
「座れ」
日向君が顎でベッドを示したから、僕は大人しく従った。
彼はパイプ椅子に座って、僕に向き合う。
「ここが、今日からお前が生活する家だ。シャワーとトイレはホテルのものを使え」
「えー、なんで僕だけテント生活?コテージはもうないの?」
「黙って聞け!」
「ごめんなさい」
怒られたから黙ります。駄々をこねても個室は貰えないだろうし、また殴られると思う。
お行儀よく背筋を伸ばして話して続きに耳を傾ける。
「……お前の話が本当である可能性が1%未満でも存在している以上、
一応改めて自己紹介しておくぞ。
俺は日向創。囚人番号1番。
このジャバウォック刑務所でリーダーをやってる。お前なら知っているだろうが、
ここは《希望更生プログラムVer2.01》の仮想空間だ。今度は俺達じゃない。
江ノ島盾子、お前から絶望を削ぎ落とすために造られた世界だ」
「だから、なんで誰も信じてくれないの?僕は江ノ島盾子じゃないんだ。
ただのヒッキーなんだよ!」
「鏡を見たことがないのか?
その姿で、私は別人だなんて言ったところで誰が信じる!……もういい、話を続けるぞ。
まず、お前の電子生徒手帳を見ろ」
「これ?」
ポケットから生徒手帳を取り出して画面を点けると、
いくつかのアプリにNew!のマークが着いて、新規情報が追加されたことを示している。
「左右田の通信簿を見るんだ」
「わかった。……開いたよ」
怒鳴られたり殴られたりするのはもう嫌だったから、
何でも素直に言うことを聞くことにした。後で質問タイムをくれるかもしれない。
通信簿の画面を開くと、メンバー全員の顔アイコンのそばにあるはずの、
希望のカケラゲージが赤いバツ印でロックされていた。
気になるけど、疑問は後にして左右田君のマークをタッチして通信簿を見ると……
変な項目がある。十字架×1。ゲームの中でこんなものはなかった。なんだろう。
「ねえ、変なのがあるよ。十字架」
「……それは、《贖罪のカケラ》。
江ノ島。お前はここで、俺達と一緒に罪と向き合い、贖罪のカケラを集めるんだ。
十分な数が集まったら、お前はこの希望更生プログラムから脱出できる」
「そんなの、どうやって集めるの?」
「人に聞くな!って言いたいところだが……俺から言えるのは、償いだ。
お前がばらまいた絶望に支配され、その手を汚してしまったせいで、
今もみんなは罪の意識に押しつぶされそうになってる。
それに対してお前ができることを自分で考え、実行し、許しを乞うんだ。」
「許し!?ねえ、どうすれば信じてもらえるのかなぁ!
僕は、超高校級のマッドサイエンティストが作った江ノ島盾子の身体に、
精神を移し替えられた一般人なんだよ!
こっちの世界じゃ希望ヶ峰学園なんてなかったし、
人類史上最大最悪の絶望的事件もなかった!
何もしてないのに、どう償えって言うんだよぉ!」
思わずベッドから立ち上がって、日向君に掴みかかるところだった。
また殴られるのが嫌だからやめたけど。話は変わるけど、日向君てケンカ強そう。
「……どうしてもとぼける気なら、こっちにも考えがある」
日向君は、自分の電子生徒手帳を操作して、メールか何かを送信した。
しばらくすると、突然僕の身体から力が抜け、
立っていることすらままならなくなり、その場に崩れ落ちた。
何が起きたのか尋ねようとしても、唇や顎を動かす筋肉まで力を失い、何も喋れない。
息をするのが精一杯で、必死に空気を吸い込んで、酸素を体内に取り入れる。
「どうしてこうなったか説明しておく。
今、ウサミに連絡して、お前の体力のパラメータを1に減少させた。
脳と肺以外まともに動かせないはずだ。
妙な真似をすると、こんなものじゃ済まなくなるぞ」
「なん、で……」
「……とりあえず、なんでウサミが存在しているのか、という疑問だと仮定して答える。
希望更生プログラムVer2.01で新たに造られた人工知能だ。
今度はウィルスの干渉なんか受け付けない、完全独立AIで、
たまに俺達の言うことを聞かないことだってある」
「ぜー、ひゅー、はぁ、すぅ……それじゃ、僕が16番目なのは?」
少しずつ体力が戻ってきた僕は、更に質問を続けた。さっきふと気になったこと。
「よく気がついた、と褒めるべきなのかはわからないけど……そうだ。
七海は囚人に含まれていない。
今の七海は俺達とコロシアイ修学旅行をさせられた七海じゃない。
モノミと同じく改良を施された新規AI。先代とは似て非なるものだ」
「やっぱり、七海さんも、贖罪のカケラを……」
「持っている。お前に処刑された記憶と一緒にな。
……AIならオマケしてもらえるとでも思ったか?」
「そんな事ない。そんな事ないけど……やっぱり僕は無実なんだ!」
「なら自分で証明するんだ。ただ、ここにお前の味方はいないと思え。
さっきの左右田みたいに、誰もがお前に激しい憎しみを抱いている。
人生を台無しにされ、大切な人を奪われたんだからな。彼を恨むのは筋違いだ」
「江ノ島盾子は、いや…そうじゃなくて、左右田君に何が起こったの?」
「お前が十分に償う態度を見せれば、つまり贖罪のカケラを集めれば、
そのうち話してくれるかもな。俺から話せることはないし、話すつもりもない」
だんだん腹が立ってきたから、思わず叫んでいた。
こんなに大声を出したのは、いつが最後だったのか思い出せない。
「みんな……どいつもこいつも勝手過ぎるよ!あの実験室を見たでしょ!?
人間作って、心を盗んだっておかしくないじゃないか!」
「勝手だと!?お前がそれを……!」
日向君が拳を振り上げたから、思わず目を閉じた……
けど、入り口から聞こえたのんびりした声に、拳が顔の直前で止まった。
──日向くん、お昼ごはんの時間だよ~
恐る恐る目を開くとそこには。
○超高校級のゲーマー
ナナミ チアキ
肩まで届く程度の薄桃色の髪を外に広げ、緑のフードが付いた上着を着て、
呑気な顔のネコのリュックを背負った少女。
やっぱり見覚えのありすぎる彼女が、眠そうに目をこすりながら、
ドアとも言えないジッパー付きビニールの入り口に立っていた。
「ああ。すぐ行く。……お前も心の準備ができたら後でレストランに来い。
食事は朝7時、昼12時、夜6時。遅れたら抜きだ。さあ、行こう七海」
僕を放ったまま日向君は、七海さんと一緒に行ってしまった。
取り残された僕は、まず今日からの住処になる、テントの中を改めて見回した。
本当に必要最低限の備品と、緑色のコンテナ。気になるのはそれくらい。
近づいて開けてみる。
中には江ノ島盾子の衣装2着、化粧品、王冠や眼鏡といった用途不明のアイテム。
本当のところは、こんなところ逃げ出して家に帰りたい。
そのために役立つものがないかと思った僕の期待はあっさり裏切られた。
あくまで江ノ島盾子として生きていけ。無言のメッセージに肩を落とす。
化粧品の中からコンパクトを手に取り開いてみる。
鏡に映るのは、左頬に無残な痣ができた、今にも泣き出しそうな江ノ島盾子。
実際、今日一日でどれだけ泣いたかわからない。
ぐぅ……お腹まで空いてきた。さっき七海さんは、昼食の時間だと言っていた。
レストランに行こう。さすがに食料くらいはくれるはず。そう思いたい。
そうだ。出発前に、まず電子生徒手帳をチェックしよう。
いろいろ更新のメロディが鳴ったけど無視してきたから、結構New!が溜まってると思う。
画面を点けて、キーワードの項目をタッチ。
レストランに行くのは、これを読み終えてからにしよう。
3.16番
ジャバウォック刑務所における、あなたに割り振られた囚人番号です。
いつ必要になるかわからないので、忘れないように。
4.希望更生プログラムVer2.01
江ノ島盾子によるコロシアイ修学旅行を引き起こしてしまった、
「希望更生プログラムVer1.0」の脆弱性を改善し、
いかなる侵入・改変も不可能にした次世代バージョン。
今回の被験者は、捕獲された江ノ島盾子のみであり、
彼女に仮想空間のジャバウォック島での修学旅行を送らせることで、
超高校級の絶望としての力を奪うことが狙いである。
なお、Ver2.01の運用には、
1度目の修学旅行でコロシアイに巻き込まれた生徒達の協力を得ている。
彼らにも同じ仮想空間にダイブしてもらい、
当時と同じ姿形で、江ノ島盾子と生活を共にしてもらう。
5.贖罪のカケラ
新型の希望更生プログラム内に登場するアイテム。
江ノ島盾子から生徒達との交流の中で、
贖罪、懺悔、絶望に対する決別を示す脳波が検出された場合、
その進捗具合を物体として可視化するもの。入手個数に上限はなく、
江ノ島盾子はプログラムの目的達成まで何個でも収集する必要がある。
何十個でも。何百個でも。何万個でも。
1.修学旅行のしおり
あなたの修学旅行をより良いものにするため、いくつかルールを設けさせてもらいます。
・島内の器物を故意に破損してはいけません。ゴミのポイ捨ても厳禁です。
・友達に暴力を振るってはいけません。コロシアイなんてもってのほか!
・島の各施設・備品の利用は自由です。
マーケットから生活用品やお菓子を持ってくるのもいいでしょう。
でも、仲間があなたを見ていることを忘れないで。何事もほどほどに。
・頑張って贖罪のカケラを集めましょう。自分の罪から逃げないで。
仲間と力を合わせて、心を綺麗にしましょうね。
・これらが守られない場合、仮想空間におけるあなたの存在、
すなわち現実世界でのあなたの精神を削除せざるを得ない場合があります。
・なお、修学旅行のルールは、***の都合により順次増えていく場合があります。
ポタ、ポタ、……液晶画面に涙が落ちる。僕は、閉じ込められた。
改めてその事実を突きつけられた。ジャバウォック刑務所の16番目の囚人として。
絶対に逃げられない仮想空間のアルカトラズ。
ここから脱出するには、贖罪のカケラを集めるしかない。無実の罪を償いながら。
霧切さんの言ったとおりだった。
僕を待つのは絶望だけ。
哀れな見た目だけのギャルは、ひとつ鼻をすすった。